12.ゲートキーパー —門番—
私と弟は、とある基地の門の前に立っていた。
そこは、いわば僻地にある小さな基地だ。
そう言った場所が、この
行く先々の基地で保護してもらうのは半ば諦めていたとはいえ、まったく無視して通っていたわけではない。実際、私と弟は今までいくつかの小さな基地を通り過ぎてきた。
近くまで行き状況を確認して、白騎士の様子を伺ったりもした。顔見知りの白騎士がいれば話を聞いてくれる可能性はあるからだ。
逆に今までの反応を見るに、顔見知り以外の白騎士からの協力は厳しい。元から、我々黒騎士と白騎士の仲は悪く、ヤミィの叛乱は彼らの憎しみを増大させている。下手をすれば捕縛され、下手をすればその場で攻撃を受けかねない。
我々も戦闘用強化兵士。この姿でも白騎士の一般兵士相手なら負けるとも思えないが、同士討ちにもなるし、そんな無益な争いをしている場合でもなかったので、戦闘は避けたい。
だからこそ、我々は一定以上は基地にちかよらないようにしていた。
そんな我々が、今、門の前までわざわざ近づいたのにはわけがある。
「あにさまぁ、やっぱり、ここの基地、なんか変!」
「うむ。人気がなさすぎるな」
弟が指摘するのももっともだ。
見かけ上、基地は特に壊れてもおらず、強い汚泥の反応もない。ただ、人の気配がない。
「撤退してしまったのか?」
私は疑問に思いながら、様子を伺う。もう少し門に近づいてみるが、自動の防衛装置の反応もなさそうだ。
「あにさま、反応、ないねえ」
と、弟がずいと足を進めた時、不意に門から声が聞こえた。
『
いきなり物腰がやわらかい。しかし、どうやら機械音声のようだ。
『強化兵士の方は、製造番号を示してください。こちらで照合いたします』
「あにさま、ゲートキーパーだ」
弟がいう。
「ゲートキーパー?」
「うん、留守番とか守らせるときに使う自律式の人工知能のあるシステムだよ。やさしい感じではなしかけて、相手の情報を聞き出して、敵か味方かはんだんするの。でも、基地でつかわれてるの、めずらしい」
「よく知ってるな」
うん、と弟は頷いた。
「おれ、思い出した。おれね、確か、ゲートキーパー作る時に手伝ったんだ。あのね、ゲートキーパーは、奈落の最初のゲートにもさいようされたんだ。門番って、おしごと大変だから」
***
「ようこそ奈落へ。さあて、今日の地獄行きはどんなやつらかなあ!」
弟、黒騎士奈落のネザアスの仕事は、テーマパーク奈落の入場ゲートの案内からはじまる。
彼の異名が『奈落のネザアス』となったのも、いつもテーマパークを入ってすぐのゲートに居座っているからだ。
流石にもぎりはしていなかったが、ともあれ、一番最初に出会うのが、色んな意味で印象深い彼。来場者、特に子供は彼の強面に一度は警戒する。
そんな警戒のさなかで、彼は語りかけるのだ。
「さて、ここにきたからには、ここで使う新しい名前が必要だ。つけられねえなら、おれがつけてやろう。その前に、お前の名前や話をきかせてもらおうか」
元々、彼の役目は入場ゲートで来場者に、このテーマパークで使う名前を決めさせること、そして、わからないものに遊び方のチュートリアルを施すことだ。
やがて彼の仕事はもっと多くなるのだが、当初はそんな感じだった。
そして、彼は、そこで確実に来場者に対して主導権を握って、場を支配する。
まず、名前を変えさせる。
それは、世界を意識的にまた越えさせることで間違いはない。それによって、非日常への没入を深めて、より楽しめるようにという工夫がされている。
ただ、そんなにすんなり新しい名前を決められるものばかりでもないこともあり、いくらかの短い会話を楽しんだ後、弟が彼らに相応しい名前を即興でつけていくのが慣わしとなっていた。
名付けは大切な仕事だ。弟が熱心に勉強していたのは、名付けのために雑学を習得する必要があったからであるらしい。
