第5話 自己紹介は命取り

 入学式という一大イベントは特に何もなく終わった。


 第一印象が大切だと思って挨拶の練習したら、怖い人に絡まれて散々な目にあったが。

 結局挨拶できる暇はなく今に至る。


 まだ同じクラスの知らない人たちと一切喋ってないが、多分やばい奴だと思われてるんだろう。

 さっきからグサグサ視線が刺さってる。


 一番後ろで窓際の席なのが唯一の救いだ。

 

「ねぇねぇねぇねぇ」


 隣から親しい仲のような距離感で話しかけてきたのは、校門で怖い人の後頭部をバックで思いっきり叩いた小野絵里香さん。


 ついさっきクジ引きで席替えをした結果、偶然俺たちは隣の席になったのだ。


「私達なんかすごい周りから見られてるんだけど、なんかしちゃったのかな?」


「……入学早々、先輩の頭をバックで叩いて生徒指導室に呼び出されたってなれば注目を浴びるんじゃないかな」


「た、たしかにっ! 先生に言い詰められたときもそうだったけど、冷静ですごいねぇ〜。なにかしてるの?」


「別に特別なことは何も……。喫茶店のバイトくらいしか」


「ふーん。もうバイトしてるってすごい!」


 雲ひとつない晴天のように明るい笑顔が向けられた。


 小野さんは純粋にすごいと思ったんだろうけど、やばい奴を見る視線の他に嫉妬の視線も感じるようになった。


 まだ俺の高校生活はこれからだと言うのに、すでにこのクラスでの立ち位置が決まり始めてる気がする……。

 

「あっそういえばまだ自己紹介してなかったよね。……私は小野絵里香。君は?」


「お」


「お?」


 危ない危ない。この前名乗った方が出そうになった。


「俺は福山佳樹」


「福山くん佳樹くん……。うん。佳樹くんの方がしっくり来るから下の名前で呼んでもいーい?」


「お、お好きにどうぞ」


 まさか友達ができる前に、同級生の異性から下の名前で呼ばれるという夢にまで見たことが実現するとは思ってもなかった。


「あっ! その口調、もしかしてバイトしてるアピール? 佳樹くん意外と自分のキャラ付け抜かりないねぇ〜」


「別に今のはキャラ付けじゃないんだけど……」


「ん? なんか言った?」


「あ、いやっ別に」

 

 その後何度も小野さんに喋りかけるタイミングはあったものの。


 陰キャな俺が出てきたせいで口を閉ざしてしまい、学校で友達を作ることさえできずに終わってしまった。



 ⬜⬜



 今日は入学式の後にレクリエーションが少しあり、午前いっぱいで下校なので午後はバイトを入れてある。 


「はぁ」


 電車の中に全然人がいないのもあって、溜まりに溜まったため息が出てしまった。


 高校生初日。全然思い通りにいかなかった。

 まさかあの小野さんが同じ高校で、同じクラスで、隣の席になるなんて誰が想像できたんだろう。

 

 まずは小野さんに下の名前で呼ばれても、ある程度ちゃんと会話できるようになりたいな……。


「あれ?」

 

 隣の車両に小野さんが座っているのが見えた。 


「なんで」


 なんでいるんだろう? 

 もしかして電車間違えたのかな?


 俺はそう思い、小野さんがいる車両へのドアを開けようとしたが。

 

「王子さんに会えるっ王子さんに会えるっ王子さんに会えるっ」


 今一番聞きたくなかった言葉が聞こえてきて、バレないようにスッと元いた場所に戻り。


「よし」


 きっと未来の自分がなんとかするだろう、と投げやりなことを考えながらアニメを見始めた。

 

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