3.小鳥の瞳 —文鳥—


「あにさま、鳥籠に小鳥いた!」

 そう言って見せられた小鳥の丸い目が、私をみている。

 機械仕掛けの作り物の小鳥だ。

 鳥の瞳は丸く、何も映さない。私はいささか不気味に思えたが、弟には別のものが見えるのか。

「こいつ、寂しそうだよ。ここから出してもいい?」


 最寄りとはいえ、次の基地までの道は、子供の足には遠い。

 いくら我々が疲れ知らずの強化兵士の黒騎士とはいえ、一歩が小さいからなのか、時間がかかる。もちろん、走っていくこともできなくもないが、急いでいくことの利点も少ない。

 それなもので、途中の廃屋などで物資を調達しながら進んでいる。

 一般市民の避難は終わっているが、着の身着のまま逃げたのだろう。人の住んだ形跡のある建物は、まだ人の息吹を残している。

 食料品など、まだ使えるものが残されていることがあるので、そういうものは積極的に利用するが、それにしても、子供の背丈で見る「廃屋」は、基本的に恐怖心が麻痺しがちな、強化兵士の我々にも不気味にうつるものであり、その感覚は新鮮だった。

 それは逆に私に足りなかった冒険心を、私に与えてくれてもいた。こういうのをスリルというのだろうか。


 住居の探索中、弟が可愛らしい装飾のある鳥籠を引き出してきた。

 中に機械仕掛けの文鳥が入っている。機械仕掛けのペット自体はさほど珍しいものではない。ナノマシン製のものもそれなりにいるが、機械の方がやや安価だ。この辺りは好みだった。

 ファーなどをつけてふわふわにすることも多いが、目の前にいるものは機械の外見を保っている。

「子供用のおもちゃだな。おそらく、フィンチ。文鳥型というべきだろうか」

「おもちゃ? ああ、これ、ほんとの小鳥みたいに動くの?」

「うむ」

 ペットロボットの一種で、本当の小鳥のように動くものだ。彼等に個体差はあまりないらしいし、いわゆる自我はないらしい。飼い主の求めに応じて、本物っぽく動くだけのフェイク品。が、それでも人の心を癒せるものであったらしい。

「えー、壊れちゃったのかあ。直せないかなあ」

 弟がどこかしょぼんとしている気がする。

「このままなの、かわいそうだ」

 それで、私は思い出していた。

 そうだ。弟は昔から小鳥が好きだったのだ。


***


「ははっ、そんながっつくなよ! ちゃんとみんなに餌やるからさあ」

 弟は色とりどりの小鳥に群がられていた。黄色や青のセキセイインコ。黄色やオレンジのカナリヤ。そして、黒と白の桜文鳥や真っ白な白文鳥。

 餌に群がる中で、一羽の白文鳥が弟の肩にぴったりと寄り添っていた。弟に特に懐いている個体は、確かまっしろな白文鳥だった。

 しかし、私の記憶によれば、あの小鳥は古参の小鳥で、もともとは白と黒の桜文鳥であった。一度、小鳥の汚泥汚染が疑われた際にもあの小鳥はいて、対策されたときに脱色されてしまったものらしい。それで今や真っ白になった文鳥だったが、その時に弟が献身的に世話をしたせいもあってか、特に懐いているようだ。

「名前とイメージ違っちまったけど、お前にはぴったりだ。せっかく助かったんだ。長生きしてくれよ」

 その小鳥の名前は聞き取れなかったが、弟がそういって構っているのをみたことがあった。

 弟はその文鳥に何かしらの名前をつけていたようだ。


 テーマパーク奈落は、下層ゲヘナ開拓の事業のひとつとして行われた。ここに広大なレジャー施設を作ったのは、当初、汚染のひどかったここにそれ以外の利用方法がなかったせいもあるのだ。

