第3話 ラブコメを通り過ぎてしまったかもしれない

暗証番号を入れ、ゆっくりとガラスのドアが開く。

その様子に目を輝かせている天音、それを「子供か」と冷たい視線を送る俺、関係なくガリガリ君を口に入れた大野。

ドアが開き切ると天音はスキップしながら中へ入り、笑顔でこちらに振り向いた。

「いいとこ住んでるんですね!」

「ふつうだろ」

6、閉。

天音を無視して、エレベーターのボタンを押した。

「ちょっとちょっと!」

完全に閉まろうとした扉のギリギリで、天音は足を入れて止めた。

その隙間から眉間にしわを寄せて睨んできている。

「なんで私たちを置き去りにしようとしてくるんですか!」

「……だれですか?」

「はぁ?」

困惑している間に、俺は閉ボタンを連打。

押すたび、まったく閉まらない扉の安全性に嫌気が差してくる。

「エレベーターを壊してもいいんですよ?」

「え?」

天音は両手で扉を掴んでニヤリとした。

同時に俺の体は無意識に震え出す。

「ふん。」

天音は両手を大きく広げ、扉は一気に開く。

その光景に俺は硬直していないはず、だが閉めのボタンをいくら押しても反応しない。本当に壊れたのか?

あれ、この感じはホラー映画にありそうな。

天音が近づいてくる。後ろは壁。逃げられない。

「くそ、ここまでか!」

もうだめだ。おしまいだ。

「あれ?」

「引っかかった、そんなわけないでしょ!」

突然の爆笑。天音は腹を抱えている。

一体なんでだ。何に引っかかったっていうんだ。

疑問に思い、あたりを見回す。

「ん?」

なんか大野が怪しい。なんとなくの勘だが。

エレベーターの外でガリガリ君片手に突っ立っている大野のほうを覗く。

「……なんそれ」

反響する笑い声の中、怒りを通り越して冷めてしまった。

単純に大野が開のボタンを押し続けているだけだった。

壊れてないし、たぶん力づくで開けたわけでもないのか。

「なんだったんだこれ」

「ほら、早く行きません?」

「そうだね」

この意味の分からない展開に困惑している中、何も考えてないであろう大野が羨ましくなった。

結局エレベーターを使うだけという結末。

「はぁ……?」

「あ……」

「あれ?」

重量オーバーだ。

ここまでの苦労はなんだったんだ。

「……少しは痩せたほうがいいですよ」

天音の真顔の一言に、大野は不意にガリガリ君を落とした。

可愛い女の子から出たその言葉だからショックなことだろう。


鍵を差し込み、606号室に入る。

玄関に靴は一つもない。家族はだれも帰ってきていないようだ。

「おじゃまします」

「やっぱり、マカロニ味は美味だなぁ」

靴を脱いでそのまま自分の部屋へ歩く。

「早くしないと閉め出すぞ」

部屋の扉を開け、大野と廊下の隙間から、玄関で天音の屈んだ背中に呼びかけた。

「そのときは蹴り飛ばしますけどね」

すぐに天音は早歩きしてこっちへ来た。

女の子がふつうに家の中を歩いている光景に一瞬だけ心を奪われそうになったが、近づいてくるにつれ顔がよく見えて心は留まった。

昨日までの天音ならこうはならなかっただろう。

「もぐもぐ、入るよ」

「入るね」

自分の前を通り、天音は部屋に入っていった。

あと大野も。マカロニ味ってなんだよ、そんなアイスが存在したのか。


予定が狂い、同じクラスの女子である渡里天音にFPSを教えることになった。

どこにでもいる普通の女子が銃を持って戦おうと思うとは、信じられない。時代が変わったものだなと十七歳の俺は窓から沈む夕日を眺めながら想いに浸っていた。

「これ、なんです?」

「ヘッドホンじゃないのかい?」

「でもなんかマイクついてますよ」

女、人のPCの前に許可なく近づくな。

そういう視線を突き刺しているのにもかかわらず、天音は純粋な表情でこっちを見た。

「ネットには友達がいるんですか?」

「あ?」

さらりと言ってきた。

悪気が無いように見えるが、そんなものは関係ない。

「もたもたしてると時間無くなるぞ」

テレビとゲームの電源をつけ、コントローラーを握り座った。

「え、ちょっ」

パソコンのほうの椅子に。

これ以上この女をパソコンに近づけるわけにはいかない。

不服そうな顔するな。あっち行け。

「よいしょっと」

今度はベットのほうに。

遠慮があまりにも無さすぎる。

「どのゲームだ?」

「うわ、すごい数……」

テレビに映った数十個ある色とりどりの四角いマーク。天音はそれに苦笑いしている。

これでも一部だからな。

「シュラハトってやつです」

「あー、シュラか」

最近流行っているやつか。

少しだけやって、初心者ばっかでつまらなかったし、課金が強すぎてやめたんだよな。

