5.須藤 優亜の願い

5-1◆須藤 優亜の願い

 停学三日が終わった。前は謹慎きんしんだったから、停学は初めて。だけど今回は梨花りかも一緒だから、前の謹慎よりも気持ちは軽い。土日と停学で、五日ぶりに会う梨花よりもずっと気になっていたことがある。


 ワタライさん。休みの間SNSをチェックしまくって分かったことは、あたしらのグループとは接点がまるでないということ。そもそも投稿もしてなさそうだ。


 いつもより一本早い電車に乗ってしまったせいで、早く学校についてしまった。ワタライさんは、もう学校に来ているのだろうか。結局、文系の三組で色素が薄い感じ、ということしかわかってない。


 カバンを机の横に掛けると、足早に文系クラスの方へ向かう。各クラスとも黒板横の掲示板にクラス名簿が貼ってある。まずは名前をちゃんと知りたい。


 敵の情報は少しでも多い方が良い。その言葉がふと頭に浮かんだ。あたしは知りもしない彼女の事を敵と考えているのだろうか……。三組に侵入して、名簿を見る。「矢田勉」の下に「度会楓」とある。ワタライさんは、度会さんなのか。


「難しい読み方…、なんか頭良さそう」

 振り返ると、半分くらいはもう席に着いている。この中に度会さんはいるのだろうか。文系クラスはほとんど女子だが、あたしより可愛い子なんて、一人も見当たらない。


 一人、一緒に遊んだことのある子を見つけた。ダークブラウンにイエロー系ハイライトのツーブロック。目立つので良く覚えている。


「ハル、ひさしぶりー。覚えてる? 去年の夏フェス一緒だった……」

「あ、優亜でしょ? 覚えてるよ。またオレらと遊び行きたくなった?」

 ハルはニヤリと笑いながら目にかかった前髪を指で払いのける。


「うーん、それもあるけど……。ちょっと聞きたいことがあってさぁ」

「マジ? オレたぶん登録してると思うんだけど…連絡回すわ」

 ハルはスマホを取り出してアプリを立ち上げる。

「たぶんしてるよ……。ね、度会さんってこのクラスでしょ?」


 待ち切れず、先に本題に切り込む。

「え、あぁ。まあそうだけど。度会誘えってこと? あいつあんま、騒ぐタイプじゃないよ?……まだ、来てないかな……」

 ハルは教室の中を見回すと、今にも声に出して度会さんが居るか、聞きそうな素振りを見せるので慌てて話を続ける。


「違う。ちょっとどんな子か知りたくて。大人しい子?」

 ハルは上を見て、何か思い出している仕草をする。

「いや、接点ないから分かんないけど。ま、フツーじゃね? あんま目立たないし」

 情報ゼロ。どうやらあたしの知り合いとは、接点のない人種らしい。



 昼休みになって、再び三組に行ったが度会さんの姿はない。入口近くの女子に情報を求めると、お昼は中庭にいることが多いと教えてくれた。やはり中庭で見た髪の長い子が、度会さんだったのか。外廊下そとろうかに回って、中庭を見下ろす。ここは二階なので、一応顔は判別できる。だが、中庭でお昼を取る人はかなり多かった。どれか分からない。


 当たり前だ、顔を知らないのだから。梨花にはあまり知られたくなかったが、教室でクリームパンをくわえている梨花を引張って来る。


「梨花、どれ? どれが度会さん?」

「ちょっと、何? 優亜、まだ続いてんの? 度会ブーム……。やっぱ、あの後中田と何か……?」


 梨花がにやにや笑いながら、あたしの頬を人差し指でつつく。

「もう、何もない。いいからどれ?」

 梨花の肩を引き寄せて、一緒に廊下からのぞきこむ。あたしは梨花の肩を揺さぶりながら早く、早くと急かす。

「まったく……ちょっと、静かにして。待って、えっと……あっ!」

「ど、どれ?」

 思わず身を乗り出す。危うくバランスを崩しそうになる。


「ほら、あれ。黒髪のツインテと、ブラウン系ストレートの二人見える? ブラウンの方、あれが度会さんだよ」

 カラーを入れているというよりは、もとから色が薄い感じの髪色。長さは肩くらい。日差しが当たって頭に虹色の輪っかが出来ている。遠めに見ると、中の上って感じだ。

「こっち向かないかな? 顔分かんないよ」

 あたしの様子を見て、梨花が笑い出す。


「優亜、気になるんだ? 度会さんが自分よりカワイイか」

 確かに、それを確かめたくて探している。無言で梨花をにらむ。

「ちょっ、優亜。中田、中田だよ」

 梨花が声をひそめてブレザーを引張る。中田と度会さんが何か言葉を交わしている。最後に度会さんが頷くと、中田はさっさといなくなる。


「気になってるんだー。優亜に落とせない男がいるなんて、気になるよねー」

 梨花があたしの頬を再び指先でつつく。その指を掴んでじろりと梨花を見返す。梨花はそれでもまだにやけている。

「違うよ。むかついてんの。あたしに説教かましたんだよ」


「それで、ときめいたわけだ。確かに、交番来た時の前髪下ろしてるバージョン! アレ良かったかも」

「うん……。いや、違くて。梨花、一緒に一階行かない?」

「行かない。まだパン食べてないから」

 梨花は、手に持ったクリームパンに再びかじり付く。そのまま背を向けて、教室に向けて歩き出した。が、途中で足を止めて振り返る。


「あ、優亜。反省文出した? 今日中だって。ちなみに梨花は、さっき出したから」

「え? 今週中じゃなくて?」


 A4のレポート用紙三枚の反省文課題が、停学の宣言を受けた時に出ていた。今週末までの提出だと思っていたので、一文字も書いていない。六限目が終わってから書くしかない。顔はよく見えなかったが度会さんを確認できて安心したのか、急にお腹が空いてきた。三階の購買へと足が自然に向かっていた。




 授業が全部終わった後で学校に残って課題をやるなんて、高一の秋以来かもしれない。

「まあ、こんなもんでいいか……」

 なんとか反省文が形になった。時計を見るともうすぐ五時半だ。さっさと中田に提出して今日は大人しく帰ろう。職員室を覗くと、中田の姿はない。すでに帰ったのだろうか?


「須藤、反省文の提出か?」

 振り返ると後ろに中田が立っていた。どこかから戻ってきたようだ。

「そう。はい、これ」

 顔を見ると交番での事を思い出して、少し気まずい。つい棘のある言い方になる。中田は受け取ると三枚目までめくって確認してから、真直ぐ家に帰れよと言って、あたしを見る。いつもと変わらない様に見える。


「停学あけから遊ぶとか、思ってるんだ?」

 中田は挑発には乗らない、といった様子で少し笑うと、職員室に入るためにあたしの横を通り抜けようとする。

「ねぇ、……待って」

 考えるより先に言葉が出てしまった。別に呼び止める理由はない。中田が振り返ってこちらを見る。


「ちょっと…話したいこと、あるんだけど」

 あたしの言葉をスルーした、それが何だか気に食わない。


「今からは、ちょっとな……。明日でもいいか?」

 中田が申し訳なさそうに眉を寄せる。

「え……あ、別に良いけど」


「じゃあ、明日の昼休みに、ここに来てもらってもいいかな」

 あたしの出まかせに、まともに応えるなんて。うざがられると思ってた。


「分かった。じゃ、明日ね」

 くるりと回って廊下を抜ける、一気に階段を下りる。外はまだ明るい。早く家に帰ろう。

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