第32話 ヒロインはシャキールオニール
バスケが――――――――したいです。
ジメジメとした湿気と氷の上のように滑る黄色い床、一つ一つの小さな雨音が反響して大きく感じる。でもそれもすぐに若いだけの声々にかき消されていった。
ボールが床にぶつかり、その振動が白い体育館シューズに伝わってくる。耳だけでなく足も騒がしかった。ただ飛んだ瞬間は照明の眩しい光と自分だけになって少し気楽そうだ。
「バレーボールの中にコアラのマーチ入れたらどうなるんだろうね?」
「お前は一体何を言っているんだ?」
蔦の如く絡まるネットで三角座り、俺と金太郎は高く飛んでボールを弾く陽キャたちを適当に眺めていた。
今日は元々水泳の予定だったが、雨のせいでバレーになった。よくあることだし、こっちのほうが暇で助かるから良い。一番嫌なのは曇り空の下で寒さに怯えながら水泳をすることだ。雨が降ってくれてよかった。
ただ陽キャ共が楽しむ声ばかりが頭に響くのはどうも不快だ。
これが可愛い女の子だったら――――――――!
「ほらやっぱり男子使ってるじゃん」
「あーほんとだー」
茨田が入ってきてぞろぞろと女子が入ってきた。あっちは別館で卓球ではなかったらしい。
むさ暑い空気が女子のおかげか少しずつ浄化されている。色の無かった体育館に鮮やかさが彩られ、目が蘇った。
「こっち側を使わせてもらうことになりました。バレーかバスケどっちがいい?」
「なんで半面? あいつらどっか行けよ」
茨田は相変わらず辛辣だ。だったら上のほうに行って、周りのジャージに膨らむ胸ばっかを見てちょっと自信の無い顔をしているところを、ずっと凝視してやろうか。俺は一向にかまわん。
あとなんで頬を膨らまして、こっちを睨んでいるんだよ。天音はこっち見んな。
なんやかんやあってあっちはバスケをすることになったみたいだ。女子たちは準備体操をしている。
別にバレーでも良かったけど、走って汗を掻き、結んだ髪とその胸を揺ら――――げふん、ごほん、ともかくバスケは見応えがありそうだ。
俺と同じく退屈していたやつらだけでなく、穏やかにバレーしていたやつらも女子たちのほうを覗いていた。
「おい……霞さんのポニテ可愛すぎ……」
「それに細い足も締まった腰回り、それにウサギみたいに可愛らしいお尻も……」
「あと胸な!」
穏やか系も「あと胸な!」のところでハモりつつ、やはり楽しみにしているようだ。ちなみに俺も脳内でハモっていた。
「茨田さんはセクシーだなー、脚がすごい。でも胸は……」
「おい、こっち見てるぞ!」
アイツ死んだな。話を聞いていた周りのやつらと頷く。
そして次は俺だと一斉に同じセリフを言いだし、辺りに溢れた。だれだって茨田にお仕置きされたい。
「おい、何気に渡里も胸大きいぞ?」
「ああ、そこに気づくとはさすがだ。いいよな、渡里」
おいおい、おいおいおいおい。
一個だけこぼれていた会話に俺はヘドバンよりも激しく首を振った。天音の本性を知らないからそんなことが言えるんだ。
小さい背、ぷりっとしたお尻、大きな胸、丸く純粋な目と小さい顔。あといつもと違うポニーテイル。確かに見た目は可愛い――――――――けど、アイツは人間じゃねえぞ?
それに天音、なんで嬉しそうにこっちを見てるんだ。目を輝かせるな。天音のそういう純粋さに釣られて吹っ飛ばされる犠牲者が増えるぞ。そんなのは俺だけでいい。いや、よくないけども。
「じゃあ何組かにわかれてー」
ああ、この前まで心が痛んだ言葉だ。
そのフラッシュバックに俺が少し胸に手を当てると、隣から肩を叩いてくれた。金太郎、お前はやっぱり俺の親友――――――――なんでフランスパン喰ってるんだ?
