18.楽園の花盗人 —占い—−1
「すき、きらい、すき、きらい、すき」
どこからともなく、まだあどけなさの残る可憐な女の声が聞こえていていた。
「……わたしのこと、すき、きらい、すき、きらい、すき……」
***
ぼんやりとした視界の中、私の視界に少女の姿が入った。
紅い着物風ドレスのワンピース。フレアスカートがひらりとして、金魚のような帯を巻いた可愛らしい娘だった。歳の頃は、まだ十五ぐらいだろうか。
花占いをしていた少女は、突然の来客に驚き、その花を落としてしまっていた。それをひろいあげる。
「花占いか」
ハスキーな男の声が割り込む。
「こんなもん、花びらの数が決まってんだろうが。何度やっても同じ結果だぞ。変異でもしてねえ限り、答えが変わんねーから、占いするなら別のにしたほうがいいぞ」
そういって花を差し出すと、少女が慌てて立ち上がりそれを奪い取る。そして、私の方をにらむ。なかなかの美少女だが、それなりに気は強そうだ。
「そう睨むなよ。いきなり声かけてすまなかったな。この庭にいるから、サーキットの身内だと思ってよ」
男の声は続けた。
「おれはこれでも中央派遣の黒騎士だ。お前のところのサーキットと同じだよ。名前はネザアスといって、製造番号は」
「ああ、奈落のネザアス、さん、ですか。存じています」
と少女は割りこんだが、少し怒っているようだった。
「いきなり夢のないことを言い出すと思ったら、本当に夢も希望もない黒騎士の方なんですね」
「おいおい、挨拶だな」
と、男は苦笑したらしい。
その頃になって私はようやく気づいた。
ネザアスさん、と呼ばれていたからには、この男は、弟の奈落のネザアスなのだろう。
(夢、か?)
しかし、夢というには生々しく、現実感が強い。
(これは、ネザアスの記憶だろうか)
私にはついぞ経験はないのだが、強化兵士の間では信号が似通っている為、時々睡眠中に“混線”するようなことがあるという。
つまり、お互いの記憶や意識が無意識になだれこんでしまうこと、相手の過去を追体験するようなことがあるということらしい。
(今までは、そのようなことはなかったが)
ここにきて、この少年の姿となって旅をしてきてから、それなりの月日が経ち、良好でなかった私と弟の関係も、修復されてきていた。それが影響されてきているのだろうか。
ともあれ、それは弟の視点で語られるもので、私はそれを傍観している立場であった。
「何しにきたんですか? よからぬ目的で来たのなら通報します」
娘の態度はツンケンしている。どうやら、弟は相当警戒されているらしい。無理からぬことだと思う。弟は見かけが少し怖いし、態度もあれだ。
「なんだよ。別におれ、道場破りしにきたわけじゃねえよ? サーキットに用事があるからってだけだ。アイツ、どこにいるんだ?」
「今、師匠は留守です」
「師匠?」
と、彼は肩をすくめた。
「ああ、サーキットのことか。アイツ、師匠とか呼ばせてるのか?」
生意気だなあ、と弟は呆れた様子になる。
「とにかく、おれはお前の師匠に呼ばれてきてんだ。いねえなら、待たせてもらおうか」
「用事は何ですか?」
「用事なぁ」
と、弟はだんだん娘の生意気な態度が面白くなってきたようだ。子供との関わりの多い彼にとって、生意気なコムスメの対応など手慣れたもの。
だんだん、弟は彼女に対してペースを掴み始めていた。
弟は持っていた手提げ袋から本のようなものを取り出した。
「サーキットが、この間、おれが巻いてた帯がかっこいいっていうから、カタログ持ってきてやったんだ。お前んこの師匠、電子音痴だろ? 紙のカタログが欲しいというから、おれ、取引先からわざわざ取り寄せて」
と、彼はべらりとカタログを開いた。
中には弟がよく私服でも着ている、派手な柄物の布のリストがずらりと並んでいた。古今東西、さまざまなものがあるようだ。
「えっ、なんだか凄い柄なんですが」
「かっこいいだろ! オーダーメイドで、オリジナルも頼めるんだ。ほらみろよ、おれの今日のこの帯もかっこいいだろ!」
