11.あめいろレトロスペクティヴ —飴色—
ねっとりとした琥珀のような、飴の色。
その時代を生きたこともないのに、なぜか懐かしく感じられる色彩と光。時間が緩やかに流れる瀟洒な空間だ。
そんな飴色の時間を、かつて過ごしたことがある。
あれは、なんのパーティーであったか。
詳しくは忘れてしまったのだが、ともあれ、あれは大掛かりなパーティーであった。
創造主アマツノとドクター・オオヤギの仲もまだ良好であったし、彼自身もまだそこまでおかしなこともしなかった。
我々黒騎士、取り立てて私や弟のような初期ロットの黒騎士の扱いもさほど悪くはなく、警備要員としてではあるが、パーティーへの参加がみとめられた。
それは飴色のホールだった。
私も知識としてしかしらない、かつて古の上流階級のものが贔屓にしたとかいうジャズクラブを模したものだった。
「これ、ナカジマくんが造ったの?」
「造ったっていうか、俺がコンセプトを伝えたっス。ま、デザインに近いことしたっスよ。なかなかオシャレじゃないっスか?」
ドクター・オオヤギこと、オオヤギ・リュウイチに尋ねられて、その男、ナカジマ・ギンジは得意げだ。
パーティーということで、彼等は礼服を着ているのだが、ドクター・オオヤギはともあれ、ナカジマは筋肉質の大柄な体を礼服に押し込んだ上、特徴的なドレッドヘアの長髪を頭の上でまとめている、というどう考えても目立つ外見であった。
「オシャレだねえ。ナカジマくんも、こういうの好きなの? いや、ナカジマくんは、もっとなんてうか、ざくっとざらっとした、なんていうかストリートっぽいというか、な、イメージがあってさあ」
「ひどいっスね、オオヤギ先輩。そいつは偏見っスよ! 俺は、こうみえて大人のレトロオシャレもできる
人間っス」
「そうだったかなあ」
オオヤギが苦笑している。
ナカジマ・ギンジはこう見えて医者だった。
D教授によるナノマシン開発チームの古株であり、当然、我々黒騎士の製作にも関わっている。
オオヤギやフカセより少し年下であり、それゆえにオオヤギは先輩、フカセは幼馴染であるためタイゾウちゃん、と呼んでいるらしい。フカセも鬱陶しく思いながらも可愛がってはいるようだ。
思い切ったドレッドヘアの似合う、いうなれば『ナイスガイ』と言う感じの陽気な男で、研究室の中では異彩を放つ。
彼をうまく表現するには、失礼であるが、弟の評を借りるのが良いだろうか。
弟に言わせると『脳細胞まで筋肉詰まってる』『ポジティブ脳筋野郎』。ほとんど悪口だが、それは遠からぬことで、確かに筋肉崇拝者には違わない。
「筋肉は裏切らないっスからね!」
「力こそパワーだ!」
などと酔っ払った時に、オオヤギやフカセに絡んでいるのを見かけた。
そんな彼なので、まさかこんなに大人びたセンスがあるとは、私も失礼ながら思わなかった。
「ナカジマにこんな高尚なシュミがあるとは思わなかったぜ」
と口を挟んできたのは、私の隣にいた弟のネザアスだった。
「アンタにしちゃ、上出来なんじゃねえか」
「言ってくれるな。ネザアスは」
ナカジマは苦笑した。
その円卓。
私と弟、それに近くにはサーキット・サーティーンも控えていたが、戦闘用の黒騎士の我々は要人警護の観点もあってのパーティー参加だ。とはいえ、表向きはパーティーを楽しめる、ということもあって、弟はすでにシャンパンに口をつけている。
黒騎士には毒物や劇物の類はほとんど効かない。が、あくまで個性をあらわしたところで、ネザアスにはアルコール耐性が低めに設定されており、あまり飲み過ぎると酔っ払う。酩酊はするが、無効化もできるので、いざとなるとなんとかなるものの、そんな弟が早速アルコールに手をつけているのはどどうかと思うのだが。
隣を見ると、軍服を着て座っている美青年然としたサーキットも、優雅にワインをあおっていた。
「あー、偶数組はなんか享楽的だな」
ナカジマがしみじみという。
「飲むように勧められたら断った方が失礼でしょう」
サーキットがキザにいいつつ、にやりとした。
「そりゃそうだろ。残ったらもったいねえし。その点は、サーキットに同意するぜ」
偶数組というのは、彼等の製造番号がNo.002とNo.004であるゆえだ。ナカジマに言わせると、偶数ナンバーの彼等はなんとなく社交的で派手な一面があり、私を含む奇数ナンバーのものは、それぞれ一人で行動しがちで、なおかつどこかしら抑制的だと言いたいらしい。
