第30話 さぁ、女子の水着を覗きに行くぞ!
雨に凍えそうになるなか、天音は道の真ん中に立つ茨田と対峙していた。
「渡里さん、話があるの」
「……ごめんなさい」
茨田は堂々とした様子で天音に話しかけるが、天音はすぐさま丁寧に断り、そのまま茨田の横を傘がぶつからないように縮こまりながら通り抜けていこうとした。
「姿隠して歌なんて――――腰抜けね」
耳元でそう呟く声は確かに聞こえていた。天音は一瞬ビクッと反応して、鋭い目つきをする茨田の隣を通り過ぎた。
そこから去っていく天音の背中はとても小さかった。
この日、カノンアマネの配信は無くなった。それもなんの連絡も無しに。
そのせいでファンはかなり心配をしており、また翌日の昼になっても連絡はなく、SNSでは杞憂民の声が大きくなり始めていた。
一方、そのころ理は――――女子の水着を覗こうとしていた。
「きゃー!」
「冷たー!」
若い女の子の元気な声が聞こえる。
それはコンクリートの高い壁の上、白い柵の向こうからだ。
女子の水着を拝むにはこの壁を登るしかない。そんなことできるのか!?
「とは思わず、俺は迷うことなく壁をよじ登るのであった――――」
「そうはさせるかポヨン!」
「だ、だれd――――?」
後方からの声に俺は振り向いた。
そこにいたのは――――何故かブリッジしている陽キャだった。
俺は無視して壁をよじ登っていく。
「待つだポヨン!」
「離せ!」
陽キャが俺を引っ張る。
負けずに俺は壁にしがみつく。
「お前は今何をやっているのかわかっているポヨンか!」
「お前こそ、何をやっているのかわかっているのか!」
「犯罪者予備軍から女子たちを救おうとしているでポヨンよ!」
「誰が犯罪者予備軍だ!」
陽キャは一向に引かない。
だが俺も負けてはられない。引っ張る陽キャごと壁を登ってやる!
「うおおおおおおおおおおお!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおポヨ!」
結果――――普通に負けた。
サッカー部の陽キャは何故か力がカリスマゲーム実況者よりも強かった。当たり前か。
「なんだよ! 邪魔すんなよ!」
「なんで怒るだポヨン! 俺はお前を犯罪から救ってあげたんだポヨンよ!」
「犯罪だと? 授業を覗くのは健全だろ! 女子の水着くらい見てもいいだろ!」
「……ポヨ」
「そうだろ。俺は何も悪いことはしていない。だからこれは許される」
半ば顔が引きつっている陽キャは置いておいて、俺は再び壁をよじ登る。
てかさっきからカバン重いな、なんでこんなに重いんだよ――――俺はカバンをコンクリートに投げつけた。
「いいなーそんなにスタイル良くてー」
「足長いの羨ましいー」
女子の話す声が聞こえるのに、くそ、届かない!
あとちょっとで女子の水着を見れるのに柵まで手が届かない。
「くそ、諦めるしかないのか……」
「止める必要もなかったポヨね」
何故か勝ち誇っている陽キャがうざい。
でももう腕が痛くなってきた。
「降参するしかないか――――」
「霞さん、綺麗すぎ!」
「霞さん……だと?」
みなぎってきた。
学校一美人の霞京子のスクール水着姿。それがすぐそこにある。こんなの諦めるわけにはいかない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「馬鹿馬鹿しいポヨ。確かに霞の水着は見たいポヨけど、どう頑張ったって壁は登れるはずないポヨ」
冷めた様子で俺を見下す陽キャ。
確かにその意見は正しいかもしれない。だが――――。
「できるはずがないことでも諦められない夢がある。それだけだろ?」
「……陰キャ」
「陰キャ言うな!」
「でも俺は霞には興味ないポヨから、もう帰るポヨ」
ふん、陽キャ属性のくせに冷めた野郎だ。このコンクリートのほうが熱すぎるくらいだ?
