第8話 席替えは、青春の切なさを教えるためにある
灰色の雲に覆われた空。
心が落ち込んでいても日常は関係なくやってくるものだ。
休み時間になると、必ず大野はその大きな腹を俺の横に置いてくる。
それを無視しながらゲームに勤しむのが日課である。
「もぐもぐ」
「……オラ!」
「もぐもぐ。ねえ知ってるかい?」
「……うわ、マジかよ。今の判定ないのかよ! ってなんか言ったか?」
「今から言おうと思ってたんだよ」
「そうか。じゃあもう少し後にしてくれ。もう一戦入るから」
「そうかい。もぐもぐ」
「……」
「ねぇ知ってるかい?」
「……は? これ調整ミスだろ!」
「パイの実は埋めても芽が出ないんだよ」
「大体の奴はこれが当たり前だと思ってるからな、質が悪い」
ゲームにムキになっている理。パイの実に儚さを感じていた大野。
まったく噛み合わない二人であった。
「毎日ちゃんと水あげたのになぁ」
「水ばっかりかけてくんな、このカエル野郎!」
英単語を覚える人、友達と話している人、寝ている人。
彼らは遊んでいる人だった。
「それはそうと今日席替えだよ」
「へ?」
天気予報通りの曇りは、その言葉とともに晴れだした。
突然すぎるだろ。
高校生活に限ったことではない。しかし学校での楽しみの一つに席替えというものがある。例えば、仲のいい友人の隣なら授業中でも遊べる。
例えば、頭のいいクラスメイトの前なら分からない部分を教えてもらいやすい。
例えば、好きな子が隣ならそれだけで世界が輝く。行きたくなかった学校だって、尾崎豊だって窓ガラスを割らなくなる。
「もぐもぐ……どうしたんだい?」
「いや、隣お前かよ!」
わずかながらあった期待はどこに行ったのか。
その残り香に俺は切なさを感じた。
「はぁ……でもまぁいいか」
言い忘れていた。今回の俺の席は当たりだ。
窓側の一番後ろから一つ前の席。いわゆる最高のポジションにほぼ等しい。
羨ましそうに俺を睨んでくる奴らの視線が眩しいぜ。
「何一人でニヤニヤと。誰も理君のこと見てないですけど」
ああ、もう一回席替えしないか。
晴れ上がりの日の光がそのブロンドヘアを輝かせて、わずかに神々しいが、頬杖しながら険しい面をしているせいで逆効果だ。むしろ、俺の後ろが嫌だということを際立たせてる。
なんで後ろが渡里天音なんだよ。クジ引きの神……。
「あっ……」
「へ?」
すごい勢いの消しゴム。俺の眉間に激突。
その反発力はもはや意思があると思わせるほどに、消しゴムはまっすぐ天音の口へ向かって行く。
「もっぐ」
それを唇で挟んで止めた天音。
咥えたままキョロキョロしている。
「あ、あの……返してもらっても……」
丸い眼鏡の少し長い黒髪で見えない。天音の隣の席の人だろう。
こんな人いたか?
その女の血の気の引いた細い手がゆっくり、ゆっくりと天音に迫ってくる。
「ももも!!?」
小刻みに体を震わせる天音。
しかしその抵抗も願いも虚しく、その手は天音の―唇に挟まっている消しゴムを掴んだ。
「もも! も! も!!」
なんか天音、魚みたいだな。
体全体、必死に消しゴムを引っ張る女と何故か消しゴムを離そうとしない天音。
なにやってんだこれは。
「じっとしててください……!!」
「もっぶ!?」
高く宙に飛んだ天音。
ガッツポーズしている女。
「ふふん!」
天音は見事な着地を披露し、キメ顔を俺に見せつけた。
なにも自慢するところじゃないぞ。
「消しゴム、取れてよかったですね!」
「え、あ、はい……」
そりゃ困るよな。
まぁ誤飲するよりはいいか。天音の場合、吐き飛ばして俺にぶつけてくる気がするけど。
「えっと、椋木(むくのき)さん」
「あ、す、すいません……あた―口大丈夫ですか?」
俯いたまま、ぎこちなく話す女。
その名前は椋木花楓というらしい。机の上にあるノートに書いてあった。
あとなんか画用紙が、あれ、これは、裸の男同士が?
「―!!」
あれ、消えた。
椋木さんがすごく汗かいてるな。
いったい今のはなんだったんだろ。
「―なにその態度? もう少し笑いながら挨拶できないの?」
その甲高い声に、教室を飛び交っていた声が一斉に止んだ。
そして教室にいる全員の目線が教卓前の席に向く。
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