19.感情の導火線 —爆発—


 ***

 

 場が緊迫していた。 

「おい、ヤミィ、どういうつもりだ?」

 それは弟とヤミィ・トウェルフがともに参加していたある日の任務の時のようだった。

 夢を通じ、弟の記憶をたどるようになった私は、時折、あの記憶の続きを辿ることができるようになっていた。

 しかし、あくまで弟の経験した記憶を私が辿っているだけで、時系列はあっているのだろうけれど、状況を理解するのにそれなりに時間がかかることがある。

 いきなり弟がヤミィに突っかかっている理由は、私にはわからない。あくまで弟の視点での記憶をたどっているだけで、弟がそこに解説をいれてくれるわけでもないので、私は自分で状況を判断しなければならなかった。

 ヤミィは、ちらりと彼に視線を向けたが興味なさげにそらしていた。

 弟の左目にちらっと火が灯ったような気がした。いつにも増して蒼白な顔色の、弟の口元が引き攣っている。

(険悪だな)

 と私は思った。

 私の記憶が確かであれば、弟がこんな表情をしている時は、キレる寸前だ。

 ヤミィ・トウェルフと弟が不仲なのは、私も知っていた。

 私もあまりしゃべらないので、ヤミィが特別に無口だとは思わないのだが、口数の少ない彼だとしても弟のネザアスと話している姿をみることは、本当にごくごくまれであった。

 私は彼らの関係が険悪な理由を、お互いの競争心からくるものだと思っていた。

 ネザアスもヤミィも、どちらかというと攻撃能力に特化している。それぞれ得意な分野は少し違うものの、お互い高い機動力を発揮していた。自分から積極的に攻めに行くわけでもない私や、後ろに下がって援護を行うこともあるサーキットと比べると、彼らは適性的には似通っていた。

 それゆえにライバル心が働くし、周りも煽り立てる。

 特に過敏な弟のネザアスが反応してしまう。左遷されてからは特に。だから、彼らは仲が悪いのであろう、と、それまでの私は考えていたのだ。 

 しかし。

 弟とヤミィの関係が良くないのは事実だ。

 だが、弟は決して、周囲から煽られたライバル心や傷つけられたプライドだけを理由に、競合相手のヤミィに敵対的態度をとっているわけではないようだった。

「無視してんじゃねえよ。お前にもかかわりのある問題だってのはわかってんだぞ」

 がっと弟がヤミィの胸倉をつかむ。

 弟は痩身だが背が高い。私やサーキット、ほかの黒騎士と比べても背の高いほうだが、それでもヤミィはもっと大柄だった。弟が胸倉をつかんだ程度ではびくともしない。

「ネザアス」

 とヤミィが太く低い声で言った。その声には感情がこもらない。意図的に抑えているのか、そもそも、私と同じで感情の発露が少ないのかはわからない。

 ともあれ、抑制的な彼と感情を爆発させる寸前の弟の対比は、ほかの黒騎士たちですら遠巻きに避けていくほど剣呑だ。

「一体何を言っているのか理解できぬが?」

「ふん、お前ともあろうもんが理解できないわけねえだろ? てめえんとこに、サーキットからも散々連絡はいってるじゃねえかよ」

 弟は唇をゆがめたが、相変わらず表情が引きつっていた。

「お前と違ってな、おれは気が短いんだ。おれの癇癪玉が爆発するまでに簡潔に答えろ、ヤミィ」

 と、ヤミィが弟の手を振り払う。ヤミィの感情の見えぬ目が、それでも意味深に弟をにらみ、

「お前の望む返答はできかねると思うが」

「おれが望む返答かどうかは、テメエが決めるんじゃねえ、おれが決めることだ。とにかく答えろっていってる!」

 弟は、かろうじて火を吹きかけている感情を抑え込みつつ尋ねた。

「魔女計画、お前はどこまで知っていて協力した? お前、あの娘、マルベリーをどうしたんだ!」



 サーキット・サーティーンが管理していた施設は、古風な印象の建物だった。

 弟がそこに押し掛けた時に「道場破り」と口走っていたが、敷地が広く、純和風の構築物が並び、講堂のような構造の建物を抱えるそこは、さながら古武道を教える道場さながらではあった。

