第11話 酔った義母と漏れ出す前世
お天道様はご機嫌がいいのだろうか。
この季節では、まだまだ帰らない。
俺が先に家に着くくらいに遅い。
「まだだと思うけど?」
生憎、家まではまだ道のりがある。
嘘はつけないみたいだ。
「はぁ……どこにいても気が抜けない」
「いいことじゃない?」
「なんで?」
「だって、私を襲う人がいるかもしれないじゃん?」
ニヤつきながら体を揺らす天音。確かに襲いたくなる野郎もいるだろう。
だがやめておけ、後悔するぞ。
「ん?」
「どうかしたの?」
今、あっちの電柱の後ろに何かいたような。
黒いパーカーの身長はわりと小さい感じの。
「まぁいいか」
「ほら、早く行こうー?」
笑顔で手を振る天音。
どうして人の家に向かうのに、そんな嬉しくできるのか。
よくわからないが考えても無駄なことはわかっているので、大人しく帰路を辿った。
家の扉を開けるとともに妹に見透かされたような顔されて、天音はそんな妹に手を振って後ろから入ってくる。
それから部屋に入り、鞄を投げ、ゲーム機の電源を入れる。金曜日はゲーム日。
遅れてやってきた天音はちょこちょこ歩いてコントローラーを取ろうと屈む。
このときにスカートの中が見えそうになる。
すぐに天音はこっちに振り向いて、じーっと見てくる。
もちろん覗いてなんかない―俺は。
「今日は白ね。うふふ」
「ちょっ!」
顔を赤らめスカートを押さえて変態母を見上げる天音。
たまに変態母がこんなことをするのだが、天音を悠々と弄べるのは、かなりの強者なんじゃないのかと最近気づきつつある。
「その可愛い顔を理に見せれば、イチコロなのに。もう恥ずかしがっちゃって~」
「はい、出てってくださいね~」
何を勘違いしてるのか。
俺は天音の下僕だぞ―ってなんか悲しくなってきた。
「よし、今日も頑張るぞー!」
ベッドに座り、コントローラーを振り上げる天音。
いつもやる気満々なのはいいことだ。それは称賛するよ。
―だけど、まったく上達しないのはなんでなんだ
「なんでまた、壁にハマってんだよ」
「で、でも敵も一緒にハマってます!」
「お前がやったんだろうがい!」
もうどうすればいいんだよ。相手可哀そうだよ。
たまにバグを敵にも使っちゃったりするもんだから、もうこれはまたか。また運営に怒られるやつだ。
「はぁ……」
「あ、敵が抜け出しました」
「え?」
「やられました……」
なんでこのバグの対応策知ってるんだ。あのユーザー何者なんだろう。
俺はガッカリしている天音の隣で口を覆って驚いていた。
「なんでバグるの……今度こそは!」
「あ、うん」
この後も相変わらず、落下死とか手りゅう弾による自爆等で即死する天音だった。
何度も何度も負けているのに、まったく成長していないのに、どうして天音はここまでFPSを諦めないんだろう。
「……かっこいいな」
「え? なんか言いました?」
「いや、何でもない」
そんなのどうでもいいか。
とにかくこの女のプレイスキルを何とか上達させて、早く家から追い出さないと。
正体バレてるから無理かもしれないが、その頻度は少なくとも減らせるはず。
「そう思ってでもいないと、やってられない」
「あー、空中で硬直しました!」
「ナニソレ?」
このゲームを何百時間もプレイしているし、多くの人がプレイしているから今更新しいバグなんて見つからないはずなのに、この二か月余りで三つも……。
何この女、怖い。
夏になると中華が多くなる気がする。
そんな夕飯。今日の当番は母。
その献立は、まさかのクリームシチュー。
「なんでだよ」
「だって食べたくなっちゃったから」
オカンあるある、なのか。
俺と妹は目が合い、互いにその苦笑いを確認した。
そして同じところに視線を向けた。
「美味しいですね!」
満点の笑顔で食べる天音。
頬を流れる汗が輝いている。
「あら、うれしいわ」
こいつら正気じゃない。
なんとなくわかるけど、天音のあれはガチだ。
心の底からクリームシチューを楽しんでいるんだ。
「ね、ねぇ、お母さん」
「なに?」
「隠し子とかいないよね?」
ちょうど口の前まで来ていたスプーンが止まった。
妹がとんでもないことを母に聞いてる。
「そ、そ、そそんなことないわよ」
めっちゃ動揺してるんだが。
目が荒ぶってるし、というか白目向いてる。
なんか食卓冷めてきてんのに、どうしてだ。
どうして天音は何も気にせず、そんなに美味しそうに食べてるんだ。大野かお前は。
「……やっぱりか」
「ごっほ!?」
やっぱりかってどういう意味だ。
なんか怖すぎて、震えてきた。温かいものでも食べて落ち着こう。
「あっつ!?」
舌がヒリヒリする熱さ。
凍え死にそうな空気なのに、猫舌で食えないという拷問。
