第2話 未確認生物、渡里天音
俺の名は浦嶋理。太郎ではなく理だ。
友達と一緒に下校している、どこにでもいる男子高校生だ。
「アンパン食べるかい?」
「いらん」
こいつの名は大野金太郎。
道路を埋めるほどの腹のデカさを持つ幼馴染だ。あと普通に体長もある。
「それはいいすぎだって」
「褒めてない」
「ねえってば!」
後ろから聞こえる声は耳鳴りに違いない。
いち早く今日は休まねば。
「ねえ! 聞いてる?」
「あー耳鳴りがー」
「ねえ! 浦嶋君ってば!」
「これは重症だ」
「ねえねえ!」
「とりあえずイヤホンをしてみよう―!?」
俺のワイヤレスイヤホンが塀を越えて向こうの家の庭に。
なにするんだこの女は。
「どうしたの?」
「いや、しらばっくれるなよ!」
なんでそんな純粋な微笑むことができるんだよ。天使のような悪魔の笑顔だよ。
「片方あれば十分でしょ」
「お前……」
六万円した俺のイヤホンを投げ飛ばして平気でいる女。魔王の手先はどこにでもいる女子高生のようだ。
見た目は茶髪のロングヘア、丸い顔した可愛げな女子。背は平均くらい。
「私の声が聞こえない人が、両耳で音楽聞けるわけない」
「なにその自信?」
手を組んで自信満々な様子。
そろそろ殴ってもいいのかもしれない。
「そんなことよりもゲーム、FPS教えてよ!」
「そんなことって、お前は馬鹿か! 早く取って来いよ!」
「はぁ?」
よし。まずは目潰しだ。
あの丸くて大きい目を部位破壊だ。
「なんでいきなりピースしてるの?」
「それはだな……こうやって―!!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ」
尖らせた二本の指は弾力ある大野の腹に跳ね返された。
俺と女の間に大野が入ってきた。
「そうだ。これでもあげるから……ほら!」
「え、なになに?」
目を輝かせて大野を待つ女。
何をそんなに期待してるんだ。
「なんだこれは?」
小さい白い玉が三つ縦に並んで棒に刺さっている。その側面に黒に近い紫色の粒粒が乗っている。
大野は団子を俺と女に一本ずつ手渡してきた。
「あんこ団子だ。しかもこれって―」
「そう。最近できた和菓子屋―はんだづけ―のやつだよ」
「え、ありがとう」
「いえいえ。布教は大事だからね」
なんかこいつら仲良くなってんなと思いつつ、団子を横に向け、棒を歯で轢いて一気に頬張った。
布教なんだよ。まず痩せろよ。と言うと怒られるので団子とともにお腹へ留めておこう。
「いい食べっぷりだね。みたらし団子もあるけど食べてみる?」
「いいんですか。お言葉に甘えて」
大野が差し出す前に女は団子を搔っ攫った。
恐ろしい女だ。あと大野、お前はなぜにこやかにしているんだ。
「これも美味しいです!」
「ふっふっふ」
飛び跳ねて喜ぶ女と得意げに笑う大野。
もう勝手にやってろ。イヤホンとりに行くか。
「……」
「これもあるよ」
「これは少し味が濃いめですね」
「そうだよ。だからこれと合わせると」
「ほんとだ、めちゃくちゃ合いますね!」
黒い塀の扉が煉瓦の壁の間に挟まっている。
インターホンもついているが、めんどくさいから塀を越える。
大丈夫、バレないバレない。いざとなったら女に虐められたということにしよう。
てかそれが事実だ。
「あった。あった」
黄緑の芝生の上、ぽつんとワイヤレスイヤホンの片っぽが転がっていた。
それを掴んで壊れてないみたいだと確かめた。
「ん?」
「わんわん!」
「……わんわんお」
遊んでほしそうについてくる犬に泣く泣く別れを告げて俺は出ていった。
犬がメインのラブコメではダメか。
「それで明日は、れとろんぬのケーキを布教しようと思うんだ。よかったら学校であげるよ」
「本当ですか。ありがとうございます、先生!」
まだやっていたのか。しかもなんか大野が先生になってるし。
食べ物上げただけであんなに好感度上がるとは。
「ちょろいな」
「いま、何か言いました?」
「いや、別に」
ほっぺたにクリームつけたまま迫って睨まれても説得力はない。
てか顔近い。
「ま、いいですよ。べつに……そうだ! 金ちゃん、それ頂戴!」
「食べかけだけど、いいのかい?」
「いいから」
大野金太郎の身長はおよそ185m。対して女の身長はおよそ155m。
女は軽く大野の手のあたりまで飛び上がり、その手に持っている焼き鳥を奪い取った。
「なんだよ、これ?」
そして、うなずきながら俺に焼き鳥を差し出してきた。
どうでもいいが制服にタレがついてるぞ。
あれ、ほっぺのクリーム無くなってる。もしかして飛んだときに慣性で払ったのか。
「はやく受け取ってよ」
「え? いらないけど」
「え……」
女はあからさまにしょんぼりと肩をすぼめ、がっかりした表情をした。
