第4話 なんで俺が、チャンネル登録者数80万人の老若男女に大人気のモテモテでイケボのカリスマゲーム実況者のsimaだってわかった!
リビングの照明は真っ白だ。
でもこの眩しさじゃ俺の心は明るくならない。
おそらくこれは幸せそうにコロッケを頬張る天音の様子ばかりに光が集まっているからだろう。
「妹さん、料理上手なんですね!」
「そう? 嬉しいこと言ってくれるわねぇ」
「ママ! 褒められてるのは私!」
あれ、おかしいな。
丁寧に味噌汁を啜る茶髪ロングの女子高生。それを嬉しそう眺めている黒髪ロングの女性と口をへの字にして箸を進める黒髪ポニテの中学生。
ここって俺の家だよな。この人たちって俺の母さんと妹だよな。コップに写る自分の姿はやはり黒髪だ。
それでもなんか仲睦まじい姉妹と親に見えてきたんだけど。
「ママはまだ若いわよ?」
「そうですね。二十代と言われてもわかりません」
「四十路手前のくせに……」と俺と妹は顔を合わせた。
「あら、なんか言ったかしら?」
微笑みながら俺たちを睨む母。
若さ溢れる女子高生と元気満々の女子中学生に対抗しているのか、このおばさんは。
確かに大人にしかない美貌が垣間見えるが、大人げないぞ魔女。
「それにしてもこんな可愛い子が嫁に来てくれるなんてねぇ」
「ブフォ!?」
妹よ。顔が熱いのだが。
俺が吹く前に吹くなよ。
「ち、違います! うらし……理君とはそんな関係じゃないです!」
「あら?」
「いや、付き合ってない。なんなら友達でもない」
「え、酷い。あんなことまでされたのに……」
「ブフォ!?」
妹よ。納豆が目に入ったのだが。
眼球が発酵するぞ。
「あんなことって何したの? ねえねえ?」
「何もしてない。断じて何もしてない」
「何もしてない……あのことをそんな……無責任……」
「ブフ―!?」
吹く前にその口を掴んで閉ざす。
危なかった。今度はチョコミントが飛んでくるところだった。
「へぇー、理も成長したのね」
意味ありげな視線を送るな。どこで息子の成長感じてんだ。
「はぁ……飯食ったら帰れよ」
「わかってます」
「泊っていってもいいわよ。もちろん理の部屋に」
「ブフォ!?」
妹よ―すまん。今のは俺だ。
白い液体が妹の顔面に浴びせられた。
「お兄ちゃん……臭い」
「牛乳だけど!」
頬を赤らめて俺を見てくる妹。
なんかムカつくから、あとでお前の楽しみしてるケーキ食ってやる。
マンションの廊下。
疲れ果てている俺とは対照的にニコニコしている天音。
「彼女を一人で帰らせるなんて酷い子に育てた覚えはありません!」
とニヤつきながら母に言われ、俺はこの魔獣を送らなければならなくなってしまった。ああ、めんどくさい。
「あ、ちょうど止まった。エレベーターのボタン押しますね!」
スーツ姿の男性が普通に降りたエレベーターへ飛び跳ねて乗る天音。何が楽しいんだ。
「何階ですか?」
「一階以外あるのか?」
「質問してるのはこっちです。馬鹿ですか?」
そう言いながら天音はボタンを押した。
扉は閉まり、二人きりの空間。
「外、綺麗ですね」
「目が悪すぎるだろ」
エレベーターに窓なんてない。
透視できるなら俺の心を読んでくれ。
「視力は2.0ですよ」
自慢げな天音。
視力が良すぎて得することなんてそこまでないだろうに。無くて損することはあるけど。
「あ、早いですね」
どんよりとした気持ちの中、俺と天音を乗せたエレベーターは軽やかに一階へ着いた。
エレベーターの扉が開くとともに入ってきた空気が涼しい。
ようやっと解放される。
「すっかり真っ暗ですね」
「ああ、女の子が一人だと心配されるくらいには暗いな」
「ってことは?」
「その危険に身を震わせて早く帰ればよかったという後悔を噛みしめながら一人で帰るしかないな」
それでも男なのかと呆れた顔をした天音。
なんだその目は。俺にはお前が女の子には見えないぞ。
「はぁ、理君は意地悪ですね」
「いや、突然家にやってくるほうが質悪いだろ」
「え? 了承したじゃないですか」
天音は瞬きして馬鹿にしたように言った。
これほどに女を殴りたいと思ったことはあっただろうか。いや、ない。
「あの、明日も来ていいですか?」
「ダメだ」
「じゃあ明後日は?」
「ダメだ」
「一週間後は?」
「期間の問題じゃないぞ」
「え、じゃあ一年後ですか?」
日本語ってこんなに難しかったのか。
どこまでもふざけた女だ。
「この際、はっきり言ってやる。もう来るな」
「え?」
「だからもう来るな」
「聞こえないです」
「だから、もう来る―え?」
「え?」
なんで音楽聞き始めてるんだ。この女。
てか俺が言い始めようとしたところでイヤホン付けただろ。
「って、それは俺のイヤホンじゃねえか!」
「ああ……」
四万円のイヤホンを奪い返した。一体いつの間にくすねてたんだ。
他にもなんか取ってないだろうな。
「なにジロジロ見てるんですか。警察呼びますよ」
「こっちが呼びたいくらいだ」
「え? 自首とは偉いですね」
ダメだ。こいつ。