逆に言えば、本人も納得して気にいる名前をつけた時、弟は彼らをある意味支配することになる。彼らの心をそれで掴み、その後の案内を簡単にするためのテクニックではあった。
「お前は、そうだなあ。J共通語のしとやかな名前がいいな。少し古風なものにしよう。ああ、そっちのお前は、もっと今風なやつだなあ。知ってるぜ、そういうの好きだろう?」
弟は来場者とのわずかな会話で、相手の喜びそうな名前を的確に選んでいくのだった。
彼の名付けの能力は、かの創造主アマツノ・マヒトも認めるところだった。冷徹にかわってゆき、我々を左遷したアマツノではあったが、それでも旧知の我々をたまには気遣うこともある。
アマツノが、自分の娘の名前をネザアスにつけさせたのは、彼なりの評価だったのだろう。
「やれやれ。今日もなんとか、全員の名前つけられたぜ。それに、今日こそは“混ざって”なくてよかった」
休憩に詰め所に戻ってきた弟が、例の誰もきいていない独り言。
濃い目の珈琲の入った缶をあけて口をつけながら、彼はぼやく。
「名前つけるのが仕事みたいになってるけど、おれの仕事は門番なんだよな。地獄の獄卒っていうか、牛頭馬頭みたいな役柄なわけだし。どうしてああなったかなあ、本当は侵入者を片付ける簡単なお仕事だったはずなのに、なんで餓鬼の相手なんかさあ」
などと誰に向けたかわからぬことをいいながら、彼はため息をついた。
「でも、本当は門番だから、たまに“混ざった”やつを見抜かなきゃいけねえわけだ。擬態してるやつを斬るのはどうも苦手だ。初撃をくわえれば、人の形じゃなくなるけど、最初は子供のの姿をしてるわけでさ。それを餓鬼どもの前で刀抜いて斬りかかるのはどうもな」
テーマパーク奈落は、本来は居住に適さなかった
それだけにテーマパークには、『招かれざる客』もくるのだ。それを大事に至るまでに見つけ出して排除するのも、ゲートの案内人、弟の仕事だった。
「なんとかならねえかなあ」
そんな弟の苦境が上にも伝わったのか、新しいシステムが弟のいるゲートの前に採用されたとは聞いた。弟がそれにどれだけ関わったのかは知らないが、泥の獣が混ざり込む可能性は減ったのだという。
おそらく、それがゲートキーパーと呼ばれるシステムだったのだろう。
しかし、どちらにしろ、来場者は減り、来るのはやがて強化兵士となる不安定な少年たち。無計画に肥大化した施設は老朽化して、廃止され、縮小されていった。
弟はそのときまた愚痴をはいていたものだ。
「今日も誰も来なかったな。ゲートキーパーのやつも、待ちぼうけだ。アイツは気が長いからいいけど、おれは気が短いからつらいぜ」
と彼はぼやく。
「泥の獣と悪意の塊しか来ない施設の門。だとしたら、おれは誰のために門を守っているのかねえ。いつかくるかもしれない、アマツノのためか? それとも」
と彼は自問しながらため息をついた。
「本当にさあ、ゲートキーパーも楽じゃないんだぜ」
吸引式サプリメントを煙草のようにくわえて、ふーっと煙と吐息を吐く。
弟は、たまにそんなふうに独り言で愚痴を言うことがあった。
そうした愚痴が、そのときに捻くれていた私には、自分への当てつけのように感じられていた。
しかし、今となっては想像だが、それは私に向けて愚痴を聞いて欲しかっただけなのだろうと思う。
見捨てられゆく施設。守るのは誰のため。
そんな疑問を抱えながら番人を務める弟の、悲哀は誰もいなくなった場所を守り続ける機械のそれに似ていた。
***
「ゲートキーパーは、質問してる内に相手が感染してないかとか調べてくる人工知能なんだ。照合できないと排除しにくるの」
「ほう、優秀なシステムだな」
「あまつのが作ったんだよ。おれ、それで手伝ってっていわれたとおもう。それで、ゲートのお仕事楽になったんだ」
なるほど、弟がガイドとして培った技術や相手の感染を見抜く勘を参考にしたということなのだろう。
