第26話 理、死す!

休み時間の教室。

窓側の一番後ろの席で頬杖して、外を眺める天音。それを見ながらコロッケパンに口に運んでいく大野。

「天音ちゃん、どうかしたのかい?」

「いや、なんでもないですよ」

「そう……もぐもぐ……」

澄んだ青空にモグモグが飛んでいる。

天音は頭を横に振って、大野を改めて見つめた。

「最近、めんどくさいんだよね」

「……なにがだい?」

「理君をぶっ飛ばすのが」

それを聞くと大野は口を止め、コロッケパンをじっと見た。

そして一回頷くと―コロッケパンを窓の向こうへ投げた。

その最高速度は180km/h。

空遠くへ離れて行くコロッケパンを見つめ、満足げな顔をして大野はこう言った。

「不味い!!」

天音は首を横に振り、教科書を取り出して勉強を始めた。

何かを諦めた瞬間だった。

「なんだあれ?」

理にとってそれは昼間に輝くもう一つの太陽に見えていた。

「やっぱり、ノリって怖い」

陰に隠れた女は静かに鉛筆を震わせていた。



移ろいゆく日々。

もうすぐ夏だろうか、今日の夕焼けはいつもより赤い気がする。

この廊下を歩いて二か月くらい……だったらまだ夏じゃないな、梅雨だな。

外にはバッドで素振りする坊主たちが汗を流していた。

あの煌めく汗粒も青春の一つなのだろうとしみじみ黄昏れてしまうのは、ある意味での現実逃避だ――――というのも今日学校に来るのは二度目だからだ。

さっき帰ったばかりでまた学校まで、教室まで歩かされている。そう、歩かされているんだ。今日は天音から解放される木曜日だというのに、どうしてだろう。俺は呪われているのか?

ところで、なぜ俺が歩かされていると思う?

「金太郎の忘れ物取りに来たんだよぉおおおおおおおおおおおおおおい!」

「よぉおおおおおおおおおおおおおい……よぉおおおい……よぉおおい」

「めっちゃ、反響してる」

ワケを説明しよう。

まず、金太郎は文芸部だ。

次に、今日の文芸部は市の図書館で活動している。

最後に、金太郎がパン粉を忘れた。

「……パン粉ってなんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

文芸活動にパン粉なんて使わねえよ。

たとえ使ったとしてもパンだろ、消しゴム代わりの。

「いや、それも使わねないな」

ともかく俺は意味不明な理由によって再び教室へ歩く羽目になった。

ん? スマホが鳴った。

「早くしてくれよ。パン粉が無きゃ僕は集中できないんだ」

金太郎からのLINE。

もう親友辞めようかな。俺、アイツのことまったく理解できてないし。


――――「おい、舐めてんのかよ!」


向こうの教室からだ。

張りのある女子らしい声が響いてきた。

それって俺の叫び聞かれてるってことじゃねえか。最悪だ。

「あと一万足りねえぞ!」

別の声だ。

その教室のほうから殺伐とした空気が漂ってきている。

ただ事ではなさそうだ。

とはいえ、巻き込まれるのは嫌だ。

だけど俺の教室、その向こうなんだよな。通りにくいよな。

「ちょっと時間置くか」

こういうときはテニス部の女子を見に行こう。

だいたい可愛い女子はテニス部にいるという世界の法則があるからな。

目の保養+時間つぶし、俺は教室とは真逆へ歩き出した。


――――「おい、なにやってんだよ?」


調教され覚えのある声が後ろからして身体が震えた。

そしてちょっと嬉しくなっている内面があった。

恐る恐る振り向くと、そこには――――その教室の中へ入っていく茨田の姿があった。

かなりの顰め面と殺気だった。

あっちで何か騒めく声があるのがわかる。でもなんか聞こえない。

俺は声を潜めて近づいていく。

ちょっと怖いし、面倒になっているのはわかっている。

なのに茨田がそこまで悪い女なのか、俺は確かめずにはいられなかった。

そんなわけがないに決まっているのに。


――教室のドアを少し開け、そこから覗く。


「あ、茨田じゃん?」

ツインテールの女子、茨田と同じギャルっぽい女子が机の上に座っている。その周りに背の高い女子と小さい女子がいる。

その三人とも馬鹿にするような笑いを浮かべている――床に頭をつけている女子に。

やっぱりそうだったのか。

だけどなんか様子がおかしい。茨田がツインテに眼を飛ばしている。

「ここでなにやってんの?」

「え? 見たらわかるでしょ? ほら」

ツインテは数枚の一万円札をバラまいた。

ゆらゆらと宙を舞う札にツインテはさらに笑みを浮かべ、床に落ちたそれが涙に濡れると笑い声を堪え始めた。

周りにいる女子たちもそれは同じだった――でもそこに茨田は含まれなかった。

「なにそれ?」

「万札だよ、今日はこんなもんだったけど、明日はもうちょっと増えるかも」

「……そう」

「あ、よかったら茨田にも分けてあげるよ。ほら、自由に拾いなよ」

茨田の眼力は緩むことはなかった。

ずっとツインテを睨んでは離さなかった。

もはやその顔はいつもとは違いすぎる、刺して息の根を止める目だ。

「いらねぇ、そんな汚い金なんて」

「そうなんだ。じゃあとっとと帰りなよ」

「……じゃあそうする。ほら、立って」

茨田は微笑み、床で泣いていた女子へ手を差し伸べた。

そのまま教室を出て行こうとする二人に、ツインテらは苛立っているようだ。

「おい、待てよ。どういうつもりだよ! そいつ置いてけよ!」

「……」

ツインテは声を荒げ、無視されると、茨田の肩を掴んだ。

「無視してんじゃねえぞ! 調子乗ってんのか?」

「……明日は間違いなく一枚ももらえないからな」

鋭い眼光でそう言った茨田。

その手にはボイスレコーダーが握られていた。

驚き硬直するツインテの手を払い、茨田たち教室の外へ歩いていく。

「だったら……」

ツインテはポッケに手を入れ、そこからは何か光ってる何かがある。

もしかしてあれは、いや、まさか。

「お、おい、晶子?」

焦る取り巻き。

なぜならその手には――カッターナイフが握られているからだ。

まずい、茨田はまったく気づいていない。背中見せたままだ。

「――――だったらどうだってんだよ!」

ツインテは叫びながら茨田に襲い掛かった。

少し遅れて茨田はそれに気づくが、もう遅い。すうでにツインテは茨田にカッターナイフを突き刺そうとしていた。

「……は?」

だがその鋭利な刃は逞しき男の英雄たる眉間に刺さったのであった。

そう、俺の頭にツインテのカッターナイフは刺さった。

あと、今の「……は?」は茨田も含まれている。

「あ、あれ?」

なんか視界が真っ赤に。てかなんか眩暈も。

刺さったのって眉間だったよな。だったら大丈夫のはず――――いや、待てよ。これ脳天じゃねえか。

「え? 何してんの?」

ヤバい。これはヤバい。

三話くらい連続で怪我ENDしてきたけど、これはまずい。

これは致命傷のやつだ。

……ああ。

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