気付けば美人配信者に囲まれてた

大神律

五万文字編

第1話 これはラブコメではない

窓際の一番後ろの席。空が青い。地球はいつも真っ青だと伺える。

高校生活は退屈なものだ。何もない。この雲一つない空と同じで……あれなんだこの山は。

何もなかったはずの風景にドでかい山が。

「間抜けそうに空眺めてどうしてるんだい?」

「なんだ、大野か。キリマンジャロだとおもった」

ふくよかで大柄。坊主で顔はあっさりしている。

こいつは俺の幼馴染の大野金太郎。だいたいみんなから金ちゃんと呼ばれている。

「ちょっと何言ってるかわかんないけど、もう昼休みだよ。もぐもぐ……」

焼きそばパンが空に浮いている。

いや、大野が食べているだけだけど。

「……ふぅ。購買いこうよ」

そう言いながらコロッケパンの袋を開け始めた。本当に大野は食いしん坊だな。

「いや、混んでるからあとでいいだろ。それよりも―?」

机の中から取り出したswitchが目を離してないのに消えた。

「理、ゲームもいいけど、腹は減っては戦はできないよ」

パンを食べ終え、指を舐めながら大野は言った。

もう片方の手には俺の青いswitchを持っている。

「はぁ、わかったから返せよ」

「そう。じゃあ返すよ―」

「おいおい! やめろやめろ!」

何故かswitchを口に運んでいく大野。それは食べ物じゃない。

癖というのは怖い。

「あはは、ごめんごめん。ほら、行こうよ」

悪気がないのはわかっているがこれで何度目か。間違えてカセットを食われたときもある。

でも俺は許すしかない。というか大野は喧嘩したところで、にこやかに謝るだけだと知っているからだ。

仕方ないとため息をついて購買へ歩いていく。


長い廊下。迷宮のようだ。購買までは割と遠い。

腹が減っているから購買に行くのだが、歩いてさらに腹が減っていくのは何か矛盾を感じる。

そう不満げにいても廊下で倒れている人がいないという事実。これがこの提起が間違っていると証明してくる。

「ん? チョコバット食べる?」

「いらねえよ!」

さすがに物食べながら購買に行くのは矛盾しているだろ。

いや、こんなに食べていても腹ペコなのは知っているが。

「おいおい、昨日の配信みたか?」

「あー見た見た。simaのあれやばかったよな」

教室で弁当食べながら話している男子生徒が廊下から見える。

「あの、落下しながら風船作るやつえぐいよな」

「あれやばいよな、地面ギリギリで風船に乗って逃げ切ったんだよ」

別の教室でも同じ話で盛り上がっている。

「追い詰めたと思ったらあの超絶プレイ」

「痺れるよなぁ」

俺も頷く。大野が不思議そうに見つめてくるがどうでもいい、知らん。

「なにいってんだよ、あれは台本通りやっただけだろ」

横を通り過ぎっていった野郎が馬鹿なことを言っていた。

しばらく俺はそのアホな後ろ姿を見つめて止まった。

「理、早くしないと無くなっちゃうよ」

「ああ」

あのプレイがやらせなわけないだろ。ゲームやってれば誰でもわかる。

あんなのド素人の意見だ。うんうん。

「やばかったよな、あれ」

そうだよ。あれは本当にギリギリだったんだよ。

「ああ、ドキドキしたな」

まじで胸が張り裂けると思った。あれは本当にピンチだった。

「可愛すぎだったろ」

そうそう。まじで可愛かった。可愛すぎて気絶し……うん?

「カノンちゃん。マジでヤバいよな」

「可愛いし、歌うまいし、可愛いし、すごく可愛いし」

カノンちゃん。あれ、カリスマゲーム実況者simaの話題は?

「おーい理ー! もうすぐだから、頑張りなよー!」

「あ、ああ」

あれだけ凄かったのに。可愛いだけの女に負けるだと。

凹んだ腹に手をあてて、俺は購買に向かって行く。

「痛った……ごめんなさい、ぶつかっちゃって」

「あ……」

謝ろうとした前に行ってしまった。

小さくて丸い肩。長い茶髪。声が綺麗だった。

「おーい理ー! パンあと一個だよー!」

「まじかよ!」


昼休みはだいたい45分。これはかなり少ない。

とあるモンスターを狩るゲームではおよそクエスト二回分、100人で銃を撃ち合うゲームなら一回しかできない。二回戦までやったとき、終盤のいいところで授業始まって没収されたからな。

