7.七夕の夜に —酒涙雨—
ぱらぱら雨が降る夜だった。
「また、雨か」
ロクスリーと出会い、サプリメント代わりの補給方法がわかった私とネザアスは、最寄りの基地に協力を要請するのをなかば諦めていた。風上の基地を目指してきたが、そこにもすでに前線の白騎士が入っており、我々に対する扱いはほぼ想像通りだろう。下手をすると捕縛される危険すらある。
白騎士にも物分かりの良い隊長はいる。
余裕があるなら、協力的な人物のいる基地を目指す方が良さそうだ。
最終的にはベースワンと言われる
「どこにいけばよいであろうか」
廃墟の縁側で雨宿りしながら、私は悄然と呟いた。正直、どこに行けば良いものかわからない。
ただ、ここのように、比較的綺麗な建物の廃墟を辿っていく生活は、それなりに快適であった。食料が拾え、インフラが生きていることもあり、風呂に入ることもできた。
ロクスリーのいうように泥の獣化した魚を釣ったり、狩ったりすれば、サプリメントがなくとも必要なものは手に入る。不自由はあまりなかったのだけれど。
と、ぱたぱた部屋の中から足音が聞こえた。
「あにさまー、あめだねえ。おほしさま、見えないよ」
ぴぴっと鳴いているのは、弟の頭に乗った小鳥だった。弟は何か紙のようなものを持っている。
「ネザアス、それは?」
「これはねー、たんざく! ここ、部屋の中きれいだし、探したら折り紙があった。今日は七夕のはずなんだ! おれね、ずっと前から用意してたから、七夕やりたいな」
「七夕? そんな時節だったか」
「うん。ここくる前。みんなで七夕しようって。おれ、笹あつめようとしてたんだ。七夕かざり、つくろうと思って、金の紙や銀の紙とか、きらきら、たくさん発注したの。あにさまにも、てつだってもらいたかったんだ」
***
「竹やぶあるとこ、知らねえか?」
唐突に聞かれて、私はきょとんとした。
そこにいるのは、弟と私だけだが、私は自分が話しかけられたのだと思わず、目を瞬かせて立ち止まる。
「てめえだてめえ。アンタに聞いてんだよ! 他に誰もいねえだろうがよ!」
あーあ、と弟は苛立ったようにため息をつく。
「まあいい。とにかく、竹とか笹、探してるんだ。そういうの生えるとこ知ってたら教えろ。いつもの伐採場所が、この間、軍事施設建設でつぶされたんだよ」
私は、仕事の邪魔をされたので少しは腹を立てていた。
「ここをよく知るお前が知らぬこと、おれが知っているとは思えないが?」
と私が返すと、ふん、と弟は舌打ちした。
「たまに口きけば、むかつくこと言いやがって」
「第一、一体何に使う。試し切り用の資材なら、合成品があるだろう」
「うるせえなあ。必要だから聞いてるんだよ。知らねえならいい」
弟は不機嫌にそう言い捨てると、そのまま、行ってしまおうとしたが、と、足を止めた。
「そうだ。アンタ、七月、暇だよな」
「七月?」
「スケジュール入ってないかって聞いてる。まあそんなツラするてことは、どうせ入ってないんだろ。暇だもんなァ」
彼は意地悪くそういうと、
「入ってなかったら、七日まで予定いれとけ。日が近くなったら説明する」
弟はぶっきらぼうに一方的に決めつけていくと、私の返事も聞かずにいってしまった。
結局、それまでに我々は召集された。
そして、任務に勤しむうちに、私は、七夕がいつかなどと忘れてしまっていた。
***
(あれは、七夕の準備を手伝って欲しかったのか)
私は今頃得心した。
何を藪から棒に、と、少しむっとはしたのだが、そう考えると私も話を聞いてやらなかったな、と反省する。
私は口が上手くなく、言葉が足りないことがある。弟の方もそれでヤキモキすることもあっただろう。
もっと弟の話を聞いてやるべきだった。
「ネザアスは、毎年七夕の準備をしていたのか」
「うん、そうだよ。くりすますとか、たなばた、おれが準備してたの」
記憶に曖昧なところのある弟だが、テーマパークでのことはそれなりに覚えているようだ。
「こども、たくさんくるだろ。七夕とかやると、みんな、よろこぶからな。かざりも、かわいいし」
弟はいう。
「そうか。あれはネザアスがやっていたのか。恥ずかしながら知らなかった」
「前は、ほかのひともいたよ。でも、さいきん、みんないないから。だから、おれやってたんだ。今年は、特におおきいのとか、たくさんならべるとかしたくて、おれだけじゃ手が足りなかったの」
「ほう、なぜだ?」
「おきゃくさん、少ないからな。せっかくの遊園地、かわいそう。おれもさみしい」
「うむ」
弟の言う通り、黒騎士叛乱以後は、一般客はおろか、テーマパークに来場する強化兵士候補の子供の数すら減っていた。場所的なこともあるが、おそらく、我々が黒騎士であることも無関係ではない。
「おおきいのつくったら、おきゃくさん、きてくれるかなーって。でね、あにさまにも手伝ってもらおうとおもったんだ」
「そうだったのか」
弟は寂れていく自分の職場を、なんとかしたかったのだろう。
「でも、途中でよびだされちゃったからなあ。きらきら、たくさん発注したのに」
と弟はうつむいて、小鳥のスワロ・メイを手元で遊ばせる。
「七夕、したかったな」
私は、弟はてっきり、召集されて喜んでいるのかと思っていた。
