第28話 SM教室?
「最近授業に集中できないんだ」
「へぇ~そうなんだ」
「なんでかわかるか?」
「わかんない」
「この頭の傷のせいでだよ!」
膝を組んでスマホをいじる茨田は不機嫌な顔つきで、もちろん俺の頭の包帯は見ていない。
別にこの傷は茨田のせいでできたなんて思ってはいないが、傷が痛むたびに、イライラするたびに痛むんだ。
ただそれはいい。俺はこれでも心が広い方なんだ。そう自負している――――だがこの暗闇の中では沸点も近い。
「どうかした?」
「いや、なんでまた縛られてるんだよ」
「え? 当たり前でしょ。こんな暗い教室に二人きりって危ないじゃん」
「……確かにそうだな」
静かな暗い教室、二人きり、目の前に金髪美女のギャルがいたら手を出さずにはいられない。
って俺は監禁された側なんだが。
目が覚めたらまたこの前と同じような状況になっていたんだ。
つまり俺は自分から望んでここにいるわけではない。茨田がここに閉じ込めた。
「ってことは、俺は茨田を襲ってもいいってことだな。よし、綱を解いてくれ」
「むしろダメでしょ。絶対に解かないから」
そう言うと茨田は椅子を動かして向こうを向いた。
ああ、今日も綱が身に染みるぜ。
縛られてからだいたい一時間。たまに教師たちが廊下をすぐ外の通るが、ある人は二度見したり、ある人は写真撮ったり――なんでか微笑んでいる保健室の先生もいた。なんで?
「あの茨田。本気でそろそろ解いてほしい」
「無理」
「いや、本当に」
「今日は天音とゲームする曜日だ。不信がってここに駆け付けられたら、また殴り飛ばされる。あれ結構痛いから勘弁してほしい」
「へ~?」
茨田は意味ありげにニヤついてこっちを見る。
その視線はいつもの尖ったものではなく、少し妖艶な気がした。
茨田はスマホをポケットにしまい、こっちへ近づいてくる。
「わかった。解いてあげる……その前に教えてよ、渡里さんとの関係」
「天音との関係?」
ただの友達? いや、友達をぶん殴るとかありえるか?
そもそも半強制的に放課後の時間を奪うやつとか、三万のコントローラーを壊すゴリラを友達と言えるのか。
「関係……???」
「え? 付き合ってるんじゃないの?」
「いや、それだとのび太とジャイアンがカップルという事になるぞ。もしかして、腐女子だったか?」
「違うし、どうしてジャイアンが出てくるの……?」
だって天音ってジャイアンみたいな感じだから――――そうか、俺にとって茨田は歌のうまいジャイアンだったのか。
「でも付き合ってるわけじゃないんだ。そうなんだ」
「え?」
なぜか顔を赤らめる茨田。
あれ、もしかして俺のこと好きなんじゃね?
そうか。ようやく俺にも春が来たのか――――って茨田、なんで鞭を素振りしてるの?
「だったら思う存分、できるじゃん」
「な、なにをするつもりでしょうか?」
「何って? ナニするに決まってるじゃん」
鞭の先を床に叩きつける茨田。破裂音で廊下側の窓にひびが入ってるのだが。
てかおい、窓の外、遠藤先生、今隠れたの見たぞ。助けろよ。これはもうそういうことだぞ!
「私さ、今結構ストレスたまってるんだよね。コメント欄荒らされて」
「え、ええ?」
「なんかさ、うちのお兄ちゃんがどうだとか。頭おかしいやつに絡まれて……」
シャーペンの芯よりも細い空気の亀裂が飛んでくる。当たるか当たらないかくらいのギリギリで茨田は鞭を振るっている。
その顔は――――とても笑顔。ストレス溜まると笑うタイプだ。
「それに最近あの陽キャ野郎がウザくてウザくて、話し方とかキモすぎて、あり得ないんだよね~」
「あ、ああ?」
ヤバい。あんな鞭が打たれたら俺は間違いなく死――――ぬんじゃなくて目覚めてしまう。SMプレイという新しい扉を。
「ゴクリ……って違う!」
ど、どうにかして生きねば。
「じゃあそろそろ、一発い――」
「待った!」
「何?」
「あの陽キャ、俺も嫌いなんだよ。ムカつくよなー」
作戦、とにかく共感する。
女子は共感してほしい性格らしい。とにかく話を聞いて、共感することでストレスを発散させるんだ。
「うん。ほんとムカつく。食べ方汚いし、自慢話ばっかだし――――あー思い出しただけでさらにムカついてきた!」
ビシン!と床が悲鳴を上げた。
おいおい、なんかさっきよりも怒ってんじゃねえか。
何がモテる男のやり方だよ! 致死率あがったんだが?
「ああ、もう無理……ムカつくわ!!」
あの陽キャ、確かサッカー部だったよな。
閉まったカーテンの向こうから聞こえる声はそれだよな。
俺がこんなになってるときに青春してんじゃねえよ!
「じゃあ行くわよ、まずは一発い――――」
「待った! だったらもう別れればいい。そうだろ?」
作戦、論理で攻める。
だいたい正しいことを言う男はモテないらしいが、モテなくていいから命が惜しい。
共感がダメなら論理しかない!
