タラクサカムの綿毛

 もう少し、世界には優しさが必要だ。

 そんなことを今まで思いもしなかったが、今の私はそう思う。

 荒涼とした戦場に、たんぽぽの黄色い花だけが場違いにはびこっている。土中の穢れを肩代わりさせるためだけに作ったまがい物のそれに、優しさなどあろうはずもない。

 

 最前線の基地を抜けだし、最寄りの基地までたどり着いた私たちだったが、そこにいた強化兵士達は我々には冷たかった。 

「協力してくれとはいわない。基地の通信機器で良いので使わせてくれないか? ベースと連絡を取りたい」

 そう頼み込む私に、強化兵士である白騎士の男はつめたく首を振る。

「こんなところに子供がいるわけないだろう。ただの子供じゃないな。一体何者だ?」

「先ほども伝えたが、私と弟は本来このような少年の姿ではない。しかし、前線での激しい戦闘により負傷した際に、どうやら修復機能がおかしくなったようなのだ」

 私はそう彼等に説明した。私と弟は、最前線の基地、つまり白騎士の彼等が対応できないほど汚染された場所に派遣されていた。その最前線の基地が破壊されたことぐらい、彼らも知っているはずだ。

 しかし。

「ああ、最前線で激しい戦闘があったってのはきいている。あの基地は爆破されて音信不通だ。あの汚染具合だ、もう生存者はいない」

 白騎士はそう断言する。

「我々はその生存者だ。私と弟は強化兵士だが、白騎士ではない。中央所属の恩寵の黒騎士だ」

「なんだと、黒騎士?」

 白騎士の歩哨たちの間に軽い動揺が走った。それは予想されたことだ。

「私と弟は狂ってはいない。叛乱には加担していない。道をあけてくれないか? それがだめなら最寄りの基地の位置を……」

 そういった私に白騎士達は距離をとる。

「黒騎士がそんな姿でいるはずはない。また仮にそうだとして、叛乱したあいつらの仲間なら尚更中に入れるわけにはいかん。帰れ!」

 私はぐっと歯噛みした。

 この姿になるまでの私たちは、お前達を守るために散々戦ったというのに。そんな我々に対する報いがこれなのか?

 苛立ちから、私の奥にプログラムされている暴力衝動が頭をもたげた気がしたが、しかし一方で、私はどこか冷めていた。

 苛立ちを伝えるのはどこか馬鹿らしくなる。感情を爆発させてしまうのもおっくうだ。私は、彼等に反論せずにそこをあとにした。

 立ち去りながら、私は思わず考えた。

 こういうとき、弟ならどうするだろう。

 声を荒げて抗議をするか、それとも冷たく笑ってきつめの皮肉でもぶつけるか。

 そういえば、私は何度か白騎士とやりあう彼の姿を見たことがあった。

 

 *


「こんなところで、黒騎士が綿毛の処理とはいい身分だな」 

 いきなり作業中に声をかけられて、私はそちらに目を向けた。


 奈落の遊園地の道の片隅にたんぽぽが群生している場所がある。

 たんぽぽは生命力の強い植物だというが、ここで育っているのは人工的に似せて作られたものだ。

 たんぽぽとひまわりは、上層の土壌改良用に改造されたものが作られた。

 放射性物質を取り除くのには失敗したらしいが、少なからず黒物質ブラック・マテリアルの除去には多少役立つことが証明されており、下層ゲヘナではそれなりに使われる。しかし、汚泥に汚染されたこのような土地では、いかんせんはびこりすぎる。少量ならかわいらしいが、放置していると、一帯がたんぽぽに覆われてしまうこともままあった。

 たんぽぽについては、綿毛に少量ずつ黒物質を吸着させて飛ばすようにしている。汚泥に浸食されたため、群生させて浄化をねらった場所については、風がコントロールされており、風下で綿毛を回収していた。

 我々兄弟が派遣された下層ゲヘナの福利施設は、巨大なレジャー施設だった。そこに派遣された黒騎士は私と弟のネザアスの二人。

 前線から遠ざけられ、左遷されたその地で、私とネザアスは任務についていた。

 当初は、上層アストラルから一般客を迎えていた遊園地だったが、汚泥の脅威が強まるにつれ、将来、強化兵士となる子供たちのための慰安施設となりつつあった。

 強化兵士、つまり、白騎士になる子供たちだ。

 彼らの出自はさまざまであるが、大体が適合者の複製体であることが多かった。そして、ある一定の年齢になり、ナノマシン白騎士物質ホワイト・ナイトを投与されて白騎士になるのだ。