確かに一見社交的でおしゃべりなエリックも、自分の殻にこもるところがないでもない。私の勝手な気持ちではあるが、我々はなんとなくそういうところは似ているなとは思った。
そして、ヤミィ・トゥエルフは。
その時、ヤミィはまだ着席もしておらず、少し遅れてやってきた。別のテーブルに向かう彼は、表情からも寡黙であろうことがわかる。
「お、ヤミィ。来たのか?」
ナカジマが声をかけるが、ヤミィは軽く頷くだけだ。
しかし、あまりないことではあるだけに、ナカジマとヤミィが並ぶと、すこしぎくりとする。
ネザアスの外見モデルがドクター・オオヤギであり、私の外見がフカセ・タイゾウ、そして、サーキットがマガミ・B・レイ。
ヤミィ・トゥエルフの外見モデルこそ、隣のナカジマ・ギンジだ。
しかし、オオヤギとネザアスほどでないにしろ、彼等も一瞥して区別がつくレベルで見分けがつく。
「ヤミィも楽しんでくれよ。俺が準備したんだぜ」
「悪いが、任務できただけだ」
ヤミィはぼそりと答えると、ついっと彼等を無視するように奥の方に行ってしまう。
ヤミィは、アマツノ達の護衛任務があるため、我々とはテーブルが違ったのだ。
チッと弟が舌打ちした。
「なんだ、アイツ。相変わらず挨拶もナシかよ」
「まあまあ。ヤミィは無口で不器用だからねえ」
サーキットが宥めるようにそういう。
「相変わらずだねえ。ヤミィは真面目な分、ノリが悪いんだよね」
オオヤギは苦笑する。
「顔は俺なのになー。なんで、あんなに冷たいんだよ。俺の熱いパッションをなんで受け継がなかったんだろうな」
ナカジマがぼやくと、サーキットが笑う。
「そうはいっても、ドクター・ナカジマ。私達の外見モデルと人格モデルは、別人を組み込んであるんでしょう?」
彼は続けた。
「人格モデルは、元々のモデルもいるけど、ほんのりと貴方達、製作陣の人格を参照しているってきいてるんだけど」
「んー、まあ、そうなんだけどな。外見と中身はシャッフルしてるし、ヤミィの中身に俺の参考部分はないんだけどな」
ハハッと弟が笑う。
「アンタの精神性までコピーしたら、ただのアンタのクローンができて、二倍暑苦しくてうぜえ状況になるだけだろ。そんなん、流石のアマツノもやるわけねえ」
「ちぇ。ネザアスは、オオヤギ先輩に似てるのに、冷たいな。まあ、ネザアスは中身にタイゾウちゃん入ってるからかな。雰囲気がチンピラ寸前というか、不良というか」
「誰がチンピラだ。もっと上等だろ」
弟がむっとする。
「はん。フカセと同じにされんのはムカつくが、見分けつくのはいいじゃねえか。うちの兄貴とフカセなんざ、口開くまで見分けつかねえ時あるし」
「ああ、間違えて絡むと怒られるやつだね。それは、厄介厄介。長兄はおとなしいけど、フカセさんは怖いからねえ」
サーキットがニヤニヤしつつ口を挟む。
「見分けはついて欲しいもんですよね」
「だろ!」
弟が頷く。
「お前ら、意外とこういう時は仲良いな。つうか、サーキットも結構喋るのな」
ナカジマは肩をすくめた。
「おやおや、私の精神データこそ、ドクター・ナカジマのものが組み込まれているとききましたよ。無口なわけないでしょう?」
「それなあ。いつも言われるが、お前に俺の要素が、見当たらないんだが」
「やだなあ。私、こう見えて精神はラテン系なんですよ」
といいつつ、サーキットはキザな所作でワインを飲み干している。長い髪がふるりと揺れた。
ふと、オオヤギが腕時計を見た。
「あっ、ナカジマくん、そろそろ時間だよ」
「おっと、ヤバい! 先輩、こっちっス!」
ナカジマは、オオヤギに対してはあくまで後輩である。慌ててオオヤギを席まで案内しながら、彼はこちらを見た。
「それじゃ、お前らも楽しめよ!」
はいはい、と弟とサーキットが反応した。
サーキットはまたワインを優雅に嗜む。それを見て私も酒を少し飲んでみようかという気持ちになった。
と。
「ちッ、つくづくいけすかねえな」
弟の口からぼそりとそんな言葉が漏れた。
最初は、それはキザなサーキットに向けられたのかと思ったが、彼の視線はあくまでホールの奥の方に向けられていた。
そこは創造主アマツノやマガミ、オオヤギ達がいる方向。その少し後ろの席に、ヤミィと他の黒騎士が並んでいる。
「アイツ、何考えてやがる」
弟が不機嫌にそう呟いたのに、私だけでなくサーキットも気づいたようだった。
