第27話 俺の妹はそんなに可愛くない、ので一緒に風呂に入ることは許されませす

湯船とそこから昇る蒸気が体のあちこちにできた傷を突いてくる。

ほとんどは天音のせいなのだが、なんなのかわからずにできた眉間が一番痛い。

「まぁ今日できたばかりの傷だからか」

傷薬溜まりから出て、育毛剤を手に落とす。

先に洗ってから風呂に入れと文句を言われるかもしれないが、これは許されるべきだ。

ただでさえ痛い眉間がこれからもっと痛くなるかもしれないからだ。

「ああ、寒いわけでもないのに身体が震え――――ってこれ育毛剤じゃねえか!」

いつも育毛剤は棚の上だろ、なんでしまってないんだよ。

今度は点字まで確認したシャンプーのポンプを押し、そのまま頭をカリフラワーにした。

「ここまではいい、ここまでは」

問題はここからだ。

どうやって頭を流すかで俺の命運は決まる。

本当に今度こそは理が死んでしまうかもしれない。

「ななな、なんだと?」

ヒリヒリする。

シャンプーの広がってくるやつが眉間をえぐってくる。

そういえばこれ、スーッとするほうのシャンプーだった――くそ、嵌められた!

「時間がない。いち早くここは――――ん?」

なんだ? あっちのほう、脱衣所から物音が。

この感じ、妹か? てかなんか脱いでないか?

え? どういうことだ? 

「もしかしてこれって――――」

「は、入るよ……」

妹が入ってきた。

もぞもぞと呟きながら入ってきた。

おい、これはまずい。あの妹は義理の妹、詳しく言うと親父の再婚相手の子供。つまりは血のつながっていない妹だ。

法律的には辛うじて合法だが、脱法ハーブくらい際どいぞ。

「お兄……ちゃん?」

「な、ななんあなあななななななな?」

「怪我大丈夫? 一人じゃお風呂大変だと思って……」

なるほど。

いや、全然納得してないけど。

てか辛うじて合法とか言ったけど、妹って中学生だった。完全にアウトだ。

別の意味で理、死すが起こってるのだが。

「……お兄ちゃん?」

「あわわわあわわわわアキームアオラジュワン」

「――そろそろ頭流せば?」

呆れた感じで妹は言った。

そうだった。どうせシャンプーのせいで、妹の裸見えてなかった。

てかそもそも中学生の裸なんか子供と同じだし、興奮する人なんているわけないよな。

「――――てい!」

「痛ぇい!?」

後頭部から滝が。泡が眉間に食い込んできた。

ヤバい、すごい染みる。痛い。

というか後ろからの鋭い水圧のほうが痛い。

「や、やったな……」

「お兄ちゃんがお風呂に入って一時間経ってるんだよ、ビビりすぎでしょ!」

「あー、もう許さない。久々にお兄ちゃんボンバーを喰らわせてやる!」

「そんなの、もう怖くないもん!」


この後、足が震えるくらい、妹を懲らしめた。

一通りボンバーが済むと仲良く二人で湯船に浸かった。


「たまにはいいのかもしれない」

「……?」

「そっちから入ってきたくせに黙るな」

「顔赤いよ?」

なんだかんだ一時間半。

さすがに逆上せてしまった。

「もう上がる」

「うわ、全身真っ赤! 赤鬼みたい!」

妹の笑い声が響く中、ふらつく足を立たせてなんとか脱衣所に出た。

てか頭が朦朧とする。気分悪い。

なんでこんなに長湯したんだろ、その記憶もないくらい逆上せてる。

「ん?」

なんか見慣れないハンカチがある。少し黒みがかった赤色の。

変わった趣味のハンカチだな。

「ねぇ、それって誰の? お兄ちゃんのポケットの中に入ってたよ?」

「え?」

「なんか血塗れだし」

「血?――――ああ、そうだ。茨田のハンカチだ」

俺が刺されたときにハンカチを貸してくれたんだっけ。

すごいな。柄がわからないくらい血に染まってる。

もう使い物にならないだろうし、どうしよう。

「茨田? 誰それ? 男の人? 女の人?」

「あ……あー友達?」

「その反応、女の人なんだ…………どんな女?」

妹の目が怖い。すごく怖い。

このままじゃ、また包丁を向けられかねない。

ここは巧く躱すしか――――いや、待てよ。

「ほら、茨田紗綾っていうyoutuberいるだろ? あの人だよ。実は同じクラスで、最近話すように? なったんだよ」

「ふーん……」

どうだ。さすがに女性人気の高い美容系の有名youtuberの茨田なら妹も認めてくれるだろう。この前は天音だったから刺されそうになったんだからな。

「なんか今、馬鹿にされた?」

ともかく、茨田なら妹も許してくれるはずだ。

それにマジで友達? だし。

「その女がお兄ちゃんに怪我させたんでしょ? あの女がお兄ちゃんを刺したんでしょ?――――許せない」

「あれ?」

妹がすごい顔して風呂を上がって、服も着ないであっちに歩いて行った。

もしかして包丁取りに行った?

