4-4◆渡会 楓の願い
海沿いの道を、水族館に行った時とは逆方向にずっと走っている。今日の道は私の知らない道だ。両親がいた時も、
また昨日、メッセージが届いた。差出人は前と同じ番号。内容は、『真実を知っているのか?』『自殺ではない、嘘つきの娘は嘘つき』『名前を変えて逃げるな』。
父のこともだが、私や家族について、全く
それでも、私の言うことの方を正しいと思ってくれるかは不明だ。当事者でも何でもない誰かから、私や父の身に起きたことを、憶測や嘘を交えて、先生の耳に入れられたら……。私が後から訂正しても、本当に信じてくれるのだろうか。今更何のために、こんなことを送ってくるのか、色々と考えて夜眠れなかった。おかげで今少し眠い。
「あの……どこに向かってるんですか?」
「うーん、特に決めてない。どこかに行くのが目的じゃないから。車走らせてるほうが、話やすいかなと思って。それとも、どこか寄りたい?」
会って欲しいとお願いするときに、話を聞いてくれると言ったことは、まだ有効かと聞いたから、先生は私の話を聞いてくれるつもりでいる。
「すいません、私……先生の優しさに甘えてて」
ただ私のために、時間を使ってくれている、それが馬鹿みたいに嬉しい。学校外で会うことは、先生にとってリスクしかない
「何かあった?」
「私は、その……本当は、嘘つきなんです」
「え? どうした……。誰だって生きてれば、嘘くらいつくよ」
「……例えば、会って欲しいって言ったのは、ただ一緒にいたかっただけって言ったら、やっぱり嘘つきですよね?」
驚いたり、怒ったりするかと思っていたが、先生は前を見たまま少し笑った。
「いいよ、別に。俺もこっちの方まで
先生は私に下心があるとすら思ってない。悩みを話すことが、怖くなったと思ってる。
「別に、話すのが怖くなったから、言い訳してるんじゃないです。私は―」
本当に一緒に居たいだけで、と言おうとしたら、お腹が大きな音でぐぅぅと鳴った。
「あ、そうか。腹が減ってるんだな? 適当にどこか入るか」
「……はい」
朝ごはんも食べて来たのにと思って、時計を見るとちょうど十二時になっていた。お昼になったらお腹が鳴るなんて、まるで子供だ。
「あれ、背伸びたか?」
隣に並んだ私を、先生が不思議そうに見る。いつもは横に立って先生の方を向くと、と肩や首が目線に入るのだが、プラス五センチの効果で鼻と口が目線に入る。
「今日だけ、五センチ伸びてます」
先生は私の足元を見ると、少し困ったような表情で笑う。
「あぁ、なるほど。転ばないように気を付けてね」
「ここ、絶対ハンバーグ美味しいですよ!」
私の様子を見て、今度は面白そうに笑った。
洋食屋の店員さんが、この道の先に灯台があることを教えてくれた。橋を渡った先の島にあるらしい。橋は有名なので、名前は聞いたことはある。灯台は明治に建てられた文化財で、灯台付近の海岸は、夕暮れの景色が人気ということだった。この時季、今の時間帯はあまり人がいないから、邪魔されず景色が楽しめると言っていた。車で三〇分程度だったので、今日はそこを目的地にしようと決めた。
日が暮れるまでいたら帰りが遅くなるので、長居はできない。けれど目的地ができて嬉しくて、車に乗って、先生の横顔を見ていた筈なんだけど。気が付くと車は停止していて、目の前に海が見える。
「起きた?」
先生はノートPCから目を離して私を見る。運転席で何か仕事をしていたみたいだ。
「……え? 私、もしかして……寝てました?」
「うん。もう着いてるけど、もう少し休む?」
「いえ、休みません! すいません、私寝るつもりじゃ……」
せっかくの一緒の時間を、無駄にしてしまった。昨日、寝れなかったせいだ。
「ご飯食べたら、眠くなるもんだよ」
「違います、そんな子供みたいな……。寝不足で……」
両手で顔を
「いや、生理現象に大人も子供もないよ。じゃあ、寝れるくらい安心してたってことで」
