27.アマツノの騎士達 —渡し守—-2
*
「あにさまー」
「ネザアス、あまり走っては……。ああっ、そんなところに上るとあぶない!」
「平気だよー! おれ黒騎士だもん」
「そういう問題ではないのだ。おとなしくしていなさい」
「大丈夫。ゲートキーパーいるもん。本当にあぶなかったら制限かかるよ」
「そ、そんなところだけ詳しい!」
今日も弟は元気だ。
ぱたぱた走り回り、金魚のマルベリーや文鳥のスワロ・メイを追いかけまわしている。
13号基地。ロクスリーの根城は、いまだに表向きは平穏だ。
周囲への黒騎士たちの進軍の影響はないでもなかったが、彼らは我々に手を出してきていない。その静けさが不気味だった。
「そろそろあの
というロクスリーの言葉ももっともであり、いったん、13号基地に籠城することにした我々だった。
当初は基地のおもちゃでさんざん遊んでいた弟だが、活動的な弟に基地の中は狭すぎる。だんだん、暇になったとみえて、あちらこちら走り回る彼だった。
(なぜだろう。弟はなんであんなに元気なのか)
それに付き合って走り回る私は、こんなに息を切らしているというのに。
アマツノの話によれば、子供の姿を取られなければ生命維持が難しいといわれていた弟だが、子供の姿をとっている間は、下手をすると大人の姿の時の彼よりも活発に動いている。これはどういう原理なのだろう。というか、全然弱ってもいないのでは。
と、私は今朝の夢を思い出して唸っていた。
そうなると、自然と難しい顔になってしまう。現れたアマツノのことも、それにほかのことも。恩寵を与えられるロクスリーの姿や、自分のこと。そして、マガミのこと。
いろいろ考えてしまう。
「どうしたんだい? 浮かない顔だねえ」
弟が遊んでいるのをゆったり眺めていたロクスリーは、私が難しい顔をしているのを見て声をかけてきた。
「どうしたの? もう私から開示するような記憶はないと思うし、小難しいことなんかはあまり流れ込んでいないとおもうんだけどな」
「いや、そういうわけではないのだが」
と私は答え、
「いや、その、ロクスリー殿も私も、マガミがモデルだと知っただろう。その、私の人格モデルは彼のものだ。ロクスリー殿は外見モデルがそうだった。もちろん、ロクスリー殿のがかなり背が高いけれど」
「ああそうだね。外見モデルについては割ときっちりそっくりに作られるよね。君の場合はフカセさんだけど、横に並ばれるとわかんないときあるもん。その点、わたしは中身が頭まで筋肉医師のナカジマくんだからな。割と並んでもわかるよね。内面からにじみ出る雰囲気って重要だな。ネザアスなんて顕著だよ。オオヤギさんと見間違えることは皆無だからあ」
と、ロクスリーはのんきに言う。
「といっても、わたしとナカジマくんは、脳筋力押しでラテン系でキザでややナルシーなところ以外はそんなに似ていないよ?」
(それは、結構似ているほうなのでは)
と思わずつっこみそうになる。そんな私を見て、ロクスリーは苦笑した。
「ああ。そういうことだね。キミ、マジメだから、マガミくんが中身なこと気にしてる?」
「……い、いや、ロクスリー殿の過去を考えていると」
「やれやれ、マジメだなあ、ドレイクは」
とロクスリーは、相変わらず肩の力が抜けている。
「人格モデルっての、あれは一部組み込んでいるだけで全部じゃないよ。それに元の部分の影響で、ほとんど別人になっちゃうのに、何を気にしているんだい?」
「いや、ロクスリー殿やマルベリーを苦しめたマガミの人格が私にもあるのだと考えると、……いたたまれない気持ちがある」
正直にそう答えると、くすくすとロクスリーは笑う。
「まあ確かにマガミくんは曲がったところあるけれど、アレね、彼、ああならなかったらそんなに基礎部分は性格悪いわけじゃないと思うよ。そりゃあ多少嫉妬してしまったりしたのは、彼の影響もあるのかもだけど、マガミくんは例のメンバーだとまだまともなほうでしょ?」
けろっとロクスリーがそんなことを言う。
「キミの弟くんなんか大変だよ。フカセさんなんて、普通に人格が破綻してるからねえ……」