 そこの広い庭には、緑の植物が植えられ、花々が目を楽しませる。

 上層アストラルでもなかなかみない、穏やかな楽園のような、そんな光景だった。少なからず見かけは。

 サーキットの預かっている強化兵士の卵、『弟子』と呼ばれるそれには、白騎士だけでなく作られたばかりの黒騎士も存在したようだが、サーキットの性格もあって、彼らはうまくやっていた。

 しかし、預かっている女性はマルベリーとカヨの二人だけであり、彼らとは別棟の宿舎が用意されているらしい。

 彼女たちにどんな仕事が与えられていたのかはよくわからないが、サーキットの屋敷の掃除などの家事など頼まれているようだった。

 マルベリーはその日、庭に出ていた。

「あら、ネザアスさん」

 マルベリーは、門をくぐってやってきた弟に気付いて手を止める。彼女の手には如雨露があり、植物の世話をしているらしい。

「よう。マルベリー。サーキットはいるか?」

「また来られたんですか? 師匠は今日は本当に留守です」

「ん、そうか」

 と弟の態度はあいまいだった。おそらく、弟は今日はサーキットに用事があってきたのではないと私は感じた。

「水をやっていたのか? なんか育ててるのかよ。なんかにょろっと芽が出てるが?」

「これは朝顔ですよ。うちの師匠、あれで花が好きなので」

「ふん、キザ野郎にぴったりな趣味だな」

 と弟は皮肉っぽく言うが、それに悪意がないのをこのころにはマルベリーは理解していたようだった。

 当初にくらべ、彼女の弟への態度は柔らかい。

「ネザアスさん、意外とうちの師匠と仲良しなんですね。もっと黒騎士同士は仲悪いのかと」

 ふっとネザアスは苦笑した。

「別に。仲良しじゃねえけど、それなりには付き合いはあるぜ」

「黒騎士のひとたちはもっとぎすぎすしているってきいてたから、意外に思ったんです」

「まあ、一部はそうだろうけど、別にそんな険悪でもないんだ。皆、自由な奴が多いからな。やりたいようにやってるだけで、お前らが思っているほど他人に興味がねえから、足の引っ張り合いしてんのも一部だけさ。深く付き合うとかもねえけどなあ」

 と弟は頭をかきやりつつ、

「ま、でも、お前のとこの師匠とおれとは、協定結んでるからよ。連絡しているほうだな」

「協定?」

「お互い得られる情報が違うんで、情報のすり合わせをしている」

「へえ」

 マルベリーは大きな目を瞬かせる。

「ネザアスさんは、先生とは仲良くないの?」

 彼の名前を出すとき、マルベリーの声が弾んでいた。

「先生? あ、ああ、ヤミィのことか?」

 弟がほんの少し動揺した気配があった。

「そう。先生はちっともしゃべってくださらないし、ご兄弟分に当たる師匠のことも全然話さないの。ネザアスさんとはどうかなって」

「ヤミィのやつかあ」

 とネザアスは苦笑した。

「アイツ、ほとんど喋らねえからな。ま、うちの兄貴はしゃべらないなりに通じてるモンはあるかもな」

「兄貴? ドレイク様のこと?」

 ふいに私は自分の名前が出たので、どきりとしてしまう。弟は何かしらの悪態をつくかと思ったが、別にそんなことはない。

「そうだよ。黒騎士タイブル・ドレイク。剣を交わらせない間に反撃で倒しちまうのと、本人も静かだからかな。静寂のドレイクなんて呼ばれてるけど、本人はちょっと恥ずかしがってるみたいだな」

「そういえば先生は、ドレイク様のことは褒めてました。すごく腕が良くて、自分にもまねができない技があるって。先生がそんなことをいうの、珍しいからよく覚えています」

 マルベリーの言葉に、ネザアスは少し笑う。

「そうだろうよ。……ちょっと悔しいがな、本気出したときのドレイクは黒騎士でも一番強いかもしれねえなって思うぐらいだ。ムカつくけど、おれでも、そうそう簡単には勝てねえよ。アイツとやるには気が長くなきゃあいけねえからな」