好戦的な弟にとって、遊園地での業務はさぞや苦痛で屈辱に満ちたものだと思っていた。私でもそう感じたのだから、弟は特にそうなのだと。
弟はわかりやすく戦闘に存在意義を見出していた。他のことはどうでも良いと思っていたので、彼が施設の集客を考えて、彼なりに努力していたのは初めて知った。
もちろん、子供を喜ばせたかったのもあるだろう。しかし、彼はこのまま見捨てられ、朽ち果てていくだけの未来しかない仕事場が、無性に悲しかったのかもしれない。
私は弟が健気だと思った。
「でもどうせ雨ならしかたなかったね」
弟はしょんぼりしたが、改めて短冊を手にした。弟はどこからか筆ペンも持ってきていた
「あ、でも、たんざくはあるもん。雨だけど、今からでも七夕できるかな」
「ああ、そうだな」
かける笹はないのだが、少しでも気分が味わえるだろう。
「せっかくなのだ。今年は私とお前で七夕まつりをしよう」
「うん」
と、不意にしとど降る雨の中、人の気配がして私は立ち上がった。
中庭に誰か立っている。傘が雨を弾く音がした。
「おやおや、これはこれは」
と、聞き覚えのある声が聞こえた。
「風流だねえ。雨音を聞いているのかい?」
その人影の前に、ふわっと暗闇に人魂のように赤いものが浮かぶ。
かつての弟もかくや、という派手な番傘を掲げて現れたのは、この間あった黒騎士らしき金髪の男、ロクスリーだった。
「あっ、ロクスリーのおっさんとマルベリーだっ!」
ぴょんとネザアスが立ち上がる。
私はまだ彼を警戒しているが、ネザアスは彼を信用しているらしく、出迎えにいく。
「キミたちもここにきたのかい。ここは、いい雨宿りスポットなんだ。屋根も丈夫だし、家の中もそんなに荒れていない」
「そうだよ。夜は雨のなか、すすむのよくないからな」
「んー、わかるよ。私も夜釣りをしてたんだけど、ちょっと雨がひどくなってきて切り上げたのさ」
と、ロクスリーは、私に目を向けてニコリとした。相変わらず彼の瞳は鮮やかなウルトラマリンだ。しかし、こうしてみると、どこかで見たことのあるような気がする顔立ちだった。
「やあ、ドレイク。こんばんは」
「ああ、こんばんは、ロクスリー殿」
そう答えると、ロクスリーは私の警戒に気づいているのだろうが、気にした風もなく縁側に腰掛けた。
「しかし、酒涙雨だねえ」
「さいるいう?」
私が聞き返すと、ネザアスがはいと手を上げた。
「おれしってる! 七夕の時にふる雨のことだよな」
「おや、ネザアスは物知りだなぁ」
「本でよんだ! しょくじょとけんぎゅー、が、雨降ると会えないから泣いてるんだって。で、かわいそうだからカササギを飛ばして橋を作ってあげる」
弟はしみじみ言った。
「今日はきっと、カササギいっぱいお空に飛んでると思う」
「そうだねえ。せっかくの恋人達の逢瀬だもの。それぐらい気を利かせてあげたいね」
と、ロクスリーの手の上でマルベリーがふわっと浮かぶ。ロクスリーが、ふむふむと頷いた。どうやら、会話ができるらしい。
「どうしたの?」
「うちのレディは、女の子だから、そういうお話が好きらしい。七夕なのに雨でかわいそうだと思っていてけど、キミの話を聞いて救われたって、さ」
「えへへ、それはいいことをした」
弟は照れながら近づいてきたマルベリーを撫でる。マルベリーはいわば空飛ぶ金魚だ。優雅にふよふよ漂っていて、飄々としたロクスリーに余計に世俗離れした気配を与えている。
「キミたち、そういえば七夕祭りするのかい? 短冊があるけど」
「そのつもりだが、笹がないので、他の何かで代用しようかと」
「ああ、笹ね」
ロクスリーは背中に背負っていた釣り竿らしきものを隣に置いていたが、そこにほそい竹が何本がある。まだ枝を落としていないものもあるようだ。
「ちょうど、釣り竿にしようと思ってとってきたんだよ。笹っていうより竹だけど、キミたちに進呈しよう」
「わーい、ありがとうな! おっさん」
私が止める間もなく、ネザアスが礼を言って受け取る。
「これで七夕まつりできる!」
「よかったねえ」
ロクスリーはにこにこ笑う。
そんな様子を見ながら、私は少し不審に思っていた。
弟は、何故こんなに彼に警戒心なく近づくのだろう。
今の子供の姿の弟は素直だが、かつての弟はそんなに無警戒ではなかった。粗野でキレやすいように見せかけて、本当は頭の回る弟だった。初対面のものに無条件に心を開くほど、甘くはない。今だって、おそらく。
そんな私の疑念に気づいているのかどうか。
弟とロクスリーは楽しげに話す。まるで前から知り合いかのようだ。
「ネザアスは何をお願いするんだい?」
「そうだなぁ」
うーん、と考えて、弟は言った。
「無事に基地までいけますようにかな。あっ、あとね、あにさまと、たのしく旅ができますように、も書く」
ロクスリーが、それはいいねえ、とのんきにいった。
「キミ達は仲の良い兄弟なんだなあ」
「そうだぞ。おれとあにさまは、なかいいよ」
「いいねえ。微笑ましいよ」
ロクスリーにそんなことを言われるのも、弟に認められるのも、私は意外と嫌ではない。むしろ、少しいい気分になっていることに気がついて、私は思わず苦笑してしまった。
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