こうして俺はどこから持ってきたのかフランスパンを咥えている金太郎と、期待の目を送る男たちと共に女子のバスケを視――――――――視聴することにならざるをえなくなったのだった。
激しくボールを弾く音はとても心地よく、そこに飛び交う掛け声も天然のハーモニーのようだ。
さらに活発さに流れる汗も濡れる体操着の艶めかしさはもちろん、やはりジャンプするスポーツならではの胸の揺れと――――――――それを気にしている茨田。
やっぱりスポーツは女子のを見るに限るな――――――――ん? 周りの奴らが口を開けている。ニヤついたり、逆に真顔になったりするのではなく。
「……なんて試合だ。嘘だろ?」
「俺、バスケ部辞めようかな……」
「要チェック……や?」
バスケ部男子が絶句しているのだが。こいつらどうした?
なんて試合? え?
俺は視界の倍率を下げた。ズームアウト。
その場で叩かれている茶色いボール、ハーフコートラインの白いテープ。そこにある二人の足は―――――――。
「今日こそ、あんたを倒してやる……」
「そう。疲れるだけよ」
可愛さランキング一位の霞京子と二位の茨田紗綾だった。
茨田は汗だくで凄まじい目つきで霞京子を睨み、霞京子のほうは涼しい顔に汗がゆるりと伝うだけだった。
そうだ。茨田はあの霞京子を個人的にライバル視している。その対決が起こっていたのか。
確かにこれは手に汗握るな。
「疲れる? それはあんただけだわ!」
茨田は仲間にパスし、霞京子の裏に回った。そのままゴールまで走り抜けようとするが、いつのまにか霞京子はゴールへの道を遮っていた。
霞京子は文武両道。いや、文武を極めていると言ってもいい。スポーツのどの分野もプロ顔負けにうまい。すでにパスをした段階で茨田の動きも読んでいたのだろう。
挑発されても冷徹に動く霞京子はまさしく完璧だ。やっぱり誰も勝てない。そんなのは当たり前だ。だけどプライドの高い茨田はそれを受け入れられないようで、いつも霞京子に絡んでいる。
ただそれも今日で終わるかもしれない。紙で出される数字ではなく、目の前で見せつけられる敗北なら。
俺は頑張っている茨田に敬意を払いつつ、再び女子の胸のほうに戻ろうとした。だがその視線は――――――――ニヤリとした茨田に奪われた。
「そういうところが甘いんだよ!」
茨田が真っ向からそう吐き捨てると、霞京子の前に一人の壁が現れた。いわゆるスクリーンってやつらしい。仲間が壁になって霞京子の動きを止めたんだ。
茨田はそのままゴールから離れるように走り、スリーポイントラインに止まった。
ここに仲間からのボールが届く。
そう、茨田はそこからスリーポイントシュートを放ったのだった。
あれだけ倒してやると息巻き、挑発していた茨田は真っ向勝負ではなく、チームプレーによって霞京子を打ち倒そうとしていたのだ。
さすがの霞京子も死ぬほどプライドの高い茨田がそのようなプレーをすることは読めず、綺麗にネットを潜ったボールをスクリーンに張り付いたまま振り返るしかなかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「茨田が決めたあああああああああああああああああああああああああ!」
そうか。周りのやつらはいつもの茨田のファンだからではなく、この白熱した戦いのなかで頑張っている茨田に見惚れていたのか。
いつの間にかラブコメがバスケになってしまっているが、まぁいいだろう。
「ポテチとコーラ、ワンセット200円だよー!」
「ひとつ頼む!」
「こっちも!」
なんか金太郎が商売を始めているが、それはいいだろう。いや、よくないけど。
「っふ、また点を取らせてもらったわ。案外ノロマみたいね?」
茨田は仲間とのハイタッチをし、配置につくと霞京子をまた挑発した。
それに対して霞京子は悔しそうな素振りは何一つなく、さきほどと変わらぬ顔でボールを運んで茨田の前に止まった。
「そんなので勝ったつもり?」
霞京子は冷たく透き通った一言を茨田に呟くと、すでにその姿はスリーポイントラインの内側にあった。
