第36話 ワンワンワンワン!!(訳:借り物競争!!)

パン食い競争が終わり、綱引きとか、大縄跳びとかが終わった。

それでそろそろ昼休憩かなと逝かせようとする太陽を見上げれば、まだ少し下だった。


「腹減った……」

「僕もお腹空いてきたよ」

「金太郎はさっきもパン食いまくってただろ」

「僕は理とは違って動いているからね」


ぐぅの音が腹に響いた。

あそこに転がったままの茶色いパン、食べてやろうかな。いや、やっぱやめておこう――――って金太郎がパンのほうに歩いて行ったぞ!?


「おい! まさかお前!?」

「ん? 何をそんな驚いているんだい?」

「そろそろ腹壊すぞ!」

「確かにそうかもね。だけど僕がやらないと――――」

「なんの義務だよ!」


いくら腹が減ったからって、パン食い競争で処分し忘れたクソ教頭パンに手を出すか。お前そんなに空腹なのかよ――――あれ? 競技待つところの列に並んでる。


「これ終ったら昼休みだから頑張るよー!」

「金ちゃん、別に頑張るところなんて無いよ。借り物競争だから」

「それもそうだね!」


なんだ、大野は借り物競争に出るってだけか。周りの人たちと、てか別のクラスの人たちと楽しそうに話している。いつの間に仲良くなったんだよ。


「嫉妬してんの?」

「うわっ!」


耳元で囁く声が頭を通ってあっちまで震わせてきた。心臓が鼓動が一気に早くなって、俺は振り向き、そのいたづらを仕掛けた小悪魔を見つけた。


「あっち系? 応援するけど?」

「違うに決まってるだろ。あっち系だとしても、金太郎よりもイケメンを選ぶ」

「私は金太郎君、イケメンだと思うけどね?」


茨田は心を擽るようにニヤニヤしている。だからは俺も涎を垂らしながらニヤついて、だんだんと表情を曇らす茨田にこう返す。


「俺のほうがイケてるだろ」

「は? 気持ち悪い、鏡見ろよ」


クリティカルヒット。俺の心臓を抉り飛ばすような言葉、嫌悪と怒りの混じったその顔。

すごくいい。もっと罵ってほしい。


「……相変わらず犬なのね。欲望が顔に溢れ出てるけど?」

「わかってるならもっと!」

「うわっ、マジでキモイ」

「ぶっひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


「借り物競争に出る人は集まってくださーい」


「私行かないと」

「茨田も出るのか」

「ええ、じゃあね」


金太郎も茨田も、あと天音もいつの間にか並んでいるし、借り物競争人気あるな。


「あ、言い忘れてた。もしももっとお仕置きされたいなら、私が戻るまで上裸で待ってみれば?」

「な、なんだと……」

「別にできないならいいけど、じゃあね」


茨田は挑発的に笑いながら俺へ手を振り、去っていった。

さすがにクラスの奴らが周りにいる中で上裸待機はキツ過ぎるだろ。茨田め、調子乗りやがって。やるわけないだろ。



借り物競争。高校の体育大会でやる競技じゃない気もするけど、紙に書かれたお題に沿って周りから物を借りてくるだけのやつだ。

あと借り物と言いつつも、人も入っているらしい。


この手の遊びは仲が良ければ楽しいだろう。『好きな人のハンカチ』だとか『ガラケー』だとか『物真似できる人』だとか。

まったくの関係性のない人にとっては迷惑でしかないし、ただ物を持っていくだけだから見ている側もつまらない。


こっちは腹が減っているし、退屈だし、最悪だ。早く終わってくれないか。


「おー理、なんで上裸? まぁいっか、こっちきてくれないかい?」


大野がやってきた。

なんだよ、別に俺以外でも賄えるだろ。他を当たれよ。その念を込めた視線をぶつけるが、大野は目を逸らさない。


「理、来てくれよ!」

「別に友達とかだったら他のやつ当たれよ、めんどいし」

「……理じゃないとダメなんだよ」

「っえ?」


大野が俺の手を無理やり引っ張る。とても力強い。なんて強引な。

こんな風に連れ去られるなんて逆らえるわけがないじゃない。


「大野、好きにしてくれ」

