第13話 黄昏に黄昏
静けさ漂う夕方の廊下。
窓から差す黄昏色に睨みあう二人は照らされていた。
その影は濃く、同じ長さのようだ。
「天音……」
「なに……?」
息を呑んで、早くなる鼓動に覚悟を決める。
真っすぐ俺を見つめる天音の表情は真剣だ。
だからこそしっかりと言わなきゃならない。
「天音……」
「だからなに?」
「天音ぇ!」
「だから何って言ってるじゃん!」
まだ聞こえないのか。
確かに廊下の端から端だからな。
「じゃあもっと大きい声で」
「いや、聞こえてるから」
気付いたら結構近くにいた。
でもこれじゃあダメだ。
「ちょっと、なんで離れるの?」
「いやだって大きな声で言えないから」
「別に大きくなくていいんじゃないの?」
「……仕切りなおそう」
発声練習をして、天音の位置を整えて。
緊張をほどく。人を描いて描いて飲む。
「よし」
「早くしないと、日が暮れちゃうよ」
「わかってる」
よし。落ち着け。
久々だからって緊張するな。
これは茶番じゃない。
「天音!」
「は、はい!」
「カノンアマネは天音だろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
放課後の廊下に響く。
通って家庭科室、理科室にも。
下の階の職員室にも。
そして外、バットを振る野球少年にも音は聞こえていた。
「……」
音源の一番近いところが最も静かだった。
だんだん不機嫌になっていく天音の顔が、建物に隠れた夕陽の影にだんだん隠されていく。
「理君、何で知ってるの?」
「やっぱりか……やっぱりそうだったんだ!」
「ねぇ、知っちゃったね」
裏返った声が耳の裏を舐めるように。
あれ、体が動かない。
「そういうこと知っちゃったらもうしょうがないよね?」
無機質な硬い足音がバラバラの間隔で近づいてくる。
でもどうしてだろう。
異様な雰囲気が体を震わせる何かが大きくなっているのに、対して足音はだんだん小さく。
「アマネ?」
「なぁに???」
その影をオレンジ色が暴く。
それはニヤリと笑う天音、口だけ笑っている女。
「あれ、震えが止まらない」
「ふふふふ……」
ヤバイヤバイ。
なんかヤバい感じだ。
「ねぇ、いまからどうなると思う?」
「くるな!」
「ねぇ?」
「くるなぁ!」
生暖かい何かが、空気のような何かが手に触れて、震えが止まる。
同時に血の気が引いて、痺れたとおもったら感覚が無くなった。
「わかってるよね?」
「くる――!!?」
声が。ヤバい。
もう奴の間合いだ。
どうなってんだよ。
「正体がバレたらもう、終わりだよ?」
「く――!!」
ああ、手を伸ばせば届く距離に。
動けない。
意思はハッキリしているのに。
「さようならだね?」
鼻がくっつく距離に。
ちょっと近くないか。
「じゃあね」
目が抉れた。
やめ―――――――――――――――。
青い空の下、運動場。
体力テストが一通り終わると訪れる暇な時間。
こういうときは適当に話しているものだろう。
「それで体が小さくなったのかい?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな」
「でも麻痺して逃げられなくなって、意識が無くなったと思ったら、変な博士にワシじゃよされたってことじゃないのかい?」
「八割はあってるけどな」
あれは夢であってほしい。
なんか記憶が混在している感じもする。
ただ、確かに天音は俺がその正体を知っていること、天音の正体を俺が知っていることをわかっているだろう。
「やっぱり名探偵は災難なもんだな。そうだろ目暮警部?」
「いや、見た目だけだよ――。」
鳴り響く空腹音。
昼休みはまだ先だ。
「それよりも試験勉強してるのかい?」
「おいおい、お前までそんなことを」
「いやだって、普通にヤバいよ?」
「っえ……」
真顔のヤバい発言。
いつもは朗らかな友達の真剣なヤバいの言葉。
ちょっと心を刺殺する威力がある。
「大野、教え――」
「ごめん。僕は忙しいんだ」
「いや、暇だろ」
「高校生になってバイトできるようになって、食べられるものが増えてるからね。理に勉強を教える時間なんてないんだ」
「おい、親友と食べ物、どっちが大事――」
「タベモノ」
聞くまでもなかった。
食欲の魔人、暴食の化身。
それが大野だった。
「くそ……」
「もうあきらめて、天音ちゃんに土下座しなよ。それが一番いいと思うよ」
「一番良くて女子に土下座って、どんだけ追い込まれてるんだよ」
「普通に消去法する前に、これしかないんだよなぁ」
現実はいつも非情だ。
余計にゲームへのめり込みたくなる。
俺は異常なんかじゃない。
「もう一つだけあるよ。親に教えてもらうっていう手もあるよ」
「嫌に決まってるだろ」
「でも理のお義母さん、高学歴だった気がするよ」
確かにそうだけど。
すごい気迫あって怖すぎて無理なんだよ。
この前、たまたまそんな感じになって……ああ、思い出したくない。
「嫌なものは嫌だ」
「天音ちゃんに土下座するか、お義母さんに教わるかの二択だね」
「いや、妹もある」
「あ、うん。そうだね」
明らかに引いている大野。
吐きそうな顔してるの初めて見た。
「てか心配なんかしなくてもどうにかなる」
「いや、でも理って掛け算できないレベルだからなぁ……」
大野は短距離走している女子の中、ずば抜けて速い一人を見て思った。
あれってボルト越えてるなと。
それを見て驚かなくなっている理を心配していた。
「という黄昏」
「意味なんてないのかよ」
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