まるで透明人間。瞬きした間に霞京子は茨田を抜き去っていたのだった。
「センター!」
ただ茨田はすぐに叫び、ゴールへ向かう霞京子を止めるために仲間へ指示を出したのだ。
そのリーダシップはとても芯のあるもので仲間は指示に対して素早く動いた。一人がドリブルする霞京子の前に向かって行く。
「は?」
洗練されたチームワーク。茨田の一杯練習したであろうスリーポイントシュート。それは見るもたちに期待と感動を与えた。
だがそんなのは意味を成さない――――――――この霞京子の前では。
霞京子は今、天高く空中を登り、眩き光を浴びている。センターはその影に隠され、見上げるしかなくなっている。
そのまま霞京子は浮いたままゴールまでの道筋を歩み、片手でボールをゴールへ叩きつけた。ダンクしたんだ。
「……」
体育館は静寂になった。
あったのは反響した小さなダンクの音と弾むボールの大きな音だけ。
信じられないことを目にして俺たちは無心になってしまっていた。
何に驚いているのか。それは最初に茨田を抜き去ったことでも、最後のダンクでもない。
あり得ない。あり得ないことだが、俺には霞京子がスリーポイントラインに入って二歩くらいのところから空を跳んだように見えた。それも軽々と。
「……」
一人で自陣に戻っていく霞京子。その背中は俺よりも小さいし、普通の女子と変わらない。だがこの空気は紛れもなくあの人がやったんだろう。
やっぱりその姿は美人――――――――そうか。
俺たちは信じられない跳躍力に驚いているのではなかった。一連の動き全てがあまりにも美しかったから心を奪われたんだ。
これは口が塞がらない。二三日は開いたままかもしれない――――――――え? 塞がった。フランスパン?
なんか金太郎が驚いているクラスメイトの口にフランスパンを突っ込んでいっているのだが、何やってんだアイツ。
「許さない。絶対に許さない!」
茨田の叫び声がこの空間に満ちた静寂と戸惑いを撃ち殺すように貫いた。仲間に指示を出して配置を作り、ボールを運んでいく。
そしてまた仲間にパスをした。
「絶対に勝つ!」
茨田は走り出す。再び仲間との連携によってスリーポイントを狙うのだろう。
ただマークは霞京子。先ほどのシュートからかなり強く付いている。仲間のスクリーンに霞京子を引っかけるようにコートの中を素早く走り回っているが、なかなかその距離を取れない。
同じことは二度も通じない。
霞京子はやはり完璧、そのディフェンスは鬼のようだ。
「……それでいいの?」
茨田は諦めていない。まだ挑発を続けている。ものすごく負けず嫌いだ。
だがそろそろシュートに行かないと時間がない。24秒以内に攻めないと相手にボールが渡ってしまう。
だからそんなに走り回っても、間に合わな――――――――。
「っえ?」
小さく知らない声。きっとそこであの子が声を出すのを誰も予想はしなかっただろう。だからこっちも心の中ではあの子と同じように驚いていた。
シュートを打つのは茨田ではない。茨田のスクリーンを利用して、フリーになった別の子だった。
その子でさえ反応が遅れていたが、茨田との信頼関係だろうか、すぐに決められた位置に動き、仲間からのボールをキャッチ――――――――できなかった。なぜならそのボールは霞京子の手のひらに向かっていたから、盗られたからだ。
「嘘?」
すぐさま霞京子はドリブルをし、茨田のゴールのほうへ走っていく。その前には誰もいない。なぜならその走力が速くて追いかけられないし、そもそも茨田がスクリーンすることに仲間自身も驚いて、反応が遅れていたからだ。
霞京子は先ほどと同じように――――いや、まさかスリーポイントラインを踏みしめ、そのまま天高ゴールへ向かって跳んでいった。
ふわりと空中をなぞっていくその姿は天使にも、悪魔にも見えた。ただどちらにしろ俺たちの心をあのボールのように鷲掴みにして離さない。
霞京子はゴールの間近までくると、ボールをゴールに向かって叩きつけ――――――――え?
