第2話 ブランドンの証言

「ブランドンおじさーん!」


 両のドアを押し開け、アニスは開口一番、店主の名を呼んだ。

 その店の主はというと、カウンターに寄りかかって新聞を読みふけっていたのだが、小さな来客に、顔と太い眉を持ち上げた。


「アニスじゃないか。なんだ、お使いか?」


「ううん、お買い物じゃなくて、お話を聞きに来たんだ」


 食器や農具そのほか謎めいた置物など、丁寧な陳列とは裏腹に種々雑多な商品の中をまっすぐ進むと、アニスはブランドンの元に来た。まだ明かりを付けていない店内は、森に近い北側の立地ということもあり、窓から差し込む明かりがほんの少し心もとない。


「そりゃあもしかして幽霊のことだろうな」


 彼のずばりな予想に、「そうそれ」とアニスも頷き、身をぐっと乗り出した。


「うわさ自体はもうルーから教えてもらったんだけど、もっと詳しいことが聞けたらいいなと思って」


「ふむふむ」


 ブランドンは新聞をきちんと畳むと、カウンターの隅に置いて、鼻の下に伸びる黒いひげをそっとなぞった。


「あの日も酒を飲んだ帰りだったもんだから、みんなの言う通り、俺の勘違いというのがオチだとは思うが……それにしても、やっぱり妙だった」


「何が?」


「幻にしては、やけに現実的に感じたのさ」


 抽象的な物言いにアニスは素直に首をかしげた。ブランドンも彼女の解せない表情を察したものだから、ちょっと腕を組んで、別の言葉を探した。


「うーむ……そうだ。アニス、煙のないところに火は立たないって言うだろう?」


「うん」


「俺の見た幻が"火"とする。すると、"煙"があるはずだな?」


「"煙"になるような現実の何かが、お墓にいたってこと?」


「そういうことだ」


 彼女の引き出した答えに、ブランドンは満足そうに頷いた。


「なるほど。夜のお墓ね……」


 その答えを得て、アニスは小さく呟く。空想が飛躍して、彼女の頭の中では、既に夜のお墓に向かい、白っぽい影のような"何か"と出会うイメージが出来ていた。

 そんなアニスの様子が、傍目はためにもどんなことを考えているか明らかだったので、ブランドンおじさんは小さく溜め息をついた。


「お前さん、墓地に行こうとしているだろ」


「えっ!? そ、そんなことないよぉ」


「相変わらず分かりやすいな……ともかく、夜の墓地なんて興味本位で行く場所じゃない。ましてや子供ならなおさらだ」


「もし仮に、そいつがシィクザール様の元に辿り着けなかった哀れな魂だとしたら、お前さんも呪われちまう。だから、あくまで話は話として楽しむもんだ。いいな?」


「……わかった」


 彼の忠告は至極まっとうであったから、アニスもその場はおとなしく引き下がるほかなかった。ブランドンは彼女のしょげた顔を見て、これであれば、自分の言葉が効いたものと思った。


「よし。じゃあ、代わりといっちゃなんだがこれをやろう。手を出しな」


 そう言われ、柔らかく小さな両の手のひらが差し出される。

 ブランドンは背後の戸棚から、丁寧に包装された丸いキャンディーを二個取り出し、アニスの手のひらに落とした。 


「いいの? もらっちゃって」


「ふだん買い物に来てくれるオマケみたいなもんだ。気にするな」


「あ、ありがとう!」


 アニスはお礼を言うと、上着のポケットへ、大事にキャンディーをしまいこんだ。


「これで用事は終わりかね?」


「うん」


「そうか。そろそろ日が暮れのが早くなるからな。気を付けて帰れよ」


「はーい」


 アニスはきびすを返すと、雑貨屋の扉を片方だけ控えめに開ける。

 店を出る間際、ブランドンに振り返って言った。


「次はちゃんと買い物に来るからねっ」


「はいよ」


 ブランドンは短く返して、少女を見送る。

 戸が閉じられ、扉に取り付けたベルがからんからんと音を鳴らした。

 店主はふたたび、脇によけた新聞を読み始めるのだった。

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