4.渡会 楓の願い
4-1◆渡会 楓の願い
美術室でいつものように教科書を机に置くと、何かが当たった感触があった。教科書を持ち上げると、きらりと光るものがあった。銀色のシンプルな指輪で、中央に赤色の丸い石が一つ
自分で買うアクセサリーにしては、高そうに見える。大事な人に贈るなら、こういう指輪を選ぶのではないだろうか。
移動教室先の忘れ物は、先生に渡すのが普通だ。しかし指輪は校則違反だ。もしこれを先生に渡したら、持ち主は夏休みに入るまで、返してもらえないだろう。私は
直接本人に返そう。直前に使っていたクラスの誰かである可能性は高い。クラスが分かれば、すぐに見つかるはずだ。
私の前にあの席に座っていたのは、五組の
実は今日、五組を訪ねるのは二回目だ。美術室での席順は、出席簿の番号順になっている。前の時間使っていたクラスが分かったので、美術が終わってすぐに渡しに行った。張り出してある名簿を見て、私と同じ席は吉野さんだと思い声をかけた。しかし、あの席には座っていなかったというのだ。
須藤さんから席をかわってくれないかと言われ、今日の授業だけ交代したそうだ。その時、須藤さんは教室にいなかったので、二回目というわけだ。
「あの……、須藤さん? 私、美術室で忘れ物見つけたんだけど、これ。須藤さんのじゃないかな?」
ポケットから指輪を取り出して、須藤さんに差し出す。須藤さんは、
白くて柔らかそうな胸が、制服のシャツから
「えっ……、うそ! うわぁ、失くしたと思ってた。すぐに美術室行ったんだけど無くて……」
「じゃあ、すれ違いになったんだね。授業の後、このクラスに指輪持って来たから」
須藤さんは、顔を
「ありがとう! カレから貰った、すっごく大事な指輪なんだ。……えっと」
「あ、私三組の渡会。よかった……」
本当に感激しているようで、私の手を取って、喜んでいる。やっぱり直接返しに来て良かった。こんなに大人っぽくて美人なら、彼氏もきっと素敵な人なのだろう。上品で高そうな指輪だし、大人な男の人なのかもしれない。
「渡会さんね。下の名前は?」
「楓、植物のカエデと同じ字……」
そういえば、苗字の漢字を説明していなかった。
「楓かぁ。カワイイ名前だね。あたしは
「えっ、そんな……いいよ。喜んでもらえただけで十分」
可愛い名前と言われた上に、お礼の申し出までされて驚いてしまう。
「だめだよ! あたしの気が済まないし。そうだ、今日の放課後ヒマ?」
「あ……うん。今日は部活ないから」
「じゃあさ、一緒にシェイク飲みに行かない? 二杯目タダ券持ってるんだ」
須藤さんは笑顔で私を見つめる。タダ券なら、負担にもならないだろうし、断る理由もない。それに須藤さんに少し興味もある。あの指輪を贈られる彼女は、きっと素敵な子だ。
「うん、行く。ありがと」
彼女は、じゃあ後で連絡するねと言って、嬉しそうに笑いスマホを取り出したので、私たちは連絡先を交換した。
須藤さんが持ってきたバニラシェイクを一口飲む。冷たくて甘い。彼女の手元を見ると、右手の薬指にあの指輪があった。
「その指輪、すごく綺麗……。須藤さんに良く似合ってる」
「ありがと。優亜って呼んで。あたしも楓って呼ぶから。これ、あたしも気に入ってて……本当はずっと着けていたいけど、美術って、手元見られるし。外してたんだ。でも、教室に忘れたって気づいて……探しに行ったんだけど無くって、本当にショックだったんだ」
右手をくるくると回して、指輪を色々な角度から眺める。まるで人形が踊ってるみたい。
「確か、彼氏からもらったんだよね? 指輪高そうだし。やっぱり大人の人とか?」
「そ、社会人なんだ。超紳士だし。学校の男子とか、本当子供って思えるよ」
先生と出かけた時のことを思い出して、少しわかる気がした。
「その、年上の人と付き合うのって、どういう感じなの? あっ、ごめん、初対面で聞くことじゃないか……」
「ううん、いいよ。楓には何でも話しちゃう。一〇歳上なんだ。けど、年の差とかで嫌になったことはないよ。むしろ大人の余裕っていうか、安心できる。がっついてないし」
一〇歳……先生と同じ年くらいかな。やっぱり彼女くらい美人だと、男子にがつがつ言い寄られるのだろう。安心できる、っていうのは確かにその通りだと思う。愛ちゃんのお母さんから私を
「そっか……、いいねそういうの。大人の余裕かぁ」
「楓は? どうなの、彼氏とか好きな人とか」
「えっ……私は、そんなまだ、自分のことで精一杯で……全然」
「モテそうなのに! 彼氏欲しいなら、紹介しようか?」
「だ、大丈夫!」
思っていたよりも大きな声が出てしまい、焦ってシェイクを飲む。少しぬるくなったシェイクが、一気に喉の奥に流れ込む。甘くて
「やだ、そんな
優亜が目線を落とし、悲し気な表情でシェイクを見つめる。何をしても絵になる。
「どうして……?」
「うん、何かね……浮気されてるんじゃないかって、思ってて……」
「えっ! う、浮気……
こんなに綺麗な彼女がいるのに、浮気なんて想像もできない。まるで映画みたいな話だ。
「
「座席の位置が、違ってた……?」
私は別に先生と付き合っているわけでもなんでもないけど、乗せてもらう度に気になってた。位置が動いていないか。誰かとこういう話がすごくしたかったなと思って、少し頬が
「そう……! すごい、どうしてわかるの? 経験者?」
「ち、違うよ……、映画とか小説とか、そういうのでしか知らない世界」
「確かめるのも怖くて……、映画だと、やっぱり浮気されてる?」
優亜が不安そうに私の目を見つめて聞いてきた。その儚げな表情に、胸の奥が熱くなる。女子に見つめられて胸が熱くなるのは初めてだ。
「……だいたいの映画は、浮気相手とはうまくいかないよ」
「そっか……。ただの遊びか、気の迷いくらいなら、許してあげた方がいいのかもね」
この子が彼女だと知ったら浮気相手も逃げ出すのではないだろうか。それに、指輪を届けただけの私に、シェイクを
「今のは、映画の話だから。す、優亜が浮気されてるとか、そんなことないよ。優亜が彼女なら、浮気する必要がないと思う。他の女子なんて、全部霞んで見えるよ」
優亜が、ふっと表情を緩めて、少し笑う。
「楓って、本当に優しいね。楓に指輪を見つけてもらえて良かった。ちょっと元気でた。また悩んだら、楓に相談する」
「うん。私で良ければ、いつでも……」
会ったばかりの私を信頼して、悩みを隠さずに話してくれる優亜は、魅力に
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