第6話 妹はやっぱり可愛いものだ。そうであってほしいと思ってんだろ?

学校終わりの夕方、その帰り道。

フランクフルトに噛みつく太い男子高校生。

「なんかいいことあったのかい?」

その隣を満面の笑みでスキップする女子高校に問いかけた。

「いいえ、今からいいことがあるんだ~」

「そうなんだね」

太い男子高校生はアメリカンドックを取り出した。

「なんか嫌なことがあったのかい?」

その隣をやつれた顔で歩く男子高校生に問いかける。

「あはは、お前にも言えないことはある」

「そうなんだね」

アメリカンドックを顔色悪い親友に差し出した。

だが首を振られ、すぐに噛みつく。

「やっぱり美味しいね」

何が美味しいっていうんだ。

いくらなんでも暗い顔している親友の隣で食い物を喰えばまずくなるもんだろ。

「くそ、どうしてこうなった」

スキップのジャンプが常人離れしている高さの女、渡里天音。

この女に俺がカリスマゲーム実況者simaだと暴かれ、もうすぐ一週間。

奴隷のように扱われる毎日だ。

なんで俺が大人気カリスマゲーム実況者simaだとわかったんだよ。くそ。

「だってそれ紹介文・あらすじのところに書いてあるじゃ―」

「野球ものにいそうな大野、なんか言ったか?」

「も、もぐもぐ?」

「……」

「あ、新しく出来たホテルのディナーを食べに行くんだったよ! じゃあね!」

お腹を弾ませて走っていく大野。

高級な料理にまで手を出していたのか。そういえばバイト頑張ってたな。

体が大きく運動もあまりしない文芸部の大野だが足は速く、すぐに見えなくなった。


暗証番号を入力、自動ドアが開く。

6のボタンを押して、エレベーターが動き出す。

606号室の前、インターホンを押さずに鍵を差し込む。

「お邪魔しますー!」

扉が開かれるとともに、耳を張り裂くような高音をすぐそばで響き渡らせる天音。

その様子を芳しく思わないのは俺だけではないようだ。

玄関で腕組して鋭い眼光で俺たちを睨みつける女子中学生、妹が眉間にしわを寄せて立っていた。

「……また来た」

はっきりと聞こえた凍えさせる声に俺は震えそうになった。

そんな妹にもお構いなく天音は家にあがる。

「今日もお邪魔しますね。い・も・う・と・ちゃん!」

「……」

「……はぁ、ほらあがれよ」

どうせ抗ったところでどうにもならないことは俺がよく知っている。

というか抗えば俺の命が危険なんだ。妹よ。

だからそんなに天音に眼を飛ばすな。

「ほら、もたもたすんなよ!」

「はいはーい」

玄関で前かがみになっている天音に声を飛ばし、部屋に入れた。

妹は昨日と同じように横を通り過ぎる天音よりも、何故か天音の靴を見たままだ。


最高記録二分。

これは天音がバトルロワイヤルFPS、シュラハトで生存できた時間の最高記録。

言い換えればゲームオーバーになるまでの最長時間。

「いや、下手くそすぎるだろ!」

もう一週間経つんだ。

毎日およそ二時間同じゲームやって、このカリスマゲーム実況者simaに教わっているくせに、なんでこんなに上達しない。

あまりにも下手くそすぎる。

「こ、今度は頑張るから!」

純粋な瞳で俺を見つめる天音。もうそんなものに惑わされるか。

「だいたい俺を舐めすぎなんだよ! 何回言ったらわかるんだ!」

思い切り怒号を飛ばす。そのあざとくてまん丸い顔に唾を吐きかける。

「そんなこと言われても、一生懸命やってるし」

天音は俯き、申し訳なさそうに言う。だがこれもフェイクだ。

この前と同じだぞ。

「いいか、まず握り方が悪い。もっと優しくだな……」

「こうですか?」

「違う、こうだ」

天音はコントローラーの持ち方が変だ。まずはそこから直すべきだろう。

っていうのも何回目か。

「あと乱暴に扱うなよ。繊細なものだから」

「わ、わかってますって!」

壊れにくいと言われる任天堂のハードでも、お前の怪力には耐えられないからな。

たぶんだけど。

「よし、じゃあ行くぞ!」

「はい、わかりまし―」

「ダメえええええええええええええええええ!!」

突然飛んできた叫び声に俺は大きく転倒した。

なんだと思って股の間から覗くと、涙目で顔を赤くした妹が部屋の前に立っていた。

「このビッチ! お兄ちゃんに触るなあああああああああああああ!」

「ええ?」

支離滅裂すぎる言動に天音も困惑している様子だ。

だがそんなのも関係なく妹は天音に襲い掛かる。

「お兄ちゃんは絶対に渡さない!」

強く握りしめた拳を天音の顔面目掛けて振り上げる。

「?」

しかし軽く躱された。

涼しい顔して天音は妹をじっと見ている。

「調子に乗るなああああああああああああああ!」

懲りずに妹は乱暴に攻撃するが、どれも空ぶった。

その上で天音は息も切らさずに妹に首を傾げていた。

「どうしたの妹ちゃん?」

「妹って呼ぶな!」

優しく声をかけるも妹はまだまだ反抗期だ。

てか天音、妹って言うな。彼女じゃないだろ。

「…………」

「樹希、いきなりどうした?」

「ふん!」

俺にまでそっぽ向くとは。

これでも妹とは仲がいいと思っていたのに。

たまに一緒に寝る中なのに。

「それはキモイ」

「なんか言ったか?」

「べつに?」

もともと妹は感情的ではあるが、こうも横暴になるとは。

一体なんでこんなになったんだ。

その疑問をそのまま言っても妹は答えないしな。

「こういうときは―」

「理君!」

俺は自室から飛び出した。

そしてあるものを持ってすぐに戻ってきた。

「お兄ちゃん!?」

俺が手に抱えているものを見て、やはり妹は喜んでいるようだ。

それを渡そうと妹にゆっくり近づく。

「ほら、これで機嫌直せよ」

「うん、ありがとう」

妹はそれを受け取り―頭に被った。

「……」

「……」

「……?」

「ってなんだこれえええええええええええええええええ!」

馬の被り物を床に叩きつけた。

あれ、いつもは喜んで馬の物真似するのに。

「ふざけてんのか! 馬鹿兄貴!」

「お兄ちゃん呼びがああああああああああああああああああ!」

「なにこれ……?」

赤面して叫ぶ浦嶋樹希。

頭を抱えて絶望する浦嶋理。

それに困惑し尽くす渡里天音。

「もう許さない! 鉄拳を喰らえええええええええええええええ!」

「うわああああああ―ぶはっ―ああああああ―ぶはぁ―ああああ―ぶひぃ―あああああ!」

「……仲がいいのかな」

妹の機嫌が悪いとき。

お兄ちゃんが殴られることで憂さ晴らしになって元気になるのなら僕は喜んでそれを受け入れる。

そんなお兄ちゃんになりたい―兄貴じゃなくてお兄ちゃんに。

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