その様子を眺めながら、隣で幸せそうに頬張る天音がいるという牢獄。
「いい、樹希。私くらいの大人の女性になると、隠し子なんて何人もいるものなのよ」
「……やっぱりか」
「ぶったぅ?!」
そうだったのか。
この話を11回進めてきて、一番衝撃受けた。
「ふぅ……じゃあ私と理君は姉弟かもしれないですね」
「それでも全然大丈夫よ。ふふ」
「えっ?」
「むしろ同棲できるから、十歩くらい近づくわ。終わらないわよ?」
天音がすごい速さで母と俺を交互に見てくる。首大丈夫か。
あとなんで姉弟なんだ。兄妹だろ。
「いや、むしろ妹属性が付与されるから、最強かも……それいいわね。私の隠し子ってことにしちゃおうかしら」
このオバサン、ヤバくねえか。
人権どこに行った。
勝手に人の子を自分の隠し子に変えるな。
「えっと一つ確認したのですが、理君は実子じゃないんですか?」
「そうよ。隠し子よ」
「いや違うだろ。あんたは義母、再婚だって」
「そうだったっけ?」
なんかおかしい。
あ、義母なのに母って書いてたことか。
いや、違う。母の顔がなんか赤いような、それにやけに機嫌がいい。
「あ、あのもう帰ります」
「あら?」
「ご馳走様でした」
鞄を持って、急いで廊下を通っていった天音。
母と妹の冷たい視線に仕方なく、俺も見送りに行く。
「あ、いいよ。大丈夫」
「お、おう」
声をかける暇もなく、天音は扉を閉めていった。
なんか用事でもあるのか。
「あら、いきなりどうしたのかしら?」
「わから―へ?」
なんか脱ぎ始めてるんだが。
義母が下着姿になってるのだが。
ちょっと待てよ。
「お兄ちゃん! これ、お酒入ってるよ!」
「は?」
「そうだったかしら? まぁいいっか。それよりも……」
母め、何やってんだ。
てか待てよ、酒入ってたって、天音も酔ってんじゃないのか。
「はりゃぁ?」
ベロベロになっている義母を妹に任せて、俺は家を飛び出した。
天音がどこか変だったのは、酔ってるからだったんだ。
俺は外に出て、暗闇の中、天音を探した。
しかしもうすでに天音はいなかった。
「……まぁいいか。たぶん大丈夫だろ」
天音のことだから不審者に会っても、倒れても、酔拳とかでなんとかするだろう。
どこか騒めく心と浮かれる気持ちを抱えて、家の扉を開けた。
そこには廊下で酔いつぶれて寝ている母があった。
あの後、義母をベッドへ運び、妹が作り直したご飯を食べ、風呂に入り、ようやっとベッドに寝転んだ。
白い天井が眩しく感じる。疲れてるな。
今日は格ゲーの練習しようと思っていたが、もうそんな気力がない。
一週間の疲れがたまるとか言われてるし、仕方ないか。
俺は無意識にスマホを開く。
アプリを開き、左へスワイプして、一番上に出てきた枠をタップした。
「ろっくんろーる~♪」
珍しい。
カノンアマネはロックなんてあまり歌わないのに。
それに昨日よりも朗らかな気がする。
「さらけだしてみせろよ~♪」
それはそれでまぁ可愛いというか。癒されるな。
いつものと違う、気ままに歌う配信も悪くないだろう。
……ってコメントが流れてる。
「ふんふんふーん~♪」
元々カノンアマネなんて気持ち悪いと思っていた。
Vtuberってなんかオタクっぽいというか、そんな感じで近づきにくかった。
でも周りの評判が気になって、てか天音によるストレスをどうするか絶望していたときに、たまたま歌枠を聴いて、だいぶ楽になれた。
「それにしても間奏に鼻歌まで。ご機嫌だな」
いつもは清楚系みたいな感じで歌ってるのに、こんなキャラ崩壊して大丈夫なのか。
だいぶ素が出ているっていうか。
「あっ……」
音が消えて、アカペラみたいになってる。
なんかシュールだな。
「……なんでバグるの?」
俺はベッドから跳ね上がり、素早く自室を見回した。
でもやっぱり天音はいない。
「……なんで~?」
このどうすることもできない苛立ちはなんだろう。いや、これは苛立ちではない。
むしろ体が浮いてしまうほどの高揚感、心を覆い隠す高揚感だ。
カノンアマネが呟いた声の中に俺はそれを感じた。
あまりにもその感覚が疑いようもないから、問題が解けたときと達成感に似た開放感を俺の体に流れた。
「天音=アマネ。カノンアマネは渡里天音!!」
俺は拳をあげ、叫んだ。大きく叫び飛ばした。
これで俺は解放される。
またゲームに集中できる。
巧みなプレイでアイツらを見返せる、湧かせる。
「よっしゃああああああああああああああああああああああああ!」
「うるさい!」
「……すみません」
妹の罵倒へ素直に謝れるほど、今の俺は希望に満ちていた。
勝った、俺はついに下僕を卒業できる。
やったぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます