第3話 紳士な王子様
「やめろっ!!」
俺の渾身の一撃はクリティカルヒットし、中年男性が白目を剥き地面に倒れ込んだ。
「っ!」
すぐさま地面に落ちたナイフを回収し、立ち上がって襲ってくるかもしれないので身構えたが。
中年男性はすでに気絶していて、立ち上がることはなかった。
「ふぅ」
「ひゃっ!」
一息つき女性に目を向けると、悲鳴を上げながら地面に座り込んでしまった。
怯えるように体を震わせ、俺を見上げている。
「えっと」
「やめて……やめて……やめてください……」
きっと気が動転してて、俺のことをさっきの中年男性と同類と勘違いしてるんだろう。
「大丈夫。大丈夫だから」
優しく声をかけながらしゃがんで目線を合わせるが、まだ女性は取り乱して泣いている。
これだけじゃ足りないんだ。なにか言わないと。
この女性を安心させることができるなにかを。
「俺はただこの近くを通ってて、君の声が聞こえたから助けに来たんだ。辛い思いをしたよね。遅くなってごめん」
口から咄嗟に出てきた言葉は、王子様の言葉だった。
「たす、け」
「あぁ、助けだ。君の声のお陰で助けに来れたんだよ」
俺の言葉に耳を傾けてくれた女性は、無言で気絶した中年男性のことを見て。
「うっうっ……ありがとぉごじゃいましゅぅ」
更に涙が止まらなくなった。
⬜⬜
あれから警察に通報して、俺は事情聴取をすることになった。
中年男性が気絶してるんだ。事によっては、俺のほうが有罪になる可能性がある。
……そんな長い長い圧迫感があった事情聴取も、たまたま近所の防犯カメラに一部始終が映っていたのが確認され解放された。
夕焼けだった空はすっかり真っ暗。
中年男性に襲われていた女性は、あれからどうなったんだろう?
少しは元気になってるといいな。
そう願い、家の扉を開けようとしたが。
「あ」
自分がまだ王子様の衣装を着たままだったのを思い出し、手から力が抜けた。
こんな恥ずかしい姿、家族に見せる訳にはいかない。
喫茶店で着替えないと。
家から喫茶店までは徒歩10分程度の距離にあるのですぐ着く。
今度はしっかり人通りがあり、車通りもある大通りを歩き喫茶店に向かった。
「あれ」
喫茶店の扉の前。そこに1人の女性がいた。
たしかあの人は俺が助けた人だ。
「あのーすいません。この喫茶店、営業時間外なんですけど」
「あなたはっ!!」
「……ども」
女性はキラキラした瞳を向け、恥ずかしくなった俺に構うことなく一歩踏み出し、右手を両手で優しく包み込んできた。
「助けて頂きありがとうございました」
「ど、どういたしまして」
今は王子様の格好をしてるけど、バイト時間外なので陰キャな俺が出てきてる。
素っ気ない言葉だったけど美少女に迫られている中、我ながらちゃんとした返しができた。
この女性が喫茶店の扉の前にいたのは、十中八九俺を待ってたんだろう。
助けたときみたいな紳士な王子様じゃなくて申し訳なくなってきた……。
「あのっ! お名前伺ってもいいですか?」
女性の目はきゅっと閉じ、頬は火照ってる。
「…………」
この女性が助けられたとき見ていたのは俺じゃなく、演じてた王子様の方。
本名なんておこがましいよな。
「王子です」
「わっ私は
女性、小野さんは早口で俺に一言も言わせることなく、逃げるように走って去った。
早すぎて最初と最後の方しか聞き取れなかったけど、興奮してるのはわかる。
「ふぅ」
普段から早口なお客様の言葉を聞いてるから慣れてるけど、今日は流石に疲れが溜まってるのかもしれない。
とっとと王子様の衣装から着替えて、家に帰って疲れを癒やさないとな。
このとき俺はまさか、喫茶店以外で運命的な再会をするとは思ってもなかった。
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