第7話 やっぱり妹って最高だ!

扉を閉め、明かりをつけ、カーテンを閉める。

パソコン、モニター、ベッドなどが並ぶ、俺の部屋には三人。

艶のある茶髪と丸い顔が特徴的なクラスメイトの渡里天音。

ポニーテイルとまだ少し細い身体である妹の浦嶋樹希。

そして天音から奴隷扱いされてゲームを教え、妹からの好感度が最大のはずだった俺、浦嶋理。

「今から裁判を始める!」

妹は意気揚々とそう言い放った。

いや、なんの裁判なんだよ。誰を裁くんだよ。

「被告人は浦嶋理!」

俺だったか。

ちょっと戸惑うところもあるが、妹と久々に遊ぶみたいでワクワクしてきた。

「弁護士はあんた!」

堂々と天音に指を刺す妹。

睨まれているのに天音は微笑んで返した。そういうところは大人なのか。

「ムカつく。でもいい、牢獄に入れてやるから!」

妹はやる気も満々のようだ。

そこまでお兄ちゃんは重罪なのか。

だが言いたい、その大半は天音のせいだと。絶対にそうだ。

「なんで見てくるの?」

「いや、別に」

「そこ! いちゃいちゃするな!」

そんな風に見えるか。

微塵も気持ちはないぞ。

「罪状を説明する!」

妹はどこから取り出したのか一反木綿にも見える長い紙を俺たちに見せつけた。

そんなに罪があるのか。同じ家に暮らしているのに気づけないとは。

「不倫! 以上。」

一言で一反木綿は宙を舞った。

なんだ不倫だけか。って不倫?