***
ブレーカーをあげて、パチリと電源ボタンを押すと、一気に照明がついた。
「わあ! きれい!」
「ほう」
弟と共に私も感嘆した。
ついた照明は、ほんのりくすんだような飴色。レトロな気配でぼんやり照らし出された室内は、重厚な家具で飾られた瀟洒な空間だ。
そこは、ちょっとしたバーらしい。
「へえ、こんなところ、残っていたんだねえ」
一緒についてきたロクスリーが、のんきにつぶやく。
釣りをしていたところに廃墟を見つけ、探索ついでに入ってみたのだ。
「CLUB Amber、あめいろ倶楽部」
看板をみあげつつそう読んだのは弟だ。
A共通語が得意な弟は、この姿になってもそこは覚えているらしい。
「元々どうするつもりでこんなとこ、建てたかわからないけど、白騎士のガス抜き用の飲み屋だったのかな。随分おしゃれだねえ」
「しかし、こんな
私がつぶやいた。
「客など来そうにないが」
「とりあえず、区画に必要な店舗とかは計画で決まって先に作ってたらしいからね。バーをこの辺にひとつって、ざっくりした感じだったんだろうね」
「とはいえ、このような懐古趣味な」
「はは、その辺、下層開拓は、上層部の趣味も割と出てたらしいからねえ。好きな人がいたんでしょ。わたしでも心当たり、あるよ」
飴色の空間を、ロクスリーの金魚のマルベリーがゆるーっと泳ぐ。彼女の周りがほんのり赤く光るので、くすんだ照明に照らされた室内をそこだけ明るく照らしていく。
サーキットの視線の先に、棚がある。
「おやおや、お酒があるじゃないか」
サーキットの目の前に、ずらっと年代物そうな洋酒がならんでいる。
「ブランデーとウヰスキーかなあ。ワインもある。これは上物そうだね。もらっていこう!」
サーキットは嬉しそうになった。どうやら酒は好きらしい。
酒を手に取るサーキットに、マルベリーがふわっと泳いできて腕をつつく。
「えっ、なに、飲み過ぎ禁止? レディ、ひどいな。わたしはそんな酔っ払うほど飲まないよ」
しかし、マルベリーは納得いかないというように、頭突きをくらわしている。
「いたいいたい。レディ、やめなさい。こらこら、わかった、一本だけにするからっ。やめなさいって!」
飄々としたサーキットも、どうやらマルベリーには弱いらしい。そんな彼の一面は、なんとなく微笑ましく、親しみやすい気がした。
サーキットの返答に満足し、マルベリーは今度はゆるーりと室内を回り始めた。
そんなマルベリーを追いかけるように、小鳥のスワロ・メイを頭に乗せた弟がついていく。
「ここ、雰囲気いいな。あめいろ、こはくいろ、いい!」
弟は満足気だ。
「おれ、こういうとこ好き!」
「そうなのか」
いつも派手だった弟を思い出して、私は意外に思う。
「うん。おしゃれでおちつく!」
弟は力強く言った。
「こんなとこで、音楽、きくのも好き! おうたもおうたないやつもすき!」
へえ、とサーキットが頷いた。
「ジャズが好きなの? ネザアスは随分大人なセンスだねえ。もっとわかりやすく派手なのが好きなのかと思ったよ」
「はで?」
「なんていえばいいのかな。柄モノスーツとか、背中に物騒なイラストある感じの。ちょいワルってやつ?」
(私もそう思っていた)
ナカジマではないが、普段の彼は派手すぎてちょっとチンピラっぽさすらあったのだ。黒騎士の矜持がなければ、ただの不良青年に見えると思う。
「しつれいだなー! おれには、だんでぃずむ、あるの! チンピラちがう!」
「ダンディズム?」
いきなり彼の口からそんなことが出たので、私は思わず聞き返す。
「そう。おれ、かっこいいだんでぃーになるの! こういうおみせにあう男になるー!」
かつての弟に言われても、私も思わず吹き出したかもしれないが、今の可愛い少年姿の彼にそう言われるのだから不似合いだ。
飴色の照明に照らされて、私の中で過去と現在が交錯する。
弟も飴色の空間でおしゃれな大人の男になろうとしていたと思うと、思わず笑ってしまう。
「あにさま、わらってる!」
「す、すまない。そんなつもりは、その」
「ふーん、いいもん。おれは、あにさまよりかっこよく渋いいい男になってやるもん!」
拗ねた口ぶりでそんなことを言う弟が、私はなんだか可愛らしかった。
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