これ以上こいつと話してもイライラするだけだ。
「もう帰れよ。親も心配してるだろ」
「そうですね」
「……」
「……」
「……いや、帰れよ」
天音は足を震わせ、外をじっと見て立っている。
まったく出ていく気配がない。
「もしかして怖いのか?」
「こ、怖くないですよ!」
声が裏返ってるぞ。
さっきの元気さは消え失せ、怖気づいている天音。
「まぁ、どうでもいいか。じゃあ」
「え?」
マンションの入り口で半泣きの女を見捨てて帰る男、浦嶋理。
俺はそのことに何も感じず、エレベーターの扉を開けた。
「ちょちょちょ!」
「なんだっ―うわ!?」
腕を引っ張られて勢い余り、壁に放り投げられた。
痛い。横っ腹が痛い。いや肋骨が。
「こうなれば一か八か……」
天音が小声でなんか言った。
なんだ、何をする気だ。
「浦嶋理!」
「なんだ?」
「あなたの正体はわかっている!」
「なんだと!?」
「あなたは有名ゲーム実況者のsnaizです!」
なんだと。嘘だろ。
そんなわけがない。家族にもバレてないはずなのに。
「くそ、どうして俺がsimaだとわかったんだ!」
一体どこでバレた……もしかしてあのプレイでバレたのか。一回調子乗って上手すぎるプレイ見せたのでバレたのか。
いや、そんなはずがない。それを見ても無反応だった。知っているならあそこで興奮するはずだ。
いや、わかった。アンチか。こいつ俺のアンチか。
「え、適当に言ったのに本当にそうだったんだ。ってsima? あ、simaだっけ。そうだったsimaだ」
これもわざとなのか。煽りなのか。
この女、何者だ。
何回も部屋に入った大野でさえも気づいてないんだぞ。
この俺がチャンネル登録者数80万人のカリスマゲーム実況者、そう、カリスマゲーム実況者であることに。
「なんでニヤついてるの。キモイ!」
「ってなんでわかったんだよ」
「え? そ、それは……」
天音は天井のほうを見上げ、両人差し指を頭に当て、魘されたような表情をした。
そんなに俺のこと嫌いかよ。
「こ、声です! あと……声です!」
「声だって……そんな馬鹿な」
「わ、私は耳がいいですからね!」
そうか。こいつは特殊だ。
普通の人間は初めて話しかけたクラスメイト、しかも男の家に夜まで長居しない。ましてやご飯までご馳走にはならない。
やはり耳も人並み外れているのか。
「くそ……隠し通してきたのに」
「そ、そうなの? 案外適当に判明しちゃったけど」
もし俺がsimaだとバレてしまえば住所と顔と名前がアンチ共に晒され、奴らが襲い掛かってくる。
美人で可愛い、巨乳のストーカーに夜這いされてしまうかもしれない。
「くそ!」
「なんか鼻の下伸びてるけど……」
ダメだ。ダメだ。
とにかくどうにかしないと。
「頼む。俺がsimaであることは秘密にしてくれ!」
「どうしようかなー?」
「あ、俺がカリスマゲーム実況者simaであることは秘密にしてくれ!」
「そんなに変わんないよ?」
どうすれば天音を止められる。
くそ、わからん。
こうなれば俺も適当にこいつの嘘を広めるとかして脅すか。
「そうですねー、家まで送ってもらおうかな」
「家まで来いだと?」
「え、いや、家まで送ってって言ったんだけど」
「俺を監禁して何かするつもりか。くそ、なんて卑劣な奴だ」
「え、なんで貶されてるの私?」
俺は速やかに両手を天音の前に出した。
天音はそれを二度見した。
「なにこれ?」
「手錠だろ?」
「え、犯罪者なの?」
「お前がだろ」
「え???」
俺はどうなってもいい。
だけど家族を危険にさらすわけにはいかない。
「……もしかしてこれは」
目を細め、ニヤリとした天音。
このゲスい面は本物だ。俺は監禁されて弄ばれるんだ。
「へー、バレたらそんなに危険なんだ?」
「……最悪、死ぬかもしれない」
「え? 危険すぎない?」
「美女のストーカーがいるからな」
「あ、うん? なんかよくわからないけど」
一体、何が望みなんだ。渡里天音。
俺は天音のポカンとしたアホ顔を真剣に見つめた。
「ってもうこんな時間!? そろそろ帰らないとほら、早くして!」
「え?」
天音は俺のほうにその白くて硬そうな手を差し出した。
「家まで送ってって言ったじゃん!」
「あ、ああ」
俺は逆らうことなく天音の手を握って、震える足で歩き出した。
握力60くらいあるぞ、この女。いつでも俺を殺せるということか。
この後どうなるかはわからないが、俺が有名カリスマゲーム実況者simaであることを秘密にしなければ。妹と母のためにも。
「……」
理と天音がマンションから出ていった。
その姿を見ている一人の人間がいた。
「そうか、彼がsima……」
その人間は監視カメラ越しにそう呟いた。
そして少し考えたあと口を開く。
「だれじゃ、そいつは。若いもんは情熱的じゃな」
管理人の老人はそう言って席を後にして帰っていった
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