30.和解と理解 —握手—-1


「さあてと」

 弟は、ヤミィに切先を向ける。

「時間もないことなんでな。さっさと終わらせていくぜ」

「ネザアス、貴様」

 ヤミィの視線に憎悪のようなものが混じる。即座に弟が反応した。

「相変わらずだな。お互い様だが、おれとお前は相性悪ィんだよ!」

 今にもとびかかりそうな双方を前に、何者かの影が飛ぶ。

「ネザアス、覚悟しろ!」

 ととびかかったのはサーキィ・サーティーンだった。サーキィの体はすでに黒く変色している。その扱う剣ですらどろどろの何かをまとっていた。

 弟はそれをざっとかわすと嘲笑した。

「ふん、粗悪な複製品レプリカが! とうとう正体表したか」

「黙れ! 貴様がずっとわたしのことを、見下しているのは知っていた! おのれ、ここでっ!」

「見下してるんじゃねえよ! 複製品のお前が、やたらめったと偉そうにしてやがったから、おもしれえやつだなあって、鼻先で笑ってただけだ! サーキットは悪趣味だが、テメェよりマシだからな、知ってるおれからすりゃ、おかしくてならねえからなア!」

 弟は相手を煽りながら、刀を交える。その言葉にサーキィが激高していた。いつの間にか彼はほかの黒騎士たちの遺骸の汚泥を回収しているらしく、自らの足元の影がそのまま黒い液体のようになっている。

 サーキィのその影の部分が盛り上がり、触腕のようになると、私とネザアス向けて放たれた。

 が、直後にそれが青い糸で切り裂かれる。がああと濁った悲鳴が響いた。

「醜いやつだな」

 いつの間にか背後にはロクスリーが立っていた。長い長髪が乱れ、額から血が流れていたが、右手に刀を握り左手で糸を繰っているらしい。その懐には半壊したマルベリーが収まっている。

「わたしの複製ならもっと身ぎれいにしてもらいたいもんだね。本当、美意識に反して風評被害もいいところだ」

 彼にしては珍しく憮然としている。

 弟が彼に声をかけた。

「ロクスリー、大丈夫かよ?」

「まあなんとかね。それに、大丈夫かよなのは、”キミも”というか、”キミが”って感じだけれどね」

 弟は返事をしない。

「ま、わたしも、マルベリーを飛ばせないけど、それでもアイツくらいの相手はできるさ」

「ロクスリー殿!」

 慌てて駆け寄った私に、ロクスリーは笑いかける。

「大丈夫かい、ドレイク。ふふ、図らずも、エリックに助けられちゃったなあ」

「くそっ、アイツに借りつくりたくなかったんだが」

「そんなことを言うもんじゃないよ。彼も、我々のために苦労はしてくれてるんだろうからね。まあ、絶妙に空気を読めないところがあるのが玉に瑕だけど、それは、彼がアマツノくんの精神モデルを持つ故だからねえ、許してあげなさいな」

 ロクスリーがなだめながら額を手ぬぐいでふいた。傷は治りきっていないだろうが、すでに血は止まっているらしい。

「さて、お互い傷ついたところで、第二ラウンドだね」

 とロクスリーは上空を見た。

 まだ、極彩色の光が薄く残っている。

「エリックの派遣してきたドローンか何かが、あの光を撒いている。あれは汚泥や泥の獣が嫌うものだ。おそらく恩寵システムを使って、許可されている我々以外に負の効果を与えている。我々は力の制御が外れて動きやすいけど、彼らは逆に何らかの制限かかってて、嫌な感じになってると思っていい」

 ロクスリーの視線の先で、ヤミィやサーキィの足元の泥がぬるぬると動いている。

「個別で動けなくなったから、自我を持ったあの二人に、集まることで保っているんだろうな」

「それは強大化するということでは?」

 私が尋ねると、弟が鼻を鳴らす。

「デカくなっただけだ。ふん、あつまりゃいいってもんじゃねえんだぞ、烏合の衆が!」

「しかし、効いているうちに対処したほうがいい。エリックの持つ”ご加護”はずっとあるわけじゃあないだろうからな」

 と、ロクスリーが剣を握った。

「あの複製品はわたしが片付ける。マルベリーがいないとヤミィは荷が重いからね、二人に任せるよ」

「わかったぜ。アイツ、ごっそり重たいの背負ってるからな。兄貴、気をつけろよ」

「わかった」

 私が返事をすると、弟がにやっと笑うと足を進める。

 そんな我々に、サーキィのほうが雄たけびを上げながらとびかかってくる。それをロクスリーが正面から迎える。

「スタミナがあるのだけは褒められるけれどねえ」

 とロクスリーは苦笑して、長剣で突っ込んでくるのを受け流す。それと同時にロクスリーの刃に青い光がバッと走ると、切先に青い細い光が現れる。ざあっとロクスリーがそれをふるうと、釣り糸のような青い糸がサーキィの汚泥を切り裂く。

