4-5◆渡会 楓の願い
明治時代に建てられた灯台の意味を、私は分かっていなかった。エレベーターもエスカレーターもエアコンもない時代に、建てられたということだったのだ。急な
「狭いし急だし。今日、人ほぼ居なくて良かったな。すれ違うのギリだなこれ」
先生が私の後ろから声を掛ける。このサンダルだと足を踏み外しそうで怖いから、先に上れと言ってくれた。さっき二組とすれ違ったが、お互いに少し体を寄せないと、ぶつかりそうだった。
「昔の人って…すごいですよね……。あ、もう少しで…到着するかも……」
残りの段数を教えてくれる看板が、壁に貼り付けてあった。もうこれでラストだと思って見上げると、最後のところは、ほぼ垂直なんじゃないかと思えるような鉄階段になっている。この階段を上ると、外に出て
「えっ、
「大丈夫です。行けます」
ここまで来て外に出ないという選択肢はない。ロープを
「うわ! これは登って良かったな……。ちょっと、ぐるっと回ろう」
先生は私の肩を後ろから両手で持って進行方向に向ける。灯台の円周にぐるりとある展望部分を、一周歩こうということだ。ゆっくりと歩きながら、周りの景色を見る。青と
「やっぱ日本海側が、一番遠くまで見えて良いな」
柵の方に一歩寄って、手をかけて下を覗き込む。下にも人は誰もいない。下を覗くと、足元がふわふわするようで、鼓動が早まる。もう見ないほうが良さそうだ。顔を上げて海の方を見る。青い空を真横に横切って、水平線がどこまでも広く伸びている。終わりがない。
「すごい……海と空しかない」
先生の距離と、高さにも慣れて、心臓は落ち着きを取り戻してきた。深く息を吸い込んで目を
「さっきの、事故の話……
頭のすぐ後ろから、声が聞こえる。落ち着いたはずの心臓が、また速くなる。
「え?」
先生の言葉の意図が分からない。どちらのせいか、そんなことをはっきりと聞いてきた人はいない。
「わ、わからないです……。わからないから、何を言われても言い返せない、今も……」
「それはつまり、言い返したいってことだ。父親は悪くない、
そうなのだろうか。父のことは責められない、という気持ちはある。けど、私は自分のために、言い返したいと思っているだけな気がする。
もしも事故が起きなかったら……どうして事故が起きてしまったんだろう……誰が悪いのか、そんなことは無限に近いくらい考えた。けど考えても、得られるものは何もなかった。
誰かのせいにしたくて、父と話したいわけではない。
「庇いたいわけじゃないと、思います……。事故は事実だし。誰か一人だけを責めても、何も戻らないし……」
「……こんなこと考えても、しょうもないか。ごめん、ひどい質問だった」
私の頭をぽんと叩いて、先生が離れる。表情が分からないけど、寂しそうな声だった。いつもと全然違っていて、先生じゃないみたいだ。先生はもう歩き出しているので、背中を追いかける。今度は先生が先に階段を降りていく。
先生はやっぱり、加害者の父にあまり良い感情を持ってない。もしかしたら私に対しても。聞くのは怖くてできないけど、そんな気がした。ぐるぐると廻りながら地上へ降りて灯台を出ても、先生はそのまま歩き続ける。私は先生の後ろを付いていく。
「先生、どこに行くんですか?」
先生の足がぴたりと止まって、私の方を振り返った。
「うん……そろそろ、帰ろうか。結構遠くまで来たから。日が暮れないうちに帰らないと、
「え?……まだ、もう少しだけ」
帰りたくない。もう少しここに居る時間はある
「そんなこと言ってないで、帰るよ。若者は元気だな」
先生はちょっと困ったな、という感じで笑う。若者だなんて言い方、まるで線を引かれたみたいだ。そのラインを越えたいのに。全然追いつけない。私は
「やだ」
思っていることは色々あるのに、これしか出てこなかった。先生は近づいて、俯いた私を
「ごめんな。また今度、祥子さんにでも連れてきてもらうと良いよ。そうすれば、夕暮れまで居れるから、今日は我慢して?」
言葉より先に、身体が動いた。両腕で先生の首にしがみつく。やっぱり父のことを話すのは早すぎたのだろうか。先生は、私と距離を取ろうとしている。被害者ぶってる私に幻滅したのかもしれない。
「私のこと、嫌いにならないで……」
先生は何も答えず、私の手を解くこともせず、じっとしている。呆れて怒る気にもなれないのかも。先生を困らせることをして、やっぱり私は子供じみていると嫌になる。手を離して、謝ろう。首にかけた腕を外して、身体を離す。ごめんなさいを言い終わらないうちに、先生の腕が私を抱き寄せた。身動きができないほどに、しっかりと腕の中に包まれている。
「嫌いなわけない……。そんなことされると、帰るのが惜しくなる」
私の頭に頬を寄せて、先生が呟く。心臓がうるさい。もっと近づきたくて、先生のTシャツを
「どうして、早く帰るんですか……?」
「怖くなった。渡会を傷つけそうで」
早く帰ろうと言われたことに、むしろ傷ついている。
「一緒にいても、傷つきません。何が……怖いんですか?」
肩に頭を
「自分が……」
首筋に先生の唇が触れる。柔らかくて熱い。ゆっくりと下に下がって、首の付け根あたりで止まると、更に深く唇が押し付けられる。思わず息を吐くと、一緒に
「ごめん……、怖かったね。一緒にいるだけってことが、苦しいんだよ」
唇が離れた後もまだ熱い。私はもしかしたら、先生の引いたラインを越えそうだから、帰ろうと言われたのだろうか。ずっと追い超せないと思っていたけど、もう手が届いているのかもしれない。けど、そのラインの向こうでどうすればいいのか分からない。
「全然……怖くないです。でも今日は……先生の言うこと、聞いてあげます」
先生は少し笑うと、親指で私の
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