澄ました様子で校門のほうへ歩いていく陽キャの背中があった。
「茨田さん、ウエスト細すぎ!」
「なんだとポヨ!!!」
回れ右してこっちにダッシュしてきた。ドイツの走り方だ。
さすがサッカー部、速い。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおポヨ!」
壁にしがみつき、まるでGのように登り出した陽キャ。そういえば、茨田に気があるんだっけ。
それにしても必死だ――――俺も頑張るか!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおポヨ!」
だが二人とも落ちる。
それでも諦めずに何回も何回も壁を登ろうとするが、簡単に落ちる。
しばらくして体力が尽きた俺は熱い地面に寝転んだ。
「あー……疲れた」
なんだよこの壁。高いだけじゃなく、なんかヌルヌルして滑る。
こんなの無理だろ。
「ポヨポヨポヨポヨポヨポヨ!」
なのに陽キャはゴミみたいな奇声を放ちながら落ちては登り、落ちては登っている。
アイツ、そこまでして女子の水着を――――なんか俯瞰で見て悲しくなってきた。
「もうやめようかな」
「ボヨオオオオオオオオオオオオオオオ!」
背中を強打し、断末魔。
本当にこの陽キャ、虫みたいだな。ひっくり返ったコガネムシのように悶えている。
なんか可哀そうだからひっくり返してやるか。
「クソポヨ! なんで登れないポヨか!」
「落ち着けよ。もう時間もないし、無理だ。諦めるのも時として重要だろ」
もうすぐ三時限目が終わる。時計の針は残酷だ。
それに気温もさっきより上がってる。これ以上は体力的にもきつすぎる。
「ここは現実的に――――」
「そんなんでいいポヨか?」
「え?」
「そんなんでいいポヨか!!」
陽キャが吠えだした。
日に焼けて真っ赤な顔の半ば枯れた声だった。
「陰キャの女子の水着への情熱はそんなもんだったポヨか! 霞京子の水着を見たくないポヨか!」
「……何言ってんだよ。そんなの――――見たいに決まってるだろ!」
「だったら時間が来るまで諦めるわけにはいかないポヨよ! そうポヨ!!」
上から聞こえた女子のワイワイした声。
初めはそれが楽園への導きに聞こえてワクワクした。でも気づけばそれは、壁の上で楽しみこっちを見下す声のようで悔しくなっていた。
あっちは冷たい水で身体を洗う中、こっちは灼熱で汗を流すばかりだった。
いつしか俺はどこかで――――憎んでいたんだ。女子たちを。
でも陽キャは俺に女子の水着への欲求という原点を思い出させてくれた。
「……くそ、俺は何してんだ」
「泣くなポヨ」
「な、泣いてねえよ!」
「そうポヨね。それは努力による汗だポヨね」
「陽キャ……」
「陰キャ、行くポヨよ!」
「ああ!――――じゃあ足場になってくれ!」
「……え?」
「だから足場になってくれ!」
「え、え?」
ん? 何を困惑してるんだ?
まさかこの陽キャ馬鹿なのか?
「いやだから、足場になればいいよなって。今思いついたんだ」
「……え?」
「あ、もういいから!」
「ボヨ!?」
俺は混乱する陽キャをぶん殴り、その背中を無理やり踏み台にした。
これで少しは高さが保てる。本当はサーカスみたいに手の上に乗りたかったけど、まぁバランスキツイよな。
「よし、じゃあ行くぞ」
「え?」
「踏ん張れ」
「何するポ――――ボヨ!?」
作戦名、陽キャトランポリン。
その名の通り、陽キャを土台にして飛んで女子の水着を覗く作戦。
でもあとちょっと高さ足りない。
「ボヨ! ボヨ!」
「おい、見えないぞ!」
「こっちだって見えてないボヨ!」
「当たり前だろ、土台なんだから!」
「ふざけるなボヨ! 良心が痛まないボヨか!?」
「女子の水着を見るためなら何でもやる。そう決めたばかりだろ!」
「そういうことじゃないボヨよ!」
くそ、この陽キャ、小さい。
どうせ陽キャなんだからもっと背を伸ばしておけよ。役に立たないな。
「っち!」
「今、舌打ちしたポヨ!?」
あとちょっとで見えるのに、どうするかな。
もう少し高さがあれば。
「あの、降りてから考えないポヨか?」