「わたしはそこそこ美意識高いほうなんだ! 散り際くらい、もっときれいに散ったらどうなんだい」

「だまれええええ!」

 集まりすぎた黒騎士の残骸のせいか、サーキィの正気は失われているようだった。叫びながら襲い来る彼にロクスリーは容赦なく力ずくで糸を繰る。

「まあでも、仕方がないか。わたしだって」

 ロクスリーはざっと両手で刀を構えると、彼のたおやかな顔立ちに似合わぬ、暴力的な微笑みを浮かべて、それを豪速で振り下ろした。

「力こそ、パワーだって今も思っているからなア!!!」

 ずざああっと泥を切り裂く湿った音が響く。濁った悲鳴とともにコアが割れる音がしていた。舞い散るような真っ黒な汚泥の塊を、張り巡らされたロクスリーの糸が細やかにちぎり、まるで黒い花びらのように散っていく。

「ほーら、まるで桜吹雪だねえ。わたしは美意識高いだろう? マルベリー、もっと褒めていいよ」

 ばたばた、と何かもの言いたげに、マルベリーがロクスリーの懐で暴れる。

 一方、私と弟は、ヤミィからの攻撃に苦戦を強いられていた。元から力が強かった彼だが、大人の体を取り戻していない私にはその力は重すぎて受けきれず、弟が代わりに引き受ける。しかし、結局、弟は右腕は再生されていないのだ。左手片方で受け続けるにはそれはあまりにも重い。

「ちッ!」

 技量では一流の弟は、力で勝負するのを最初からあきらめている。うまく正面からの攻撃を外し、力を抜いて逃げていた。

 が。ヤミィの攻撃だけにとどまらない。彼の背後には、強大化した泥の塊が控えており、それが触腕を伸ばして我々を攻撃してきていた。

 私は相手の力を利用するカウンターを得意とするが、それであるなら体格差は埋められる。触腕を何本も切り落としてきた。が、すぐに再生してしまう。

 はあはあと、さすがのネザアスも息を切らしていた。

「ネザアス」

「くっそ、アイツ、相変わらず一撃ずつ重たいんだよ。しかも、後ろに有象無象背負いやがって、料理しにくいったらありゃしねえな。戦い方変えねえと」

 悪態をつく弟は、ちらりと私を見た。

「……ドレイク、アンタ。ヤミィのコアを一撃で貫く自信があるか?」

「うまくカウンターが決まれば、だが」

 と告げると、弟はうなずいた。

「アンタのそれは名人芸だからな。……おれには物まねは無理だ。できるなら、任せるぜ。今のアイツは、普通に攻撃してダメージを与えたところですぐに再生がかかっちまう。生半可な攻撃を続けても、こっちが時間切れになるだけだ」

「ああ」

 弟は息を整える。

「足で稼ぐのはおれがやる。アンタにアイツの攻撃を誘導するから、その時にガッツリ決めてやれ」

「わかった」

 私がうなずくと、彼は笑った。

「なに辛気臭い面してんだ。大丈夫だろ、あにさまよ」

 弟はにやりとした。

「頼んだぜ、兄貴。じゃ、行くぜ!」

 と弟は気合の声をあげて攻撃を仕掛けていく。ヤミィが即座に反応して、燃えるような瞳を彼に向けた。その体はいまだに人型を保ててはいるものの、すでに大部分が異形化していた。再生能力の高さも、力の強大さもそれに由来するのだろう。それにもかかわらず、恩寵の証だけはまがまがしく輝いている。

