16.サーキット・サーティーン —レプリカ—-2

 そんなやりとりの後、私がひとり基地を飛び出て彼等の相手をしていた。

 かなり泥の獣は斬ったが、レーダーが捉えきれなかった獣もいるらしく、数は思ったより多い。そして、なにより、斬った中にいるはずの黒騎士がおらず、まだ姿すら見ていないのだった。

(まだ黒騎士が出てきていないのか? それとも、すでに黒騎士達も、ヒトの姿を失っているのか?)

 先程から倒せたのは、泥の獣ばかりだ。

 泥の獣は、コアを正確に破壊すると一撃でも倒せるが、黒騎士がいるのだとすれば、ペース配分を考える必要があった。

 そして、私は強く気配を感じている。

(いる!)

 私を取り囲む彼等の中に、気配を感じる。

(この感じ、やはり追跡してきたのは、サーキット・サーティーンだ)

 彼は、その気配と殺気を隠しきれていない。見つけてくれといわんばかりのそれは、あえて放ったものではないのだろう。

(未熟者が!)

 そうだ。恩寵を得て寵愛をところで、彼はとても未熟者だった。

 ヤミィと違い、彼の未熟さは、アマツノの元に侍るようになってからも、ことさら目立つものだ。

 だが、彼が未熟なのはいつからだったか。

 かつて、私達が戦闘に同行したとき、彼は本気を出しているのかどうかわからないところはあったが、こんなお粗末な男ではなかったのだ。

 私が彼とともに戦場に向かった時、彼はまだ恩寵を得ていなかったから、私や弟、ヤミィのように持てる力の全力を出せているわけでもなかったろうが、それにしても、彼の力は未知数だった。

 長剣を素早く使えるだけの力があり、若さからか機動力もある。しかし、自分の実力を悟ってか、戦闘ではどこか一歩引いている。そんな彼だったのだ。

 ただ、彼はその時は巧みに気配を消していた。派手好きな彼だったが、そういう時は自分の存在をことさら強調せずに、我々に戦闘を任せて後方に下がり援護に徹する。

 そんな彼に未熟さはなかった。

 彼の未熟さが際立ったのは、彼が恩寵を得て、サーキィと名乗りだしてからだ。

 以降、左遷された私は、彼とほとんど話したこともなかったし、戦場で同行することもなかったが、かつての彼の注意深さは消えて、まさに”小僧”といった見た目通りの幼さが目立つようになった。

 そしてそれを覆い隠すように、彼は言葉が巧みになった気がする。

「サーキット! どこにいる!」

 私はあえて声をかけた。

 いつもの私なら、敵が焦れるまでとことん待ってやるところだが、今はそうした余裕がない。

「お前がいることはわかっている。このままではいつまでも勝負がつかぬ! 姿をあらわせ!」

 くすっとどこからか笑うような声が聞こえた。

 砂州には黒い獣たちの影がいくつも伸びているが、人型のものは見えていない。どこに隠れているのか。隠れようもないのに。

「おやおや、気の長い長兄には珍しい。よほど余裕がないと見えるね」

 サーキットの声が聞こえる。

 それは砂の上に水溜まりのように広がる黒い影からだ。

 そして、黒い泥の獣の黒い影がぶわっとふくらみ割れ、中から人の姿をしたものがいくつか現れた。サーキットと、彼が率いていた黒騎士だった。

 サーキットは昔と変わらぬ、たおやかな美青年の姿で私の前に現れる。その足を黒い汚泥から引き抜くと、ふわりと砂浜に舞い降りた。

「サーキット!」

「”サーキィ”だ。今は恩寵騎士なんだよ」

 私はその言葉にムッとする。

「何を言う。恩寵の黒騎士が、このような叛乱を起こすはずがない。その名称を名乗るような資格がお前達にあろうか」

「可愛い姿になって、よく喋るようになったね、長兄」

 にやりとサーキットが笑う。

「それにしても、長兄は真面目だな。いつまであの創造主の奴隷をしているつもりなんだい。長兄なら、彼に逆らう力は十分あるのにな」

 サーキットはあざ笑う。

「彼が私たちに何をしてくれたんだい。彼は我々の対立をあおり、我々を利用していただけじゃないか。けれど、恩寵システムのせいで、彼らに逆らうことすらできなかった。彼等は我々をつくったけれど、利用しただけだ」

 彼は続ける。

「本当は皆が不満を感じていたのを知っている。長兄、貴方だってそうじゃないか。あんなところに左遷されて、屈辱を感じなかったのかい? ネザアスのことも知っているよ。彼があそこで散々荒れてたことも」

 私が答えないでいると、サーキットはいった。

「だから、私たちは考えた。いつしか、実力を保ったまま、アイツらの支配を破れないかと。恩寵を得て剥奪されない状況を作り出せば、力を十二分に発揮できる。だとしたら、彼等の支配を破れる」

 そうか、と私は頷いた。

「ヤミィ・トウェルフは、その機会を待っていたのか。恩寵の文字を二つ持ち、特別な身分になったのは、アマツノの支配を破るため?」

 私は続けた。

「ヤミィには、おそらく簡単に恩寵を剥奪できなくなっていた。そして、なんらかの手法でヤミィはお前達にも、アマツノの仕込んでいた制限を解除できるようにした。そのため、恩寵を得た状態のままキープでき、それでいながら敵対できるのか」