とロクスリーが流石に難しい顔をする。弟の人格モデルのフカセ・タイゾウは、あまり表に出てくることはないが、確かに人格破綻気味の俺様なプログラマーだった。クラッカーとしてその辺の企業をつぶして遊んでいたともいわれているので、素行も悪い。
「ネザアスなんて、その前の元段階のモデルもまあまあ崩壊気味なわけ。そこにフカセさんの入れても、薄まっていないわけよ。それなのにネザアスが基本いい子なの、よくやってるなって思うよ。ある意味彼も苦労してるよねー。尊敬しちゃう」
ロクスリーが遠い目で走り回る弟を眺めながら、しみじみといった。
「し、しかし、ロクスリー殿もマガミにひどい目にあわされている。それを思えば、隣に私がいるのは本当は気分がよくないのではと」
ロクスリーの穏やかな声と態度のせいなのか、どうも私にとっても彼はとても話しやすい。ついついそんな本音をもらしたところで、とうとう彼が笑い出した。
「ははっ、ドレイク~。キミって、ほんっとうにマジメだねえ。その性格は嫌いじゃないけど、生きづらいよ」
ロクスリーは苦笑する。
「そんなこと言ったら、わたしは鏡見るたびにイヤな気持ちにならなきゃいけないだろう?」
そうか、と私は気づく。ロクスリーことサーキット・サーティーンの外見モデルこそマガミ。内面に彼の要素を持つ私より、ロクスリーは自身に強い要素を持っているのだ。
「まあ、別にわたしは嫌な気持ちにならないけどね。あの男よりわたしのほうが百倍ぐらい男前で美形だから」
どこまで本気かわからないロクスリーの言葉に、私があっけにとられていると、
「当たり前じゃないか。こうなる前の黒髪の美青年なわたしも結構イケていたと思うけれど、個人的にはこの枯れた感じも好みなんだよ。わたしってナルシストだから、自分のことは基本的にだいすきなわけ。でも、あらかじめ言っておくけど、このイケてる枯れたダンディな感じ、絶対マガミには出せないと思う。この辺はわたしの内面からにじみ出るイケてる感であって、陰気なアイツには絶対無理だね」
どうもなかなかポジティブだ。
「ロクスリー殿は、なんというか、強い」
「そんなことはないよ。キミたちのが強いさあ」
しみじみとつぶやくと、ロクスリーがにやにやしつつ答える。
「だから、ドレイクはそんなこと気にしなくていいんだよ。キミはキミで、わたしはわたし。誰がモデルとなんとか、関係ない。必要以上に巻き込まれないことも重要なんだよ」
まあ、と彼は肩をすくめた。
「わたしは基本世捨て人だからねえ。組織的にいないヤツ扱いだし、現役軍人でアマツノくんを諦めてないキミたちより気楽なのも確かだな」
「いや、私は」
(アマツノを諦めていないのは、弟だけだ)
私は本心ではもう彼は無理だと思っている。
「あにさま!」
と、その時、弟の声が聞こえた。
「どうした?」
慌てて私が駆け寄ると、弟が基地の窓から外を指さしていた。
「なんか、黒いの、移動してるのが見える」
「えっ?」
弟が場所を変わり、私も窓を覗き込んだ。窓の外からはだだっ広い荒野がのぞける。その森の向こう側に黒い瘴気のようなもやもやしたものが塊で移動しているのが見えた。
「12号基地のほうだねえ」
ロクスリーがおっとりした口調ながら、そうつぶやく。
「ヤミィ? こっちにむかってる?」
弟が尋ねると、彼は首を振る。
「正確には基地の方角じゃないな。しいて言うなら、海だねえ」
「海? そんなものが?」
「普段はここからは見えないし、キミたちも用事がない場所だろうからさ。汚泥の汚染度合いも強いし、戦うのに全然向いていない場所だから白騎士たちはまず基地を築いてないからねえ」
と、不意にゲートキーパーから通知音が聞こえた。
『管理人あてに通信があります。応答しますか?』
「いいよ、つないで」
ロクスリーが答えると、ふと雑音にまぎれて声が聞こえた。
『
さすがにロクスリーの顔色が変わる。ロクスリーのそばについていたマルベリーまでもが、怖がるように彼の背後に回っていた。
『まさかこのようなところで生きていようとは思わなかった』