「あ、うん?」


これがロミ男とジュリエッt男か。いや、シンデレラなのかもしれない。


「なんで上裸なんだい?」

「それはどこかに落とした体操着を王子様が届けてくれると信じているから……あんまり見るなよ……」

「あ、うん?」


なんて凛々しい顔なんだ。これはもう逆らえない。

茨田、悪い。俺は約束を守れなかったよ。天音は――――別に謝らなくてもいいか。

俺はどうやら本当に――――、


「はい、親友を連れてきたよ!」

「え?」


親友? え、そっちだったのかよ。

いや、嬉しいけどそっちかよ。俺の純情はどうなるんだよ。


「えっと幼馴染か親友……そうですね、まぁ、いいでしょう」

「じゃあ戻っていいよ」


風が吹いて腹が冷えてきた。ついでに恋心も冷えたようだ。

なんだこのクソ蛙親友は。なんだよ、ただの親友かよ。


やっぱりこの競技は最悪だな。俺は席に戻った。

しばらくして走り終えた大野が帰ってきたが、俺は口を利かなかった。



「なんで怒ってるんだよ。蒸かした芋食べるかい?」

「……」

「いいかげん、仲直りしようよー」


蒸した芋ってなんだよ。ふざけてるのかよ。

罰としてもっかい走ってきたほうがいいだろ。


「って理、凄いことが起きてるよ!」

「うるさい」

「ふてくされてる場合じゃないよ!」

「だったらやることがあるだろ」

「じゃあなくて、前! 目の前!」


なんだよ、うるさいな。わかった。これが親友としても最後の頼みとしてやる。

俺は大野の訴えを聞き入れ、顔を向けた――――なんで霞京子がここに!? てか鋭い目つきで俺を見ているような。


「なんで上裸……ごめんなさい。ついて来てくれない?」

「ハ、ハイ!」


なんかドキドキしたと思ったら恋心じゃなくて恐怖心でした。畜生。嫌われてるのか?

だけれどこの瞬間、俺は霞京子と歩いている。どうだ男たち、そんなに見やがって、羨ましいだろ。


「はい、もういいよ」

「ワン」

「……?」


あまりの嬉しさになんか吠えてしまった。恥ずかしい。

俺は首を傾げる霞京子を無視し、逃げるように席に戻っていった。



「まさか、霞さんが理を呼びに来るだなんてよかったね」

「ああ、もう死んでもいい」

「そんなに嬉しかったんだね。よかったね」


なんだよ借り物競争、最高じゃないっすか。早く次の体育大会来ないかな。

てかカメラマン、ちゃんと撮ってたよな。卒業写真に乗せてくれよ。


「おい、こっちこいポヨ」


「理、呼ばれてるよ」

「あ?」


なんか聞きたくもない声がした。一応、月が地球に落ちてくる確率くらいで霞京子かもしれないから確認、あーやっぱやめた。なんか男っぽい手だった。


「いいから来いポヨ!」

「なんだよ! 放せよ! 破れちゃうだろうが!」

「お前、上裸じゃねえかポヨ!」


陽キャまでも俺を呼ぶか。ウザいな。

どんなお題なら俺が選択されるんだよ、火星からゴキブリがやってくるくらいのビックリだよ。


「はい、嫌いな人ですね。大丈夫ですー」


「嫌いな人?」

「ほれ、さっさと消えろポヨ」


まったく傷ついてはいないけれど、嫌いな人を持ってこさせるってのはPTA的に大丈夫なのか。まぁいいか、さっさと帰ろ。



それにしても結構、呼ばれるものだ。高校入ってゲームばっかりやってて、交友関係なんてほぼないはずなのに。

ただ見ているだけだと思ったが、歩かされて疲れた。


「……ん?」

「どうしたんだい? きのこの山食べる?」

「それは食べるけど、なんか今……いや、気のせいか」


本当はタケノコ派だが、きのこを摘まみながら俺はちょっと気になっていた。

一度、俺のほうを見つめたような髪の長くメガネをかけた暗めの女子、確か名前は椋木――――なんか人が見つからなくて、あわあわしているし行った方がいいのか。


「あ……」

「どうしたんだい? たけのこの里食べる?」

「それは食べるけど……」


終ってしまった。まぁ、仕方ないか。

てか大野、たけのこの里も食べるのか。スパイか?


