第12話 俺は悪くねぇ!
清々しい朝。透き通った空気がとても新鮮で美しい。
騒いで道を狭くする小学生、誰かが横を通っていくたびに吠える小型犬も、無駄に長い通学路だって楽しく歩けるくらい。体が軽い。
晴れ渡った空。雲一つないことに苛立たない。
「綺麗な青空だ」
周りを見渡せば可愛らしい女子高生が、いちゃつくカップルなんかもいる。
いつもなら反吐が口の中に溢れるくらいだが、今はあれがどうなってもいい。あれっていうのはカップルのことだ。
「おはようございます」
校門が見えてきた。
バスケやサッカーのユニフォームの人、柔道着や空手着の人、鎧つけている野郎もいる。そんな人たちがチラシを配って部活勧誘している。
あれ、可愛い子いるじゃん。弓道部入ろうかな。
「でもやっぱりやめよう、ゲームする時間が減る」
いつものように勧誘を無視して校門を抜け、昇降口に向かって歩く。
制服の壁が迷路のように歩きにくくもあるが、煩わしくはない。
「……。」
昇降口の前、仁王立ちしている女。そいつが俺に鋭い視線を飛ばしている。
この前までは臭い汗を流しながら女へ走って行かなきゃならなかったが、それも終わり。
真ん前から喉を突き刺す光線も、横顔を殴りかかられそうな威圧も、そんなものは気にしない。俺はただ黙ってその横を通り過ぎた。
「ああ、これが開放だ! 渡里天音! もう俺はお前には従わない!」
俺は大声で叫んで万歳した後、ゆっくりと後ろを振り返った。
そして血管が浮かぶほどに激怒している渡里天音に蔑みの視線を送った。
俺の勝ちだ、渡里天音……いや―カノンアマネ。
どうしても上がってしまう口角を押さえつつ、俺は廊下を歩いて行った。
朝のホームルーム。
先生がいろいろと話している間、一人の男が静かに笑っていた。
その男がいるのは窓側の一番後ろから一つ前の席。
「やはり、運命は俺を味方している。くっくっく……」
「なんか今日気持ち悪い……」
今何か聞こえた。気のせいだろう。
俺はもう自由なんだ。
そう、自由。奴隷または下僕生活から解放されたんだ。
これで天音のカバンを運んだり、焼きそばパン買いに行ったり、掃除当番変わったり、更衣室の前で殴られることも無い。
そして何よりも家に入ってくることがなくなった。
「ふっふっふ、計画通り……」
「さっきから何言ってんの、この人?」
またしても後ろから聞こえるはずのな(以下省略)。
天音と決別できるってことは、ゲームする時間が取り戻せるってこと。
ゲーム配信に集中できるってことだ。
「これから俺のモテモテ実況者生活が戻っ―」
「あ、来週から中間試験です。勉強しておいてください」
前から聞こえた先生の声。
中間試験……嘘だろ?
教室を速やかに去っていく先生の背中に俺は立ち尽くすしかなかった。
「っぷ……」
後ろからの小さな笑い声は止まなかった―学校が終わるまで。
「どうしてだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
一人、自室で叫ぶ。
せっかく天音から解放されたと思ったら、中間テストだと。
学校までグルだったのか。
そうでもないと成立しないぞ。
「くそ!」
机を拳でおもいきり殴る。
「っ……いてぇ」
すごく痛い。折れそう。
てかこれ折れてるでしょ。あれ、折れてる?
「ちょっとお兄ちゃん、さっきからうるさいんだけど!」
扉を殴って開けてきた妹。
案の定、拳を押さえて半泣きしている。
「妹よ!」
「ちょっ、何!?」
俺はそんな天使に走って抱き着き、薄いシャツに顔をうずめた。
それに半歩後ろに下がった妹、俺は必死に食らいつく。
「何なの?」
「妹よ!」
「だから何!?」
案外強い力。扉のほうから窓まで吹っ飛ばされた。
これが成長期ってやつか。時間は残酷なものだ。
「でもお兄ちゃんは妹がムキムキになっても受け入れるぞ……じゃなかった」
「どうしたの?」
「妹よ!」
「だから何!?」
妹。義母の連れ子。
初めて会ったのは二年前くらいだろうか。
子供っぽくて、可愛くて、年下の妹ができたのがどこか嬉しくて。
今じゃ、頭から血が出るほど仲が良い。ガラス片が刺さってるなこれ。
でも俺がどんなに傷ついても構わない。妹が安心してくれるなら。
親の離婚ってキツイし。
だから俺は妹を信頼しているし、どうなっても助けたいと思っている。
俺は胸を張って、大きく息を吸った。
「勉強教えてください、お願いします。」
「私、中学生なんだけど」
ときとして床を血で染めなければならない兄妹も存在する。
そう、土下座して妹に助けを求める兄だって。
「そうえばお兄ちゃん、天音さんは?」
「……」
「休み?」
「……」
「喧嘩した?」
「……」
「ひょっとして……別……れた?」
「―ギクッ!」
「お母さんー! お兄ちゃん別れたんだってー!」
「おいちょっ待てよ!」
なんかややこしいことになりそう。
やめてくれ。リビングに走るな妹!
何故か嬉しそうに廊下をダッシュする妹。俺は必死に追いかける。
―しかし間に合わない。
「あ母さんー!」
「あら、どうしたの?」
「お兄ちゃんが天音さんと別れたんだって!」
「……は?」
ああ、終わった。
母の顔が赤くなっていく。血に染まっていく。
そのままキッチンから包丁を取り出して近づいてきた。
「最後に言うことは?」
「……俺は悪くねえ!」
命乞いなんてしない。
それが真の男ってもんよ。
俺は冷たい床に倒れた。
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