第35話 パン食い競争??

白い線のスタートラインには男女が8人。そのうちの2人が大野とモーちゃんだ。他のクラスの奴はよく知らない。


「さてさて、パン食い競争がついに始まろうとしています。この競技は購買まで走ってパンを買いに来る生徒たちの――――」

「そんなのはどうでもいい! なぜ彼らが熱くなっているかわかるか?!」

「ど、どうしたんですか! 解説の岩上さん!? さっきまで寝てましたよね?」

「質問を質問で返すな! 聞いているのはこっちだ!」

「す、すいません、な、なんでなんですか?」

「ったく、君は何年実況をやっているんだ? それでいいのか放送委員」

「今年が初めてですけど……」


熱くなっている実況席だが、なんか大野も腕をぶんぶん回して目に炎がついていた。あとはあの身長はあるが細い男子もだ。他は暑いから早くしてという感じだ。


「いいか! パン食い競争とは戦争だ! それはなぜか? 勝者には校長先生の作った絶品のホットドッグが食べられるのだ!」

「な、なんだ――――とはなりませんが、確かにそうですね。一位の生徒にはホットドッグ? が渡されるとか」

「なにを冷静でいる!? 僕らは校長ホットドッグを食べるためにこの高校に――――」

「あ、時間が押してるので始めるそうです」


実況者は静かに解説のマイクを切った。するとすぐにパンっと弾ける音が運動場に響いた。

いよいよ? パン食い競争?が始まったみたいだ。


パン食い競争。それはパンを咥えて走るという、ただの余興だろう。

体育大会に熱くなっている陽キャらはクラスの優勝とそのための各競技の成績に応じて与えられるポイントに手に汗握るわけだが、パン食い競争はポイントも低いし、ほとんど遊びだ。


ただ俺はこういうのが一番楽しいと感じている。なぜならば――――大野が今までにないくらい真剣な表情で走っているからだ。


とはいえ、たかがパン食い競争だろうに。


「おっとあれはA組のもーちゃん、地面に蹲ってますよ!? 大丈夫でしょうか!?」

「何をいっているんだ? これこそがパン食い競争。第一の関門、わさびあんぱん」

「わさびあんぱん??」


苦しそうに腹を抱えているのはモーちゃんだけではない。他のクラスを合わせれば3人ほど。その姿を見て怖がっている人もいる。

わさびあんぱん? 齧られたアンパンらしきものが転がっている。まさかとは思ったが、その中は緑で埋め尽くされていた。


「わさびあんぱん。吊るされた8つのあんぱんの内、2つにわさびが入っているのだ!」

「あの、すでに3人倒れてますけど、あ、4人目は田中だ」

「な、そんな馬鹿な! これは一体!?――――」

「ふふ……すべては私が仕組んでおきました」

「そ、その声は!?――――教頭!?」


教頭が気持ち悪く笑いながら実況席に入っていった。

おいおい、教頭が関わってるのかよ――――ってそれよりも倒れている生徒をどうにかしないとダメだろ――――ってその犯人は教頭ってことかよ?


「そ、そういえば競技用のパンの仕込みは毎年教頭先生でした。これはあなたがやったんですか! これじゃルール違反ですよ!」

「そうかもしれないな……ふふ、ただ私の話をまずは聞きたまえ」

「いや、それよりも早く――――」

「話を聞け!!」

「実況、ここは教頭の話を聞くべきだ。この様子、ただ事ではない」


教頭の怒りに満ちた真っ赤な顔、怒号。それによって会場は静まり返る……だなんてことはなく、なんかむしろ盛り上がっていた。


いやいや、盛り上がっている場合じゃないだろ。早くあのクソ教頭を捕まえろよ。

それに運ばれた生徒は大丈夫かよ、ほんとに中身わさびだったのか?


「ひどい……なんでモーちゃんが……あの教頭、絶対に許さない!」

「待て天音! 気持ちはわかる。だが教頭を殴り飛ばしたところでどうにもならないだろ!」


身体を掴んで天音を止めようとするが、なにこれ、全然止まらない。引きずられるどころか、自分で歩くよりもスイスイと、駅とかにある立ってるだけで自動で進むやつみたいになってた。俺は空気か?


