第22話 ミュージカル鼻声実況者、髪逆立つ脳筋Vtuber、またしても置いてかれるモーちゃん

鐘の音が聞こえる。チャイムである。

四限目が終わり、昼休みのころ合いになったばかり、渡里天音は頬杖と顔をしかめていた。目の前にいる猿に。

「弁当、筆箱、ノート、教科書。よし、忘れ物はないな、うんうん! いってきまぁす♪」

半分声を裏返りながら叫んで教室を走って出ていった。満面の笑みで。

唖然とした天音は、理と入れ替わるように入ってきた理の親友の金太郎に声をかけた。

「……ねぇ金ちゃん、理君どうしたの?」

「もぐもぐもぐ……ちょっと待って、フランスパン食べてるからね……ごくん。で、なんだい?」

「だから理のあの様子はなんなの!」

「あ、ああなんで怒ってるかわからないけど、僕も知らないよ」

先週から昼休みになるとファンタジックなミュージカルのように鼻歌交じりで、教室を飛び出している。

その災害を目の前で毎日喰らっている天音は怒り心頭であった。

「知ってるでしょ! 理君の親友なんでしょ!」

「そ、そうだけど……ごくごく――」

「飲んでる場合じゃないでしょ!」

金太郎の牛乳が叩き飛ばされ、教室の端のほうで少女が描いている原稿へ――二次災害である。

「そ、そんなこといわれても」

「どう考えたっておかしいわ、最近の理君は!」

「な、なにが、どこも変わってないよ?」

「ほんとに理君の親友? 一目瞭然でしょ!」


――月曜日のホームルーム。

「あー、理。今日の昼休み補修な、忘れんなよ。あと茨田も」

「はぁい」

「……」

鼻声交じりの理、担任に眼を飛ばす茨田。


――火曜日のホームルーム。

「あとそうだ、今日も昼休み補修だってさ。理と茨田」

「はぁあい」

「……はい」

鼻声ニヤつく理、担任に一瞬だけガンを飛ばしそっぽを向いた茨田。


――水曜日。

「そうだそうだ。今日もあるって。理と茨田なー」

「はぁいぃ!」

「…………はい」

もはや鼻血声の理、ついに目を逸らした茨田。


――木曜日(昨日)。

「じゃあ、一限目体育だから――」

「先生! 今日も補修あると思います!」

「あ、ああ、そうだった。忘れてた。えっと、理と茨田、昼休み補修な」

「はぁい!!」

「………」

天井まで突き通るような鼻声と深刻に顔色が悪い茨田。


――金曜日(今日)。

「よし、えーと、週末だからってあんまりだらけるなよー。じゃあ――」

「先生!」

「あ、そうだったね。今日も補修あるわ。あ、でも茨田だけみたいだ。遅れるなよ」

「はぁい!!」

「……?」

「いや、茨田だけだって」

窓ガラスを破壊する勢いの鼻声と絶望を通り越して無邪気な茨田。


――そして現在、昼休み。


「わかったでしょ!」

「あ、あ、うーん?」

天音は興奮のあまり顔が真っ赤になっていた。

だが金太郎は涼しい顔してフランスパン二本目を齧り出すだけだった。

「絶対、茨田さんが何かやってる。そうに違いない」

「何かやってるって?」

「理君に毒薬でも飲ませてるんでしょ、頭おかしくなってるし」

「元からだよ……もぐもぐ」

親友の威厳だろうか。

金太郎はまったく顔色を変えない。

「だったら、なんなの?」

「むしろ逆だと思うよ。茨田さんが理君に何かされてるんだよ、たぶん」

「何かって何?」

「うーん、わからないな」

「――おいおい、わからないのか?」

頭を悩ませているようでただ三本目のフランスパンを口に入れる金太郎、その横から一人の女子生徒が割り込んできた。

名は藻部模撫子。天音の親しい友達である。

「もーちゃん、理君が馬鹿の理由がわかるの?」

「いや、それはわからないけど、最近最高にハイになってるのはなんとなくわかるかな」

えっへんと自慢げな藻部。

たが天音は首を傾げ、傾げ、ゴギゴギと鳴らした。

「あー、あっちの男子の会話、聞いてみ」

三人の男子が弁当を食べながら会話している。

「理の奴、ずるいよなー、あーずるい!」

「それなー」

「クラスのクイーン、女王の茨田と補修だもんなー」

「ほんと、ずるいよなー、ずるい、ずるいよなー、あーずるい!」

「それなー」

「しかも席が隣同士、もう一週間だ。消しゴム落とし放題だもんなー」

「ほんと、ずるいよなー、ずるい、ずるすぎる、あーずるい!」

「それなー」

「何気に理って、クラス可愛さランキング四位の渡里とも仲いいし、モテモテだもんなー」

「ほんと、ずるよなー、あーずるい、ずるい、ずる……それは別によくね? 所詮はクラス四――ぶっはぁ!」

天音パンチが炸裂。

窓を割って芝へ頭を突っ込んだ。

「とりあえず、わかっただろ?」

「もぐもぐ……」

「なるほどね、茨田さんと毎日隣の席になれて舞い上がってるんだ」

「お? 嫉妬した?」

「もぐもぐ……」

「別にしてない!」

「ふーん? だったらなんでそんなに必死なのかな?」

「もぐもぐ……」

「べ、べつにいいでしょ!」

「ふーん、へー」

「もぐもぐ……」

「てかさっきから煩い!」

二人のイラついた声が金太郎に放たれたが、横長フランスパンでガードされなかった。ちょうどその個所を食べてしまったためである。

「それよりも、もたもたしてていいのかい? 昼休み終わっちゃうよ?」

「あ、そうだった! とにかく補修の教室に行ってくる!」

「いってらっしゃい……もぐもぐ――もぶぅ!?」

「金ちゃんも来て!」

天音は体重120キロを超える金太郎を片手で引っ張って、凧のように浮かべながら走っていった。

「……あたし、なんで置いてかれた?」

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