「もしかして僕がきのこ派なのに、たけのこ食べているのが気に入らないのかい?」

「いや、そんなことはない。お前はそういう奴だってわかってるからな」

「さすが僕の幼馴染で親友、ついでにドーナツ食べる?」

「ああ、もらっとく」


俺はドーナツを頬張って買収された。ちょっと罪悪感が胸にポカンとあるけれど、ドーナツホールを食べてしまえば忘れられる。



さて回って回って、まだ終わらないのか。

半ばおやつ食べる時間になってきているけれど、長いな借り物競争。


お、やっと天音の番か。やはり一番に走って、紙見たら、こっち来た。

天音の後ろを走っていた人たちが遅れて一斉に転んでいる。あまりの足の速さからくる風でああなったみたいだ。


一応、借り物競争にも点数はつく。陽キャたちとしては圧倒的に足の速い天音に期待しているみたいだ――――がなんか天音は、紙持ったままモタモタしている。もう他の人たちが追いついて人やら物を探し始めているぞ。


「どうしたの? 渡里さん?」

「お題何?」


誰かをキョロキョロと探している天音に陽キャたちが優しく聞いているが、なんかもうめんどうだ――――――――これで俺のほうを見て四回目だ。


「天音、どうせ俺だろ。さっさと連れていけよ」

「え、なんで裸なの?」

「もうそれはいいから、ほら、行こう」

「ちょっと!」


俺は天音の手を引っ張り、審判のところまで行く。もう俺は半ばわかっていた、メタ的視点だけど――――だいたいのお題の答えは俺だろ!


「え、だ、だけど!」

「なんだよ? 俺じゃないのか? だったら紙を見せ――――ぐぶっはぁ!?」


天音の持っている紙を覗こうとしたらなんか顔面殴られた。なんで?

そしてどうした、下向いて赤面を隠してる。お題を見られないように紙を強く抱きしめているし。


「天音……」

「やっぱやめよ! 違うし!」


「……いいや、俺を信じろ。顔パスで通れる!!」


「っえ!?」

「ほら、行くぞ!」

「ちょっと!」


無理やり天音を引っ張り、審判のところまで行く。

ここまできても天音は顔が赤いままで、モジモジして下向いている。風邪を引いたのか?

いや、上裸の俺のほうがひいてそうだろ。


「えっと、紙を渡してくれませんか?」

「…………」

「天音? ほら、さっさとしな――――ぐびぃ!?」

「はい! 紙です!」


目潰しが痛すぎる。なんで、天音、これ絶対に血が出てる。いや、目が見えなくなってもおかしくない。


「はい。受け取りま――――あっ」

「!!!!??」


目がぁあああああああああああああ、目があああああああああああ――――っと痛がってたら、あれ、なんか紙がひらひらと足元に落ちてきた―――――――スキナヒト?


俺は紙を取ったまま固まり、その文字を何度も読んだ。何度も読んだ。何度も読んでも『好きな人』って書いてある。


「!!!!!!」


紙が無くなった。あれ、確かに持っていたはずなのに。瞬きだってしてないはずなのだが、あれ?――――あ、審判が持ってる。


「はい。大丈夫ですよ――――――――お互いに顔が真っ赤ですね」

「いや、これは殴られただ――――ぐるっはっは!?」


何故か殴り飛ばされ、俺は席まで飛んで座っていた。

なお、あの時点で最下位だった天音だったが、走りで一位となりゴールしたらしい。

また、俺の顔は赤から青に変わっているだろう。てか頭蓋骨折れてないか?



ああ、川が見える。あれ、対岸にいるのはひいおばあちゃん? あ、ポチもいる。

久しぶりだな。ちょっとあっちに行きたい。

え? 舟に乗るなら金を払えって? 今手持ちがないのだが。

だったらこっちでバイトさせてやる? 釣り餌売れって? ああ、確かに川に魚泳いでる。

いやいや、別に泳いでいけばいいだろ。嘘だろ これピラニア? 泳いだら噛み殺される? なんならワニもいる? こんな幻想的な見た目で?