と弟は得意げだが、それは私から見てもなかなか毒々しい花柄であった。あきらかに少女は、困惑している。
「あ、あんまり、お師匠様に変な趣味つけないでくれませんか?」
「変じゃねえよ。ま、小娘にはおれの洗練されたハイセンスさは理解できねえか、なっ!」
「理解できませんっ!」
つんと少女がそっぽをむく。そんな態度を取られると、余計弟は面白がってしまうようだ。にやにやしている。
「そうか、でも、お前にも似合いそうだと思うけどな。あ、そうだ。これ、やるよ」
と弟が、手提げ袋から自分の帯と同じ柄のリボンを取り出す。反射的に手を出したところに、花のリボンがふわりと舞い降りた。
弟の帯としては、いささかいかついイメージになる花柄だが、少女の白い指の上ではそれは可憐でかわいらしい。。
「これ、サンプルなんだけど、お前の師匠にはちょっとかわいすぎるしな。腰の帯にリボンとしてひっかけたり、髪の毛まとめるのに使ってくれ」
にっと弟が笑ったらしい。
「たとえばアンタの着ている可愛いワンピースだって、この花のリボンを散らしたらもっと可愛くなると思うぜ。ま、お前は、今でも十分かわいいけどよ」
「っ……」
「元が可愛いやつは、もっと可愛いのでつけるとどこまでも可愛くなれていいよな」
強面の弟だが、子供相手では愛想は良い。大体、いつも仕事でしている営業もあってか手慣れており、お世辞と本音が半分ずつ入ったリップサービスはお手のものだ。
しかし、思春期のコムスメの感情は複雑なものであるらしく、ひとのことはいえぬが弟はその辺には鈍感だ。少女がふと目を伏せて頬を赤らめたのを、弟は全く気づいていなかった。
「あ、ありがとう、ございます」
「んー? 気にすんなよ。ま、初対面で気分を害した詫びだな。それで可愛くおしゃれしてくれ」
弟は軽くうなずいて尋ねた
「そうだ。お前、名前は?」
「マルベリーです」
いくらか少女は素直になっていた。
「そうか、マルベリー。サーキット、すぐに帰ってくるかな?」
「えっと、その、師匠は……、少し外出していましたがもう戻ってきては」
「マルベリーちゃん、そろそろ先生のところに……。あ?」
と少女の声がもう一人分聞こえた。
建物の影から現れた少女は、マルベリーよりおとなしいピンクの着物風のドレスを着ていた。しっとりと髪を切りそろえたこちらもなかなかの美少女だが、やはり弟の風体にびっくりしている様子だった。
「あ、カヨちゃん」
マルベリーは同じく警戒いている少女に、慌てて弟を紹介した。
「こちらは黒騎士のネザアスさんです。師匠を尋ねにきてくれて」
「あ、そ、そうでしたか。すみません」
「いや、おれこそ、いきなり現れて驚かせたみたいだな。わるかった」
弟は、こういうとき、意外に紳士的な態度をとる。
「カヨちゃん、どうしたの?」
「あ、いえ、マルベリーちゃん、そろそろ先生が出発するお時間だからお届け物をと思って」
「あ、そうだった! わすれてた!」
マルベリーが少し慌てて、それから弟の方を見た。
どうやら出かける予定があったらしいが、来客を放置するわけにもいかないという顔だ。
「先生? サーキットのことか?」
「いいえ、先生は先生、師匠は師匠で……」
とマルベリーが答えると、カヨと呼ばれた少女が補足する。
「先生は、その、黒騎士のヤミィ・トウェルフ様のことで……」
「あー、なるほどな。そういう呼び分けしてんのか」
と弟は納得した様子になった。
「出かける予定があるんだろ。おれは、別に急いでねえし、サーキットを適当に待ってるか、また日を改めてくる。気にせずでかけていいぜ」
と弟は言った。
「どうせ、ヤミィのやつも勝手な性格だからな。時間に遅れるとアイツいなくなっちまうだろうから」
と彼なりに気遣いをした様子だ。と、そのとき、庭の奥から声がした。
「おや、ネザアス。来てくれていたのかい?」
そういって、現れたのは、サーキット・サーティーンだった。
「悪いね、ちょっとだけ外に出ていて、戻ってきていたところだったんだ」
