16.サーキット・サーティーン —レプリカ—-1

 ***


「まぁた無断コピーかよ! いい加減、金、請求するぞ!」 

 弟がそうぼやくのをきいたことがあった。

 まれにある黒騎士の全員が顔を合わせる集会でのことだった。その集会にいくまでのことだっただろうか。確かに、弟、奈落のネザアスとかなり似た顔の人物を見かけた。おそらく黒騎士、それか黒騎士の要素を持つ新型の白騎士……なのだろうと思うものの、あまり強そうでもない。

「アイツ、おれの複製レプリカか。最近無断で多いんだよな」

 弟は怒っているようだ。

「くそっ、別に呼ばねえなら呼ばねえでいいけど、役に立つってんなら、おれを呼べばいいのにさあ。勝手に複製品ばっかり作りやがって」

 なんで、許可をだすかねえ、と弟はよく言っていた。

 優秀な強化兵士は、武力の増強のため、複製品が作られやすい。つまるところ、一種のクローンだ。

 ただ、我々黒騎士ともなると、その複製は非常に難しく、ほぼ同じ存在は作られない。

 要素の一部を引き継がせることが多いが、外見が似ているものが一番多かっただろうと思う。特に弟は、同じ外見モデルの複製が作られていたようだ。


 彼と同じ外見モデルを使っていたのは、非戦闘用の黒騎士であるエリックがそうだった。

 しかし、ここでいう複製とは、ただ外見を同じくするのと訳が違う。

 たとえば、弟、奈落のネザアスとアマツノの秘書官であるエリックは、同じドクター・オオヤギが外見モデルだった。

 ただ、同じといっても外見だけで、彼らは人格も違うし、性質も違う。見分けがつかないわけではない。弟の方がやせていて、より戦闘に特化した姿をしていたし、エリックは顔立ちこそ似ているが紳士然とした中年男性といった雰囲気だった。

 しかし、弟がブツクサ文句を言う複製品レプリカとは、どちらかというと粗悪なコピーに近しく、作り込みが甘い。

 弟の持っていた特性や戦闘能力、勘などを引き継がせようとして、彼の要素を流用した状態に近い。

 そんな強化兵士は、黒騎士白騎士問わず何人かつくられていたが、結局彼ほどのポテンシャルを保つものは現れなかった。

「まあまあ、複製が作られるのは、君が優秀だからだろう?」

 といったのは、たまたまその場にいたサーキット・サーティーンだ。

 ヤミィやエリックは、アマツノ達の近くに侍ることが多いが、我々はそのころにはそうでもなくなっていた。となると、番号的な並びで、彼と席次が近くなることが多い。

「優秀っつーか扱いやすいだけだろ。アンタだってよく作られてるじゃねえか」

「まあそうだねえ。なぜか、偶数ナンバーは作りやすいっていうウワサだなあ」

 といって薄く微笑む。

「いいよな。ドレイクは。下手に作られねえからさあ」

 それは私が優秀ではないという意味だろうか、と私をみやる弟に思ったものだが、その時はどうも他意はなかったようだ。特に悪意はないらしく、続いた言葉にいつもの皮肉はない。

「奇数の連中は、複製しづらいらしいんだよな。大体、おれとおなじ顔の奴が欲しいなら、エリック使えばいいのに、そういうわけにいかねえんだって」

「奇数組のレプリカは高確率で失敗するっていう話らしいんだけどね。エリックもだめらしいよね。なんだろうねえ、肉体的なものより、精神的なところが原因なのかな」

 サーキットが弟の話に応じてそういった。

「ヤミィなんかは、強いから、よほど複製をつくりたそうなんだけれどねえ、上の人たちは。うまくいかないみたいだよ。多分、長兄も同じ理由でつくられないんだろうね。となると、戦闘力高めのネザアスに複製が多いのは、なんとなくわからないでもないなあ」

「それでおれにお鉢が回ってくるとか、正直迷惑なんだよな。まぁ、おれと全く同じ奴は作れねえとおもうけど」

 それにしても、と弟はため息交じりに言った。

「アマツノは、こういう粗製濫造はキライなはずなんだが、誰が焚きつけてるんだろうなあ」

 私も、弟のその意見には同意だった。

 そうきいてみてから、ずらっと居並ぶ強化兵士たちを見渡してみる。

 確かに、ネザアスやサーキットと似た風貌の人物は多い。サーキットに至っては、彼自身が中性的な容姿なのもあり、女性までが何人かいるようではあった。

 優秀な強化兵士の複製品レプリカ

 この上層アストラルでは、彼らが静かに混ざり合う。いつしか、それが入れ替わってしまっても、外見と中身をそっくりに作ってしまえば、きっと私は気づかないだろう、とその時思った。

 そう考えると、どこかしら寒々とした気持ちになったものだった。


 ***


 足元の砂が、ザリと音を立てる。

 襲ってくる真っ黒な塊を避けると、私は剣でその塊を切り裂いた。

 この体には剣は重く、相手の力は強い。しかし、やってできないことはない。特に私は、カウンターを行うことで、相手の反動を利用している。少年の姿でも、相手を倒すことはできないことはない。

 理性なき泥の獣の体が、黒いカケラになって飛び散り、いくつかは液体のようになって砂地に広がっていく。

 しかし、それでも、負担は少なくなく、息が上がってしまっていた。

(これで何体目だ。数が多い)

 だが、これは彼等の本質ではないはずだ。

(まだ、黒騎士が見当たらない。今はまだ、泥の獣をけしかけているだけに過ぎない)

 ここでへばっている場合ではないのだった。

(サーキットは、確実にここにいる! 気配がする!)