それでも必死に止める。さすがに教頭を殴るのはヤバいって。

しかしやっぱりダメだった。天音はすぐに教頭の前まで行き、その拳を振るおうと腕をあげた――――そのとき、教頭は叫んだ。


「私の愛車をぶっ壊したのは誰だ! 私はその生徒を許さない! 出て来なければさらに災いが起こるぞ!」


教頭の言葉に対して犯人、、いや、天音は拳をすっとしまい。何事もなかったようにテントの外に出てこっちに来た。


「理君、続き一緒に見よっか!」

「いや無理だろ。謝れよ」

「無理だよ! すごく怒ってるし、何されるかわからないよ!」

「もっと災いが起こるらしいぞ、ほらまた一人倒れた!」

「で、でも、だったら理君だって共犯でしょ。理君が謝ろうよ!」

「おい、共犯というか俺も被害者みたいなもんだろ」


俺が天音にぶん投げられて教頭の車がボロボロになったんだ。こっちだってものすごく痛かったんだぞ。


「凶器はまだ見つかっていない。ただ現場には男子生徒のボタンが落ちていた。男だろぉおおおおおおおおおお!!」


あー。これはまずい。完全に男子生徒を目の敵にしてる。たぶん天音が出ても信じてくれないじゃん。

てか真実言ってもわかんないよな、だって凶器って俺だし。


「いいか! あと2つだ! 第2関門のチーズパンと第3関門のカレーパン、それぞれ8分の6、8分の7で絶望を仕込んである。人の車を壊しておいて絶品が食えると思うなよ! 食いたくば名乗り出ろ!」


「ええ、災いってそのレベルなんですか」

「もう警察呼んじゃったんだけど、どうしたほうがいいんだ?」


教頭の必死の抗議、テロ。パンテロ。会場はなんかの演出だとより一層盛り上がっている。

ただその熱狂と同じくらいの悶えが俺にグルグルと胃を痛めさせていた。


罪悪感ではない。なんなら教頭のこと嫌いだったから、すぐ怒るし、八つ当たりしてくるし、なんか変な噂もあるし、車が壊れてちょっと嬉しかったし、今もそれは満足している。


だから教頭がテロしようがどうだっていい――――これが大野の楽しみにしていた、パン食い競争じゃなければ。


「理君、私行ってくる」

「あ、天音無駄だ! 教頭は男子生徒を犯人だと決めつけている。女子の話なんか聞かないって」

「……違うよ。消しに行くんだよ?」


なにこの子、怖い。ヤクザの娘だったっけ。

って顔が本気なんだけど、止めないと、あ、ダメだ止まらない。


あのままじゃ教頭が死ぬ。別にそれはいいけど、天音が捕まる。それはいろいろまずいだろ。


どうにかして止めないと。でも無理だ。ああなった天音を止める方法はたぶんない。

いや、俺が教頭に自分がやったと言えば助かるか。でもそしたら俺はどうなる?


