27.アマツノの騎士達 —渡し守—-1
どこからともなく潮騒の音が聞こえる。
一度開かれたチャネルは、似たものを呼び寄せるのだろう。眠る私の脳裏には、今までと同じく時折弟やロクスリーの記憶や思考が混ざることがあったけれど、その男のものは初めてだ。
がっしりした体の白騎士、しかも、階級章を見る限り身分も高い男が、目の前に立っていた。無骨な印象の白騎士に彼は会釈をしたようだ。
「お久しぶりです。ツカハラ隊長。状況はどうですか?」
「おおこれは。貴方がここまでいらっしゃるとは。ここは前線、最前線ほどではないにしろ、汚泥汚染のひどい大地だが」
「なあに」
男はにこにことほほ笑んで愛想よく答えた。
「私は事務方だけれど、黒騎士の端くれ。あなた方より汚染には強い」
事務方、と自分でいう通り、彼だけが背広を着ている。制服の軍人たちしかいない基地の中、スーツの男は逆に目立っていた。その男の話す相手が、ツカハラというからには間違いなく白騎士の隊長であるツカハラ・アントニオだ。彼は無骨な男だが、それだけに我々黒騎士に対しても偏見なく平等に接してくれる。私と弟が連絡を取ろうとしているのも彼だった。
そんなツカハラに、その男は親し気に話しかけていた。
「それよりも、いつぶりだろう。”あの方”と連絡が取れましてね。どうしても私がここに来なければならなかったんです」
「おや、それは」
ツカハラが意外そうに言った。
「それは本当に珍しい。今やほとんど情報が遮断されているうえに、”あの方”までは届かないと思っていましたが」
「今の”彼”にはたくさんの人格がありますからね。めったに”あの方”が目覚めていること自体がないので」
と黒騎士だという男は言った。
「私がまことに仕えるのはあの方のみ。……あの方から勅命を受けたとあれば、どこにでも行きますよ。たとえここが地獄でも」
男の姿が鏡に映る。スーツを着た穏やかな中年の紳士といった風な彼は、風貌が弟と似ている。しかし、人格の違いもあってか、雰囲気がまるで違い、同一人物ではないのは一目でわかった。
「私も恩寵の黒騎士ですからね」
*
「君の名前はドレイク。タイブル・ドレイク」
彼は私に恩寵と名前を与えてくれた。頭に手を置いて騎士が叙勲をうけるがごとく、
そうして契約を交わすと、体に熱い血潮が流れ込んでくるような、活力を感じるようになる。左胸が熱くなり、これを忠誠心といってよいのかわからないが、彼を大切にしたいという気持ちが高まる。
「重荷になってはいけないけれど、君は一番上のお兄ちゃんだから、できるなら弟妹達を守ってあげて」
冷徹で非情な男。そうしたバックボーンを持ち、作られた私に、そう願う彼、創造主アマツノ・マヒトのことを私は不思議に考えていた。
けれど、どこか少年じみた彼の気持ちを、私はどこかで汲んだのだと思う。そこには願いがあった。そして、その願いが、彼としては実際は現実にはかなうはずもないことを、私はどこかでわかっていたのだろう。
それは、きっと私と同じ願いを受けた彼も同じだったのかもしれない。
「君の名前はロクスリー。ロクスリー・サーキット・サーティーン」
そう言って彼は、その男の頭に手を置く。じわりとあたたかな力が流れ込んでくる。
彼、黒騎士サーキット・サーティーンことロクスリーは、その名前を気に入っていた。秘匿された名前であるロクスリーを得られたことは、彼にとって栄誉であった。以降、隠れて生きろといわれても、彼はその事実だけで誇りを見失うことなく生きていける。
「君のロクスリーという名前は号だよ。君には申し訳ないけれど、その名前とこの恩寵は秘密にしておいて」
その指示によって、秘匿されるべき恩寵をもった彼の左胸の恩寵の証は、普段はカモフラージュされて隠された。
「君の次に生まれるヤミィ・トウェルフは君の弟。僕は強すぎる彼を不完全なものとして作ることにした。君と彼には「THIRTEEN」というナノマシン、
そうだ。恩寵を得られぬ情けない兄と世間はいったが、彼は最初からそうではなかった。ただ、日陰で生きることを指示されたのみで、アマツノは彼の存在をそこで保障していた。
最強となりうる黒騎士ヤミィ・トウェルフは、計画段階でもはやその強さが確信されていた。
我々がまだ彼の作った電子のゲームの中の人物だったころにも、ヤミィやサーキットは存在したけれど、私や弟と違って、その人格はさほど強く際立たされてはいなかったように思う。その理由は体を持つことで、特にヤミィが強大な存在になりうるとの予測により、変更されたものが大きかったのかもしれない。
ともあれ、彼は本来弟として作られるはずのサーキットを、予定を変更してヤミィより先に作り出した。
兄としての彼の使命は、弟が狂ったときに止めること。それは一見残酷な命令ですらあるようで。しかし。