「え?」

「ママ、放して」

「な、裸に包丁で外って、何考えてるのよ~」

「いいから、今からクソギャルビッチに制裁を下しに行くんだから」

「え~、ギャルと喧嘩したの? だけどやめときなよ、怖い男の人と付き合ってるかもしれないわ~」

「そしたら返り討ちにしてやる。三人くらいなら〆れる」

「え~、真っ裸? 」

あ、これは収拾がつかないやつだ。

なんか義母が「理も見てないで止めるの手伝って!」って叫んでいるけど、無理です。

下手したら俺が刺される。

「よし、こんな時は部屋に籠ってアマネの歌枠聞きながらゲームだな」

「ちょっと理~!?」

そうして俺はヘッドホンをつけ、コントローラーを握った。

今日もFPS鍛えるか。

「樹希、襲ってきてもいいから、まずは服を着て~!」



――――同日、ある部屋。

「やっと来た」

風呂上がり、茨田はフランスから届いたマスカラを手に持って飛び跳ねていた。

しばらくして自室を駆け回り、カメラと照明、その他小道具を準備していく。

ターバンのように巻いたタオルを解き、いつもの髪とメイクを少しした。

「準備オッケー、じゃあ撮ろうかな――――でもその前に」

美容系Youtuber茨田紗綾。撮影前には必ず、前回の動画のコメント欄をチェックする。

そこに書かれている応援、称賛、質問、要望を動画の中で答えるためだ。

「今回もすごく参考になりました!」

「本当に美女過ぎて羨ましい」

「来月に凄いリップがフーメラから出ますよ!」

あとコメントから元気をもらえるからだ。

茨田はご機嫌に鼻歌を歌っている。

「――――やっぱこの女じゃ勃たない」

鼻歌が途切れた。

「まだ高校生、これから胸は大きくなる。期待していよう」

「顔だけならイケる」

見る見る茨田の表情は曇っていく。

下に行けば行くほどに曇り曇り、だんだん修羅な顔に変貌する。

「これだから猿共は……」

撮影前の鏡。

そこには動画でも学校でもなかなか見ない顔があった。

茨田自身もその歪んだ顔を見つめ、そこから撮影を始める――――最もブスな顔を最も綺麗な顔に変える決意を込めて。

「よし、やってやるわ――――え?」

コメントのページを閉じようとした瞬間、新しいコメントが投稿された。

「――――馬鹿みたいな顔してる。男をたぶらかしてる。許さない」

少し戸惑いながらも茨田は返信した。

「なに? 嘘言わないでもらえる?」

十秒も経たず、返信が来る。

「は? その顔で何人も騙したくせに」

茨田はそのコメント見て、ニヤリとした――――始まった。

「騙した? だから嘘つかないでもらえる? そんなことしてない」

「してる。そうやって言い逃れようとするところとか最低」

「何? だったら証拠出せよ。証拠なんてあるわけないけど」

「うわ。キモイ女。すぐに証拠証拠って。クソ馬鹿のくせに」

「あ? あんたよりは馬鹿じゃない。それに証拠は? やっぱりなかったんだよね?」

「普通にその顔と性格が証拠みたいなもんだけど、わからない? あるっていってるの。だから今のうちに謝った方がいいけど?」

「何だお前? 謝る? いいから証拠出してみろよ。ないんだろ?」

――このような合戦がこの後二時間くらい続いた。

そのころには茨田の整えた艶やかな髪もすでにボサボサになっていた。

「あーあ、この後動画撮ろうとしたのに、あんたのせいで台無し」

「動画撮る? あんなことしたのに呑気すぎ。いいからすぐ謝れ」

「だから何にもしてないし、そっちも証拠ないでしょ。いいから行ってみろよ」

「うわ、誤字ってる。さすが馬鹿。このクソバカギャルビッチ」

結局、茨田は動画の撮影ができず、その夜はずっとバトっていた。

その決着は朝まで続いた。

そのせいで茨田はその日の授業の全てを睡眠に費やした。

またある妹も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る