3.須藤 優亜の秘密

3-1◆須藤 優亜の秘密

 中学二年のとき、ママはあたしに、離婚することを告げた。これから一緒に暮らす方を選べと言った。どちらでも構わないから、あたしが考えて決めなさいと。この時はっきりと、あたしはママにもパパにも、絶対に必要な存在ではないことを知った。どちらでも構わないということは、居ても居なくてもどちらでも良いということだ。一緒にいたいと、必要だと求めて欲しかった。



梨花りかちゃんと、優亜ゆあちゃんだよね? 君ら大学生……じゃないよね?」

 周りで鳴り響く、激しいベース音に負けないように、顔を寄せ耳元で男は聞いてくる。クラブで三〇分前に声をかけてきた、二人組の男の片方だ。ショージと名乗ったその男は、恐らく三五歳は超えていると思う。目尻と口元の肌のキメが流れていて、顔全体が、脂っぽい。


 もう一人の男も、恐らく同じくらいの年齢とみている。自称二八歳だが、二〇代の質感とは、明らかに違う。あまりに年齢が上だと、警戒されると思っているのかもしれない。若いあたし達の警戒心をゆるめるには、年齢が近い方が手っ取り早い。


「そうだよ! 内緒だけど、高校生ー」

 梨花が、ショージの耳に口を寄せて答える。ショージは、もう一人の男ユウタと顔を見合わせて、だらしなく口元を緩める。ここのクラブは、IDチェックが緩めなことが、一部に知られている。そのため、高校生と遊びたい大人が、若そうに見える子に声をかけてくる。


 あたし達は、そういう奴らのことを仲間内ではスポンサーと呼んでいる。優良なスポンサーを探せる場所として、こういったIDチェックの甘い店の情報を、交換しては顔を出している。SNSだけではハズレに会う確率が高いので、直接会話できるクラブの方を、最近はメインにしている。


 条件が合えば、休日にご飯や色々なモノを奢ってもらえる。様子から、二人はその噂を知っているようだ。


「だめでしょ、高校生がこんなとこ来ちゃ、危ないよー」

「あたし達、今日がクラブデビューなんです。けど、声掛けてくれたのが、二人みたいな優しい人で良かった。ね、梨花」


 梨花もあたしに合わせて、微笑み返す。ここの店は初めてだから、嘘じゃない。ショージは、やや色黒で目付きが鋭い。スマートウォッチを着けている。カウンターで酒を買うときには、電子マネーを使っていた。Tシャツにジーンズ、スニーカー。テラコッタカラーのTシャツと黒ジーンズは、ファストファッションブランド、ウエスト周りの体型が崩れているのが、服の上から分かる。


 おそらく合理的で、あまり女に金を使わないだろう。ご飯を何回か奢って、洋服二、三枚買った位で、最後までヤラせないと、怒るタイプに多い。女子高生とお話できるだけでも、足りないくらいだ。


 ユウタの方は、人懐ひとなつっこそうな垂れ目が印象的だ。クロノグラフの付いた時計をしている。そこそこ高い時計。先月声をかけてきた三〇代IT系の奴が着けていて、六八万と自慢気に喋っていた物と同じエンブレムが、一二時の下についている。


 ブルーのシャツは、海外の有名ブランド物とすぐ分かるが、パンツと靴は、ノーブランド。人目につきやすい部分だけ、高そうに見えるものにしている。見栄みえを張るタイプ。クラブでの飲み食いは、ユウタを狙えば解決しそうだ。この二人ならば、今夜の財布代わりと言ったところか。


「まぁ、俺ら紳士だからなぁ」

 ユウタがビールに手を伸ばす。ボトルを見るふりをして、梨花の胸元に目を泳がせる。あれでばれないと思っているのか。


「うわっ大人―、カッコイイ~。やっぱ学校のアホ男子とは違うね、優亜。二人って同じ会社とかぁ?」

 梨花も慣れたもので、机に身を乗り出して、両肘をついて胸元を強調する。


「大学の同級で、会社は別々。俺はメーカーで、ユウタは医療関係」

「医療関係って、まさか、お医者さん?」

 梨花の上目づかいは、今夜も最高だ。と、女のあたしも感心する。

「あぁ、違う違う。こいつは技師だよ」

 すかさず、ショージがバラす。あたしは少し首を傾げてポーズを作る。


「ギシ? 何ですか? それ」

「レントゲン撮ったり、CTとかMRIとかって分かる……?」

「分かるー! 息吸って、吐くやつ!」

「ちょっ、梨花」

 梨花は、あたしのほっぺに吸いついてくる。二人はその姿を、だらしなく眺めている。


「ショージさんは、メーカーって、何作ってるんですか?」

「あぁ、家電だよ。知ってるかな、女優の春香がCMしてるTV。あれ、開発してるんだ」

「えぇー、超有名じゃないですか! 世界最薄って、やつですよね」

 両手を口元に当てて、やや大げさに驚く。


「おっ優亜ちゃん凄い、知ってるねー」

「それくらい、分かりますよ! あたしら、普段は真面目に学校行ってるんで」

「ごめん、ごめん。二人とも何か飲む……? せっかくだし、ちょっと弱めのカクテルとか、飲んでみる?」

「飲んでみたい!」


 梨花とユニゾンで答える。少し前に、高校生であることをとがめた口で、良く言えたものだ。危うく酒の名前も良いそうになったが、クラブデビューの設定があったと気付き、梨花と目を見合わせて口をつぐむ。


