3-2◆須藤 優亜の秘密

「ユウタ、そんなにがっつくなって。怖がってんだろ?」

「そうだよー、ユウタ、触りすぎ!」

 梨花りかがフォローする。ショージは口元だけで、あたし達に笑いかける。

「別に、怖くないでーす!」

 二人に笑いかける。少しビビらせれば、大人しくなると思っているのだろう。


「オレの秘密行こうかな。実は、上司の嫁に、手出したことがある。」

 ショージが自慢気にそう言って、ビールに口を付ける。

「うわー、サイテーだな! バレた?」


 ユウタが面白そうに聞き返す。まさか、バレてないよと、ショージは笑い返す。不倫をする奴は嫌いだし、不倫を自慢気じまんげに語る奴は、もっと嫌いだ。


 もしもショージが結婚していたら、あたしのスポンサーにしてやって、家庭を壊すのも面白いかもしれない。

「えっ! すごーい……。本当にあるんだ! そういう時って、どっちから誘うんですか?」

 あたしの問いかけに気を良くしたのか、ショージが楽しそうに続きを話す。


「社内のBBQで見かけたときから、気になっててさ。旦那が、半年の短期海外出張になったわけ。そん時にまぁ、色々、親切にしてるうちにって感じかな……」

「うわー、旦那、可哀そすぎる」


 梨花が、悲しげな表情をつくる。

すきがある方が悪いね。人生は、やったもん勝ちだよー」


 確かにその通りなのかもしれないが、したり顔で言われると、無性むしょうに腹が立つ。あたしの家族は、パパの不倫が原因でバラバラになった。


 中学生になる前に、両親のどちらかを、選ばなくてはならなくなった。離婚が成立する前に、パパの不倫相手と会ったことがある。結婚していない男なんて沢山いるのに、どうしてパパなのかを聞いた。好きになったから仕方がないなんて言って、涙を流していた。


 あたしの人生はこんな答えにもなってない、自己中なふざけた理由で簡単に壊されていったのだ。


 パパが家に帰ってこなくて寂しかった事も、ママがやたらあたしに当たり散らして悲しかった事も、小六の時、唯一相談にのってくれた担任の先生を信じて、酷い目にあって苦しかった事も、人を好きになる気持ちの前では、仕方のない事ということだ。あたしの幸せは、全て奪われたのに。


優亜ゆあちゃんどうしたの? 怖い顔して。もしかして浮気とか、ドン引き?」

 ユウタが言いながら、あたしの眉間を人差し指で押さえる。この二人には、軽蔑の気持ちしか湧いてこないが、穏便にやり過ごさなくてはならない。


「え? 凄いなぁって、感動? 自分の欲望押し通す方が、得って、何か勝者って感じ。」

「そういうこと。我慢していても待っていても、欲しいものは手に入らないからね。次、優亜ちゃんだよ。」


 ショージはそう言って、赤色のショットを飲み干す。ショットグラスは七つ。ユウタ、ショージ、あたし、梨花の順番に回る。恐らくブルーのショットグラスが、最後に残るだろう。


 これまでの発言と、グラスの中身の推測から、スポンサーとしての価値は低い。むしろ危険だ。どのタイミングで切り上げるか。梨花にちらりと目を遣ると、梨花は机の下でスマホを触っている。あたしもスマホを取り出すと、梨花から「次行ってみよ!」のスタンプが送られていた。


「あたしら、そろそろフロアに行きたいんだけど? 続きはその後でいい?」

 梨花が、あたしの手を取って、立ち上がろうとした。

「おっと、ダメ。これ、終わってからにしてよ。まだ始めたばっかじゃん」

 ショージが梨花の腕をつかんでくる。


「せめて、一周回してからにしようよ」

 ユウタもそう言って、あたしの腕と肩を抑える。

「……じゃあ、一周終わったら、フロア行くからね」

 あまり騒ぎたてても、あたし達の得にならない。座りなおして、足を投げ出すと、深く息を吐いた。


「あたしの秘密ね。うーん、中二の時、こっそり担任の先生と、付き合ってました!」

「えー、優亜って中学でも?」

 梨花が、真っ先に声を上げた。


「先生と生徒って、本当にあるんだ。優亜ちゃん、年上好き?」

「そういえば、年上しか付き合ったこと、ないかも……」

「あー、だね。絶対年上だね。優亜、一年の時も謹しっ……」


 梨花の口を素早くふさぐ。高校に入学し、梨花に会ったばかりの頃、女子達から慕われている英語の先生を、私が落とせるか、賭けたことがあった。あたしは賭けに勝って、謹慎一日を食らったが、梨花と親友になった。


「中学の担任で、担当は古文で……。サッカー部の顧問やってて、結構、人気のある先生だったんですよねー」


 ショットグラスの残りの色を眺める。オレンジ、グリーン、水色、ブルー、紫だ。この中でジュース確定は、恐らく、オレンジとグリーンだ。オレンジは梨花に残しておこう。グリーンのお酒は知らないし……、メロンかマスカットジュースあたりだろうか。


 あたし自身がレインボーブースターを飲んだことはない。あまり強い方ではないので、避けている種類だ。

「つか、先生いくつ? 中学生はマズいでしょー。いやー、けどボク、優亜ちゃんなら、アリかなぁ……」

「ユウタさん達と同じくらいの年、だったかな……。はーい、じゃ次梨花ね」


 グリーンのショットグラスを選んで、一気に飲み干した。喉越しが熱い。味からすると、どうやらメロンジュースのようだ。ものすごく甘い。思っていたよりも、酒っぽさが喉に残る。


「いいね。どう? 飲みやすいでしょ?」

「メロンジュースっぽい。甘い……」

「えー、皆すごい秘密持ってるしー。どーしよう、梨花の秘密、すっごいフツー……」

 梨花は小学生の頃に、出来心で万引きしたことを告白した。一緒にやった友達以外は、誰も知らないらしい。


「ちょっと、水飲みたいかも。取って来る……」

 あたしはまだ、喉の熱さが治まらない。本当にジュースだったのだろうか。甘すぎるせいで、良く分からない。


「あれ? 優亜ちゃんお酒めっちゃ弱い? 一応アイスティーあるけど。俺、全然飲んでないから、あげるよ。」

 ショージが、ソフトドリンク用の大きいグラスを差し出す。アイスティーが、手つかずで入っている。

「何か、喉の辺が、すごい熱くて……」


 グラス半分くらいまで、一気に流し込む。アイスティーにしては、少し味が薄い。氷が解けてしまって薄まっているのだろうか。口に甘味が残っているせいで、薄味に感じる? しかし、味の薄さの割には、苦みがはっきりしている。

「梨花ちゃんも、飲んで飲んで」

「よーし、これ飲んだら、フロア行くからね」


 梨花はそう言って、オレンジ色のグラスを掴んで飲み干す。早くフロアで、別のスポンサーを探すのだ。まだ、喉の熱がおさまらない。あたしも更に、アイスティーを流し込む。さっきは気づかなかったが、アイスティーの香りをあまり感じない。


「うわっ甘……、けどこれ結構強い? 下もウォッカ?」


 梨花の言葉に、嫌な考えが過る。色つきの酒とジュースの組み合わせではなく、全て色つきシロップ入りの、ウォッカだったら……。そうだとしたら、この喉の熱さは納得だ。


 さっきアイスティーを流し込んだが、更に動悸どうきが激しくなったような気がする。こんな細工をする輩の差し出したアイスティーを飲んで、良かったのだろうか。

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