第23話 ごめん、やらかした

やっぱりギャルはいいよな。

そう感じる昼頃、隣からの鋭い視線に俺の心はウキウキしていた。

「ああ、ふざけんなよ……」

昼休み、補修の教室。

教卓には懲りずに兀山がハゲしているが、どうでもいい。

俺はとにかく隣で、イラついている茨田を見ていたい。

机に人差し指をぶつけまくって、唇も噛んでいる茨田を、それでも美女な茨田の姿を、ただ見ていたい。(あと微妙に揺れている胸も)

「おい、さっきから聞いてるのか!」

チョークの折れた音が教室に響く。

たがそれももう慣れた、俺も茨田もまったくの無視。

「この、生意気な……こっちは昼休み潰してまで、お前らに勉強を教えてやってんだぞ!」

「……はぁ」

「なんだ茨田! 溜息なんかつきよって! こっちはお前らのため――――てか、理は勝手に来てるからお前のために補修してんだぞ!」

「うっさい」

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア???」

ハイト―ンボイスでキレる兀山。もはや、高すぎて俺には聞こえない。

てかたぶん、人間には聞こえないな。外を優雅に飛んでいたカラスがバランス崩してるけど。

「だったら、最初から補修なんてしなきゃいいじゃん」

「なにを言うか。そんなんだからお前は、馬鹿な――」

茨田にギラリと睨まれ、兀山の声が止まった。

かなり殺気立っている。だがそれも、綺麗だ。

「と、とにかく、今日は終わりだ! ちゃんと勉強しておけ! あと理はもう来るな! 目障りだ!」

そう言い放ち、兀山は教室のドアを大きく叩きしめた。

てかなんか今、凄い誹謗中傷された気がしたような。まぁいいか、そんなことよりも茨田のの顔見ていよう。

「……」

「……」

白い首を汗粒が通っていく、そしてそれがボタンの開いたままの胸元へ流れ込んでいって、その後は――――あれ、見えない。髪を触る手に隠されて見えない。

「み、みえ?」

「……」

席を立ち、あからさまに覗き込む。

がしかし、かき上げられた茨田の髪に目潰しを喰らって、谷間の先がぁ、見えなぃ。

でもいい匂いしたからこれはこれでいい。

「やっぱりギャルっていいよな。あっ……」

ヤバい、つい本音が漏れてしまった。

今の聞かれた? 俺が茨田を見てたのバレた?

おいおい、この一週間頑張ってきたのが水の泡じゃないか。せっかく上げた茨田の好感度が、俺が築き上げた紳士の象徴が。

「ふーん? そんなに好きなの?」

「え?」

茨田がニヤニヤしながら擽るような目を俺に向けている。

あれ、やっぱりバレてなかった。いや、それどころかいきなり好きなの?って聞いてくるってことは脈ありでは?

「私って、そんなに胸大きくないのに、そんなにこの先の景色、見たかった?」

茨田は浮ついた心を転がすような意地悪な視線とともに、その襟を軽く開いた。

見える。少し背伸びすれば見える。絶対、見える。

これは、いいのか? いいよな? いいんだよな?

「ほら、見たいんじゃないの~? 早くしないと閉まっちゃうよ~?」

だんだん襟が、あそこが、閉まっていく。

ダメだ、迷ってる暇はない。ここで行かねば失礼というものだ。

「俺は貧乳でも好きだ――――うおおおおおおおおおおおおおおお!」

背伸び間に合え!

そこに俺たちの楽園があるんだ!

閉まっていく胸元、伸ばす背。どちらが先か。

この刹那の間に俺は希望を込めた。ここに全てをかけた。

そしてこれは――――見える、あと少しで……見え、見え、見え……見えt。

「いいわけないだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

天音の声。それだけが一瞬あった。

ただすぐにそれも途絶え、視界は染まっていく。


――――あれは確か5年前、いや7年前だったか。まぁいい。


あの頃、中学の時だ、俺には好きな女の子がいた。

でも俺はその子の名前すら知らない。


なのに好きになったのは――――あのバスに乗った時のことだった。


その日、俺は一人、ゲームの大会を観戦しに都会まで足を運んでいた。バスに乗ったのはその帰り道だった。

揺れるバスの中で、もうとっくに真っ暗になっていた空を眺めながら、俺は眠気と戦っていた。

下は田んぼで景色も変わらず、バスには俺と一人の男子高校生、あとは運転手しかいなかったから静かで、余計に眠気は強くなり、寝落ちしそうだった。


――――バスは死出に止まった。その次は賽だとバスのモニターに書いてある。


バスのドアが開き、バスが揺れて眠気が煽られた。誰か入ってきたのかと、周りを見たが、そこには誰もなく、だったら何かに蹴られたのかと外を覗いても何もなかった。

気のせいだろうと俺はまた眠ろうとした。

その寸前に、ある違和感が頭を突き刺した。


それは――――男子高校生が消えている。


いや、もう降りたんだろうと。そう思っていた。

でも外に歩く姿はなかった。

いやいや、やっぱり寝ぼけてるだけだよなって。思って俺は寝ようとした。

だがその寸前に、あるものが目に映った。


――田んぼに揺らぐ何かの影。


あんなもの、さっきはなかった。

なのに何かが揺らいで、うねっているようにも見える。

どうにも気になり、俺はスマホのカメラで拡大した。

そしてその正体を覗こうとした、その瞬間――――スマホが爆発した。


俺は大きく転んで、バスの中で転がりまくった。

その反面、俺は混乱していた。

それは、なにか小石のようなものがカメラから見えた気がしたからだ。窓に小さい穴が開いているからだ。

俺は怖くて仕方なかった。スマホが壊れたこと、誰かに狙撃されたこと、とっくに降りるべき場所が過ぎていて知らない場所を走っていること、お金もなかったこと。

――俺はそう、何もかもに絶望しかけた。

もう終わりだと悟った。

そんなときだった。あの子が俺の前に現れたのは。


「久しぶりだね」


白い帽子、白いワンピース。同じ年くらいの綺麗な女の子が俺に手を差し伸べていた。

走るバスの中、あの子は微笑んで俺を救ってくれた。

あの可愛さは今でも忘れられない。


その後、俺はあの子の助言により、次のバス停で降り、家を目指した。

あの子はそのままバスの乗って行ってしまった。


――――って何の話だ、これ?

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