小さな手がひとつ。それは霞京子の美しきダンクを思い切り弾き飛ばした。ボールは剛速球、向かいの壁を削り、のめり込んだ。
「やっと温まってきた」
ダンクを止められ、床に転がった霞京子。その見下ろすのは――――――――渡里天音だった。
霞京子は初めて影を踏んだ。
「やっぱり一筋縄じゃいかないか……」
ま、まぁこうなることはなんとなくわかってい、いた、いたけど、うん。
天音は茨田と同じチームだったのか。仲がそこまで良くないながらうまくやってたな。
その後も凄まじい戦いが繰り広げられた。
霞京子は相変わらずダンクするし、悔しがった茨田はスリーポイントを沈めたり仲間の活かしたり、天音も何回かボールをぶっ飛ばしたり。
時間も学校も忘れて体育館は熱狂に包まれていた。いつの間にか他のクラスのやつらもたくさん見に来てて、辺りは観戦者に溢れていた。
そして残り30秒。99対98。霞京子チームが1点のリードをしてボールを持っている。
残り時間は少ない。茨田チームとしてはここを防がないと負けてしまうだろう。
逆に言えば、霞京子チームはここを決めれば勝てる。
「はぁ…はぁ…絶対に止める……」
「……」
スリーポイントライン前、茨田と霞京子は対峙していた。
茨田はずっと霞のディフェンスをしているがほとんど防げず、得点の半分は霞京子のものだった。さらにオフェンスではずっと走っていたから、体力はもうほとんどないだろう。限界なんてとっくに超えているに違いない。
汗だくでメイクが落ちてきているし、霞京子には得点を決められまくっているし、体力もない。それでも茨田は心折れることなく、ここまで持ってきた。
普段は当たりの強いやつだし、見た目は良くても性格悪いけど――――カッコいい。
対して霞京子は全然疲れていない。ここまでも意味不明なシュートばかりを沈めてきたし、その正確なプレイはとても美しかった。なんども気絶しかけた。
「はぁ…はぁ……」
「……」
時間を使い残り15秒。24秒以内の攻めだから残り6秒までに決める必要がある。
霞京子はその場でゆっくりとドリブルを始めた。
茨田は鋭く睨みながら少し腰を上げる。
「はぁ……絶対に止める!」
だがその叫びは目の前にいたはずの霞京子に当たらなかった。
いや、それを避けたかのようだ。すでに霞京子はスリーポイントラインの内側に入って、踏み込もうとしていた。
その場で見ていた人の全てが霞京子が瞬間移動をしたと錯覚しただろう。消えたと思ったらもう飛ぼうと中に入っていたのだ。
ここにきて見たことのない格段の速さであり、美しすぎた。
誰もがその場で見惚れ、息を呑んだ。
霞京子のチームメイトも、茨田のチームメイトも――――――――。
「ヘルプ!」
その張り裂けそうな茨田の声は止まっていた時間は動かした。
茨田のチームメイト二人は飛ぼうとする霞京子に走って近づいていく。飛ばせたら止められない。飛ばせる前に囲もうとしたんだ。
これによって霞京子の左右に二人が立ちはだかり、霞京子は飛べずにその場にとどまった。しかし二人行ったのであれば、霞京子の味方は二人だけフリーだということになる。そこにパスをされれば――――――――違った。
霞京子はくるりと回って左から抜けていった。
パスをせず、二人を抜き去ってしまったのだ。
そのまま霞京子はゴールに向かって行く。そこには魔神の如き渡里天音がいた。
霞京子は天音にダンクを一回止めているし、二人抜いて完全に周りは開いている。さっきはパスがしにくかったからしなかったかもしれないが、ここは絶対にパスをしてくる。
「……倒す」
パスをせず、霞京子は天音を前にして大きく飛びあがった。ダンクする気だ。
まさかさっきもパスをしなかったのは天音を屈服させるためなのか?
