第15話 怪談レス……クッキング。
「試験終わった…………――――ヒャッッッッッハアァアァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
正午の針とともに鳴り響くチャイム。
同時に廊下を駆け抜け、街の排気ガスを置き去りにし、光る信号の全てが青く見えるほどの速さで、何もかも掻き消す裏声を迸らせる。
そんな高校生を街中で見たのなら、たぶんそいつは俺だろう。
「ヒィイイイイイイハアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
自宅マンションの入り口前、暗証番号を押しながら叫ぶ。
試験終わったらこうしようって昨日の夜から楽しみにしてたんだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
重い階段もなんてことない。
今の俺は最高にハイってやつだ。
「どらああああああああああああああああああ!」
ポケットにある鍵なんて使わねぇ――このまま扉をぶち抜いてやるぜ!
404号室、自宅のドアなんか粉々にしてやるぞ!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「――あ、おかえり」
「おぇええ……??」
何の変哲もないドア。
確かにそれは俺の家のドアだ。
なのに天音がいる、中から顔を出している。
何故だ、どうして天音がいるんだ?
てかぶつかる。
「どけえええええええええ―おぅぅん!」
軽く躱され転んで顔面を強打。
「情けない鳴き声」
見下すな。
あんまり偉そうにしてみろ、こっちはスカートを覗ける位置だ。
そして、今のは鳴き声じゃない。
「絶叫だ」
「はいはい、何食べる?」
エプロンを掛けながら俺を跨ぎ、リビングへ歩いていく天音。
そのあまりにも当たり前の様子に俺はもう一度床に頭突きし、確かに痛い頭が俺を無慈悲に起こした。
「……は?」
あっちの世界では猛暑が凄いらしい。
テレビに映るアニメには洪水に頭を抱え、夏日に喘ぐ人々の姿があった。
もうすぐ甲子園らしい。
「コンコンコン……」
クーラーの風が肌寒く感じる。
でも耳を塞げは治った。
やはりこれは静かに響く音のせいだろう。
「ジャー」
渡里天音。
俺のうちでフライパンを振るっている同級生。
その手慣れた様子から普段も料理しているのだろう。
だからって包丁も食器の場所も冷蔵庫の中身までも迷いなく滞りなくってのは変だろ。
ここ、俺のホームだよな……。
「コロコロコロ……」
本棚にしまわれた漫画がチラつく。
ボールのように転がってきた料理音がその文字を示しているようだ――タッチ。
「ジャーブクボッボ」
自分と同じくらいの女の子が、自宅のキッチンにいる。
こんなのは幼馴染か、許妻、親との再婚でうんぬんかんぬん、とかしかあり得ない。
だがしかし、アイツとはこの春に遭遇したばかりだ。
「ポロッポー」
まだ二か月くらい。
そんな短い期間で奴は俺の家族を手中に収めた。
ほぼ毎日うちに来ては母に褒められ、妹に優しくして、夕飯を食べていく。
そのせいでもはやアイツは将来のお嫁さんと言われつつある。母が姑っぽくなってきてる。
「ズンズンズンズンズンドコ」
ただそんなことにはもう慣れていた。
何故かって、毎日そんな感じだったからだ。
だから別に気にしなくなってきてはいたが――だが!
「プーーーーー!」
今日は違う。
今日はさすがに違和感があった。
俺がドアを開ける前に、家に入る前に、アイツはいた――誰もいない家に先に帰ってたんだ。
どうなってやがる。
どうなってやがるんだ。
アイツはもしかして、スタンド使いなのか。
「アリアリアリアリアリ……」
いや違う。
いや、違ってほしくはない。
まともに考えれば、アイツが俺の家の鍵を持っているということになってしまう。
そんなのは嫌だ嫌だ。
「ふんふんふふん~」
嫌だ!
あの鼻歌も少し嬉しくなってしまっている、可愛いVtuberの中の人が俺の家でルンルンして……ああ、洗脳済みの自分が嫌だ。
このままじゃ俺もアイツに支配される。
いよいよ、他のヒロインが出る前に結婚エンドに行ってしまう。
そんなの――ラブコメじゃない!
「ネルネルネルネ~!」
とはいえ……いい匂いだ。
さっきからフライパンを回して、湯気は鍋から、箸を持って回している。
その後に湯斬り。どっかの凄いラーメン屋みたいに激しい。
次はピザ生地だ。巧みに薄い生地を回している。
「ピーッパッパッパラッパ」
もう意味が分からない。
あんな料理の腕を見せられて、今更ヒロインがどうとか、ラブコメがどうとか、そんなのを気にしていられるか。
もう、涎が止まらねえ!
「涎が止まらねえ!!」
「――ドン! できたよー」
「おっしゃあああああああああああああ!」
午後0時3分40秒、俺は飛ぶ。
体を飛び上がらせ、天井を蹴って、椅子へ座った。
ついに天音の料理が食べられる、もう口から光を放つ準備はできているぞ!
なんなら出かかってる光が眩しくて皿が見えない。
「ごくり……」
だがそれは問題ではない。
真の美食家は舌だけで吟味する。
ゆえに俺は置いてあるフォークを使って口に運ぶだけでいい。
もうそれだけでいいのだ。
「……この食感は」
舌の上で跳ねたと思ったらすぐに溶けて、味は薄くわびしく、やはり素っ気なく感じさせる。
だから再び味わいたくなってもう一口、もう一口と食べてしまう。
「これは……」
「おいしい?」
「これは……!!」
「どうどう?」
「これは――――素麵っだ!?」
え、素麺?
自分で言っておいて皿を二度見した。てか皿じゃなくて笊だった。
あれ、素麺?
手にはつゆの入ったお椀が。太陽の逆光が眩しい。
「どうしたの?」
「いや、別に……」
あれれ、おっかっしいぞ~?
フライパン回し? 湯斬り? 香り? ピザ回し?
俺は夢でも見ているのか。
「あんまり素麺好きじゃなかった?」
「いや、別に……」
さっきまでの音は、動作は?
え、素麺?
こんなの、料理の腕関係ないよ?
香りも大したことないよ。
口から光が出る前に口から流し素麺だよ?
「まだ六月くらいなのに暑いよね」
「あ、ああ」
この世界には信じられない事ばかり起こる。
何が真実なのかだなんてことはわからない。
だから俺たちは混乱してしまう事ばかりだろう。
ただ、一つだけ分かったことがある。
決して真実が俺を冷静にするものではない。
天音の料理の腕が嘘かもしれなくても――誰もいなかった俺の家に奴はいたのだから。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「さっきから外がうるさい!」
「――バタン!」
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