「ネザアス! 死ぬが良い!」

「うるせえ! お前こそ地獄に叩き落してやる!」

 弟に対しては、元から敵対意識が強いのだろう。叫ぶヤミィに弟が答える。

 サーキィがそうであったように、泥に包まれたせいか、徐々にヤミィは冷静さを欠いてきている。攻撃が激しくなっていた。

「チッ」

 何合か打ち合ったのち、ヤミィの激しい攻撃に弟がよろめくようにして後退する。

「往生せよ、ネザアス!」

「それは、おれのセリフだよ!」

 弟が私の後ろまで飛びのいた。ヤミィの攻撃がうまく私のほうに向く。

 が、ヤミィが作戦に気づいたらしく、瞳孔の開いたような目を見開き修正しようとした。

 それに弟が気づいて私の肩をぐっと引く。

「おれが攻撃を受けたタイミングで来い、兄貴!」

 そういうと、弟はヤミィの攻撃を受けるように、前面に飛び込む。

「この前の二の舞だ!」

 ヤミィが叫ぶ。このままでは相打ちになる。私は、先の戦いの彼らのことを思い出し、思わず身が凍った。が。

「ははっ、どうかなア!」

 と弟は笑った。軽く身をそらしながら攻撃を加えると、ヤミィの右肩側の汚泥が派手に飛び散った。同時に弟の右の袖をヤミィの剣が引き裂いていく。ただ、あの時と一つ明確に違うことがあった。

「残念だったな!」

 弟が嘲笑う。

「この前と違ってそっち側、中身ねえんだよ! 服の袖でよければ、いくらでもくれてやる!」

 やれ、と弟が私に言った気がした。

 私は弟の右袖をもぎりながら飛び込んでくるヤミィの剣の切先をよけながら、彼の中心に刀を突き入れた。核が割れる感触がした。ヤミィは声も上げない。

 私は彼が倒れると同時に剣を抜く。どざあっと砂の上にヤミィの巨躯が投げ出された。

「やったか?」

「確かに」

 弟に尋ねられて、私はうなずき、手を見た。確かに核を破壊した時の手ごたえがあった。

「そいつはよかったな。時間、ギリギリだ」

 と、ネザアスは、ふとよろめいた。

 いつの間にか彼の息が荒くなっている。それは、先ほどまでの戦闘によるものだとも思われたが、それだけではないようだった。元から顔色の良くない弟であったが、さらに顔が青くなっていた。

「ネザアス、どうした?」

「い、言ったろ。二十分で限界だ、って……」

 駆け寄って彼の体を支えると、ネザアスは立っていられなくなり座り込む。彼の体にふれた私の手に、どろりとした黒いものがついていた。

「ネザアス、どこか怪我でも」

「ちがう。……ちょっと魔法が解けたまでだ」

 弟はそういって左手で顔の右半面を覆った。そこがじわじわと溶け始めている。私は驚いた。

「何故?」

「な、何故もどうも。最初からこういうもんだろ。エリックのやつ、相変わらず説明足りてねえな」

 と弟は苦笑する。

「……これ、それなりに、負担がかかるからよ。アンタも、緊急避難システムで、餓鬼の姿になっちまったってことは、元の体のダメージが深い。このキットを使うなら、生還可能性が低い方に使わなきゃダメだ。だから、エリックとおれで相談して、おれの方に使わせた。おれは回収されてオオヤギに面倒みられても、ギリギリどうかってところだからな」

 弟は崩れかけた体で苦笑する。

「つうことで、これで、限界で、当然……」

「ネザアス、そんな勝手を!」

「うるせぇ、な、そう言うことはエリックにも言えよ」

 弟の背中を支えてやると、彼は言った。

「で、な、エリックが島の奥のほうで待ってるってよ。無人の輸送ユニットを着陸させたって。ロクスリーのおっさんとそっち向かえ」

「そんな、お前も一緒に帰るのだろう」

「先に回収してもらって、気が向いたら迎えに来な。もう、おれは、眠てえから動けねえ」

 私は黙って弟の肩をかつぐ。

「っ、何してやがる!」

「置いてはいかない!」

「は? 何言ってる? おれの話聞いてなかったか?」

「聞いていた。そのうえでおいていかないと言っている」

 私が言うと、弟は目をしばたかせた。

「何言ってんだ。強情なこと言ってると!」

 と、その時、不意に背後でずるりと音がした。

 ずざあと砂の音が立ち上ったのは、何者かがはいずり、立ち上がった音だ。

 弟の顔色がサッと変わる。

 振り返らずとも、正体は分かった。

 ヤミィ・トウェルフが、立ち上がっていたのだ。

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