5.弟の告解 —蛍— -1
暗闇の戦場に瞬く閃光は蛍のようだ。
「ネザアス、しっかりしろ」
私は弟のネザアスを抱えながら、連続的に爆発して崩壊する建物の中を逃げ惑う。
「ぁあ、あ、ほ、ほたる」
意識が朦朧とした弟の声が聞こえる。
「蛍。あっ、ああ、夜に餓鬼どもを水辺で遊ばせるのはあぶねえんだ。む、迎えに、い、行かなきゃ」
視力が十分戻らない私には、ちらちら輝く光を頼りに外に出るしかなかった。焦る私に弟の声が聞こえた。
「あいつら、不安になると、みんな、そこに行くんだ。……は、話聞いて、やらねえと、ほたるに、ひ、引き込まれるようにいなくなっちまう。ぁあ、おれが一緒に行って手を繋いでやらねえと」
「ネザアス?」
「手、つ、つないだ手を離すと、あいつらは、いってしまう。簡単にあっちに引き込まれちまう、んだ。お、おれは、せめて、ここでだけは、幸せに」
そのうわごとに。
私は弟が置かれていた環境が、私が思うより過酷なものであったことを知った。
***
「なんだ、お前らこんなとこにいたのか?」
テーマパーク奈落にきた少年たちが、集団で行方をくらます事件があった。
私はその捜索に狩り出されて、蛍の池の周辺にやってきていた。
そこは人工の蛍を配置した場所で、ちらちら蛍の光が幻想的に輝く場所だ。
しかし、そんな幻想的な光景が不安定な子供たちの気持ちに影響するのか、何度か行方不明者を出している場所でもある。そのため、ここに来るのはホストの案内人の同伴が必要だった。
方々探してようやくここに辿り着いた私は、しかし、ぼんやり蛍を見ている少年達をみて、声がかけづらくなっていた。驚かせてしまうかもしれないし、それで彼らがどんな反応をするのか、少し怖くなったのだ。
そんな折、別件の案内人の任務で捜索に加わっていなかった弟が、話を聞いたのだろう。いつのまにか蛍の池に来ていた。
弟には、不安定な少年達がここにくるのをわかったものらしい。
「あ、ネザアスさんだ」
「何でここがわかったの?」
「なんでって、ここがこの辺で一番綺麗な場所だからなあ」
弟は最初のゲートで彼等に接触済みだ。
弟は、ここにやってきた子供達に、この奈落で使う名前を与える。
本来ここはナノマシンで作られた分身、つまりアバターで楽しむ遊園地であった。今は運用方法は違うが、没入感を高める為に、奈落では来場者に別の名前を名乗らせる。その名残がいまだに続いていた。
自分で決められないものに、弟は名前を与える役割も担っていたが、その際に彼等に相応しい名前を、その反応などから探って与える。
そうすることで、弟は子供達の心を掴み、彼の持つヒーロー性で子供達の心を開かせる。それは彼にしかできない技だった。
「綺麗だが夜の水辺は危険だからなあ。おれじゃなくてもいいが、お前らだけでなくて案内人のいるときに来いよ」
弟がそういうと、子供達はふと黙り込んだ。
弟は、その反応を見越していたようだ。
「なんか、色々不安とかあって逃げたんだろう? 話、聞いてやるぜ?」
弟の声は優しかった。
「みんなそうなんだよな。ここの蛍は綺麗だが、不安を抱えた奴が見ると、感傷的になりすぎちまうんだ。でも、消えちまう前に相談しろよなぁ」
そういうと、少年たちの数名が、べそをかきだして話し出す。
「そうかぁ。うん、怖いよな。わかるぜ。まあいい。今日はじっくり話聞いてやるから。でも、ここにいても危ねえし、一緒に帰ろうな」
私と違い、カウンセリングのプログラムを持ち合わせていた弟は、少年たちのメンタルケアを担ってもいた。それは、やがて強化兵士となる彼等の不安定な心を癒すための、この施設の、本来の目的に沿っていた。
私は黙ってそれを見ていた。