 私は言った。

「疑問には思っていた。黒騎士の叛乱が簡単に鎮圧できないのは何故かとな」

「おっと、無口な長兄にしては鋭い指摘だな」

 サーキットは苦笑する。

「どちらにしろ、今のわれわれは、恩寵の力を保ったまま戦えるんだよ。一方、長兄達はそんな姿になってしまった。どちらが有利かな」

 ざわっと彼等の姿が揺らぎ、私を取り囲んだ。

「今からでも遅くはない。長兄も仲間にならないか。ネザアスみたいな話のわからない男は別として、長兄なら私もヤミィも歓迎するよ」

 サーキットの背後に黒いものがゆらめく。

「我々は兄弟だろう? 長兄は彼等のために我々を斬るのが辛いんじゃあないのか」

 そう尋ねられて、私は彼等を見る。しかし、そこにいるのは、もはや私の見知った弟妹ではない。黒い不定形の醜いモノに囚われた何か。

 その姿は醜悪でしかなかった。私は思わず吐き捨てた。

「ヒトの姿を失って、何が恩寵の騎士だ。そのような最低限の矜持すらないものは、もはやわたしの弟妹ではない!」

「ふふ、言ってくれるな」

 サーキットの目に怒りの色が現れる。

「長兄にはわからないさ。まあいいよ。それじゃあ、我々の血肉になってもらう!」

 彼等が一斉に私に襲い掛かろうとする。流石の私も多勢に無勢は厳しい。ロクスリーは折を見て、基地から霧を流すといっていたが、今はその気配はなかった。

(せめて、霧があれば)

 ロクスリーは、私を見捨てたのか。

 と、その時、

「あにさまあー!」

「ネザアス!」

 弟の声がきこえ、私は驚いた。

 ふと見ると、砂州を弟が走ってくる。

「ネザアスどうして!」

 駆け寄るネザアスに、泥の獣の黒い触腕が迫るが、流石にネザアスももとは優秀な戦士だ。うまくかわして、囲みを破って私のところに駆け寄ってきた。

「あにさま、ひとりだとあぶない! なんで、ひとりででていったの?」

 弟が私に言う。

「おれもたたかうもん!」

 そして、弟はサーキットの方をじっと睨んだ。

「お前、ひきょうだぞ! あにさまにひとりだと勝てないからって!」

 そう息巻く弟を宥めるようにしつつ、私は尋ねた。

「ネザアス、お前、どうしてきたのだ? ロクスリー殿にお前を任せてきたのに」

「あにさま、ロクスリーは……」

 と、その時、ふわっと周囲に霧が流れ始めた。

 私は一瞬ぞっと悪寒を感じる。なぜかその瞬間、周囲の空気が変わったのだ。

 霧のせいではない。この霧の向こうに何者かがいる故だ。

「わたしは性格の悪いジジイでね」

 と、霧の中から緩やかに人影が現れていた。ぼんやりと火の玉のような紅い光が、その人影を照らしている。

「本当はキミのような、何も知らない小僧に泣きべそをかかせるのが、何よりも好きなんだよな」

 その声はロクスリーのものだ。

 私は、思わずぞっとする。周りにいる黒騎士たちや泥の獣、目の前にいるサーキットより、彼の殺気が強く霧の中に流れ始めていた。

 私は警戒心をもって、彼を見迎えた。

「ロクスリー殿」

 ふっと何かの糸のようなものが目の前を飛び交う。それが私の視界の端から、黒い影達にまとわりついた。

「特にそこのいけ好かない何も知らない複製品レプリカの小童どもの!」

 ビシッと糸の張り詰める音がした。

「泣きっ面みるのが好きなのさあ!」

 その瞬間、目に見えない細い糸のようなものが、一瞬青く発光した。そして、泥の獣の体がちぎれ飛び、あたりに濁った悲鳴が響き渡った。

「なんだッ!」

 サーキットや黒騎士たちが慌てたように引き下がり、その砂の上を優雅にロクスリーが進んできた。

 色あせた金色の長い髪が揺れ、マルベリーが彼を紅く照らす。

「貴様、何者だ!」

「何者? ふふふ、やはり聞かされていないんだな、ボウヤ!」

 ロクスリーは、あざ笑う。

「まあ、仕方がないか。ヤミィは込み入ったことを説明するのは苦手でね。でも、自分が複製品レプリカ であることを知っているのなら、前任者オリジナルがどうなったかどうかぐらい知っていた方がよかったな」

 ロクスリーは、薄く微笑んだ。その彼の手には例の釣り竿が握られている。その先にほの青く輝く糸が垂れ下がっているようだ。

「サーキット・サーティーンは、恩寵を与えられなかったというけれど、そういうわけじゃあないんだよ。今はおかしくなっちゃったけど、アマツノくんもそれなりに色々と気を遣っていた。一番強くなり得る上に、人格調整に失敗したヤミィを野放しにするほど、彼は馬鹿じゃなかったのさ」

 ロクスリーは、ゆるやかに砂地の上に降り立った。

「考えてもごらん。何故、製造番号が早くて、見かけも年上のヤミィを先に作らない? もちろん、彼に強い新しい素材を試してみたかったこともある。そして、マガミくんと作った計画書の段階で彼に新素材を使うことは決まっていた。しかし、その時点でなんらかに気付いたのかな。彼は急遽、わたしの方を先につくることにした。それは、明らかに彼なりの自衛のための措置だった。だからこそ、アマツノくんが私にくれた恩寵は伏せられてもいたわけだ」

 彼は告げた。

「ロクスリーは、わたしの号さあ。ロクスリーとは、ROCKSLE”Y”。つまり、わたしは最後の文字に恩寵をいただいていた」

 あっけにとられる私たちやサーキットたちをあざ笑うように見渡して、彼はにやりとした。

「わたしは恩寵の黒騎士、"ロクスリー"・サーキット・サーティーン。ROCKSLEY=CIRCUIT-THIRTEEN-BK-004。わたしが本物オリジナルのサーキット・サーティーンだよ」

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