第18話 そういえば、学校と自宅ばっかりだった気がする
「……なんで来た?」
日曜日昼頃、玄関の扉を開けて、現れたのは満面の笑みの天音だった。
今日は休日、そうでなくても天音と会う日じゃない、またまたそうでなくてももう天音を家に入れる必要はあんまりない。
「ねぇ、この前のこと覚えてる?」
あれ、身体が動かない。
天音の今の言葉が俺の血管を凍らせたみたいに、肌寒さが巡りまわってる。
もしかしてこれ、俺殺される?
「とにかく、上がっていい?」
「ど、どうぞ」
本当は上げたくない。でも断れるはずがない。
拒否を少しでも示せば終わる。そんな気がした。
学生の休日は華やかなものだと想像される。なぜかって若いからだ。
友達と遊んだり、彼女とデートしたり、バイトや部活も青春の一つだって解釈されがちだ。
しかしここに一つ、相容れないところがある。
なぜ我々は休日にゴロゴロする想像はされないのだと。
「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」
ああ、俺の部屋の床って最高だな。
「ねぇ、床で転がるのやめて。鬱陶しい」
「何を言っている。ここは俺の家だ。俺がどうしようが勝手だろ」
元々ゲームをやっていたが、天音が来たせいで集中力なくなった。
だからゴロゴロするしかない。
「ゴロゴロ……」
「そ、そんなに楽しいの? それ?」
「ゴロゴロ……」
「わ、私もやってみようかな。ゴロゴ――」
「なにやってんだ?」
「……ちょっと寝てただけ」
赤面して、恥ずかしいと思うのなら最初からやるな。
って待てよ、なんで女子がゴロゴロするのは許容されるんだ。
可愛ければいいのか。
「――理君」
「な、なんだ?」
「いつも休日って何してるの?」
「ゲームしてる」
「はぁ……やっぱりそうだったんだ」
落胆する天音。
別に俺がどうしようが俺の勝手だろ。
てかむしろ、遊びに行くとかなら天音のせいでゲームする時間が(ry
「ねぇ、変だと思わない?」
「え?」
「今思えば、ずっと家と学校ばかりだった気がするんだ」
と天音がじと目でテレビの奥を睨んでいる。
このまま行くと誰かが危ない気がしたので、俺は貴重な休日を仕方なく、天音と遊びに行くために使う羽目になった。
「どうだ!」
「おおー」
「お兄ちゃん、路上戦士やりこんでるね!」
「ああ、誰でもかかってこい!」
「……」
今やっているのは路上戦士、格闘ゲームだ。
ここは繁華街のゲームセンター。天音がまだ時間あるからって言って暇つぶしに入ることになってしまった。
久々だから楽しめないかと思ったが、案外できる。一人を除いて、周りの人たちも俺のプレイに熱くなってるし、やっぱりいいな。
「ふん、そんなカスを倒したくらいで調子に乗っているのか?」
「あ、あれはここいらを支配している路上戦士の覇者、雷神!?」
「だったら、相手してやるから座れよ」
もうたぶん、ここには来ないだろうけど、道場破りしてやる。
なんか気に食わないし。
「突然現れた兄ちゃんと、覇者雷神の一戦、どうなってしまうんだ!!」
「そんなもん決まって――っておい!」
「理君、いいかげん別のゲームしよ!」
「お、おい」
引っ張るな。服が破れちまうだろうが。
「逃げるのか?」
「これは逃げてるんじゃない。捕まっているんだ! だからこれは逃げてるんじゃない!」
「兄ちゃんも彼女には敵わないってことか」
彼女じゃない。
「じゃあ勝負はお預けか。おい、お前名前はなんていうんだ?」
「……」
「兄ちゃんならもうあっちに行っちゃったよ」
「え?」
――まったく服が破れちまった。
こんなこともあろうかと予備を持って着といて良かった。
「ねぇ、あれやってみたい」
天音が指さしたのはレーシングゲーム。
「やめといたほうがいいぞ。どうせバグる」
「いいから、やる!」
半ば無理やり運転席に座らされた。
ハンドルは二つ、俺と天音の対戦だ。
振り返れば、天音と戦ったことはなかった気がする。
よし、ボコボコにしてやる。
――数分後。
「おい、今の見たか?」
「ああ、やべえぞ!」
「あ、あれは安藤兄弟だ! レーシングゲーム界のデーモンと黒騎士だ!」
「そんな二人があんなに驚くなんて、どんな奴が椅子に座ってるんだ!?」
「……ふん」
俺の腕に騒いでるな。
このゲームは初めてだが、さすがカリスマゲーム実況者。いともたやすいぞ。
でもまだまだこんなもんじゃない。もっと凄いの魅せてやる!
「あ、あれは、なんて巧さだ!?」
「すげえ、あのレベル、なかなか見ないよ!」
「プロかな?」
まだまだ。
「――おい、お前ら、そっちじゃねえぞ」
ここからが本番だ。
ってそっちじゃない?