「うっせえ、土台!」
「調子乗りやがってポヨ……今度はお前が土台になるポヨよ!」
「うわ!」
陽キャが俺を無理やり土台にしようとしてきやがった。
負けるか。俺にジャンプ力が無いから見えなかったとかありそうだから、絶対に土台になるものか。
「……。」
「土台は黙ってるポヨ」
負けた。さすが陽キャ、喧嘩は強かった。
だがまだ終わってはいない。寝そべればいい。
「おいポヨ、ちゃんと四つん這いになれポヨ」
「お前だけ水着見るとかありえないからな」
「……わかったポヨよ」
陽キャはぺちゃんこになっている俺の上にいたまま、白い柵を指さした。
高い壁の上にある白い柵。それがどうしたのか。
「あの柵に掴まって手を伸ばすポヨ。そしたら俺の手を掴かめ、俺が引っ張るポヨ」
「……本当かよ」
「もうそれしかないポヨよ」
「わかった」
「じゃあ――――踏ん張るポヨ」
憎たらしい笑顔をこちらに見せつけたあと、陽キャは俺を踏み台にして大きく飛び上がった。それはそれは高く、これが陽キャの身体能力なのかと驚かされた――――ちょっと背中が痛すぎるけど。
陽キャは見事に柵へ掴まり、その景色に顔を突っ込んだ――――まったくこちらに手を伸ばす気配もなく。
「ポヨ……ポヨポヨ!!?」
「おい」
「邪魔するなポヨ!」
「約束が違うだろ」
「知らないポヨ」
さすが陽キャ、簡単に人を裏切る。
こっちはわざわざ踏み台になったのに。アイツ一人だけ女子の水着拝みやがって。
「おい、手を伸ばせよ」
「嫌だポヨ。ああ絶景ポヨ」
「独り占めするなよ。ほら、手伸ばせって!」
「聞こえないポヨ~」
許せない。いつも陽キャばかり。
こうなったら女子の水着なんて関係ない。どんな手段を使ってでもこいつを引きづり落としてや――――待てよ。
「ああ、茨田の水着ポヨ! いい身体ポヨ! あそこには霞もいるポヨねぇ~やっぱ巨乳もいいポヨねぇ~」
「おい、いいのか?」
「聞こえないポヨ~。陰キャの声なんて聞こえないポヨ~」
「そうか。聞こえないのか。そうかそうか。せっかく語尾を消す機会があるかもしれないってのにな~」
「……ポヨ?」
陽キャは首を360度まげてこちらを凝視した。
どうやら興味津々らしいな。
「もしも手を伸ばして俺にも女子の水着を見せてくれたら、その残念、いや残酷すぎる語尾を無くしてやってもいいんだけどな~」
「それは……ほんとポヨか?」
「ああ、本当だよ。でも聞こえないなら仕方ないよな。俺だって授業あるし、そろそろ行かないとなー」
俺はそれとなく現場を後にしようとゆらりゆらりと歩き出した。
「――――待つポヨ」
かかった。だがここで振り向かない。
もう少し聞こえないふりしておく。
「待つポヨ!!!」
そう、その必死な声が聞きたかった。
これはフェアじゃない。アイツにとってあの語尾はいわば生涯にわたるかもしれない呪い。
あれのせいで茨田から気持ち悪がられ、女子に相手にされなくなった。
アイツは今、女子の水着を独り占めできるかもしれない。だがそれは生涯にわたって、彼女はいなくなることに比べればGよりも最低だろう。
「さぁ、手を伸ばしたまえよ。陽キャ」
「……わかったポヨ。絶対に語尾を戻すポヨよ」
「ああ、俺はお前とは違う。約束は守る男だ」
差し伸ばされた陽キャの手。それは天国への糸にも見えた。
俺は強くその手を掴み、水着の園へついに踏み出した。
「こ、これは――――!!」
「ねぇ、なにしてるの?」
「……あれ?」
柵に掴まり顔を上げると、なんとそこには天国にいるはずの無い閻魔大王のような女――――渡里天音がこちらを睨んでいた。
「天音……退いてくれ」
「なんで?」
「渡里、退くポヨ」
「だからなんで?」
「天音……お前の水着は興味ないんだ」
「同じくポヨ。茨田を見せろポヨ」
「そっか……――――!」
最後に見たのは天音の殺伐とした表情。
そこから先の記憶は無く、気づいたら俺たちは夕暮れの保健室のベッドに並んで寝ていた――――なぜか同じベッドで。
「……ポヨ?」
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