どうにも空回ってばかりだ。気持ちを切り替えなければ。
「灯台はすぐ左だけど、海もうちょっと近くで見たくない? まっすぐ行くと海に近づけそうだから、道路渡ってぐるっと
先生が指をさした左側を見ると、灯台は直ぐ近くにあった。確かに、海の色がここから見てもわかるくらい綺麗なので、海の方に行ってみたい。私も海近くで見たいです、と言って
「寝不足って、大丈夫か? 塾の課題とか残ってるなら、早めに切り上げるよ」
「課題とか、全然ないです。昨日ちょっと色々考えごとしてて……。それで眠れなくて」
夜、考えていたことを思い出す。あの時、先生は無理に言わなくても良い、と言ってくれたけど……。あのメッセージを送って来た人が、もし学校に、同じようなことをしてきたら? 他の誰かから噂として伝わる前に、私から先生に伝えるべきじゃないか。
「じゃあ、車で寝れたから良かったな」
ニヤリと笑って私を見る。知らない誰かの言葉で、先生から悪く思われるのは嫌だ。たとえ結果的に同じでも、自分から伝えたい。
「あのっ、私……父に会いに行きます。日にちは決まってないですけど、近いうちに」
先生が立ち止まって私を見る。その顔は驚いているというよりも、何故か悲しそうな表情に近い気がした。今、言っても良いのか、少し気持ちがぐらつく。
「……そうか。一緒に、住めるようになったのか?」
私は頭を横に振る。私から先生に伝えないと、きっと後悔する。
「その……父に会って聞きたいことがあって。父が……起こした事故のことについて、なんですけど。父に会う前に、先生に話しておきたいんです」
「まだ、話したくないんじゃないの?」
「はい……。けど、他の誰かから、先生に伝わる方が、もっと嫌なんです。先に間違ったことを伝えられたら……それは違うと言っても、信じてもらうことが、難しいから」
先生は、海の方を向いてふっと息を吐くと、歩きながら話そうと言って、私の背中をそっと押す。私はなるべく、自分が知っている事実だけを、起きた順番に話した。
夜、両親が乗った車が、飛び出してきた歩行者を避けて、事故を起こしたこと。その事故で母と歩行者が死んだこと。裁判中と判決後に、様々な嘘や噂が流れたこと。そのせいで私は、学校に行かなくなったこと。先生は、相槌を打ちながら話を聞いて、途中で聞き返したり、質問を挟むことをしなかった。
「それで、何を……聞くつもりなんだ?」
もっと驚かれたり、内容を確認されると思っていた私は、すぐにその質問に答えられなかった。
「あ……全て、です。事故のこととか……」
「どうして今、そんなことを。……事故について何か、気になることがあった?」
口調は
「事故のことを、言われる
「本人に聞いても、嘘だったとは言わないだろ。裁判終わってるし」
先生にしては珍しく
「でも、会って話す必要があると思うんです。ちゃんと話さないと私も、何を信じていいのか、分からない気がしてて」
私はまだ、父と直接事故のことについて、話し合ったことがなかった。私の目を見て思いを伝えてくれれば、きっと分かることがあると思っている。
「そうか……。お父さんに会ったら、その時のことも聞かせてくれないか? 凄く、プライベートな話だし部外者かもだけど、俺も渡会が心配だから」
「えっ……。いえ、部外者だなんて。先生のおかげで、自分の気持ちが分かったし。先生にも聞いてほしいです」
心配してくれている。その言葉だけで、嬉しい。
「海、残念だね。砂浜じゃないな……。こんなに
もう海が
人が入れないからこそ、ここまで美しいのかもしれない。残念ですねと言おうとして先生を見た時、その表情の冷たさに、どきりとした。誰も人を寄せ付けないような、冷たい横顔だった。
「灯台、行きましょう! 灯台は中に入れるって、店員さんいってましたし」
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