だけど――――違う、俺が罪を背負う。それしかない。


テントの中の机と椅子を覇気だけで吹っ飛ばし、教頭の前に凄まじい気迫で立っている天音。

もはや教頭よりも天音ほうが恐いが、俺は天音が拳を振るうよりも先にその間に入った。


「はぁ……はぁ……」

「な、なんだ君は?」

「僕がやり……やりまし――――」


「さっさと続きを始めてもいいのかい!」


大野の大声が俺の声を掻き消した。その大声の風圧が俺の声と教頭のカツラを吹き飛ばしていた。


「大野……?」


大野は怯える俺に対してただニッコリと笑い、吊るされているパンへ元気よく走り出した。

まさかお前、全部わかった上で俺のことを――――って俺はやってないけど。


「おっとA組の大野君が、真っすぐ走って……第2関門のチーズパンに勢いよくかぶりついた!」

「た、たしかに確率のゲームだ。とはいえその第2関門の勝率は8分の2だけであり、ほとんどが外れ、そして外れれば保健室送りになるかもしれない!」


そうだ。第一関門のわさびあんぱんで5人も保健室に搬送されたんだ。

その上で恐怖せずに走るだけでも馬鹿げているのに、迷わずに目の前のパンに食らいつくなんてあまりにも勇敢すぎる。


「ふふ……しかしその勇敢さ、私の作った1000年チーズパンに勝てるかな?」

「1000年チーズパン? それは一体?」

「う、うそだろ……そんな、そんな……」

「解説、どうしたんですか! そんなに震えて!」

「第2関門、計画通りでは1カ月チーズパンだった」

「1カ月チーズパン? そうですね、そう書いてありますね」

「おい! あんた実況なのに知らなかったのか! 意味が分かってないのか! 1か月チーズパン、それは1か月腐らせた消費期限切れのチーズパンだ……」

「1か月腐らせたチーズパン……ってことは1000年チーズパンは!?」


「そう、私の知人から取り寄せた特製の1000年前の腐りきったパンだ!」


どんな知人なんだよ。そっちのほうがすごいだろ。


いや違う、教頭は嘘をついている。吊るされているチーズパンは全部見た目が作りたてのパンの見た目をしている。

さすがに腐っていたらわかるはずだ。


「そして購買のおばさんの技術で見た目は同じということだ!! はっはっは!」


購買のおばさんすげえ。何その技術。

なんかもう、パン食い競争よりも技術の大会だ。


「教頭の臭い笑い声に会場が包まれていますが、なんということでしょう。大野君は当たりを引いたようです。元気に走っています!」

「なんという強運だ。そして今の話を聞いた上でさらに第3関門へ向かうとは」

「クソ……」

「さらに大野君の雄姿に続き、残った二人も走り出した! 細い青島と鈴木だ! おっと鈴木が倒れた!」

「鈴木はどうでもいい。たぶん犯人じゃない」


担架にただの鈴木は運ばれていった。チーズパンを咥えた瞬間に気絶した。

さすが1000年のチーズパン。恐ろしい――――いや待て、転がったパンは噛みつかれてない。まさか臭いだけで気を失ったのか。怖すぎる。


細い青島もパンを咥えて走って、残ったのは大野と青島か。

あんな凶悪な関門に立ち向かっていく二人はどうしてそこまでするのか、いや、どうしてそこまで絶品パンが食べたいのだろうか。そんなに美味いのか?


「さて大野君と青島君、第3関門のカレーパンの前に立ち止まりました。ここには一体どんな仕掛けがされているのでしょうか、仕込みの教頭先生?」

「えー、ここにはですね。そこら辺に落ちていた犬の○○○を入れてある。そう○○○を!」

「まさか、そんなものを入れるとは――――あなたこの学校の教頭ですよね?! 生徒に○○○を食わせるつもりですか!!」

「ここまで来たらやりたい放題だ!!!」


えっと、元々はなんだったんだ。パンフレットには――――お楽しみ??って書いてあるな。逆に怖くなってきた。なんでだろ。この学校辞めようかな。


「そうか……犬の○○○なんだね……」


さすがの大野も足を止めた。そりゃそうだ、間違いなく腹を壊すし、それは今更だがワサビや腐ったパンとは違う、圧倒的な嫌悪があるだろう。俺たち生徒は教頭に対してだが。


「そうだ、言い忘れていた。あの虫の死骸も入っているぞ!! はっはっは!」

「この教頭! 最低だ!」

「禿丸出しになる前から吹っ切れてるぞ!」


絶対に口に入れたくないものが8分の7で吊るされている。本物は吊るされている中のたったの一つだけ。

というか大野と青島、両方パンを食べるのならどちらか一人は確実にG汚物パンを……ダメだ、そんなの口に入れたら死んでしまう。


「カレーパン……それは香ばしく、濃く、旨味が強い」

「解説? でもG汚物パンは――――」

「だから言っているんだ! もしもG汚物パンを食べてしまえば、その味と臭いは長い間口の中で残留するんだ!!! わさびも1000年も吐き出せるが、カレーパンはわからない……」