 


 少し前。

 私は異変を感じたロクスリーと共に基地のコントロールルームにいた。

 弟は少し疲れもあるのか、まだアレらの気配に気づいておらず、小鳥のスワロ・メイと休んでいる。

 金魚のマルベリーは、主人のロクスリーに応じて目を覚まして彼についてきていたが、ふわふわ浮かぶその姿には、さして危機感は感じられない。

 だが、目の前の状況は、あまり芳しくない。

「これは、まずいなぁ」

 ロクスリーが、コントロールルームの椅子に座り、複数あるモニターを見やってぼやいた。

 モニターにはアラートが表示されており、表示された地図の上に感知された敵が点で表されている。泥の獣を表す表示であるが、そのいくらかが単なる獣ではないらしいのは、その複雑な動きでわかる。

「やれやれ、この動き、コイツら、黒騎士だな」

 ロクスリーが指をさし、笑みを引き攣らせるようにしていう。

「この辺のぼんやりウロチョロしてるのは、泥の獣。だが、この辺の消えたりうつったりしている、彼等を誘導するように複雑な動きしてるのは、叛乱している黒騎士だろう。彼等も変質してきて泥の獣に近くなってるし、元から存在が強いから、レーダーに反応している」

 が、とロクスリーは言った。

「腐っても黒騎士だからね。動きが捉えきれていない。なかなか生意気だね。これはそこそこ厄介だよ」

 私にもそれはわかっていた。

(サーキットだろうか)

 やはり、思っていたとおり、彼等は私達を追いかけてきている。そう簡単に諦めるはずもないことはわかっていたけれど。

「キーパーくん、なんとかなんないの?」

 ロクスリーは、なんだか気の抜けた声でたずねていた。

 基地を統括し、守っているセキュリティシステムのゲートキーパーは、そんな彼にも事務的な返答だ。

『汚泥には対処できますが、黒騎士相手では突破される可能性があります』

「まあ、そうだよねぇ。流石に黒騎士とやりあうようにはできていないからなあ」

 ゲートキーパーは、本来はテーマパーク奈落のために作られたシステムだ。弟が開発にかかわったそれが優秀なので流用され、汚泥を避け、泥の獣を排除するために使われているだけで、戦闘用のシステムなわけではない。

「妨害用の罠を増強させたらなんとかなるかな」

『強化させることは可能です。しかし、観測された程度の黒騎士と獣の双方が攻撃してくるのであれば、突破してくるでしょう』

「ああ、なかなか面倒だなあ。つまり、せめて泥の獣の戦力だけでも削いでこいってことかな?」

『それであれば、防衛の可能性は高まります』

「よくわかりましたよ。いくらか排除してこいということね。……雨の中の釣りは嫌なんだけどな」

 とロクスリーは、面倒そうにため息をつく。 

「まったく、黒騎士のくせにノせられちゃって、だらしない小僧共だねえ」

「ロクスリー殿、彼等の目的は私とネザアスではないだろうか」

 私はぽつりと言った。

「狙いが我々なのなら、我々さえいなければ」

「おやおや、そんなことを言い出すものじゃない。彼等、とても数が多いんだよ。それに、ネザアスは眠っちゃってるし、叩き起こすのはかわいそうじゃあないか」

 この期に及んで、ロクスリーはいやに呑気なことを言う。

 弟とて黒騎士だ。おそらく彼等の気配が強くなれば、その殺気に反応して目を覚ます。

 しかし、確かに、弟を休ませてやりたい気持ちも私にはあった。やはり弟は、私よりも疲れやすい。かつて受けた体のダメージは見た目にはわからないが、きっとどこかで影響している。

「ならば、私だけが先に外に出て、彼等を惹きつけられないだろうか」

「そりゃあできなくはないと思うけども」

 と、ロクスリーは微妙な態度だった。

「あぶないよ? 今の時点では、木っ葉みたいなやつしかいなさそうだけど、本当はもっと厄介なやつが後ろにいると思うし」

「私も正面から戦おうとは思っていない。彼等の力を削いだ後、ここに戻るようにすればなんとか」

 私はつづけた。

「それにロクスリー殿には、ここにいて弟を守っていていただきたい」

「おや。いいのかい?」

 ロクスリーは、こんな時もゆったりしている。

「わたしの素性を怪しんでいるのに、大切な弟を任せてくれるの?」

 その表情は、かつて私と対峙したあのマガミ・B・レイを思わせる柔らかな微笑みだ。その本質は、私には見抜けないけれど。

「ロクスリー殿が、恩寵の騎士で、なおかつ叛乱に加担していないのだとしたら、疑うのもおかしなことだから」

「信用に足るって思ってくれているんだね」

 ロクスリーはため息交じりに苦笑する。

「わかったよ。……それでは、一つ作戦を」

 そういうと、ロクスリーはモニターの地図を指した。基地の近くに広い砂地の場所がある。

「ここに小川が流れているんだけれど、広い砂州があるでしょう。森とちがって、ここは姿が見えて隠しようがない場所だが、あいつらも姿をさらさざるを得ない上に、何かの時に栄養補給のため取り込む対象がいない。キミには、ここで彼らの数を減らしてほしいんだ。時間が来れば、基地から霧を吐くようにする。その霧に身を隠してもどっておいで」

 ロクスリーは、私に透き通った青い瞳を向ける。

「できる? ドレイク」

 そのウルトラマリンブルーの瞳は、どこかで見覚えがあるような気もした。

「わかった。やってみよう」

 私が頷くと、彼はにやりとした。

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