 そんな彼らが不安定にならないように、慰めるのがここの役目で、我々の任務だった。しかし、子供の面倒をみるのは、もっぱら弟の役目で、私は裏方の作業をすることが多かった。

 だから私は彼ら、白騎士が来訪しても、あまり顔を合わせることはなかったが、それでも時にこうして顔を合わせると、彼らとは何かと険悪な雰囲気になる。

 普段彼らと顔を合わせている弟も、幾度となく口論をしている。暴力沙汰になることはまれだが、どうも弟の話を聞く限りないわけではなかったようだ。

 黒騎士と白騎士の関係が悪いのは、今にはじまったことではなかった。

 我々、黒騎士が造られた事情には、先に作られた強化兵士である白騎士が、思ったより汚泥による汚染に弱かったことが一因だ。

 ニンゲンをベースにして、白騎士物質ホワイト・ナイトというナノマシンを投与されて作られた白騎士たちは、複製体が素材に使われるようになっても、ニンゲン由来であろう脆弱性をカバーしきれなかった。

 白物質ホワイト・マテリアルと言われるナノマシンを強化して作られた白騎士物質ホワイト・ナイトにはやはり限界があったのだ。

 そこで作られたのが、我々黒騎士だった。我々のようなフルメイドの黒騎士もいれば、複製体などを参考にして作られたものもいるが、基本的に黒騎士は実在するニンゲンをベースにしていない人工的な存在であり、白騎士と比べても、より人工的な存在だった。

 しかも我々の体に使われた黒騎士物質ブラック・ナイトとは、あの黒物質を精製して作られた上位互換のナノマシンである。

 黒物質が単純な”悪意”のプログラムと結びついて感染性を持ったものを彼等は汚泥と呼ぶ。黒騎士はそれを精製したゆえに、黒物質に対して優位に立てる。それゆえに感染しづらい体質ではあったが、本質的にそれらは同じものである。