「なんと凶悪な……」


「そう、私は凶悪だ……ただ私の愛車を破壊した生徒のほうが凶悪だがな!! 早く出てくるがいい! さもなくばあの二人の口が終焉を迎えるぞ!! はっはっは!」


第3関門。これを越えれば校長の絶品ホットドッグにありつける。それはきっとどんなパンよりも美味いだろう。たぶん。

とはいえここまで命を張るほどじゃないはずだ。


こんなよくある話なら結末は一つだけ。

本当に悪いけれど俺はやっぱり教頭に自首するしかない。大野はきっとこの状況でも食べに行くだろうから。


俺はお前に嫌われてもいいから、その命を救う。


「理君……行っちゃだめだよ」

「天音、止めるな。もう決めたんだ――――」


「おっと大野君! 勢いよくかぶりつきました!」


「え?」

「青島君もです!」

「え?」

「これが食べ物への執着だ!」


大野、お前そこまでして――――大野はカレーパンをもぐもぐとしながら俺のほうへ親指を立てた。いつもと変わらない呑気な顔で。


「ってことは大野が突破したのか! なぁ実況?」

「いや、犯人――――理君、違いますよ。青島君も立ってます」

「おいおい、これは一体どういうことだ? どうなっているんだ!?」

「解説落ち着いてください!」


「そ、そんな馬――――」

「なんで二人立っているんだ!!?」

「解説! 教頭よりも驚かないで!」


大野と青島、二人はカレーパンを食べ切り立っている。吊るされたパンもちゃんと2つだけ無くなっているし、食べ切るのもハッキリと見た。隠してなんかない。


G汚物パンは8分の7。だから少なくともどっちか一人は必ず、それを食べたはず。食べれば悶え苦しみ、死を乞うほどに転がるはず。


「さて、そろそろ勝者は決まりましたかな?」

「そ、その声は――――校長ですか!」


白くて長い帽子を被り、ホットドッグを乗せたプレートを手に掴かんだ、校長が大野と青島の前に現れた。


「ま、まさか校長! 貴様!!」

「教頭先生……僕が――――すり替えておいたのさ!」


なんか校長が決めポーズしてる。もう何でもありだな。


すり替えた。校長が第3関門のパンをすり替えた? みたいだ。

なるほど、さすが校長だ。


「くそ! くそ!」

「教頭……愛車が壊されて辛いのはわかりますが、生徒に当たっちゃいけませんよ」

「しかしですよ!」

「教頭、私たちは生徒の見本でなければならない。そして彼らの将来を助けなければならない。またあるべきように振舞わなければならないのですよ。愛車のことも警察を待ちましょう……」

「しかし、しかし校長――――警察は犯人が人外になるからと取り合ってくれませんでしたよ!」


おっと。さすがにこれには校長も焦って汗を拭っている。

警察の取り調べがしっかりしている証拠なんだけどな、うん。なんかちょっとだけ申し訳なくなってきた。俺が凶器なんだけども。


天音も視線が定まってない。罪悪感に溺れてるわ。

そうだぞ。勢いって怖いんだぞ。これからは大事にしてくれよ。


「教頭……そんな言い訳を生徒の前でするんですか!」

「えっ、校長?」

「あとで説教ですぞ!」


あー。これは可哀そうだ。

天音も視線が定まらな過ぎてなんか目からビーム出てるし、それで電柱が3本くらい倒れてる。そういうとこだって。


「さて、お待たせしましたな。二人とも」

「いえ、それよりもホットドックを!」

「大野君、そんなに焦らなくてもパンは無くなりませんぞ。青島君も歯磨きしなくていいですよ――――――あれ?」

「どうかしたんですかホットドック校長?」


「いや、大野君、なんか僕がすり替えたカレーパンが残ったままなのだが……」


教頭は8つのカレーパンのうち、1つだけ本物にしていた。それで校長がさらに1つだけすり替えて、本物は2つになった。そうだろう、だから大野と青島が両方とも生き残っている――――でも校長がすり替えた方が吊り下げられたまま??


「確かここに吊り下げたんだが……大野君?」


「教頭先生……あなたの気持ちは本物でしたよ! 全部とても不味かったです!」

「おおののおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


途方もなく響き渡る教頭の嘆きの声。それは大野の食べ物への執念が、教頭の憎しみを上回っていたのを意味していた。

そう、こんなことをしても意味がなかったという教頭の哀しみの叫びだ。


「天音、なんだこれは?」

「よくわからない」


これが高校のパン食い競争なのか?



――――あとがき――――

深夜テンションで勢いのままにふざけまくるとこうなります。

だけど教頭の破壊された車が伏線になるとはだれも気付かなかったよね。うん、俺も咄嗟に思いついた。


どう考えても教頭が車破壊されてキレるとか、どっかにあったキャラと同じだな。その他、元ネタありきでやりました。

これぞ、ウェブ小説。


でも次回はわりと真剣にやろう。

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