「ちょっと! 起きて!」


あれ? なんか天から声が。


「さっさと起きて! 最下位になるくらいなら放置したままだから!」


放置したまま? そうか、それにこの声は茨田のだ。

こうしてはいられない、戻らないと。

俺は、ひいばあちゃんとポチに手を振って起き上がった。


「やっと起きた! ほら、早くして!」

「わ、わわ!」


茨田に腕を組んで引っ張られていく。

そして接近しているからこそ、微かに当たる胸と蘇るいい匂い。もはやこのままの勢いで抱き着きたい。今なら犯罪にならないはず。


「茨田……」

「なに?」

「茨田……」

「な、なに? 言いたいことがあるならハッキリ言って」

「抱き着いて――――ぐは!」


ギャルに腹パンされ、引きずられている上裸の俺。カメラマンもこっちを気の毒そうに見ている。

いや、違うだろ。カメラマン、俺は満面の笑みだ。ほら、撮ってくれよ。笑顔があれば撮ってくれよ。

まさかカメラマン、この喜びがわからないのか?


「ほんと、残念な性格。負け犬ね」

「ワンワン!」

「そういうところがダメなの。これが終わったらちゃんと調教した方がいいみたいね」

「へ!!」


さりげなく茨田の密かな横乳に腕を擦りながら俺は引っ張られた。その艶ある髪が顔に触れるたびに傷が癒えた。


「あ、あの……」

「なに? ほら、もってきたでしょ」


苦笑いで俺を見てくる女審判。あなたにはわからないでしょうね、この嬉しさが。ただそれでいい、わかるのは俺だけでいい。茨田に独り占めされたい。

茨田のほうは審判に対して強気の様子だ。ところで――――お題何?


「早く丸出してよ。ほら」

「えっと……どう考えてもそれって……人ですよ。こっちが出したのは『嫌いなモノ』ですし……」


「何言ってるの? こいつは私のモノ!! そうでしょ?」

「ぶひ! クンクン」

「勝手に匂い嗅がない! それに犬でしょ!」

「わひぃ!!」


俺たちの訴えに審判の顔は困惑に満ち、逃げたいという感情が露わになってきた。ゆえに丸は出された。さすが俺、借り物競争の覇者。


「はい、さっさと戻って」

「……ご褒美は?」

「生意気、あとでたっぷりと遊んであげようと思ってたのに、口答えして言うこと聞かないんだ~?」

「スグニモドリマス!!」


俺はいち早く自分の席へ走っていく。転べば、そのままに四足歩行で。とにかくすぐに席に座って、早く座った分だけ遊んでくれると思い込んでいた。


「ん?」

「理君……気持ち悪い」

「……………………………………………………ワン?」


なんで、ワンしか喋れない。日本語話せない。

しかもなんか天音が俺を見下す意地悪な表情、これはまさか。あっちのスイッチはいった?


「本当に最低だから、服着てよ」

「ワン! ワンワン!」


必死に言い返すもすべてがワンワン。屈辱だ。天音にこんな扱いされるだなんて。

最悪、最悪なのに――――ちょっとだけ嬉しい自分がいる。俺は浮気者みたいだ。最低だ、俺って……。


「鳴く前に早く着たほうがいいよ?」

「ワン……」


日焼けが痛い。

治らない口のまましっかりと俺は躾されてしまった。

これが気持ちいいけど逆らえないというやつか。だけど忠誠心をへし折って遊んでくるだなんて――――堪らないな!




―――あとがき―――

なんだこの最低な話は。

茨田を中心にしようとするとなぜこうなるのか。設定ミスったか?

そしてこれを朝に出すという所業、堪らないな!


なお、ちゃんとこの6000字近くを読むと面白いことがわかります。ヒントはちゃんと計算して決めてあり意味があるということ。(これヒントになってるか?)


あとはいろいろな意味合いを入れた。元ネタ古いけど、気づける?

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