『照合完了』
ゲートキーパーは我々をスキャンし終えたらしい。
『TYBLE-DRAKE-BK-001、YURED-NEZAS-BK-002と確認できました。立ち入りを許可できます』
「ゲートキーパー、教えてくれ。ここにいた白騎士はどこにいる?」
私がそう尋ねてみる。
敵ではないと認識してくれたのなら、質問にこたえてくれるかもしれない。
ゲートキーパーは、しばらく無言に落ち、私の質問を確認すると事務的な声で返答する。
『当基地は、無人基地です。人工知能と一人の管理者により管理されています。通常、強化兵士による使用は緊急時に限られています』
「ああ、そういうことか」
普段は必要な資材だけ置いて、招かれざる客が侵入しないよう、セキュリティを固めている基地なのだろう。いわば避難小屋のようなもの。
それで、ゲートキーパーが設置されているのだろうか。
『白騎士のR125小隊が一時立ち寄りをしていましたが、一昨日、彼らは外周警備中に黒騎士CIRKIY-THIRTEEN-BK-004による襲撃を受け帰還しませんでした。彼らは
「なるほど。すでに撤退済みか。では、ここは今は無人なのだろうか」
『現在は管理者がいるほかは、無人です。あなた方も退避中の強化兵士と認め、立ち入りを許可しました」
「他の基地との通信はできるか?」
『通信設備については、昨日の襲撃のあいに一部故障して復帰しておりません。システム稼働用の通信については可能です』
「理解した」
我々の身元確認をする通信はできるが、自由に連絡は取れない、ということだろうか。
しかし、システムが生きているのは良いことだ。
汚泥は元はと言えば『悪意』のプログラムだ。機械をウイルスのように感染させることもあるが、このゲートキーパーは今のところ異常なさそうだった。
「あにさま、どうするの?」
「何か必要なものが残されているかもしれない。一度中に入ってみよう」
「うん」
私は弟の手を引いて、門の中に入る。
『来訪を歓迎します』
物腰の柔らかいゲートキーパーの声に、弟の言う通り、本来こんな軍事基地にいる門番ではないのだな、と私は思う。優れたシステムなので、転用されたのだろうか。
それにしても、先ほどの話。
(サーキットがこんなところを襲っているとは。叛乱した黒騎士は、数を減らしていると聞いていたがな。あの小僧が先兵なのだろうか)
大将であるヤミィ・トウェルフが見当たらない理由は、私なりにも予想がつく。
おそらく、弟と相打ちになったヤミィも無傷ではない。
いかに本調子ではないとしても、弟は一流の剣士。特にネザアスは技術的なアプローチを持って戦闘を仕掛ける。ヤミィの力の反動を利用して、彼に一撃をくらわせているはずであり、彼同様、ヤミィ・トウェルフも前線に出られない程度の負傷をしているはずだ。
それでサーキットが表に出てきているのだろうか。
(しかし、サーキットは白騎士を狙ってここまできたのか? いや、ここは本来無人のシェルターのような扱いの基地だ。もしかして、彼の目的は我々では?)
あの湖でも奴はしつこく我々を追ってきた。その後、興味がなくなったから、我々を追いかけてきていないとは思えない。
サーキットやヤミィからすれば、いまだ、ニンゲン達の側に立っている我々こそ裏切り者であり、さらに汚染にもつよい厄介な相手と言えるのだ。
そんなことを考えていると、不意に向こうから足音が聞こえた。廊下の角からふわっと赤い光が漏れてきたが、身構えるまでもなく、それは金魚のマルベリーだ。
それに続いて、ふらりと現れたのはロクスリーだった。
「やぁ、キミたち。こんなところで会うとはね」
「こ、これはロクスリー殿」
と、私は目を瞬かせた。
「こんなところで会うとはね。つくづく君たちとは縁が深い」
そういえば、ゲートキーパーはここに管理人がいると言っていた。彼がそうなのか?
