18.楽園の花盗人 —占い—−2

「あにさま、お花たくさんつめたね!」

 ぱたぱた駆けてくるのは、小さな弟だ。

「ネザアス、あまり走っては」

 私は前をいく弟について行くのに必死で、息を切らせていた。

 相変わらず元気な弟を前に、私は真剣にリュックサック型ハーネスの導入を考えてしまう。目を離したらどこかに行ってしまいそうだ。可愛いもの好きの弟なので、可愛いぬいぐるみをかたどっていたら、自分から背負ってくれないだろうか。


 13号基地から外に出、近くで少し遊んでから帰ったところ。

 黒騎士サーキィ・サーティーンとの戦闘の後数日、我々はまだロクスリーと一緒に13号基地にいる。

 ベースの名のつく大きな基地に向かいたいのだが、まだ相手の出方がわからない。サーキィはあれから襲ってはきていないが、彼らが我々を狙っているのは明白だ。あまり軽々しく動けない。

 それに。

「おや、綺麗な花だね」

「はなばたけで摘んできたんだ。きれいだろー」

 と弟は、小鳥のスワロ・メイと金魚のマルベリーに注目されながら、黄色や白の花々を見せびらかしていた。

「マルベリーはレディだから、こういうの好きだもんな」

「ふふふ、ネザアスはなんていうか、昔からそういう天然なところがあるなあ。色男だよねえ」

 のんきなコメントをしているロクスリーだ。


 この男、ロクスリー。先日の戦闘で、彼こそが、本物オリジナルのサーキット・サーティーン、私も知っていた恩寵の黒騎士であることが判明したばかりだ。

 しかし、私が知っていた頃の彼は、黒髪のたおやかな美青年であり、今の彼は色褪せた金色の髪をまとめた、色気のある中年の美男子といったところ。下手をすると、もっと年齢が上に見える。わかりやすくいうと、ダンディという感じなのであろうか。

 なんにせよ、私が知っていた頃の美青年とは姿が違うのだった。

 彼がなぜその姿になったのか。

 それをその戦闘後に質問したはずであったが。

 「それは話が長くなる」「疲れたから、冷たい珈琲が飲みたいねえ」などと話をはぐらかされ、結局、疲れたから、などと言って、アイスコーヒーを楽しんだ後弟と一緒に寝てしまった彼から、何の話も聞けなかった。

 何かしっているはずの弟にしてみても、彼は彼でこの少年の姿になったときに、いくらかの記憶が失われている。

 それでも途切れ途切れながら、彼はかつてのサーキットの身に何が起こったか、そして、それにより彼がこの姿になったのか、その裏にどのような事情があるのか、ある程度は知っている気配はあるのだが、尋ねてみても要領を得なかった。

 具体的なことは思い出せていないのだろう。

 ということで、私はまだロクスリーのことについて、何も真実を得られていなかった。

 以降、数日、なんとなく彼に話をはぐらかされており、翻弄されているのだった。

 もやもやしながら、明日こそは突き止めてやろう、そんな中で今朝みた夢があの映像だった。

「あれは、ネザアスの記憶なのだろうか?」

 入れてもらった冷たいオレンジジュースを口にしながら、私は思わずぽつんと口に出す。

 それをロクスリーが拾ったのか、小首を傾げていた。

「記憶? もしかして、誰かの記憶を夢で見たの?」

 ときかれて、私は彼を見上げた。

「ネザアスの夢というか、かつての記憶だと思うのだが、判然としない。ロクスリー殿も一緒にいたが」

 と私はため息をついた。

「強化兵士同士は、時に記憶が混ざるようなことがあるというが、そういうものだろうか」

「ああ。そういうことはあると思うよ。キミとネザアスは黒騎士の中でも繋がりが強いはず。今まではお互い突っ張っていたから、相互の混線や流れ込みはなかったんだろうけれど、今は少年の姿で不安定。それに二人が以前より親しくなって警戒心も消えているよね。だからこそ、情報共有できることはある。ありえないことじゃあないな」

 ロクスリーは、相変わらず、悠然としている。自分もオレンジジュースらしきものを飲んでいるが、それも非常にゆったりとしていて、なんだか心憎いぐらいだ。

(全部、教えてくれればいいのに)

 と私が思わず思ってしまうのだが、それも読まれていたらしい。ふふ、と彼は笑う。

「私とネザアスがいる記憶だね。それは好都合かもしれないなあ」

「好都合?」

「ドレイクはわたしが、どうして今のようになったのか聞きたかったんだろう。だったら、わたしが話すよりもネザアスの記憶を辿る方がずっとわかりやすいもの」

「そうだろうか」

「ちょうどいいじゃないか。睡眠状況が安定している方が、つながりやすいって噂を聞いたことがある。……もう少しここでゆっくりしていったら、わたしが話さなくても事情がわかりそうだよね」

「ロクスリー殿、まさか、それでここの基地にしばらくいろと」

 私がにらむと、ロクスリーは苦笑した。

「理由はそれだけじゃあないけれどねえ」

 しかし。

 確かにロクスリーの言うのももっともだった。

 あの夢が現実にあったことであり、弟がそれを見聞きしていたものだったとしたら。アレを辿ることで、追体験することができる。

 彼に何があったのか、より詳しいことがわかるようにはなるのだ。

(それは詳しくわかってよいのだが。とはいえ、あれが単なる夢でなく、現実あったことなのだとしたら)

 と、私は弟と遊んでいるマルベリーを見た。

 夢の中の少女は、マルベリーと名乗っていた。いま、目の前で花瓶に花をいけてやりながら、一緒に遊んでいる金魚と同じ名前だ。

 これに、どのような意味があるのだろうか。

「どうしたんだい?」

 怪訝に思ったらしいロクスリーにそう尋ねられ、しかし、私は直接マルベリーのことを話すことがなんとなく躊躇された。

「いや、その」

 と私は言葉を濁し、

「ロクスリー殿とネザアスに、あのように交流があるとは知らなかった」

「ふふふ、そうだねえ。……まあ、なんだろうねえ」

 とロクスリーはいった。

「偶数組はそれはそれで、似たような環境もあってね。情報共有ルートをお互い確保したかったんだろうねえ」

 そういってロクスリーは、遊んでいる弟たちの方を見やった。

「花占いしたいのか? だめだぞ、こんな花びらの数が決まっているの。占いにもならないんだからな。それより、うーん、こーひーうらない、とかのがうらないっぽいぞ」

 弟がそんなことをいう。

「おれはうらないなんて、しんじないけど、レディはおんなのこだから、うらない好きなのかな?」

 そんな弟の言葉に私は、あの夢の映像を思い出した。

 花によって占われるのは、恋の行方だ。

 我々、つくられた黒騎士には無縁の感情であるそれ。

 しかし、それでも、あの時のそれが本当は誰に向けられたものなのか、本当は弟もロクスリーも知っていたのではないだろうか。

 あの時の少女の声が、私の耳に蘇る。


「わたしのこと、すき、きらい、すき、きらい、すき……」

「せんせいは、わたしのこと……すき、きらいすき、きらい……」

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