名付けの権利を持ち、来場者を癒せる彼を、私はどこかで妬ましいと思っていたのかもしれない。
そうであるから。
いつしか、任務としてでなく、本当に子供が好きになっていた彼が、どんな気持ちで彼等の話を聞いて見送っていたのか、私は考えなかった。
例え、彼らの話をきいて、その場でその命を助けられても、弟には彼らが兵士となり、やがて地獄に向かうことを止めることはできないのだ。
***
蛍のように瞬く光と、意識が朦朧とした弟のうわ言が、私にそんなことを思い出させていた。
あの時、飛び込んできたネザアスとヤミィはほぼ相打ちとなった。その時の爆発もあり、両者も私も吹き飛ばされた。
ヤミィの一撃は重い。修復されたばかりの右腕でバランス感覚が狂っていたのもいるのだろう。ネザアスは右上半身に、ヤミィの一撃をもろに受けていた。
元が
ネザアスは黒いタールのようなものを流していた。
ヤミィの姿はその辺になかった。どうなったかはわからない。しかし、探す暇はない。私は弟を抱えて逃げることにした。
その時には建物に爆発が広がってきていた。
「俺のことは捨てていけよ。も、もう、助からねえからよ」
崩れそうな彼を抱えて逃げ延びる間、なんとか目を覚ました弟はそう言った。
右半身を派手に吹っ飛ばされている彼は、右側の体を維持できなくなり、その右側はヒトの姿というより真っ黒なゲルのようになっていた。
「あんたに助けられても、嬉しくねえんだよ! くそ、なんの偽善だよ」
意識も朦朧としているようだが、あいかわらず憎まれ口を叩いていた。
「口を開くな。無駄な体力を使う」
「うるせえな、あんたに、っ、指図される、いわれはねえんだ! ちょっと生まれるのが早かっただけで、兄貴ヅラしやがって!」
「黙れ」
「ッくそ! てめーが、ちょろちょろしてなきゃ、おれは……」
ネザアスは顔の右半分を削られ、肩から胴のあたりまで溶けかけていた。基地まで連れ帰っても助けられるかどうか。
我々黒騎士は、普通の人間や強化兵士よりもさらに丈夫だが、損傷が大きすぎると元に戻せない。
我々を作り上げたアマツマヒトならともかくだが、彼が旧型の我々を助けてくれるかどうかわからない。
ただひとり、ドクター・オオヤギ、彼なら或いは。私は正直焦っていた。弟を助けたい気持ちはあったのだ。
私をかばったせいで、弟はヤミィと相打ちになったのだから。私には罪の意識もあった。
「置いていけよ、ドレイク。……おれをつれてたら、逃げられねえだろ……」
不意にネザアスは、言った。その頃には、言葉から棘が抜けてきていた。
「アンタ、だけでも、アマツノのとこ、帰れよ……」
私はその言葉を無視した。彼は呂律が回らなくなってきていた。
「あ、アマツノは、アンタの、ことは、きっとまっ、てるんだ。必要、だからっ。アンタは、お、おれと、ちがって。だからさぁ、アンタは無理するから、っ、お、お、おれは、ここにきてほしく、なくて……」
ネザアスの言葉に、私は目を見開いた。
「お、おれは、アンタと違って……、ひ、必要と、されてないから、どうなっても、い、いい」
「ネザアス?」
ネザアスの力が抜けていく。私はハッとした。
「ネザアス! しっかりしろ! 気を失うと、体が保てなくなる!」
「ッ、無茶なこと、ぬかしやがっ」
「ネザアス!」
「……ははっ、む、無理だ。も、限界だ……」
揺さぶるがネザアスはもうほとんど気を失っていた。
「だから」
ネザアスの閉じそうな左目が私を見た。
「お、おれを、置いていけよ。な、兄貴、ぃ……」
地面に黒い液体が音を立てて流れていく。
***
最寄り基地まではまだ少し遠い。
ネザアスを休ませた岩場は、汚泥の気配もない安全な場所だったし、小鳥の玩具のスワロ・メイには簡単な警告ができるようだったので、何かあれば弟を起こす。