「時間ないし、格ゲーにするか」

「もぐもぐ」

「……」

「もぐもぐ」

「へぇー、ゲームはじめたの?」

「うん。これなんだけど」

「……」

「もぐもぐ」

「ってFPS? 初心者がやるジャンルじゃないって」

「そうなんだ。やっぱり難しすぎると思った」

「……」

「もぐっも―!?……もぐもぐ」

「あたしもゲームやるけど、こういうのは苦手」

「でも流行ってるよ?」

「……!?」

「もぐ? もぐもぐ」

「いや、女子はやらないよ。流行ってんの男子じゃない?」

「え、そうなの?」

「……な!」

「もぐ? あーもぐもぐ。それは、もぐもぐ」

「そうよ。少なくてもあたしの周りにはあんまりいないかな」

「そっか……困った」

「……うわ、まじか。ここでこれやるか」

「あ、ああもぐもぐ。そこはもぐもぐだよ」

「何が困ったの?」

「このゲーム上手くなりたいんだ。教えてもらいたかったから」

「……」

「あ、もぐもぐ。そうしてもぐもぐ」

「管轄外だからね。誰か知り合いにいたかな、そういうの上手いの…………いないわ」

「そ、そんなー。いないの?」

「いないいない。男友達もそんなにいない」

「それは聞いてないけど」

「……くそ」

「もぐもぐ?」

ああ、集中できない。

久々にやってみたのもあって下手になってるけど、この環境に格ゲーが合わない。

くそ、もっと集中しろ。

やばい。追い詰められた。

「もぐもぐ、それはマネージャーに聞きなよ」

壁際。嵌め技。画面端。やばい。

「でも僕、野球部じゃなくて文芸部だけど」

どっちも一緒だろ。壁際も中央も。

慌てるな。どうにかして回避を。

「くそ!」

これは罠だ。回避も読まれてた。

「やべえ」

「もぐもぐ。愉快愉快」

もう体力がない。やられる。

「す、すいません……」

「もぐもぐ?」

いや、まだだ。カウンターがある。

「あ、あの……」

「もぐもぐ―だからやめときなよ―もぐもぐ」

クソ。なんだこのゲームは。カウンターを無効化しやがって。ふざけるな。馬鹿野郎。

「―!?」

「もぐ?」

「……?」

俺はゲームの電源を切った。真っ暗になった液晶に敗北者の無表情が映る。

それから目を逸らし、天井を見上げる。

「もぐもぐ。もぐもぐ。負けたのかい?」

「ああ、負けたさ」

「そうなんだね……」

カツサンドが視界の左端から入ってきた。

少し齧られている。

「受け取りなよ。僕たち親友だろ?」

にっこり笑って大野はそう言った。

俺はしばらくその顔を見つめ、その笑顔が消えるのを待った。

そして大野の口角は下がり、俺を見て首を傾げた。

「どうしたんだい?」

「……どうしたんだいじゃねえよ」

「え?」

「お前の咀嚼音がうるせえんだよ!!」

自分よりデカい大野の胸ぐらを掴んで叫ぶ。

つま先がギリギリ床に着くくらいだから、さらにムカついた。

「なんでそんなにデカいんだよ! ふざけんな!」

「ご、ごめん」

「ずっと食べてばかりで、太りすぎだろ!」

「ご、ごめん」

「ちょっとは細くなったらどうだよ! 健康意識しろや!」

「ご、ごめ―ありがとう」

「さっきから汚いんだよ! なんだよあの嵌め技は!」

「ご、ごめ―それは僕のせいじゃないよ!」

「うるせえな! なんで野球部じゃないのに坊主で太ってるんだよ! この手の作品に出てくるタイプじゃないだろ!」

「ご、ごめん―ってそれも僕のせいじゃないよ!」

「ああ? 謝ってばかりで恥ずかしくないのかよ! 少しは言い返してみろよ!」

「ご、ごめんて」

もっと感情をぶつけてやろうとしたが、つま先立ちが持たない。

これだけ怒鳴っても何にも満たされないなと実感しながら俺は席に座り、大野のいない廊下側にそっぽを向く。

「うわ!」

突然現れたスカートに椅子とともに転倒させられた。まったく気配がなかったぞ。

壁に頭がぶつかりそうになったが、大野が手で押さえてくれた。いいだろう、さっきのことは許してやる。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

前を向くと小さい手が差し出されていた。

柔らかそうな白い手、丸まった肩と茶髪の艶あるロングヘアー、丸く優しい瞳と小さく整った顔。

こんな可愛い子がいるもんなのか。

「あの……」

だんだん顔が強張って彼女が震え出した。

何だ一体と思ってじっと見ていたら、眼球の前を鋭い何かが通った。

彼女の爪だ。

差し伸ばした手が横に揺れて危ない。

だから俺はその綺麗な手に触れないように、床を手で押してゆっくりと立ち上がった。

「ふぅー」

背を伸ばし深呼吸。危なかった。

もう少しで眼球が持っていかれるところだった。

ん、なんか視線を感じる。

辺りをキョロキョロ見ると、明らかに彼女が俺を睨んでいる。

なぜか彼女は前かがみで手を伸ばしたまま。一体何をやっているんだ。

まだ震えてるし。

「えっと、どうかしたの?」

「どうかしたって? せっかくこっちは―なんでもないです」

煌びやかに髪が光る。彼女は腕組みをして鋭い視線を逸らした。

「さっきから待ってたんだよ」

「え?」

全然気づかなかった。

たぶん隣にあった山に隠されていたのだろう。

恐ろしいものだ。もしかして俺が気づかないだけで、可愛い子とのフラグがこいつにへし折られてたんじゃないか。

「あの、さっきゲームやってましたよね?」

「え、うん」

彼女が机の上にあるswitchのほうを見ながら柔らかい声で訊いてきた。突然なんだ。

「よかったらでいいんですけど……ゲーム教えてくれませんか?」

「は?」

彼女はもじもじしながら上目遣いをしてそう言った。

その可愛らしさよりも彼女の小さく透き通った声とともに聞こえた言葉のほうが強い。

「浦嶋理くん、お願い!」

「……うぇ?」

手を合わせて祈る彼女。

その光景に唖然とし、俺は机の上にある何かを二度見した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る