第19話 カノン

「理君って、どんな曲が好きなの?」

天音について行って繁華街を歩いていると、突然、天音はこちらへ振り返って聞いてきた。

俺はすぐに返答できなかった。最近、音楽なんて聞いてないからだ。カノンアマネの歌枠を除いて。

「あれ? 音楽嫌いだった?」

「そうじゃないけどな」

「んー?」

何故か寂しそうな表情の天音。

余計に思い出せないからやめてほしい。

「あーロックとかかな。FPSと合ってたし」

「そうなんだ。じゃあ楽しめるかな」

「え?」

天音は嬉しそうに微笑みながらスキップしていった。

周りを歩く人に結構見られてるぞ。


「――盛り上がっていこうぜ!」


轟くドラム、重厚なベース、巧みなギター、感情溢れるボーカル。

あふれんばかりの大声、サウナのような熱気、入り混じる匂い。

そうだ。ここはライブハウスだ。

「てか、すごいな」

一番後ろの壁に背を持たれ、汗を拭く。

盛り上がりすぎて引いてしまうな。生ってこんな感じなのか。

「飲み物持ってきたよ。って汗だくだね、はい、タオル」

「あ、ありがとう」

タオルで顔を拭こうとしたら、うずめたみたいになった。

甘い匂い……あれ、なにやってんだ俺は。

「ほら、もうちょっと近く行こうよ」

「あ、ああ」

天音は飛び跳ねながら人混みのほうへ行った。楽しそうだな。

あんな天音は初めて見た気がする。

だが俺は外からでいい。ちょっとあの熱気は耐えられないかもしれない。

冷えたお茶を喉へ流した。

「――なにやってるの、行くよ!」

「うわっ!」

無理やり天音に引っ張られ、結局俺は人混みの中へ。

ああ、でもここ悪いとこじゃないかもしれない。

女の子たちがジャンプするたびに胸が揺れ――ぐは! 横から拳が。

「なにするんだよ?」

「別に?」

おいおい、これが暴れていいタイプのライブってやつか。

いいだろう、受けて立ってやろう。

これだけの人数がいれば、天音にだって勝てるはず。

「なに笑ってるの?」

「いや、別に?」

なんだこの余裕な顔は。やっぱり勝てる気がしない。

冷静に考えればわかる。天音に勝てるわけなんてなかったんだ。

「――諦めてんじゃねえよ! できるかどうかなんて関係ねぇ! やるしかないだろ!」

ボーカルの雄叫びに場は一斉に歓声に埋め尽くされた。

弾ける音が鳴り響き、曲がさらに激しくなっていく。

感覚が研ぎ澄まされ、理性は忘れられた。

「今なら天音に勝てるかもしれない」

「え?」

「今なら勝てる!――うおおおおおおおおおおお!」

「?」

「ひでぶ!?」

ロックが夢を叶えられても、天音には勝てなかった。

でもこんな音が体にぶつかるとき、俺はその現実も無理じゃないと思えた。

「だったらもう一回行ってみるしかないよな!――うおおおおおおおおお!」

「だからなんなの?」

「あべし!?」

ごめん、やっぱり無理でした。

どんなに頑張っても天音には勝てません。

てかこいつ、マジで人間なのか。拳が体に触れる前に絶対に止まるんだが。

「――おいおい痴話喧嘩って、仲いいな! 彼女、大事にしろよ!」

なんか煽られた。なんかもういいや。

これ以上やると、本気で殺される気がする。

そんな目つきで天音が見下してきてる。


――その後はなんだかんだ、ライブを楽しんだ。まさか天音があんなことになるなんて。


ライブハウスから出た帰り道。

しばらくの間、俺と天音は一言もしゃべらなかった。

正直、結構疲れた。ほぼずっと歩いてたり、叫んでたりしてたから。

「……」

夕陽が煌めやかに俺たちを見ている。

少し寂しく、儚さを感じる。そんな風も吹いていた。

それはいつもの夕方とは違う、感覚だった。

信号が足を止めた。

「……今日どうだった?」

天音が口を開く。

なんで少しモジモジとしてんだろ。

「楽しかったよ」

「そ、そう」

天音は恥じらいながら頬を染めた。

すぐに俺は缶ジュースをそこへあてると、天音はビクッとした後にムッとした。

「……」

「あ、青信号だ」

多分俺の顔色もそうだろう。

天音に睨まれると肝が冷えて怖い。

「明日も家行くからね」

「え?」

丁度渡りきると信号は赤くなった。

今、天音が呪文を言ったようだ。

「だから明日もゲーム教えてねってこと」

「なんでだよ。もうゲーム教える必要ないだろ、あれだけ盛り上がったんだし」

悔しいが、天音の下手さは面白いし、人に元気をくれる。

ゲームが巧くなくても人をあれだけ感動させられるなんて、信じたくはないけど。

「私は絶対、理君みたいにスーパープレイはできないけど、人並みくらいにはゲームができるようになりたい。もう笑われたくない」

「だったらレーシングゲームするなよ」

「だって、やってみたかったもん」

天音は黙って頬を膨らませた。

厄介な性格してるな。

「というか、理君、まだ拒否しようとしてるの? そもそも拒否権なんかないよ?」

「いや、あるに決まって――」

「だれのおかげで赤点免れたんだっけ?」

おいおい、厄介な性格してるな。なんか前より性格悪くなってるだろ。

でもぐうの音も出ない。確かに天音がいないと俺は留年確定レベルだ。

クソ、とんでもない運命だ。

「……だけどもう少し頻度を減らさせてくれ」

「わかった」

夕陽に照らされる天音の顔は、その返事とは真逆に不満そうだった。

そこへ吹いた風に天音の長い髪はその顔を隠した。

ああ、肌寒い。


天音と出会ってから毎日大変だ。

今日も天音は俺の部屋にきて、ゲームをやって、新たなバグを二つ見つけて、晩飯を食べて帰っていった。

「ああ、やってらんないな」

風呂から上がると、俺はいつものようにゲーミングチェアに座って、ゲームを起動させる。

しだいに激しくなるファンの音が静寂の部屋に漂う。

ゲームが立ち上がるまでの僅かな時間の隙間にスマホでyoutubeを開く。

「今日もやってるみたいだ」

カノンアマネの歌枠。

その正体はさっきまで俺の部屋でゲームに藻掻いていた同級生、渡里天音――とは思えないが、そうだと実感している。

とはいえ、この時間に配信している事実はどうにも信じられない、慣れない。晩飯喰って帰って一時間も経ってないし。

「~~♪」

ただこんなこと考えても、このような限りなく不可能に近いことも、違和感も、彼女の歌声がすらりと流してしまう。たまにゲームへの集中力までどこかへ行ってしまうが。

「今日も一曲目からロックか」

あんなにゲームしたのに、そんな元気があるのか。体力凄いな。

でもFPSやるには丁度いい。

「よし、やるか」

一日の終わり、ゲーム配信しない日、俺は歌を聞きながらゲームの磨くようになっていた。

その歌声は誰よりも聞きやすく、綺麗だった。

別に好きというわけではなく、ただカノンアマネの歌が良いだけだ。

俺たちはそういう関係でいい。

「あいつ、俺の配信見てたりするのか?」

まぁどうでもいいか。

それにしても――――いい歌だな。

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