とはいえ、私が長く離れているのも危ないので、仕事は手早く済ますべきだ。
近くに廃墟やキャンプの跡があったので、何かサプリメントか代わりになるものがないか、私は探しにきたのだった。
そこは詰所の跡地のようだった。
探してみると、旧型の通信機器の類は手に入ったが、基地とそのまま交信しても信用されなさそうだ。
(困ったな)
と悩んでいると、不意に人の気配がして私は外に飛び出した。
「お、おっと! ま、待ってくれ! 敵じゃない!」
反射的に刀を握った私に、男の声が降ってきた。
「アンタ、この間基地にきてた黒騎士の子供だよな」
「白騎士か?」
「ああ」
そこにいるのは、強化兵士の白騎士らしい男だ。それでもまだ身構えていたが、男はちょっと困惑気味になった。
「いや、害意はない。隊長たちの手前、あんたらに何をすることもしてやれないんだが、見かけて気になったんで後をつけてきたんだ」
「害意がなければ良い」
私は彼を見上げた。まだ若い兵士だ。
「この間の基地にいた白騎士か?」
「ああ。あの基地は汚染が酷くなったからな。引き上げてきた。この先の基地に移動している」
「そうか」
(では、この先の基地で協力を受けることは難しそうだ)
と私は感じた。逆に捕縛されてしまうと厄介なことになるかもしれない。
彼等の黒騎士に対する憎悪も深かろうし。
と考えていると、若い白騎士が尋ねてきた。
「困りごとか? 悪いが基地の方であんた達に協力できることはなさそうだ」
彼は私の想像通りのことを告げた。
「承知している。だが、私もあなた方に協力要請しようとしているわけではないのだ。ただ、サプリメントや糧食がないかと。我々には必要なのだが不足している。余剰があれば、分けていただければありがたいが」
というと、白騎士は、ああ、と気付いたように小さなポーチを差し出してきた。それに私は見覚えがある。
「これは黒騎士に配布されている応急処置用キットだな?」
「ああ。ここいらのキャンプ跡地で見つけたんだ。中にサプリメントも一つくらい残っていたと思う。これでいいなら、使うなら使っていい」
白騎士の男は、小さなポーチを私に手渡してくれる。
「俺達には必要ねえモノだし、置いておくと、汚泥や泥の獣の餌になるから放置して置けないので拾ってきたんだ。正直持ち帰っても厄介で、持ってってくれた方が助かる」
「すまない。恩に着る」
と、私は目を瞬かせた。
「しかし、そのようなものなら、素性の知れぬ私に渡すのも禁じられているのでは? それに私が黒騎士と知っていて、なぜ親切にしてくれる?」
「まあ、隊長達はそうなんだろうな。黒騎士と名のつくものを憎んでる」
男は目を伏せた。
「でも、俺は、アンタと一緒にいたチビと似た男に世話になったことがあるからさ。まあ、本人じゃねえんだろうが。昔、どうしようもなく怖くて逃げ出したくて、みんなで消えちまおうかってなった時、一晩中話を聞いてくれたひとがいて」
と、白騎士は断りつつ、
「そいつが、あのチビとちょっと似てるんで、なんだかあんまり無碍にできなくてな。それに、狂った黒騎士はこんなふうには話せねえっていうから、お前達が敵とも思えなくてな」
男はしみじみとつぶやき、
「ただ、こんなとこ見つかったら俺が怒られちまう。俺にできるのはここまでだ。あんたらもなんか事情があるんだろう? 状況が良くなるように祈ってるぜ」
「ああ、すまなかった。ありがとう」
私はポーチを懐に押し込む。
白騎士は私からそっと離れていった。
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