 穢れを嫌う白騎士達が我々のその資質を疎むのも無理からぬことである。我々の登場により活躍の場を奪われ、プライドを傷つけられたこともあるのだろう。

 黒騎士と白騎士の対立は、我々が生まれた時から約束されていたようなものだ。

「なんだ、奈落の遊園地には黒騎士が派遣されていると聞いたが」

「ああ、確か、危険な任務のために派遣されてきたんだってな?」

「箒とちりとりでできる作業とは、ずいぶんな重労働だな」

 何かしらの用事で訪問してきた白騎士の隊長は、連れの白騎士ともども、綿毛回収作業中の私をそう嘲笑ったものだ。

「黒騎士がこんなところで悠長に掃除をしているとは。堕ちたものだな」 

 そんなふうに言われても、私は何も返さなさかった。正直、言い返すのは面倒だ。言いたいなら言わせておけばいい。

 しかし、風下の道に吹きだまった綿毛を掃除してしまいたい気持ちもある。道をふさぐ彼らの存在が邪魔ではあった。

 無視して掃除を進めようとしたが、そこを彼らに塞がれる。むっと私は顔を上げた。

「作業中だが」

「これが作業? 確か、ここいいるのは恩寵の黒騎士だろう。恩寵をいただいて、こんな仕事とはなあ」

 白騎士たちは虫の居所でも悪いのだろうか。やたら絡んでくる。

「さては旧型になって捨てられたのか?」

「なに?」

 その言葉には、流石に私にも湧き上がるものがあった。

「だってそうだろう。一流の黒騎士、ヤミィ・トウェルフもサーキィ・サーティンも前線で創造主と一緒に活躍中だろ。なのにこんなところでお掃除してるんだからなあ」

 しらず、箒を持つ手に力がこもる。

 私の元のモデルはどちらかというと冷酷な男。私にも、いくらかの暴力衝動はある。私にも、苛立ちはある。

 それが頭をもたげた気がした。

 この手にしている箒でこやつらを打ちのめしてしまおうか。やろうと思えば簡単にできる。

 面倒だという気持ちと同時に、不意にそんなことが頭に浮かんだときだ。

 そんな私と白騎士の間に、突然、白くてふわふわしたものが割り込んだ。たんぽぽの綿毛だ。それが白騎士の隊長にまとわりつき、彼はそれを気味悪げに払う。

「な、なんだ」

「おっと悪いな。風向きがどうもいけねえ」

 不意に粗野な物言いで、ハスキーな声が割り込んだ。

 そこにいるのは、弟である奈落のネザアスだった。

 赤っぽい長い髪を後でまとめて、右目は眼帯。衣装でなくても基本的に派手な服を着ていることが多い彼は、今日も派手な模様のある着流しだ。

 彼は左手に綿毛になったたんぽぽをたくさん持っていた。

「餓鬼どもの情操教育に使うのに人工たんぽぽ集めてたんだ。が、綿毛になっちまっててなぁー、風向きがどうも悪くてよぉー」

 風はふいてはいたが、綿毛が飛ぶほどの強さではなかった。つまり、わざとふきつけたのだ。

「悪かった、な! 許せよ」

 弟は自分が吹きつけたくせに、わざとらしく言ったのだ。

「貴様も黒騎士だな」

「おれのことはどうでもいいやな。それより、そうそう、その綿毛な。衣服につくと取れにくいんだぜ。しかも、微量だが地中の黒物質を吸い上げている。汚泥も入ってるかもな」

 弟はにやついた。

「正直、黒騎士じゃなきゃあ感染の危険があるだろ。たんぽぽつうても、てめえら白騎士には、好ましくねえだろうよ、なあ」

 ネザアスは、半ば楽しげに言った。

「だから、ここいらはこのボンクラにお掃除してもらっているわけさあ。こいつしかできねえ危険性の高い仕事だからな。でも、ボンクラでも黒騎士は黒騎士、ボンクラだけに、ふわふわの白い綿毛とアタマふわふわで白い軍服着たあんたたちの区別がつかねえんだよ」

 弟は平然とそんなことを言う。

「だから、あんまり言ってると、あんたごと掃除しちまうかもしれねえからよお、大概にしておけよ」

「貴様」

 白騎士の隊長が苛立った様子になるが、弟は、皮肉っぽく目を細めた。

「おっと、やるかい? とりあえず、おれが掃除係交代してやろうか? おれは暴力沙汰の前科ぐらいあるし、別にここで喧嘩するのは構わねえんだぜ。ちょいとペナルティくらうが、どうせ警告文一枚だ。第一、最近、暇してるしさ。たまには餓鬼の相手以外してやるのも、楽しいと思ってるんだよ」

 弟はそういって好戦的に微笑むと、目を細めて笑う。

「隊長、あの男、ネザアスですよ。BK002のユウレッド・ネザアス」

 部下の白騎士がそう隊長に耳打ちする。なるほど、好戦的な弟は自分で言う通り何度か彼らと衝突しているのだろう。

「どうするんだよ、白騎士サン?」

「ちっ!」 

 弟にすごまれて、少なからず白騎士の隊長は動揺したようだった。舌打ちしながら彼を睨むと、白騎士の隊長はそのまま引き下がった。

「ネザアス」

 彼らが見えなくなってしまった後、私は弟の方を見た。弟は、私を見返すと肩をすくめた。

「ふん、たまには言い返せよ」

 ネザアスは苛立ったように言った。

「あんな屑ども、好き勝手言わせときゃいーし、殴り飛ばすのも自由だぜ。だが、アンタなあ、溜め込んでからいきなりキレるタイプだろ。さっきだって、いきなりブチキレそうになったろ。わかるんだぞ、おれは」