そうでもなければここで飛ぶ意味はない。
それを止めようと天音も大きく飛びあがり、小さい手をボールに伸ばしていった。
高さはほとんど互角。いや、天音のほうがわずかに高い。
あれだけの眩きプレイに天音は反応が遅れたにもかかわらず、確実のその手を伸ばし、霞京子の振り下ろされるボールを捕えようとしていた。
「……ここだ!」
「っえ?」
ダンクではなかった。
ボールを触れようとする天音の手をするりと躱した霞京子の腕は、軽やかにゴールへボールを放り投げようとしていた。
華麗なフェイント。
これには天音も目の前でボールを入れられるのを見ているしかない。
負けた――――――――。
やっぱり我々は霞京子には勝てないと悟った。
ただ現実は少し違っていた――――――――霞京子の手はボールを離せずに震えていた。
もう一つの伸びる手がシュートをさせなかったのだ。
「あたしのこと忘れないでよ!」
モーちゃんだ。モーちゃんがそこに手を伸ばしていた。
いたのか。影薄すぎだろ。
でもこれでシュートは防げる。時間もわずかだが残る。
同点、いや逆転のチャンスが生まれる。
霞京子はシュートを放てない。地へ堕ちていく。
その悔しそうな顔は彼女が天使だったことを証明した。
「っく――――!!」
そして同時に悪魔になったことも証明された。
霞京子は完全に崩れた姿勢で床へ落ちいきながらも、正確に仲間へボールを投げ飛ばした。
最後の最後に認めたのだ。個人の敗北を。
霞京子がここにきてパスをする。味方に頼る。
そんな姿は見たことが無かった。パスしたとしてもそれは休むためだった。
勝負を決めるようなシュートを自分以外に任せるなんて想像がつかなかった。
外はフリー。完全にマークはいない。ディフェンスはない。
シュートは簡単に打てる。ただそれは外のシュート。その精度も霞京子ほどじゃない。
しかもパスはさっきからできた。
そこまで理解した上で、霞京子はここに来てパスをした。自分の傲慢を認め、勝敗を他人に委ねた。
こんな霞京子の姿は――――――――。
「やっぱりそこしかなかった!」
それを待っていた。霞京子が崩れるこの瞬間をずっと待っていた。
茨田紗綾は満を持してそのボールを掴み取った。ただ一人だけそんな霞京子の姿を望んでいた。
残り3秒。ボールを持っている茨田は自陣の角にいる。もう時間がない。99対98ここで点を取らなければ負けてしまう。
ここまで読んでいたのは茨田だけだ。仲間も敵も向こうのコートへすぐに走れない。
茨田はそれでも、できる限り近くでシュートしようと走ろうとドリブルをしようとしたが――――やめてボールを頭の上に上げた。
ここからシュートを放つしかないと判断したのだろう、茨田はそのままボールを思い切りゴールのほうへ投げた。
一か八かの可能性。そもそも届くのか。
茨田はただの女の子。努力でシュートを身に着け、知識でゲームを組み立てていた。人知を超えた力はなく、普通の女の子より少し力がある程度だ。
ゆえに――――――――それは届かなかった。ボールはスリーポイントライン手前でバウンドするだけだった。
それはそうだ。茨田の力じゃ届くわけがなかった。
とても当たり前のことなのに、ここで試合を見ている人々は軽々と人間離れした霞京子のプレイよりも驚いている。
だがそのいくつかの顔がハッとなった。
その視線を追って俺はコートに目を戻す。
「んん!」
天音がボールをキャッチしていた。
茨田のシュートに見えたあれはパスだった。
確かにそうか。茨田では届かないし、走り切れない。
だが人間離れした天音なら走り切れるみたいだ。
ボールをキャッチした天音の目の前にはゴールがある。これを決めれば同点になる。
時間はあと1秒。そしてあとは決めるだけ。
なんだって――――――――。
霞京子が天音の横にまで追いついていた。大きく転んでいたのに間に合ってくるのか。
だがもうやるしかない。
一騎打ちをするしかない。天音、頑張れ。
「ああああああああああああああああああああ!」
天音はボールを掴んで大きく飛んだ。
だが霞京子も同時に飛んでくる。絶対に逃がさない。そんな殺気じみた気迫を感じる。
二人の身長はそこまで変わらない。その跳躍力もおそらく同じくらい。そして今、ほとんど飛ぶタイミングも同時だった。
つまり勝敗を決めるのは空中での身のこなしだろう。さっき霞京子がやったような動きが必要になるはずだ。
「……っ!?」
だが天音はその予想を裏切り、今まで以上に高く強く飛び上がり、霞京子を前にして強烈なダンクをゴールに叩きつけたのだった。
再びその影に霞京子は隠された。いや、もはや沈められた。
天音が霞京子をうちのめし――――――――え?