「不倫だって」

おい笑うな、天音。

どこかおかしい。不倫だって立派な罪だぞ。

「お兄ちゃんは渡里樹希という女性がありながら、この女と付き合っている。これは不倫です!」

クスクス笑う天音に指を刺し、ニヤリと笑った妹。

そういえば樹希は裁判官なのか、検察なのかどっちなんだ。

「はい!」

「……なに?」

「私がお兄ちゃんの彼女である証拠はありますか!」

微笑んで異議を申し立てる弁護士天音に、検察であるとした妹は両手を握りしめた。

だが疑うのなら証拠は必要だろう。

「あ、あるけど……そ、それ言わせるとか……」

なんかモジモジしている。

いや、証拠あるわけないだろ。俺と天音は付き合ってないし。

え、あるわけない。いや、あるのか。いやいや、ないない。ないはずだ。うん、あるわけがない。

「……えっちなことしてた」

「え?」

「へ?」

「もっと優しく握れとか、乱暴にするなとか、気持ちいいとか、さっきお兄ちゃんの部屋の様子を盗み聞きしているときに聞こえた!!!」

おいおい待てよ。

妹、どこでそんな知識を学んだんだ。お兄ちゃんちょっとショックだぞ。

「異議あり!」

「なに! 本当のことでしょ!」

「ぬ、盗み聞きは犯罪です!」

違うそうじゃない。天音、そうじゃない。

赤面しながら言い返すが、主張すべきなのはそこじゃないだろ。

「自分の家なら犯罪にはなりません。残念でしたー!」

「なります。同意がないならなります!」

「黙認だし、そんなことも知らないで付き合ってるの? やっぱりビッチなだけじゃん~」

なんか盛り上がってきた。

こんなに楽しそうな妹の姿を見るのは久々だ。ちょっと嬉しい。

ってそんなこと思ってる場合じゃない。

「はい!」

「なに、尻軽兄貴」

「兄貴いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

待て待て落ち着け。

俺まで暴走したら収拾がつかない。

「俺とこいつは断じてエッチなことはしてない! ゲームをしてたんだ!」

「……嘘だ。そんな空気じゃなかったもん!」

ああダメだこれ。事実がねじ曲がってら。

「待って!」

泣き叫ぶ妹と途方に暮れる尻軽兄貴。

その絶望的な空気を遮るように天音はまっすぐ手を上げた。

自身に満ち溢れた真面目な表情。弁護士の仕事を全うしてくれるのか。

「それだけじゃ、私と理君は付き合ってる証拠になりません!」

うん、まぁそうなんだけど。それだけかよ。

お前は弁護士に向いてねえよ。

「え……証拠にならない……」

目を見開き震える妹。もしかして効いているのか。

確かに当たり前のことを改めて主張するというのは大事だ。よくやった天音。

勝ち誇って満足げな顔している天音にグッジョブを送った。天音はドヤ顔をして俺にグッジョブを返した。

「……最低」

「え?」

「……付き合ってもないのにエッチなことするとか! 最低すぎる! 気持ち悪すぎ! 即、死系!!」

おい。状況悪化してんじゃねえか。

どうしてくれんだ、クソ弁護士。

「あー……」

目を逸らすな。

このままじゃ本当にビッチにされるぞ。

「こんなお兄ちゃんは嫌だ! お兄ちゃんを殺して私も死ぬ! ついでにあんたも殺す!」

「ついで!?」

泣きわめきながらリビングのほうへ突っ走っていく妹。

ヤバいことになった。ヤンデレになってんじゃねえか。

俺はすぐに追っていった。


息を荒げる妹、震える手には夕焼けに輝く包丁。

泣きながらそれを俺のほうへ向けている。

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

「わかった。別れる、天音とは縁を切る。それでいいだろ?」

「ダメ、もうお兄ちゃんの清純さは戻らない。この女の汚らわしさが染みついてる」

「そんなわけないだろ!」

俺は大声で叫んだ。

だってそんなことやってないから。

潔白だからな。全然綺麗だぞ。なんなら見せてもいい。

「待って、妹ちゃん!」

「近づくな!」

天音が出ていったら悪化するだけだ。

ここはどうにか俺が。

「私は……私は汚くない! クラスでも可愛い子ランキング三位!」

そんなこと言ってる場合か。

一位は霞京子、二位は茨田紗綾、三位は大城真昼……四位が渡里天音。

「ひとつ鯖読んでんじゃねえか!」

「言わなきゃバレないのに!」

「……四位でも三位でも足りない……世界一じゃないと許さない!」

それは無理だって。

お兄ちゃんは確かにカリスマゲーム実況者simaで女性ファンも多いけど、それは無理だって。

アリアナグランデとかテイラースイフトとかそこらへんか。いや、アホか。

「そもそもなんでお兄ちゃんを狙うの!」

「狙う?」

「そうよ! お兄ちゃんはどこにでもいる平凡な男子高校生、しかも成績も悪いしゲームばっかやってる馬鹿! 将来性なんてないし、女の子が憧れるようなところは一つもない! イケメンでもない! クソ野郎だ!」

そこまで言うな。

顔はどうにもならないけど、最近はお兄ちゃんも勉強を頑張ってんだって。 

「確かに理君は、大したことないただの男子高校生で、頭も悪いし、女子からの評判も悪いし、なんなら男子からも嫌われてるけど、あといきなり指舐めてきたり、ゲーム教えるのも下手だけど……」

あれ、俺なんか悪いことしたっけ。

なんか心が苦しくなってきた。雨も降り始めたぞ。

「……性格はそこまで悪くないよ!」

あんまり説得力ないです。泣いていいですか。

「うるさい! お兄ちゃんのこと知った気にならないで! 私のお兄ちゃんなの!」

そうそう。そういうのがいい。

ちょっと元気出た。

「……だからもう終わりにするしかない。私と一緒に死のうね?」

元気は死にました。というか逃げてった。

恐怖が迫ってきました。非常に怖いです。

いや、まだ諦めるのは早い。最近見た漫画でもボロボロになりながら20点差をひっくり返した展開もあった。

「俺は樹希が好きだ。嘘じゃない」

「お兄ちゃん!」

よし、まずは機嫌を直すところから。

「うわ、気持ち悪い」

「この女あああああああああああああああああ!」

俺は思わず妹の持つ包丁を取り上げ、天音に襲い掛かった。

ここはお涙頂戴の展開だろうが! 安西先生もそう言ってたんだぞ!

「計画通り」

「―なに!?」

気づいたとき俺は宙にいた。

下には俺を見上げる天音とキョロキョロして俺を探す妹がいる。

そうか、俺は負けたのか。

「っぐ!」

床に背中を激突。振動が体を伝う。

「―!?」

包丁が叉の下に突き刺さった。

もう少しで男性の登場人物が大野金太郎だけになるところだった。

「お兄ちゃん……」

「ふん」

体に力が入らない。

なんて女だ。渡里天音。

「妹ちゃん、これでわかったでしょ。私と理君は付き合ってないし、エッチなこともやってない」

「……うん。なんとなく」

まぁ確かに彼氏を殴り上げる彼女なんてそうそういないか。

エッチは知らんけど。

「お兄ちゃんがこんな女と付き合うわけない。魅力を感じるわけがない」

「え? そっち?」

「たぶん人間じゃないし」

なんかよくわからないけど収まったようだ。

間一髪だったな。でもこれで一件落着か。

「ふぅ……」

俺は長い溜息をついた。

もうヘトヘトだ。

「そうだ。お兄ちゃん、お腹空いたでしょ、ご飯作ってくる!」

「お、おう」

「よいっ…よいっ…」

「慎重にな! そこは繊細だから!」

「よいっ……抜けない―」

「ほら、どうぞ」

「あ、ありがとう」

躊躇いなく抜くな。

心臓がバクバクだぞ。

「まったく」

「そういえば妹ちゃん!」

「……なに…ですか?」

あれだけのことがあったのにもかかわらず、天音は変わらず妹に声をかけた。

妹は少し申し訳なさそうに敬語で答えていた。

「前々から私のこと警戒してたでしょ。なんで?」

「それは……」

妹が天音を敵対視していたのは今日に限ったことじゃない。最初からだ。

初めて家に女の子を連れてきたとはいえ、異常なほどだったよな。

「靴です。お兄ちゃんの靴を揃えてたから……そんなの彼女くらいしかしないでしょ」

妹は頬を赤らめながらそう答える。

その返答に天音は無表情に固まっていた。

そんな二人を横目に股間が裂けたズボンを気にしながら、俺は洗面所に走った。

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