いや何がどうしたんだよ。
「先生……」
「なんだね?」
「……FPSを教わりたいです」
「僕じゃ無理だけどね」
なんかもう置いて行っていいだろ。
俺は落胆している女とそれを見て取り返した焼き鳥を笑いながら食べ始めた巨人に背を向けて、歩き出した。
「もう夕暮れか」
「いや、置いて行かないでって!」
道を塞ぐように俺の目の前に現れた女。
なかなかしつこい。
「いったい何なんだよ」
「何なんだよって、FPS教えてって言ってるの!」
「いや、だから断ると言っただろ」
「そこをなんとか! お願い!」
上目づかいで頼み込んでくる女。だがもう何回目だ。
俺は構うことなくその真横を通り過ぎる。
「ちょっと、ちょっと!」
「……」
横からついてくる女。煩わしくなってきた。早歩きしよう。
「お願いだから教えてよ!」
「嫌だ。時間ないし」
スピードを速める。
「そんなに時間かからないって、私は覚えいいほうだよ?」
「なんで疑問形だよ」
さらにスピードを速める。
「お願いだから、いいでしょ。少しくらい!」
「はぁ……はぁ……嫌だ」
もっとスピードを速める。
「上手くなりたいの、お願いだから!」
「はぁ…はぁ…い…やだ…ぁ」
よりいっそうスピードを……もう無理。
足が死んでしまう。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「ね、お願いだからさ!」
息切れもなく手を合わせてお願いしてくる。
この女、体力どうなってるんだ。
「はぁ…………」
両目を瞑り、懇願してくる。
どれだけ必死なんだ。そこまでしてなんで教わりたいんだ。
「お願いします!」
「嫌だ。諦めろ」
普通に無視して歩き始める。
「え、即答? この流れで?」
流れとか知らん。
俺は残念ながら空気を読めない。どうしても読ませたいなら辞書持ってこい。
「ねぇ待ってよ!」
「……」
再び女は俺の前に立ちはだかった。
今度は小さい身体を大きく広げて道を塞いでいる。
一見隙だらけに見えて、隙間から通り抜けようとしたらそこに横移動できるように距離を取っている。絶妙に守ってやがる。
「ねぇ、なんで嫌なの? 教えてよ」
「……」
嫌な理由。それは簡単なことだ。
「時間がないからだ」
「嘘だ、浦嶋君の成績悪いよ!」
何で知ってるんだよ。
「まぁ、もぐもぐ。有名だしね」
え、そうなのか。そんなに悪かったっけ。
「ってか、別に勉強は関係ないだろ」
「関係ない? じゃあ何に時間を使ってるんです?」
やばい。嵌められた。
何で時間がないかだと、そんなの言えるか。
「よし、逃げよう―ぶぐっ!」
「もぐもぐ?」
脂肪の壁に激突。痛くないのにイラつく。
「大野、どけ!」
「もぐもぐ???」
なんだと。無視されている。こいつもしかして―!?
俺は女のほうを振り返る。
女はドヤ顔をキメていた。
「やられた」
大野を惚れさせて協力者にしたのか。
あざとい。なんてやつだ。
「もぐもぐ。もぐもぐ」
完全に上の空だ。お前が惚れる気持ちもわかるが、このタイプの女はダメだろ。親友としてここは……ん?
「もぐもぐ。もぐもぐ」
いや、食べるのに集中してるだけだ。これ。
「あばよ!」
「あ、見破られた!」
俺は全速力で走り出した。
この辺は俺の庭みたいなものだ。すぐに撒ける。
「え?」
「よし!」
上から飛んできた。嘘だろ。
ジャンルをも飛び越えてるだろ。
「ほら、観念しなさい!」
「くそ……」
なんか俺が悪者みたいになってる。
なんにも悪いことしてないのに。
「私にFPSを教えるか、一生私から追われる恐怖に怯えるか、選びな!」
こんな可愛い子が俺に付きまとってくる。
これは喜ぶべきことだ。なんて思ってるなら、勘違いだと証明できる。
底なしの体力、驚異的な跳躍力、性根の悪さ。顔と声が綺麗なだけ。払拭できてないだろ。全然。
これじゃ証明できてねえよ、馬鹿かお前はと思った人。正解だ、俺は馬鹿だ。
だが馬鹿の忠告も、たまには当てにしてもいいと思うぞ。
「ほら、選びなよ!」
「く、くそ!」
「もぐもぐ、この食べ合わせ美味しい」
だいたい悪役が選びなと言ってきたとき、選択肢なんてものはない。
迷うさまを見てあざ笑いたいだけだからな。
「くそぉ……どうしてこうなった……」
「決まったようね」
「もぐもぐ、日が暮れてきたよ」
太陽が俺から目を離したとき、月は俺を捕らえた。
俺はまんまと、というか無理やり、FPSを教えることになってしまった。この女に。
いや、もはやこいつは女ではない―渡里天音という未確認生物だ。
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