第14話 ワンナイト・カーニバル?
中間試験、一週間前。
教室の雰囲気はどことなく重い……なんてことはなく、いつも通り。
いや、いつも以上に賑やかな気がする。
「居心地悪いな」
校庭の砂場に座る野良猫がいる。
あれくらい呑気に生きたい、好きなことだけして生きていきたい。
勉強なんてしたくない。
したところでもう意味なんてないのに。
「……」
なのに後ろを向けば黙々と予習をしている天音がいる。
カノンアマネも遊んで暮らせるほど稼いでいるはずなのに。
理解できない。
「ジロジロ見ないで、集中できない」
見たくて見てるわけじゃないんだよ。
なんだか背中がムズムズするし、外を見て気を休めようとしても視界の端に入る。
ゲームしようと思っても後ろで勉強されてたら集中できない。
「なんでそこまで勉強するんだよ――あっ」
「え?」
つい心の声が漏れてしまった。
もう会話なんてするつもりなかったのに。
天音が手を止め、真顔で俺の目の奥を覗いてくる。
「な、なんだよ?」
「……今やらないと、家に帰ってから時間がないから」
どこまでも彼女は配信者だった。
たぶん家に帰ってから歌の練習もしてるんだろう。
そしたら学業の時間は確かにない。
だから学校にいるときにできるだけ勉強する。
「でもそれは……」
でもそれは――ここじゃ歌えないからだ。
本当に歌だけをやるのなら、学校を休んででも歌う。
それができないのは臆病だからだ。
……俺が今ここでゲームができないのも。
放課後の食堂、静かだ。
たまに人が入ったり、出て行ったり、あっちの席で勉強してる女子がいる。
外の空には夕焼けがあってカラスも鳴いているみたいだ。
運動部も試験前という事で休みらしい。グラウンドも殺風景だ。
「はぁ……怠い」
家に帰ってもなんか居心地悪いし、このまま食堂にいても仕方ないし。
ただめんどくさい。
こういう時はゲームでもして気分転換でもしよう。
「あー、テスト怠いな」
「言わなくてもそうだ、早くサッカーしたいのに」
なんか陽キャが入ってきた。
せっかくの静まっていた空間が。
サッカー部らしき奴ら二人が窓のすぐそばの席に座った。
おいおい、外見にくくなっただろうが。
「ったく……」
聞こえないように文句を囁いた。
その場にいるだけで厄介とは虫みたいな奴らだ。
「そういえば昨日のsima見たか? スーパープレイだったよな」
「!?」
首が540度回ってさらに二度見した。
今、あのツンツン頭simaって言ったか?
「ああ、ビルから落下しながら窓の敵をキル。あんなの反則――」
「違う違う、その前の手榴弾だって。物音で誘導してからのダブルキル。読みがおかしすぎるよな」
間違いない。その巧みなプレイは俺の配信に違いない。
あの場面で冷静に判断して……そしたらこうくるはずだから……でも一応――ああ、思い出したらまたゲームやりたくなってきた。
実はもっと凄い技も思いついてたんだけど、やれなかったんだよな。
天音がいなくなって時間が増えてるんだし、さっそく練習してやる。
鞄からSwitchを取り出して、起動。
「確かにそうだよな。あんなプレイを簡単にこなすとか、痺れるぅぅぜ!」
「どうしたテンション?」
あ、そうだった。
イヤホン付けてなかった、どこにやったっけ。
「今日も配信すんのかな」
イヤホンが転がり落ちた。コロコロと音が鳴り響く。
椅子の下、あった。
ちょっと汚れたけどまぁいいか。
とにかくいち早く、もっと巧いプレイ見せれるようにしてやる。
「最近連日だし、するだろ」
もちろん今日も。するに決まってるだろ。
よし、気合入れるか。
「そうとわかったら、さっさとテスト勉、終わらせるかー」
伸びをしてシャーペンを振るサッカー部の野郎。
そいつが呟いた言葉に熱の入っていた頭が一瞬で凍った。
「よし、エナドリ買ってくるわ」
元々罪悪感に似たものはあった。
でもそんなのが意味のないことだってわかっていた。
どちらにしろ俺にはゲームしかない、それだけだ。
「なのになんでだ」
スリープしているゲーム、そのボタンを押すことができないのは。
疲れてるのか、俺は。
早くまたゲームして、腕をあげて、また盛り上げないと。
「――そうか」
窓の向こう、天音が女友達と歩いている。
ただ何気ない会話をして、笑ったりして。
「――!」
俺は鞄にswitchとイヤホンを叩き込んで、担いで走った。
急いで走った。
廊下を一目散に走った。
言葉にはならない。
ただ走った。
追いかけようとした。
――そこに何かの答えがある気がして。
昇降口、下駄箱に上履き突っ込んだ。
靴を床に投げて、かかとを踏んだまま、また走り出す――その瞬間。
「なにしてるの?」
天音。
その夕陽の影が俺を覆った。
でも天音の表情ははっきりとわかる、困惑してる。
「天音……」
「な、なに?」
息を整え、袖で汗を拭いた。
相変わらず、意味わからないって感じの天音の様子。
でも俺だってまだよくわからない。
「天音……」
「は、はい?」
でもこの気持ちを伝えないといけない。
じゃないと俺は何もできる気がしない。
どこかそんなものがある。
「天音……」
「いいから言ってよ!」
よし、落ち着いてきた。
この本心を天音に伝えよう。
「天音!」
「はい?」
「――俺のとこ、こないか?」
「・・・・・・は?」
これが今の気持ちだ。
ハッキリと伝わっただろう。
「よし!」
「いや、何もよくない!」
夕陽が徐々に落ちてきて、だんだん暗くなった。
なのに天音の顔は真っ赤だ。
「あれ、そういう関係だったんだ、お邪魔しちゃ悪いか。じゃあ、楽しんでね~」
「ちょっ、そんなんじゃないって!」
天音の後ろから出てきた女子が、ニヤニヤついたまま帰っていった。
友達、まだいたのか。まったく気づかなかった。
「いきなりなんなの?」
「いや、だから……数学だけ、教えてくれさい」
「は、はぁ?」
なんでそんなに不機嫌になってるんだ。
どこにそんな要素があった、俺は誠実に気持ちを伝えたぞ。
「もう……いいよ。わかった。でもその代わり、またゲーム教えてよ」
あー、そうなるんだっけ。
ここだけ普通じゃないよな。
でもまぁいいか。
「わかった」
背に腹は代えられない。
これもカリスマ実況者の運命か。
「それで突然どうしたの?」
天音は下駄箱に靴を入れた。
よく見れば鞄を持っていない。
「いや、それは……気分転換だ。息抜きだ!」
「無茶苦茶だよ」
そんなに変なのか。
ただ思った通りに、確かに説明なんてできないけど。
でもまた天音と一緒にいられれば、なんか、なんというか。
「なんか……カノンアマネの歌枠が楽しめる気がするんだ」
「――!?」
なんかさっきからずっと変だな、天音の様子が。
怒ったり、顔赤らめたり、今はどこか嬉しそう。
「わ、私もこれ以上ゲームが上手になる理君は“悔しくて”観るに堪えないです」
「そうなのか。てかなんで敬語?」
「別にいいでしょ!」
そう言って天音は歩いて行った。
その丸い肩は、小さい背中は少し弾んでいた。
「やっぱりカノンアマネって普通の女子高校生だったんだ」
どこか残念な気持ちもあるけど、なんか楽になった。
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