「あ、おっさんとレディ・マルベリーだ!」
相変わらず弟は、彼らに警戒しないようだ。たたっと駆け寄る。
「やあ、ネザアスとドレイク」
「まさか、管理人とはロクスリー殿のことだったのか?」
私がそう尋ねると、ロクスリーは苦笑した。
「ゲートキーパーくんがそういったのかい。まあ、そうだねえ」
ここに彼がいるのは予想外だった。よく漁場が被ることは多いけれど、こういった施設で出会うとちょっと警戒してしまう。
一方で、私は別の意味では安堵はしていたのだ。
ここにはゲートキーパーがいて、身元照合がなされる。ということは、彼もここに入ることのできる身分だということなのだろう。叛乱した黒騎士なら排除されるだろうから、彼の身元が間接的に証明されたということだ。
「おっさんが管理人なの? どうして?」
「どうしてって言われると難しいなあ。ここは、昔からわたしには馴染みの基地だからさ。こんな状況になる前からね。わたしの根城の一つだったんだよ」
とロクスリーは苦笑した。
「ここは、軍事基地になる予定がない場所だったんだが、結果的にこうなっちゃったんだよ。ゲートキーパーがいるのもそのせいだねえ。今じゃ汚泥が入り込まないためのお留守番システムだけども、元々は
ロクスリーはそう告げた。
「本当はね、内々には私はここで勤務してるはずになってるんだ。私は本来ここから進むものを選別する門番ではあったわけ。でも、ゲートキーパーくんに任せておけば、まあ、別に仕事することもないし、とサボって常駐してないの」
でも、と彼は言った。
「ちょっと離れているうちに、色々あったみたいだな。まさか退避してきていた白騎士達が別の基地まで逃げちゃうとはねえ。ここ、確実に籠城できる場所なのに。ゲートキーパーの感染者排除は強力だから、安心なはずなんだがな」
といいつつ、
「まあでも、ここを守ってくれている、ゲートキーパーくんには頭が上がらないよ。基地内は相変わらず、ひとかけらの汚泥の侵入も許していないからね。うちのキーパーくんは本当に優秀ないい子さ」
そんなことをいうロクスリーだ。
「しかし、襲ってきたのは黒騎士かあ。厄介だな。またあの小僧かい?」
(あの小僧。サーキットのことだ)
そんなロクスリーの言葉に、私は一抹の不安を覚える。
先ほど、ここを襲撃したのは、サーキット・サーティーンだと言っていた。他の誰でもなくサーキット、彼なのだ。
実のところ、ロクスリーはサーキットと似た気配がある。我々の場合、外見モデルが同型であることは珍しいことではないのだが、前もそうであるように、彼らは同時に同じ場所に現れている。同じタイミングで。
(彼らにはどういうつながりが?)
私は、いまだにロクスリーに対して抱いている警戒心を捨てられてはいなかった。
ゲートキーパーは、身元照合の際に製造番号を読み上げる。一体、ロクスリーは、なんと読み上げられたのだろう。
そんなことが気がかりながら。
「昔は、もう少し守りがいのある基地だったんだがな。今は訪れるものもいないし、訪れるものもここに逃げ込まずに退避しちゃうレベルなんだなあ」
ぽつんとロクスリーは呟いた。
「もうここを、必要とする人もいないのかもしれないね」
どこか寂しそうなロクスリーの様子に、私はかつて弟の見せた残された番人の悲哀を感じていた。
だから私は。
その寂しさだけは、信じてやりたい気持ちになった。
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