第2話 売り込み営業
「えーと。この先の路地を右に曲がったところにある喫茶店、よかったら来ませんかぁー? たまにお、王子様がいるぜ、ぜっ!」
「………………」
「でさぁ〜この前の服……」
「ワン! ワン! ワン! ワン! ワン!」
「こ、こらっ! うちのポチがお仕事中申し訳ありません……」
「あっいえ。こちらこそ変なポーズ取って、王子様を演じて売り込みしてごめんない」
初めての売り込み営業。
まだ外に出て10分程度で誰とも喋ってないが、早くも帰りたくて仕方ない。
柴先輩に言われた通り、おちゃらけた感じを出してからかっこいい王子様を演じてるけど、今のところ犬しか反応してないのはどうにかしてる。
「はぁ」
この売り込み営業、ノルマで5人以上喫茶店に案内しないといけないんだけど……。
無理じゃんこんなの。
いくら3月下旬で俺みたいに学生が暇なときだと言っても、夕方に意味もなくフラフラしてる人なんているわけない。
「ははっ。なにあの人、コスプレしてるんですけどぉ〜!」
「ちょやめなって。あの王子様みたいな痛い格好してる人だって本気なんだからさ。………ぷぷっ」
もうやだ。
ただ看板を持って立ってるだけなのに、カシャカシャカシャカシャ撮られながら笑われてるんですけど。
俺には売り込み営業は無理だ。
バイトには全部全力で取り組んでるけど、今回ばかりは先に王子様を演じて鍛えられた鋼の心が壊れちゃう。
「やめだやめ」
大きくため息を吐ながら、人気のない道を歩き喫茶店に戻っていたそのときだった。
「やめてっ、やめてください! 誰か……」
薄暗い路地裏の方から、女性の助けを求める声が聞こえてきた。
周りには俺以外誰もいない。つまりこの女性の声に駆けつけることができるのは、俺しかいないのだ。
そう思った瞬間。
反射的に足が動き、その路地裏を覗き込んでいた。
「黙れッ! こんなところ、誰も助けに来ちゃくれねぇ……。早く俺様に心も体も開きやがれ!」
「私が。私があなたに何をしたって言うんです」
「あぁん? てめぇ俺様のこと惨めな男を見る目で見てきただろうが!!」
「見てません……やめて……」
小太りした中年男性が、俺と同じくらいの年齢の女性を壁に追いやり睨みつけている。
女性が一つ言葉を間違えたら、何もかも終わる空気。
こんな状況、見過ごせるわけない。
と、とりあえず110番に電話しとかないと……。
「舐めんじゃねぇぞッ!!」
スマホを取り出そうとしたが、俺の目にキラリと太陽の光を反射する尖った物が目に入り、手が止まった。
「やめてください……」
中年男性の左手に持つのはナイフ。その先端は女性に向けられている。
「っ」
警察が駆けつけてくれれば、どうにかなる。
でもそれは通報してからどれくらい経ってからなんだ?
1分でも遅いくらいだ。
今すぐ助けられるのは俺だけ。
ナイフを振りかざす中年男性は今、女性に夢中で確実に大きな一撃を狙える位置にいる。
やるなら、今しかない。
「やめろっ!!」
俺は中年男性の背後へ走り、手に持っていた看板を頭に叩きつけた。
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