黒髪のたおやかな美青年といった風な彼は、その若さに不似合いな落ち着きを、このころから持っている。あどけなさすら感じさせる外見なのだが、どこか不自然に落ち着いている。思えば、サーキットには元からそういう一面があった。
「師匠、あの、私たち、先生のところにそろそろいかなくちゃならなくて」
マルベリーがやや慌てて、サーキットに言った。
「ああいいよ。ネザアスは、そんな気を遣う来客じゃないんだし、行っておいで」
「おいおい、言いたいように言ってくれるなあ。まあいいけど」
苦笑する弟。その間に、マルベリーとカヨの二人の少女は、慌てた様子で門の方に向かう。
「師匠、ネザアスさん、それじゃあすみません」
「キミ達、夕飯までには帰るんだよ」
「はい!」
サーキットの言葉に応えると、マルベリーがカヨの手を引いた。
「いこう、カヨちゃん」
「うん」
そんなマルベリーの腰のリボンに、いつの間にか弟のくれてやったリボンが閃いている。まるで金魚の尾のように、ひらひらと彼女が駆けていく。
「なんだ、新しい弟子か? コムスメまで弟子にしてるとは意外だな」
と弟が言った。
「弟子っていうか、まあ、弟子、かなあ。強化兵士なりたての子供たちの、訓練施設の一つだからねえ、ここ」
とサーキット・サーティーンは言った。
「みんな慕ってくれていい子だよ」
といって、サーキットは不意に弟をみやった。弟はいつの間にか煙草のようなものを吸っているようだった。
「ネザアス、それ、わたしにも一本くれる?」
「あ? 吸引式サプリメントのことか?」
「そう。弟子の子たちがいると教育に悪いから禁止されているんだ。煙草を連想させるモノはダメなんだよね。特にマルベリーは、厳しい子だから、ちょっとでも煙の気配をさせていると、すんごく怒る」
「ふん、お目付け役が留守になったら即吸うとか、アンタも相当不良な師匠だなあ」
「いいじゃないか。どうせ元からそんな品行方正じゃないの、キミは知ってるじゃないか」
そういって、弟から吸引式のサプリメントを受け取ると、彼は自分の煙管にいれて点火したようだった。
緑と花に囲まれた庭は穏やかで平穏だ。まるで、楽園を思わせる。
そんな中、薄い煙がゆっくりと立ち上っている。
「あの子たち、マルベリーとカヨの二人は、魔女計画の被験者なんだ。それでわたしが預かっている」
「魔女計画? ああ、新しい強化兵士の作成計画か?」
弟が難しい顔をする。
「確か、白騎士と違って女との方が適性が良いとかいう。……それでコードネームが魔女だときいたんだが」
「そう、ヤハタ・ビーティア女史が開発にかかわっている、新素材の
「ああ、ビーティア姐さんか。自分の体でも実験して、オオヤギに怒られたとかきいたが。オオヤギは相当反対してるらしいが、マガミあたりが賛成していて、予算引っ張っていけてるって」
ヤハタ・ビーティアのことは私も知っている。アマツノの新素材開発チームの一人であり、優秀な女性研究者だときいた。
「まあでも、行き場のない娘達に行き場ができるなら、良いことなのかもしれないんだけどね。ヤハタ女史だって、自分の研究欲だけでやってるわけじゃない」
「それはわかってるけどよ。……餓鬼どもを実験台にするのは、どうもな。人体実験なんて好きにすりゃいーって思うけど、……餓鬼が絡むのはかわいそうだ」
弟はため息をついた。
「でも、なんでヤミィも絡んでんだ? あんなコムスメに絡まれるの、アイツ、すげえ嫌がるだろう?」
「だから、わたしが預かっているのさ。強化兵士の魔女は、黒物質に何らかの影響を与えることのできる能力を持つらしい。それで、我々黒騎士にどのように影響を与えるかも知りたいわけさ。特に強くて最新式の能力を持つヤミィとの相性を調べたいわけ」
「でも、ヤミィは嫌がる。つーことで、近隣にいるアンタが表向き預かっていると、こういう」
「うん、まあそういうことだなあ。……ヤミィは理想が高いからねえ。コムスメちゃんたちの輝かしいまぶしい感じが、孤高の彼には邪魔なものに見えてしまうんだろうさあ」
「チッ、いけすかん野郎だなあ」
と弟は言った後、ふーっと煙を長く吐いた。