 そんなところに用意された動植物も、当然自然のものではなく、作り物であった。

 当初は、動物園のようなものも作られたこともある。それは、汚染など、いろんな理由で早々に廃止されていたが、景観と演出の一種として長く小鳥は残されていた。

 そこには野鳥を模したものもいたが、インコや文鳥、カナリヤもいた。

 そんな小鳥たちの世話を、弟は率先して焼いていた。

 弟、奈落のネザアスは、当初、別に動物が好きというわけでもなかったはずだ。しかし、受肉してから、好みが変わったのか、小さいものを愛するようになっていた。

 私と同じく、弟にもそもそものモデルがいた。しかし、弟はどこかしら奔放なところがあった。

『いっても、おれはおれだろ。最初のデータでも人格ちょっと違ってんだ。同じようにはならねえよ。おれは好きにやらせてもらうぜ!』

 などと言って、本当に好き勝手していた。

 元のモデルのような人格、冷酷な男を演じなければ、と、どこかで感じていた私には、弟のそのような考えは羨ましかった。

 弟は自由に振る舞う中で、自分の好みとして小鳥を愛していたようだ。

 小鳥もそんな弟に懐いていたらしく、餌やりの時などに、肩や頭に小鳥を乗せている弟を見かけることもあった。

「小鳥は可愛いよなあ」

 独り言の多い弟は、空を飛ぶ小鳥の群れをみながらつぶやいたことがある。そんな弟の方に例の白文鳥がとまって、ぴっと鳴き声をあげていた。

 私は近くで機械の点検や掃除をしていたが、聞かせるつもりはなかっただろう。

「いいよな、空も飛べるし。第一、可愛い。小さくて可愛いものに悪いもんはない。おれも、もうすこし、小さくてかわいけりゃ、なんかもうちょっとさあ」

 弟は白文鳥を指で構いながら、しみじみという。

「可愛いもんは可愛いだけで価値があるんだ。それなのに、なんでダメなんだよ。なんでそんなすぐに用済みにしちまうんだ」

 弟の声がふと沈んだ。

「必要だから作ったんだろ」

 そんな弱音のようなことを言う弟は、珍しい気がしたが、小声だったので聞き間違いかと思った。

 その白文鳥がようやく飛び立つと、弟は煙草型の吸引サプリメントをふかしながら、荒んだ様子になっていた。どこか思いつめたような顔つきをしていた。


 実は、すでに小鳥を養うことが許されなくなっていた。以前より指摘された通り、万能物質ナノマシンでできた小鳥は汚泥に汚染されてしまう可能性がある。それに対して、中央局が厳しい判断をするようになった。

 奈落の汚染度合も強く、これ以上はおいておけない、と。

 小鳥は全て破壊処分されてしまう予定だった。弟はそれを知ると、血相を変えて抗議した。

『子供の情操教育に役立っている。強化兵士になる子供の精神安定にも役立っている。そして、汚染は全くされていない。

 きっと、上層でも役に立つ。だから、せめて破壊することだけはやめてくれ。受け入れの施設はおれが探すから』

 弟は、上層アストラルの幹部にそう訴えたようだった。多忙で掛け合ってくれないのを見越した上で、創造主アマツノにも連絡を入れていた。弟が必死であちらこちらに連絡するのを、私は見ていた。

 結局、そんな彼の熱意が通じたのか、破壊措置だけは避けられ、小鳥たちは上層アストラルの福祉施設で引き受けられたようだ。

 最後の日、輸送車の鳥籠の前で弟は小鳥たちに別れを告げていた。

「うん、じゃあな、お前ら。むこうでも可愛がられるんだぜ」

 作り物の小鳥たちに、どれほどの情愛があったのかは、私にはわからないが。

 一羽の白文鳥が、網につかまって弟の方を丸い目で見ていた。弟に懐いていたあの鳥だ。

「うん。元気でな。……」

 弟は小声で名前を呼んだようだった。

「お前、また助かったんだ。長生きしろよな」

 弟は目を伏せて、黙って指を鳥籠の中に入れ小鳥の頭を撫でていた。文鳥は赤い瞼を閉じて気持ちよさそうに撫でられていた。

 弟は顔を伏せた。結局、輸送車がいってしまうまで、彼は顔をあげなかった。

 引取先を探したとはいえ、本当に小鳥たちがどうなるかはわからない。弟にも私にもそこまでの権力はないのだ。上の方針が変われば、作り物の小鳥など、すぐに消されてしまう。