あれから時間が経って変わってきてるなんて話はあるが、自称ゲーマーである俺から言わせればヌルすぎるし、画もつまらないからな。

何しろ演出が……。

「あの、早くしてもらっていいですか。そんなドヤ顔してないで」

「……ああ」

相手はミーハーだ。落ち着け。

さっさと適当に教えて帰らせる。それだけだ。

「理~、アンジェリーナ本読んでいいかい?」

「読むな!」

それは女の子と同じ空間にいるときに読むものじゃない。仕舞え。

あと天音、ちょっと興味持つな。


様々なゲームがある中、やはり難しいものと簡単なものがある。

たとえば最初に触れたゲームが難しいものだったら、すぐにやめてしまい、ゲームが嫌いになることはあるだろう。

だがそれではもったいない。

最初に手を取ったとき、はじめてそのゲームを起動したときのワクワク感とかを忘れないでほしい。

そして可能であれば、難しさの中にある達成感に気づいて楽しんでほしい。

それこそがゲームの醍醐味だから。

でも本当に無理なときは諦めるのもありだろう。辛い思いしてまでやるようなことではない。

すぐにゲオに売ればいい。そのあとにまた、別のゲームを始めればいい。

「でもお前は例外だ」

「まだやれます!」

「いや、無理だ」

やる気満々みたいだが、勘弁してくれ。

何事にもある程度の才能は求められるものだ。でもそれだけではなく努力だって必要だし、その差を埋めてやると意気込むのも大事だろう。

だがお前はそんな程度ではない。むしろゲームの才能がないという才能がある。

「お願いします! 今度は落下死しませんから!」

「はぁ……」

いやさ、このゲームに落下死の概念なんてあったのかよ。

ゲームオーバーになるたびに奇想天外すぎて戸惑う。

「……いいか。Xボタンでダッシュ、Oボタンでジャンプだ。まずはそれを覚えろ」

「はい。わかりました!」

「……」

「……」

キャラが動かない。もうゲーム始まってるぞ。

天音は画面見つめてコントローラー握ったままだ。

「どうした?」

「移動どうやってするんですか?」

「……はぁ?」

一つ覚えると一つ忘れる。

お前、成績良かったよな。どうなってるんだ。

「理、お腹空いたし帰るよ」

「あ、ああ」

唐揚げ棒を頬張りながら言われても説得力ないけど。

大野は部屋から出て帰っていった。

てかもう7時か。

「あ、やられちゃいました。いいとこまで行ったのに」

開始一分立たずにゲームオーバーなのはいいところなのか。

相手はbotだぞ。

「今度こそは!」

「それで最後にしよ―」

「あ、手ごわい」

最高記録更新、三秒でゲームオーバー。

そんなプレイお前にしかできないだろ。

「よし、次は―」

「はい。終わりだ終わり」

「えー、まだまだやれますよ!」

「こっちが限界だ」

もはや拷問なんだよ。

どんな風に教えても一向に成長しないし。

「とりあえず、終いだ。もうこんな時間だし、親も心配す―」

「あれー!? お兄ちゃん、彼女連れ込んでる!」

玄関のほうから響いてきた、ねちっこい声。

やばい。厄介なことになる。

「あれ、誰か帰ってきたみたいですね。挨拶してきます!」

「やめろぉ!」

部屋の扉へ早歩きしていく天音の手を掴んで止める。

止まらない。なんて力だ。

「なんで引っ張るんですか」

「いいから!」

廊下をドタバタと走ってくる足音。

ヤバい。こいつをどうにかしないと。

「お兄ちゃんー?」

「妹さんですか、可愛い声してるしぜひとも挨拶を!」

「涎出すな!」

くそ。こうなれば意地でも!

俺は全身のありとあらゆる力を込めて天音の手を引っ張った。

全人類の、ナメック星の人たちも、俺に力を分けてくれ!

「うおおおおおおおおおおおお!」

「コンコン! お兄ちゃん開けるよー!」

俺が叫ぶとともにドアはノックされることなく開けられた。

声ノックやめろ。

その意味を込めた視線はなんか上の方向。白い足、短パン、思ったよりも膨らんで見えるジャージの胸部、まん丸の顔と目、ポニーテイル。

妹が赤面して俺を見下ろしているみたいd―え?

「お兄ちゃん……そこまでいってたんだね。もう僕の出る幕はないんだね……」

「え?」

いつの間にか俺は伏せていたのか。

てかなんか下がやけに柔らかい。クッションみたいな感触。

いい匂いの反発力あるクッション。

これがあればゲームしやすいな。ほしい。

「あの、いい加減に……」

「お兄ちゃん。ベッドは使わないんだね」

「は?」

俺は改めて下を向いた。

これ、クッションじゃなくて天音だ。

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