バギッ! ドゴ! ゴゴン!
大きな音に耳を塞ぐのを忘れるほど、目を疑った。二度見だけでなく、五度見くらいした。
同点のダンクのはずだが、場は静まり返っていた。
「ゴール……ぶっこわれたんだが?」
天音はゴールのリングを掴んだまま、天井を見ていた。その周りには割れたバックボードの破片が飛び散っていた。
てかゴール壊すって、どんな怪力だよ。いや、天音ならできなくもないとは思ったけど。
「いや、なんだよ。あれ?」
「まじか?」
「こんなのヤバいだろ。ヤバすぎだろ!!」
「ああ、最高だ!!」
静まり返っていた場がだんだんと歓声に溢れていく。
もう隙間がないくらいに、天音の強烈なダンクに熱狂する人たちにこの空間は満たされていた。
天音の力が感動を生んでいる。
やばい、俺も涙が――――――――。
「えっと、すいません。審判なんですけど、今のプレイね……ファウルっぽい」
「は?」
拍手も歓声も止んでしまった。
審判と名乗る男はモニターを俺に見せつけてきた。
「ほら、ファウルでしょ。しかもボールはリングに弾かれてますね」
「……え?」
いつの間にかいた審判の笛が鳴り、今のゴールは認められずファウルという事になり、天音はフリースローを打つことになった。
でもフリースローだってちゃんと打てばいいだけだ。邪魔は入らないのだから。
二本とも決めれば勝てる。緊張するとは思うが、決め切ってくれ。
天音はボールを構え、ゴールを見つめる。
ガタガタガタ――――――――すっごい震えてるな。まだ冬じゃないぞ。
「えい!」
一本目、天井。
天井にぶつかるとゴールを掠ることもなく床に落下。
いや、どんな力加減だよ。どこ狙ってるんだ?
まぁまだもう一本ある。決めれば同点。これを決めればいい。
ガタガタガタガタ――――――――さっきよりも震えてる。残像が見えるくらいだ。大丈夫か?
「えい!」
大事な二本目――――――――天井に挟まった。
これはひどい。
天音のフリースローはリングに触れるどころか、床に触れることすらないとは。
唖然として場が凍った。
「ピピー!」
試合終了の笛が吹かれる。結果は99対98。
天音はフリースローを二本とも外し、茨田チームは霞京子チームに負けた。
まさか天音があんなにシュートが下手だとは――――――――。
「気にすることないよ」と天音は励まされているが、正直勝敗よりも天井に挟まったあのボールに驚いてるのが多数だ。
いや、どうやったらああなるんだ?
こんな結果だったが、天音はあんまり凹んではなかった。どうせ授業だしとケロッとしていた。
なんだよ。大丈夫みたいだなと安心した。
なのに夕方のカノンアマネの配信もなかった。そのせいでファンたちがまた心配をしてたのだが、心配するのはそっちじゃない。
夜遅くまで天音とバスケさせられた俺を心配してくれ。
キツイってこんなん。てかなんで霞京子はこの怪物に勝てたんだよ。
フリースローが入らない以外はヤバいやつやん。公園のゴールぶっ壊しまくるし。
ああ、もうバスケは懲り懲りだ。
――――あとがき――――
9000字はさすがに疲れた。
今回は本当にバスケがしたかっただけですね。はい。
ちょうどNBAがそろそろ開幕するし、タイミング的にもいいのかな。
ちなみにここの天音のモデルはシャキールオニールです。霞はジョーダン、茨田はレジーミラー? あるいはカリー? そこはブレてる。
やりたかったのは天音がゴールぶっこわす展開。
そしてヒロインはシャキールオニールというタイトル。
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