 ただ、弟はできるだけのことを全てした。

 鳥かごを積んだ輸送車が去ってくのをいつまでも彼は見送っていた。

「あいつらには、可愛いだけでも価値があるのに、なぁ」

 いつでも強気な弟が、悲しげな声で呟いたのを私は覚えている。


 ***


 そんなことを思い出して、私は鳥かごから機械仕掛けの小鳥を取り出した。

 弟の瞳が心配そうに私と小鳥に注がれる。

「直せるものなら良いのだが」

 裏返してあらためてみると、羽の裏にボタンがあった。もしかしたら、電源が入っていないだけかもしれない。

 それを押してみると、ぎぎっと音を立てて小鳥が動き出す。

「あっ、動いたぞ」

 弟が言うと、機械の小鳥はぱっと翼を広げて弟の肩に飛び上がった。

「ふむ。問題なさそうだ。しかも、元からぬいぐるみのような羽毛はなくて、機械の外見を保った小鳥だったのかも。飛行機能があるな」

「かわいい!」

 弟が興奮気味に声を上げた。

 機械の小鳥は、特に自我というほどのものはなかろうが、組み込まれた通りに人に甘えて見せる。弟に懐く様子を見せていた。

「かわいいなあ。小鳥は、かわいい」

「ネザアスは、前から小鳥が好きだものな」

「うんっ!」

 弟はにこにこしつつそういうと、私をじっと見上げた。

「あにさま、こいつ、連れていっちゃダメかな?」

 ねだるようにそういう弟の頭に、小鳥が乗る。

「こんなところにいるの、かわいそうだ。さみしいよ」

 小鳥がさみしがっている。と弟は言う。しかし機械の小鳥の丸い瞳は、何の意思も感じられなかった。第一、人に求められた反応を返すだけの、意思なき機械の小鳥にさみしいという感情があるだろうか。

 作り物のニンゲンを模した私とて、どこか感情が希薄なのに。

 そんなことを考えながらも、私はふとあの時の弟の姿を思い出していた。弟は顔を上げなかったが、本当は泣いていたのではなかったか。一見、何の感情も感じられない小鳥も、彼との別れを惜しんでいたようにみえた。

「あにさま……」

 弟はどこかあきらめたような顔をした。

「うむ。つれていってもいいぞ」

「えっ、ほんとう?」

「うむ。それくらいなら構わないだろう。バッテリーの仕様をみると、光で活動量程度は発電できていそうだ。連れて行って不利益になることもない。ネザアスもその子が一緒の方が楽しいだろう」

「やった! あにさま、ありがとう! えへへっ、名前つけなきゃなー」

 弟は嬉しそうに小鳥を抱える。

「名前はなんとするのだ」

「んー、そうだなぁ。じゃあなー、スワロ・メイにする! だから、スワロ」

「えっ、スワロ? それは、燕という意味では?」

 それはどう考えても、文鳥モデルだ。何故燕なのだろう。

 ときくと、弟がふと苦笑した。

「前に飼ってたの、名前、そうだったんだぁ。つばめ違うけど、白黒で、飛ぶの早くて似てたの。だからそんな名前つけた。あいつ、なんとなく、こいつと、似てる」

 弟は、手のひらに降りてきたおもちゃの小鳥をそっと撫でた。

「おれ、お前、大事にするからなあ。スワロ」

 その小鳥は、所詮機械仕掛けのおもちゃだが、確かに可愛かった。

 そして、意思もないはずの丸い瞳が、突然、かわいらしいものに変わっていた。


 弟の言っていた、可愛いだけで価値がある、との意味が、私にも少しわかる気がした。

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