「けれどね。ロクスリー。君にはわかっていてほしいんだ」
彼はそう口にした。
「君はヤミィを止めるための安全装置として作られた存在。けれど、どうか、弟殺しを喜ぶような兄であってほしくない」
そう願う創造主は、私が見た彼と同じ弱弱しい少年のようで。
「いいお兄さんでいろとはいわない。けれど、どこかでそんな気持ちを残してほしいだけなんだ」
そんな創造主アマツノの願いを、ロクスリーはどう受けたのだろう。私と同じような気持ちで、受け取ったのだろうか、それとも。
私にはマガミの内面を、ロクスリーにはマガミの外面を。
アマツノが我々にそれを与えたのは、内心マガミ・B・レイが良い兄ではないことを彼が悟っていたからだ。表向きアマツノを崇め奉り、忠誠心のある側近ぶりをみせておきながら、アマツノは彼の自分への憎悪に感づいていた。
そんな彼の憎しみに。アマツノはせめてもの願いとして、私とロクスリーにそれを与えたのかもしれない。
不意に私は大人の姿に戻って、そこに立っていた。
周りが暗くなり、川なのか海なのか、近くで水の音が聞こえる。潮騒のような、流水のような。
空は一面、満天の星。暗い夜空は赤や青の星や星雲に彩られていた。
「久しぶりだね、ドレイク」
「アマツノ」
ぼそりと私はその名をつぶやく。
目の前にたたずんでいる青年は、まだ幼さすら感じさせる青年だった。近ごろ、
「ここに来てもらったのはほかでもない。君にはお礼とお詫びをしたくてね」
彼は告げた。
「君のおかげで何があったのか知ることができたよ。姿を見なかったロクスリーのことも、知れてよかった」
そう言いながら彼はどこかさみしげだ。
「そして、君たちにひどいことを聞いてすまないことをしたね。……けれど、君とネザアスを子供の姿にしたのは、決してもてあそぶためではないんだ。そうしないと、ネザアスのほうは特に体をもたせることができなかった。緊急避難的に少年の姿とすることで体を保持したんだ」
「わかって、いる」
少年の姿であれば、もっと素直にいろいろ話ができるのに。大人の姿の私は、相変わらずぽつりと一言ずつしか返事ができない。本当は、もっと恨み言でも言ってやりたかった。彼を信じる弟の気持ちも、彼の問いかけで悩んだ私の気持ちも、そして、兄として作られた私とロクスリーの気持ちも。
けれど、今の私には言葉にならない。
「ごめんね」
とアマツノはそれを予測したように謝罪した。
「今の僕は分かれてしまっている。カミサマって大変だからさ、自分の人格を意図的に分割してしまったんだ。そんなほかの僕が、君たちを傷つけているのはよくよくわかっている。それを言い訳するつもりはない。ただ、君のおかげでこうして少しの間、”僕”が外に出てこられることもある」
アマツノは言った。
「ヤミィは、君たちを逃がすつもりはないだろう。けれど、君とネザアス、ロクスリーを含めても、君たちには相当不利な戦いになるだろう。それで」
と、アマツノは言った。
「君たちに使いを送るよ。僕と君たちの渡し守になる男。彼に君たちへの贈り物を渡しておく。それによって、君たちは恩寵の騎士としての力をいかんなく発揮できる」
「アマツノ」
アマツノ・マヒトが消えていく気配を感じ、私は足を踏み込んだ。
「そろそろ時間だ。……ねえ、ドレイク、一つだけ聞いてもいい」
「なんだ」
「同じ質問をして申し訳ない。けれど、どうしても答えが聞きたかった」
アマツノはそう断って聞いた。
「君は、弟のネザアスをどうしたい? 君の庇護がなければ、この地獄の中から彼は生還することはできない。君は彼の手を放す」
「私は」
と私は口を開いた。
「私は、決して弟の手を離すことはない」
自分でも驚くほどするりと返答が口から滑り出た。
「決して。弟を見捨てない」
「そうか」
とアマツノは深くうなずいた。
「君の口からその言葉をききたかったんだろうね、僕も、ほかの僕たちも。君にはマガミ・B・レイの人格モデルを組み込んだ。もちろん、まったく同じ人格になるわけじゃあない。けれど、曲がってしまった彼にも、最初の最初には君のような優しい気持ちがどこかにはあったはずなんだ」
アマツノは苦笑した。彼の姿が消えていく。
「普段はどんなにいがみあっているようにみえていても、本心では違うのではないかって。そう、レイと僕も、不幸な生い立ちがなければ、和解できた未来があったのかもしれない」
アマツノの姿は消えていた。
「おそらく今後も僕は彼に利用され続けて壊されてしまうだろう。……”僕”が表に出てこられるのはわずか。ドレイク、ネザアスのためにも、どうか君はそのまま優しいお兄さんでいてあげて」
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