 その言葉は、私にとって意外だった。

 弟にそんなふうに評価されているとは思わなかったのだ。ついぞ、彼の口からそんな言葉を聞いた記憶もない。

「ネザアスさんは、気が短そうですものね」

「ふふふ、いうじゃねえか。まあでも、そうなんだよ。おれは、導火線があまり長くねえからさあ」

「あははっ」

 マルベリーが楽しげに笑う。

 マルベリーの如雨露がいつの間にか空になっていた。彼女はそれを地面に置いて、しゃがみ込む。金魚のようなスカートとリボンがふわふわと揺れた。そのスカートに結ばれたリボンは、弟が彼女にくれてやった花柄のものだった。

「あのね、ネザアスさん」

「ん?」

「私とカヨちゃん、どっちが先生にふさわしいと思いますか?」

 そう尋ねられて弟は、少し困った顔になった。

「なんだよ。どういう意味だ? ヤミィは恰幅のいい男前だけど、お前ら二人ともかわいいし華やかだしさ、ふさわしくないなんてことはねえだろ」

「えっと、そ、そうじゃないんです」

 若干図星もつかれていたのか、マルベリーがそっと赤くなりながら、

「あのね、……私とカヨちゃんは、魔女計画の被験者なんです。新しい強化兵士の魔女は、その力で泥の獣や汚泥を抑え込むことができるんです。その力を使えば、黒騎士の方の戦闘時の補助ができるんじゃないかって。それで、先生と一緒に戦闘訓練に赴いたりしているの」

 マルベリーは、言った。

「私とカヨちゃんのどちらか一人、より適合した魔女が先生のパートナーになれるんです」

 マルベリーは言った。

「カヨちゃんを追い落とすのはいやだけど、……でも、私ね、先生に選ばれたい、って思っていて」

 とマルベリーは、言った。

「先生は、私とカヨちゃんなら、どっちを選んでくれるかなって」

「ッ……」

 弟が言葉を詰まらせた気配がした。

『やめとけよ!』

 と弟の心の声が聞こえた気がした。

 強い感情のせいか、それは私にもはっきりと聞こえてくる。

『アイツはおれと同じなんだ。黒騎士ってのは、人の心もわからねえ、作り物なんだ! ただの戦闘兵器なんだ! 恋愛感情どころか人の感情すら読み取れねえんだよ! 特にアイツはおれと同じで! あんな奴に入れ込んでも、お前は不幸になるだけだぞ!』

 けれど、弟はそれを口にすることができなかった。

「あ、ああ、そう、だな。……おれはヤミィのやつのことはわかるけど、お前の能力はわかんねえから、その、断言はできねえけど。……その、マルベリーなら、大丈夫じゃねえかな」

 弟は嘘がうまくつけない。

「お前、よく気がつくし、サーキットも良い子だっていってて……」

 マルベリーはそれを察したのか、苦く笑った。

「ごめんなさい。こんなこと聞いて。ネザアスさんも困っちゃいますよね」

「いや」

「ネザアスさんは、乱暴でチンピラみたいな人なのに、変なところで優しいですね」

「なんだよ、そんな、言い方しやがって、……おれは、な」

 弟は軽口をたたこうとしたようだったが、うまくいかなかったようだ。無言に落ちる弟に彼女は笑いかける。

「先生も、無口なだけで、本当はネザアスさんみたいに優しいといいな」

 

***


「12号基地で爆発?」

 と、ロクスリーが眉根を寄せる。

「キーパー君、それガチな情報なの?」

『はい。12号基地の大規模な損傷について確認しています。回復を試みていたベース基地との通信については、それにより閉ざされました』

「あー」

 13号基地のセキュリティシステムであるゲートキーパーの報告を受けながら、黒騎士サーキット・サーティーンことロクスリーは眉根を寄せていた。

 過去の時点で、弟から電子に弱いと指摘されていたロクスリーであるが、相変わらず、彼はあまり電子機器には強くないらしい。

 ゲートキーパーに任せきり、とは彼の談だが、いろいろとやらせていたせいでここのシステムは非常に気が利くようになったとのことだった。

 ロクスリーは、できる子、といっていたが、そんなできる子なゲートキーパーが、自主的に異変を感知して報告をくれたのだという。

「ロクスリー殿、12号基地というのは確か」

 私が尋ねると、ロクスリーはコントロールームのふんわりした椅子を、くるんと回しつつ、

「うん、ここと同じ緊急用の無人基地なんだがね。あっちのがちょっと大規模なはずなんだよ。そして、キーパー君の情報によると、直近でここに避難していた白騎士の部隊が襲撃されて撤退したのが12号、……うーん、これはアイツらにおとされたかなあ」