「え?」
「ええええええええええええええええええええええええええ!?」
画面には想像もできない光景が広がっていた。
むしろ理の巧すぎる画面が隣にあるせいで、より天音の画面は衝撃的だった。
「ど、どうしてこうなるの……」
「あんな破天荒な運転、見たことねえ」
「勝利よりも常軌を逸したプレイ、新しい景色を走る。レーシングゲーム界の破壊者だ」
芸術性ってただのバグだぞ。
なんで天音のほうが人気出てるんだよ。俺のほうが巧いのに。
「あーもう、なんで!」
時間切れだ。ようやっと終わった。
天音はかなりイラついているが、俺はやめろと忠告した。自業自得だ。
「あ、姉貴!」
「え? 私のこと?」
「俺たちを弟子にしてください!」
「え??」
おいおい、レーシングゲーム界のデーモンと黒騎士。お前ら、そんなんでいいのか。
てか俺は? 俺のプレイは? コメントなし?
「弟子ってなんで? そ、そんなに上手だった?」
「上手って言うよりも、衝撃的で、感動しました!」
「そうです。あんな狂ったプレイ、誰にもできま――ぶっは!!」
あーあ。これはヤバい。天音にビンタされた。30mくらい行ったか?
あれは、窓ガラスまで行きそ――ってここ二階じゃなかったっけ?
「兄貴―!!」
「行くよ、理君」
「い、いや、デーモンが、ちょっと引っ張るなって!」
「いいから」
あ、窓ガラス割れた。
やばい、あれ堕ちるんじゃないか。
「大丈夫だ! 俺は無事だぜ!」
「兄貴!!」
すげえ、隣のビルのガラスまで破って着地した。
ってことは50mくらい飛んでるって計算に……?
「見なかったことにしよ」
とても直視できない。
あの威力のビンタを放つやつが、俺の手首を掴んでるなんて。
「ふーん、クレーンゲームは下手なんだ」
意地悪くニヤつく天音。
「……そんなことない、これはわざとだ!」
ただいま俺はクマのぬいぐるみと格闘中だ。
天音がほしそうにしていたからってわけじゃない、むしろ逆だ。天音が取ろうとしたから俺が取るしかなくなっているんだ。
これ以上、バグらせて店の人に迷惑かけるわけにはいかない。
「あ、店員さん、また位置戻してもらえますか?」
「あ、はい。わかりました~」
天音がまた勝手に。
確かに端に寄りすぎてクレーン届かないけど。
それから三回ほどして天音は店員を呼ばなくなった。
だから俺が呼ぶようになった。
「あ、あの、もういいよ」
「いや、絶対に取る」
向こうで笑う店員共の声が聞こえて止まない。
そんなの悔しすぎて死にそうだ。
「私は恥ずかしくて嫌なんだけど」
何故か照れている天音はもう知らない。
ここまできたら意地だ。
「……」
「また落ちたね」
本当に格ゲーだったらすぐに倒せるのに、このクマ、やたら重い。というかクレーンがうえに当たった振動でクマが落ちる。
「……」
「もう、いいよ」
「よくない」
俺がこんなクマなんかに負けるわけがない。
今すぐ、お前を下界に引きづり落としてやる。
「あっちにプリクラあるし、やってみない?」
「俺はクマを取るんだ!」
「え、私のために?」
違う、プリクラが嫌なだ――そうじゃなくて、これを絶対に天――いやそうじゃなくて、クマに負けるのが嫌なだけだ。
「いける!」
「おー」
いける。いけるぞ。
今度こそはいけるぞ。
「よっしゃ!」
やった。あのクマ野郎をついに討伐したぞ。
やはり俺に不可能はなかった。
「ほら」
「あ、ありがとう」
周りの店員も拍手してる。俺の実力が分かったみたいだ。
だが拍手してる余裕なんてないぞ、今の俺ならこのゲームセンターの全てのぬいぐるみを一発で取れるからな。
「えっと、6000円だっけ?」
「え?」
あれ、そんなに使ったっけ――い、いや、そんなはずはない――でも天音は真顔だ、煽ってる感じはない。
「だからお金」
「いらない」
「でも、結構お金使ったよ?」
「使ってない。今のはわざとだ、本気出せば一回で取れた」
そう言い放ち、俺はゲームセンターを出ていった。
もうクレーンゲームなんてこりごりだ。
忘れたい。
「クマちゃん……」
なんか天音がぬいぐるみをじっと見つめたまま、店から出てこない。
そんなに嬉しかったのか。
「……ほんとは100円の価値しかない」
「なんか俺が悪者みたいなんだが」
どうしたって救われないな、だいたい天音のせいな気がするけど。
でも案外、ぬいぐるみを添えると天音も普通の女子なんだな。
ちょっと悔しい。
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