「しかし、アンタも難儀な性分だな。到底、面倒見よさそうな面してねえのに、こんなに弟子かかえちまって」
とからかうように言われて、サーキットは煙管をくわえたまま肩をすくめた。
「キミに言われたくないな。キミだって、そんな性格で保父さんしてんでしょ」
「おれはイヤイヤやってるが、あんたは率先してるだろ。……ていうか、まあ、でも、隠居ジジイには似合いだよな」
とサーキットがふと青い目を見開いて、弟を見た。弟がにやりとしたようだ。
「アンタがとっつあんボウヤなの、知ってるぜ。若いのは見かけだけなんだろ。精神年齢、おれどころか、うちの兄貴よりだいぶん上だって聞いてる」
「おやそれ、誰に聞いたの? ほとんど知らないってきいてるんだけど」
とサーキットは話を否定しない。
「話聞いてりゃわかるよ。ジジイじゃねえか」
とはっきり言われて、サーキットは苦笑した。
「まあそうだねえ。マルベリーにも散々、中身がじじむさいって言われてる」
「そうだろうがよ。もっと青年らしくしねえと、マジでばれるぞ」
そうだなあ、と彼はのんきにうなずいて、煙を静かに吐いた。紫煙は緩やかに立ち上る。青い空がきれいだ。
「しかし、ねえ、ネザアス」
「あん?」
ふいにしみじみと話しかけられて、弟がきょとんとしたようだ。
「最近、わたしは思うんだよ。弟子達を育てたり、彼女達を見守ったりするの、わたしはとても好きなんだ。キミだって、子供の世話をするのが、内心いやじゃあないはずだよ。それは、多分、我々を作った時、アマツノくんたちが仕込んだプログラムが関連している。キミや、あと多分長兄なんかもそうだと思うけど、おそらく、なんらか父性みたいなものが初期設定で埋め込まれているんだと思う」
「あー。オオヤギからきいた。自覚はねえけど、そうなのかもな」
「わたしもね、それを感じることがある。だから、そうしていると、わたしはとても満たされるんだけれど」
と、サーキットは煙管を手にもって口からはなした。
「果たしてこれはわたしにあるべき感情なんだろうかって思うことがあるのさ」
ん? と弟が首をかしげる。
「キミたちは、元の設定的におかしくないはずなんだよ。ただ、わたしの場合はどう考えても変だ。こんな若造の外見にわたしに、そのような感情をうえつけるのは。……まあ、よしんば精神年齢の引き上げがあったとして、なぜそうする理由があるんだい。……わたしは外見から考えると、もっと自由に行動できる青年なんだよ。とてもじゃあないが、父親みたいに娘を見守るキャラクターじゃないんだ」
「それ言われると、おれも、うっすら設定ああるだけで。べつにって感じだけどな」
と弟は困惑気味だ。
「でも、わたしの場合、とても顕著なんだ。そして、逆にヤミィには、これらの兆候が一切ない。それってどういうことだろう? もしかして、これは、本当はヤミィが備えるべき感情なんじゃないかな。彼にあたえられるべきものが、なぜかわたしに与えられた」
サーキット・サーティーンは、軽くうなる。
「それって、どんな理由があるんだろう。これらの理由を考えるとき、わたしは少し不安になるんだよ」
弟は、だまってそれをきいていたが、ため息をついたようだった。
「……おれには、よくわかんねえけど……」
と彼は言う。
「でも、それで満たされる、ってんならいいんじゃねえか。なにもかも、最初に設定されtものそのままじゃねえんだし。それがアンタの感情、ってやつなんじゃねえかな」
そういって、弟は苦笑した。
「でもいいじゃねえか。アンタだって花占いしてもらえる程度には好かれてんだろ」
「花占い?」
「そうだぜ。あのマルベリーって娘が、花占いしていた。アンタのことを占ってたんじゃねえか?」
何にせよ、好かれるのはいいことだからなあ。と、弟は言う。しかし、それはどこか白白しかった。表情が見えないため、彼がどうしてそう言ったのか、私にはわからなかったけれど。
「花占い、か」
そのとき、サーキットの顔が曇ったのを、私は見逃さなかった。
***
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