 ユウタが、カウンターに酒を注文するため席を立ち、しばらくしして、ボトルビール2本にソフトドリンクらしきロンググラス、ナッツ類の皿と、ショットグラス七個が乗ったトレイを持って帰ってくる。


 ショットグラスは下半分が液体で、上半分はどれも真っ白な泡が、グラスの縁ぎりぎりまで入っている。グラスごとに色が違い、まるで虹のように、七色がずらりと並んでいる。

「うわー! キレイ! カワイイ」


 梨花もあたしもスマホで写真を撮る。と同時にメッセージを送りあう。

(レインボーブースター、こいつらやばい)

(JKに泡ウォッカ飲ませて、自分らはビールってありえん)

(適当に逃げよ)


「お酒は泡のとこだけで、半分はジュースだから、初めてでも飲みやすいよ。殆どジュースだから、二人で全部飲んでいいよ。ソフドリもあるから、安心して」

 やけにジュースを強調するショージに、笑いが込み上げるのを我慢する。

「はいはーい、提案いいですか?」

 わざとらしく両手を上げて流れを変える。


「何、優亜ちゃん?」

「あたしら、知り合ったばっかじゃないですか。だから、一人ずつ秘密にしてる事を話して、話終わったら一杯、このレインボーのグラス、飲むことにしません?」

「それいいー! 二人のこと、すっごく興味あるし!」

「ええー秘密ー? うーん、まぁ……いっか」

 ショージが渋々といった感じで、承知する。


「じゃあ、ユウタさんから、時計回りで!」

 ユウタがやや面食らう。ちょっと待ってよ、と言いながらボトルビールを、一気に半分まで飲む。


「うーん……。あ、凄いのあるかも。いや、これ言って良いかな?」

「何、オレ知ってる話?」

「いや、マジ誰にも話してない」

 ユウタがやや姿勢を正し、咳払いをする。


「えー、ボク実は、なんと裁判の証言で、ウソついちゃった事あります!」

「えー! それ捕まるヤツ? ヤバイよー!」

 梨花が笑いながら叫ぶ。

「裁判って、あれ? あれか! 4年くらい前の事故の?」

「え? ユウタさん事故ったんですか?」

 ユウタは更に、ビールを一口煽る。


「まさか! 同じ職場の人が事故ったの、そいつ事故のせいで、仕事も辞めて今何してるか知らないけど。本当、先輩気取りで、注意ばっかしてさ、ざまぁってかんじ」

 ユウタはその先輩が事故を起こす前に、偶然見かけたのだと言う。警察にその時の状況を聞き取りされ、思いついたらしい。


「ボク新人の頃、二日酔いなのに仕事行ったんだよ? けどさ、そんな状態で患者と接するなとかなんとか文句言ってきてさ。お返しに酒飲んで運転してたって、言ってやったんだよ」

「ユウタ、ひどーい。」

「お前、すげーな?」

 ショージが面白そうに大笑いしている。


「でもさ、弁護士に論破された、マジ悔しい! けど嘘までは見抜けなかったんだ、あのマヌケ」

 ユウタが口を突き出して、身体を左右に振っておどける。その姿に、梨花が噴き出す。

「じゃあ、そんな嘘ついちゃったユウタさんには、このブルーのやつ!」


 青色の液体の入ったショットグラスの縁に指を掛け、持ち上げようとした。このタイプのカクテルの場合、普通は本当に、ジュースが使われているが、青系はブルーキュラソーなど、酒が使われている事がある。そして青系は偶に、睡眠導入剤を入れてくるやからもいるので、まずは反応を確かめたい。


「えー? 僕、黄色飲むから、それ優亜ちゃん飲んでよ」

 ユウタはそう言って、さっさと黄色のグラスを飲み干す。そのままグラスをトレイに戻し、ブルーのショットに手を掛けたままのあたしの手首を、軽く掴む。

「優亜ちゃん、顔かわいいよね……、まじで好きな顔。酔ったら、どんなかんじかなぁ」

 あたしの手首から肘までを、撫でまわしながらゆっくりと指を動かす。

「やめてよ!」


 反射的に、手を引っ込めてしまった。もっとましなあしらい方があったはずだ。ブルーを飲まなかった事で、少し不安になった。この二人のペースに呑まれてはいけない。


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