「それ、やばい?」

「んー?」

 頭に小鳥のスワロ・メイをのせた弟がモニターを眺めたいらしくロクスリーの膝の辺りによじのぼりかけている。そんな彼をよいしょと膝にあげて、彼はぼんやり答えた。

「やばいかどうかときかれると、あんまり影響はないんだけどね。どうせ元から、ここ、独立してるし。ただ、ツカハラ隊長あたりと連絡取ろうとしてたのが、まあまあ絶望的になった」

 そんなロクスリーの前をマルベリーが、優雅に通り過ぎる。

「やっぱり、連絡取るなら、あのオッチャンのいる現地までいくしかないかなあ」

 とひとごとのようなのんびりさで言いつつ。

「それじゃあ、そろそろ外に出て、この基地を中心にして、近場の詰め所跡やキャンプ地を確認してみようか。残されて情報から何かわかるかもしれない」

 ロクスリーはいう。

「そろそろ魚も供給したいしね。釣りは遠征しなきゃいけないからなあ」

「ああ」

 サプリメントの備蓄はあるが、籠城してばかりでは足りなくなる。

 私はそれに同意しつつ、モニターにうつされた地図を眺めていた。

「襲撃したのはサーキィだろうか」

「さてどうかな。スライムになるまでこてんぱんにしてやったから、レプリカくんがどこまで復活してるかは未知数だ」

 とロクスリーはニヤつきつつ、

「でも、キミたちがその姿になってから、もうそこそこの日が経ってるのを考えると、そろそろヤミィのヤツが動き出してもおかしくないからね」

「ヤミィ・トウェルフか」

「うん。アイツは丈夫いし、面倒なとこあるからねえ」

「うむ、容易ならぬ相手だからな。私たちのこの姿では勝てるかどうかもわからない。気をつけなければ」

 私が苦い顔をしたのをみたのか、弟が憤然とする。

「だいじょうぶ! やみー、前、おれがボッコボコにしたから! あんなやつ、ぜんぜん、勝てる!」

(えっ、そこは覚えてるのか)

 弟の記憶は相変わらず途切れ途切れなのだが、どうもこういうところは覚えていることが多い。

 弟はかわいらしい拳を固めつつ、

「あにさま、安心して! おれ、今度もあいつやっつける!」

 ぴぴっ、とスワロ・メイが弟に呼応するように鳴いた。

(なんだろう、なんだかんだ、結局、仲は良くないというか、ライバル意識は強烈にあるのだな)

 私は今朝の夢で辿った彼の記憶を思い出していた。確執ゆえの関係と思い直したが、彼等にもいろいろあるのだろう。

「しかし、ヤミィは強敵だからな。お前はあまり無理をしてはいけないよ」

 と釘を刺したところ、弟はぴょいんとロクスリーの膝から下りて私を見た。

「だいじょーぶ! うちにはあにさまいるし! やみーより、あにさまのがつよいもん。おれはあにさまの次につよいの!」

 その言葉に、私は今朝見た記憶の弟の言葉を思い出し、私は思わず赤くなる。

「ああ、いや、そんなに評価されるほど、私は強くは……」

 なんだか恥ずかしくなって、知らずに赤面してしまう。大人の姿の私は赤面など、ほとんどすることはなかったのに、少年の私はつい顔を赤くしてしまう。

「はは、ネザアスはよく見ているねえ。ヤミィみたいな攻撃力高かったり、わたしみたいな力推しだったりすると、自分の力の反動を使われるのが怖いから、長兄殿のカウンターとっても怖いんだよね。確かにある意味では、ドレイクが一番つよいと思うよ」

「だよなっ! ロクスリー、わかってる!」

「いや、その」

 私はまごついていた。そんな私をみて、ロクスリーは楽しそうになる。

「へえ、ドレイクは、そんな爆発しちゃいそうな顔もするんだねえ。キミも意外と可愛いとこあるな」

 にやにやとロクスリーが楽しそうに眺めてくるので、私は彼を軽く睨むのだった。

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