 弟はそう言ってため息をついた

「それやられると、こっちも巻き添えくって迷惑なんだぜ。おれはそこそこ手加減するけど、あんた、キレると怖いからさあ。キレ慣れてないやつがキレると厄介なんだ」

 弟はそう吐き捨てるようにいうと、私に背を向けた。

「まあ、そういうことだ。面倒避けるのにまず威圧しろ。で、相手がビビらないのを確認してからキレろよ。じゃな、そこの綿毛、綺麗に回収しろよな」

 ふっと弟はもっていた綿毛をふいた。それが私の目の前をふわっと漂う。作り物のくせに、綿毛は自由を気取って風の中を舞う。

 それはほんのりと腹立たしくもあり。

 弟はそのまま私に背を向けていってしまったものだった。


 *


 収穫なしで戻ってくると待たせていた弟が、道端の花を摘んで遊んでいた。

 それはやはりたんぽぽだった。

 人工たんぽぽはこの戦場と化した荒地でもたくましく蔓延っているらしい。

 黄色い花が一面に咲き誇り、綿毛がふわふわととんでいる。

 弟は私にきづくと立ち上がった。

「あにさま、おかえりなさい。なにかあった?」

 私は、弟に手ひどく相手に拒絶されたといえなかった。

 手厚い協力はしてもらえないとは思ったが、多少は手心があると思っていた。対立していたとはいえ、ここにきてから私たちは彼らのために随分と努力したつもりだ。

 けれど、弟をここに置いて交渉に行ったのは良かった。元より、何を言われるかわからないから弟を置いていったのだ。

 弟にはとぎれとぎれの記憶しかないらしいが、それでも、白騎士にあれほど手ひどく拒絶されると、彼だって傷つくだろう。

「なんでもないよ。ここの基地は、使えるものが何も残っていない。白騎士たちにきいたが通信機器も故障しているようだ」

「そうなのか。じゃあ、次のところにいかなきゃなあ」

 そういわれて私は目を伏せた。

「でも、ネザアス、私は次の基地の位置がわからない。聞き取ろうとしたが、どうやらあちらにもわからなくなってしまっているようで……。こういう時、闇雲に歩き回るのは危険だ」

 私は弟に嘘をつく。しかし、困っているのは本当だった。

「はは、あにさま、大丈夫。おれ、目的地わかるよ」

 そして、弟はふっとたんぽぽの綿毛をふいた。綿毛が空中にふわっと踊りだす。

「ほら、ふわふわが飛んでくだろ。おれ、ひとつ、思い出した。ここも下層ゲヘナだろ。基地の周り、たんぽぽのふわふわ、集めるために風を吹かせてることがある」

「ああ。そうか、基地を守るためにたんぽぽを植えているのだったか?」

 私は頷いた。そういえば、ここでも同じことがなされているのだ。基地に穢れを近づけないために、わざと汚染させる場所を作る。そして、綿毛を一方方向にむけ、そちらに流しているのだ。

「ここ、多分、風を作ってる機械がある。だから、風上になにか施設があったはずなんだ。きっと、それ別の基地とかのはず。違うかな」

 えへ、と弟がわらう。

「ああ、そうか。この周辺の風が強いのはそういうことだったな」

「ん。そう。このふわふわの花に穢れを吸わせて風下においやってたんだよ。だから、ふわふわの飛んでいく逆をいくと、より重要な施設が何かある。な、あにさま、きっとそうだよ」

「うむ。そうかもしれない」

「はは、じゃあ、いっしょにいこう!」

 弟がそういって笑う。私は感心してうなずいた。

「なるほど。ネザアスは物知りな上に、勘がいいな。私はそこまでおもいあたらなかった」

 そういうと、弟はほほえんだ。

「へへ、あにさまに褒めてもらうと嬉しい。あ、そうだ」

 はい、とネザアスがたんぽぽをくれる。

「あにさま、お話してきてつかれてるでしょう。これ、あげる。ふわふわして楽しいし。おれたちには、これのよごれ、影響ないから楽しいよ」

 ほら、と弟がふっと綿毛を吹き付けると、風下の方に綿毛がふわふわ飛んでいった。

 受け取った私の手に触れた綿毛は柔らかく優しかった。

 私は彼の真似をして、綿毛を吹いてみた。

 つくりものの優しい綿毛は、かすかな穢れを纏い、肩代わりしながら風に遊ばれて飛んでいく。

 作り物のまがい物にも、そんな優しさはあるのだろうか。

「そうだな。ふわふわは楽しいな」

「うん。これで確かめながら、次の基地にいけるねえ」

「うん、そうだな」

 この世界も私たちも作り物でまがい物。

 けれど、そんなものでも。

 私は、まだこの作り物の世界に、このような優しさが残されていると思わなかった。


*書き出し Not恋愛書き出し/終りお題 https://shindanmaker.com/1147155 を使用*

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