ヤミィ・トウェルフの声は、相変わらず感情が乗らない。
『裏切り者の黒騎士を探している弟が、兄御らしきものをみつけたと』
ロクスリーは黙っていたが、ようやく意を決したらしく苦笑した。
「相変わらずだな、ヤミィ。わたしになど興味もなかったくせに、探せばいつでも会えただろうにな」
ロクスリーは皮肉っぽくいう。
「今更、わたしに何の用だ。わたしは世捨て人なんでねえ、お前らの叛乱なんてどうでもいい。ここで静かに暮らしているだけなんだ、ほうっておいてもらいたいもんだな」
『相変わらず兄御はすぐに嘘をつく』
ヤミィは低く笑う。
『そこに長兄がいるだろう。ネザアスもいるはずだ。……兄御前はなぜ彼らをかくまう?』
「お前こそ、どうして彼らを狙う? 彼らが子供の姿になっていることはわかっているだろう。無力化されている彼らをつけ狙う理由はないのでは?」
ロクスリーは戦闘を回避しようとしているのか、敵の出方を探っているようだ。
『その二人は黒騎士の中では裏切り者だ。叛乱に加担しないものを処断せねば、皆が付いてこない』
「ふふ、その理由、君らしくもないな。
ヤミィが不気味に静かに笑う。
『兄御前にその気があるなら取引しよう。あの海に小さな島がある。そこに二人を連れてくるのだ。……兄御が願いをきいてくれれば、今の静かな暮らしを保証する。そうでないのなら、そこで戦うことになろう』
「わたしが無視したら?」
『その小さな基地ごとつぶす』
その言葉には一切の遠慮はない。感情は乗らないが、破壊衝動だけを感じるような声だった。
『
一方的にそういうと、ヤミイからの通信は途切れた。
「相変わらずだな、あの男。人の話を聞いてない」
ロクスリーが舌打ちして険しい表情になる。
私はその顔を見て申し出た。
「ロクスリー殿、我々が出ていく」
「何言ってるの?」
「ロクスリー殿にはさんざん世話になった。いろいろ助けてもらった。……ここで静かに暮らしているロクスリー殿を我々のために戦場に引きずり込むわけにはいかない」
私は言った。
「我々が出ていくから、ロクスリー殿は」
「長兄殿」
とドレイクが調子を変えて苦笑した。どきりとして口ごもると、彼は苦笑して背をかがめた。
「なんでわたしが今更キミたちだけ放り出して逃げられると思っているの? 特にヤミィとの件は、わたしのほうに因縁のある話だしね。むしろわたしが一人で出て行ってもいいぐらいの話だよ」
「しかし」
と私が食い下がると彼は、自分の左胸を押さえた。
「キミは勘違いしているな。……わたしは確かに世捨て人、ヤミィにもキミにもそう言った。しかし、わたしはまだ、創造主アマツノの恩寵騎士ロクスリーなんだよ」
彼は目を伏せた。
「ロクスリー。彼に与えられた秘密の名前を名乗り続ける限り、わたしは恩寵の騎士。……この姿になって、満足に戦えなくなってからも、それを忘れたことはない」
私は、彼の腰の脇差を思い出した。彼はいまだにそこに恩寵の意匠のある小柄をさしていた。
「口ではああいったけれどね、わたしは黒騎士の叛乱については許していない。かわいそうな彼らを煽動したヤミィも複製品のことも」
ロクスリーのウルトラマリンの青い瞳が、その青さを増していた。
「ここで彼らに喧嘩を売られたなら仕方がないね。アイツの三途の川の渡し守ぐらいはしてやるよ」
「あにさま、行こう!」
黙っていた弟が声を上げた。
「ロクスリーとおれとでみんなで行こう! そうすればきっと勝てる!」
弟が言った。
「さあ、おれたちでたたかおう! あいつ、今度こそやっつける!」
威勢のいい弟の言葉が、なぜか私に活力を与えた。
「そうか」
私はうなずいた。
「私が間違っていた」
私は二人を見やった。
「一緒に行こう」
穏やかな旅が終わりを告げようとしている。
それに一抹の寂しさを感じながらも、私はなぜか気分が高揚していた。それは私も、弟やロクスリーと同じく、まだ創造主の恩寵の騎士であるゆえだったからだろうか。
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