「別れればいい? 付き合ってなんかないけど?――――付き合ってないのに、そういう風にされるのがマジで嫌!!!」
バシン!と床が割れた。
あれ、さらに怒ってる。なんで?
共感でも論理でもダメなのかよ! 両方、自分の首絞めるだけだったのかよ!
「もういい? とにかく一発――――?」
「……」
答えは沈黙。
反対がダメなら中間だ。共感でも論理でもなく、ただ黙る。聞くだけ。
あるいは死んだふり。
「覚悟が決まったようね?」
あれ? 全然鞭を素振りしてるのだが。
結局、何をやってもダメだったのかよ。バッドエンドまっしぐら!
「行くわよ、喰らいなさ――――」
「何してるの?」
廊下からのその声に鞭が下ろされた。
そこにいたのは、鬼の形相の天音だった。
「理君、またやったの?」
「どうしたら、そう見えるんだよ!」
「だって、ベッドの下に女王様の漫画があったよ?」
「え?」
なんでバレてるの?
てかいつ見たんだよ。勝手にベッドの下見るなよ。
「ベッドの下? 付き合ってもないのに――――まさかあんたたちの関係って……」
茨田は力が抜けたのか、鞭を落とした。
なんかあらぬ誤解が。
「茨田、俺と天音はそういうのじゃないぞ」
「付き合ってもないのにそういうことするってことでしょ?」
「待て、だから違うって、それだと付き合ってもないのにのび太とジャイアンが――――」
「だからなんなのそれ」
茨田の冷たい声に鞭は震えた。
さっきまでの怒った顔とは比べ物にならないホラーな顔でギョロリと俺と天音を睨む茨田。
「茨田さん、勘違いだよ。私は理君とは友達なだけ、そんな関係じゃない」
「そ、そうだ! 天音はただのジャイアンだ! 俺はそんな変食じゃない! 茨田ならそれくらいわかるだろ!」
「……わかった。それで天音さん――――何の用?」
茨田は鋭い眼光を天音に飛ばす。
明らかな敵意が感じられるが、天音は顔色一つ変えない。
「理君を――――――――殴りに来た」
どん! じゃねえよ。
シャンクスみたいに言うなよ。俺を助けに来いよ。俺の命がもっだいない!
「殴りに来た?…………なんで?」
「え?」
茨田の言葉に天音は固まった。
さっきまでの決意じみた顔は一転、いつもの柔らかい顔に一粒の汗が流れている。
「なんで友達を殴りに来たの? 私たち――――付き合ってるんだけど」
「うん? 付き合ってる?」
「“そういうこと”してる最中なんですけど」
茨田がおかしなことを言っている。なんか俺と茨田が付き合ってることになってる。
天音からすれば陽キャからギャルを寝取った男に、俺は見えているだろう。
それは余計にまずい。殴りのグレードが二段階くらい上がるかもしれない。
「あれ?」
しかし天音は苛立つのではなく、固まったままだった。むしろより固まっていた。
「……どうしたの? 今のは嘘よ?」
え? そうだったのか。残念。
その反面、天音は胸を撫で下ろしていた。
「あれ? どうしたの? ホッとしてるの?」
「べ、べつにそんなこと……」
「そう? 私から見たら――――これで安心して理君をぶん殴れるって感じだけど?」
茨田の研ぎ澄まされた一言に天音の顔色は真っ逆さまに変わった。
それを確認して茨田は勝利の笑みを浮かべた。
「ねぇ、なんで付き合ってもない友達を殴るの? 好きだから殴るんでしょ? でも言葉にもせず、突然暴力を振るうのって――――卑怯じゃない?」
「そ、それは……」
凍りつく教室。
茨田のその一言は確かに正論だった。
ただ一つ言わせてほしい。俺にはそれを言う権利がある。
「茨田だって俺のこと縛ってるし、鞭で殴ろうとしただろ」
「……」
少し溶けた教室。
あれ、俺の一言も正論のはずだろ。
なんで溶けるんだよ。てかいい加減、縄を解いてくれよ。
「……いいわ、今日のところはこの辺にしておくわ」
「お?」
茨田が縄を解いていく。
やっと解放される。ふぅ~。
「でもまだこれで終わりじゃないからね。楽しみにしておいて理」
甘い声で茨田は小さく耳元で囁いた。
縄が解けたのに、俺は椅子から立てなかった。
「じゃあね」
こうしてSM教室?は終わった。
この後、俺は天音と二人で帰ったが、天音はずっと元気がなく、今日はゲームもせずに別れた。
――おまけ(使うとこなかった)
「それなら大丈夫。アイツは退学したみたい。初めのほうに奇声が入ってたせいで、驚かれたけど」
「奇声?」
「ええ、廊下で騒ぐ変態の奇声。ほんと、最悪だったわ、見つけ出して縛り上げたいくらい」
顔が怖い。その犯人が見つかったら間違いなく殺されるだろうな。
――――あ、犯人俺だったわ。
すでに縛られてるし、黙ったままでいいよな。うん、いいよ。
「……」
「俺はやってないぞ!」
「あっそう……」
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