7.中田 朔の真実
7-1◆中田 朔の真実
採点の終わった解答用紙から目を上げて、壁に掛かった時計に目を
あとはデータ編集と分析作業なので、PCを自宅に持ち帰ってやっても良い。それに夕飯を食べたい。解答用紙を
教師はどれだけ残業しても、月あたり約八時間程度の残業代しか支払われない。個人のやりがいに依存する仕事だ。授業準備や試験対応、行事に関する雑務や部活、生徒の指導など全て含めると月八時間の残業で終わることはない。五十時間超が普通だ。時期によっては倍になる。
「中田先生、早いですね。持ち帰りですか?」
カバンを持って立ち上がると、斜め向かいの席に座って作業していた佐竹先生が声を掛けて来た。
「はい……メシ食いに行きたいんで。佐竹先生はまだここで?」
「僕も持ち帰りたいんだけど、まだ子供が小さくて……。家じゃあ集中できないんですよね。……そういえば、
佐竹先生が眉を寄せてこちらを見上げ、
「はぁ……まだ連絡がつかないみたいで……。また何か、事件に巻き込まれてなければ良いんですけど」
佐竹先生は、うんうんと
「中田先生は人がいいなぁ……きっと男の家にでも上がり込んで、
「内海先生も同じようなこと仰ってましたよ……。悪い子ではないと思うんですけどね」
お疲れ様ですと言って頭を下げて、職員室を後にした。校舎を出て車に向かっていると、スマホが振動し始める。胸ポケットから取り出して画面を見ると、渡会からの着信だった。周囲を確認して、急いで通話をタップする。
「……はい」
「先生……。あのっ……今すぐ会って話がしたいです。できれば、誰にも邪魔されないところで」
いきなりこんなことを言ってくるとは、何か
「どうした? 何か、あった?」
いや、父親と会ったのかもしれない。その報告か? けれど急ぐ理由が分からない。
「確かめたいことが……あります」
どちらにせよ、あまり良くない話のようだ。声の緊張感から、それが伝わる。
「今じゃなきゃ、だめ? 今から家に帰るとこなんだけど」
悪い話は先延ばしにしたがる。自分でもわかっているから、普段気を付けているのだが、ふと口をついて出てしまった。
「はい……できるなら今。あの、私……先生の家が良いです。その……話をする場所……」
彼女の声の後ろで、微かに駅のアナウンスが聞こえた。
「今、どこにいるの?」
「えっと、
家まで来て話がしたい、とはどういう意味があるのだろうか。誰にも聞かれたくないだけならば、車中で話せば良い。場所に意味があるのだろうか?
「帰り道だから、拾って行く。噴水のとこで待ってて」
一線を越える申し出だと分かっている。だが俺も彼女に会いたかった。
駅のロータリーに入ると、噴水の間からこちらに歩み寄る姿が見えた。車を停めると窓ガラス越しに頭を下げて、迷いなく乗り込んで来る。制服ではなかった。
「すいません。無理なお願いして」
彼女は、こちらを真直ぐに見つめて、開口一番に謝る。
「もしかして、誰かと会ってた?」
オーバーサイズのボタンダウンシャツに細身のパンツという、ラフ過ぎない格好から、それなりに気を遣う人に会ったのかもしれない。例えば、五年ぶりに会う父親とか。
「はい……」
目線を下に落として、バックパックを抱きしめたまま、言葉を
「本当に、俺の家まで来る? このまま
「いいえ、先生の……家に連れて行ってください」
何故ここで確かめないのだろうか。家に来る意図は何だろう。
「今、話したら? 車の中でも同じだろ?」
「私が家に行くと、やっぱり困りますか……?」
「いや、良くはないだろ? 一般的に」
目線を上げて、彼女がこちらを見返す。その表情から、俺に関する新しい情報を持っていることが想像できる。観察者の目だ。
「今までも、良くないと思っていても、私のお願いを聞いてくれましたよね。こんな無茶なこと言うのは、これきりです」
そう言って少し頭を下げる。灯台で、自分が彼女にしたことを思い出す。純粋に俺を信じて気持ちを向けてくる彼女を、手放したくないと思った。
二人だけで一緒に居れば、また欲が出て気持ちを押し付けるような真似をしてしまうかもしれない。断るべきだと、分かっている。だが、彼女の言葉に
「……わかった。ウチで話が終わったら、すぐに渡会の家に送って行く」
ギアをドライブに入れながら、夕飯のことをすっかり忘れていたと気づいた。仕方がない、彼女を送り届けるまでは、もう
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