3-3◆須藤 優亜の秘密

梨花りかちゃんもソフドリいる? オレ、もらってくるよ」

「えー、梨花アイスティー、嫌いだしなぁ…」

「残念だなぁ……、アイスティーって、美味しいのに。試しに飲んでみなよ」

 ユウタがにやけた顔で、ビールをあおる。


「と、とりあえずフロア行こ。じゃあね」

 動悸がおさまらず、梨花に声をかけて、急いで立ち上がる。足を踏み出したが、上手く力が入らず、勢い余ってテーブルに両手をついてしまった。


 視界の端が薄暗い。黒いもやのようなものが、外側から内側に向かって広がって来る。


「ちょっ、優亜ゆあ? 大丈夫?」

 梨花が驚いた様子で、声をかける。ウォッカのショット一杯で、こんな事にはならない。アイスティーの方にも、細工があったに違いない。


 あのアイスティーだと思ったものを、飲んだ後から身体がどんどん熱くなってきている。ほぼカラになったアイスティーのグラスを見つめるが、やはり黒いもやがかかって見える。目を閉じて横になりたい。


「優亜ちゃん、弱いのかもねー。ちょっと座って休んでから、フロア行きなよ」

 ユウタがあたしの横に廻って、肩に腕をまわしながら、もう片方の手でテーブルに着いた手を持ち上げて、シートに座らせる。ぞっとする程気持ち悪いが、ユウタに身を預ける格好になってしまう。


「梨花、水……、水貰ってきて」

「ああ、じゃあ俺が……」

 ショージが立ち上がろうとする。

「だめ! 梨花……に、お願いしてるの」


 あたし達に、あの七杯全部を飲ませるつもりだと思っていたが、違った。一杯でも飲ませてしまえば、良かったのだ。あのアイスティーを飲ませることが、本当の目的だ。完全にこの二人をナメていた。


 梨花だけでも二人から離して、逃げるチャンスを作りたい。あたしの異変に気付いた梨花が、二人に分からないように少し距離をとる。


「優亜、待ってて!」

 ショージの脇をするりと、梨花が走り抜ける。

「あの子、もう戻ってこないんじゃない?」

 ユウタがあたしの耳の後ろに口を寄せて、囁く。テーブルをつかんで身体を離そうとするが、逆に更に引き寄せられる。


「一人減ったけど、まあいいか。一人いれば連絡先分かるし。もう動きたくないでしょ? 横になれるとこ、連れて行ってあげるからね」

 ショージがあたしの片方の手を掴んで、自分の首に廻す。連れ出されたくない。首を横に振って、もう片方の手でテーブルを掴む。


「気持ち悪い……吐きそう……」

 ショージの方を見上げて、訴える。


「うーん、ほとんど一気に飲み干したからなぁ。大丈夫、しばらくしたら落ちるから。こんなとこ来ちゃ危ないって言ったじゃん?」

 ははっと軽く笑って、あたしの頭を小突く。ショージをにらみつけるが、黒い靄がかかって見える。


「……アイスティーって、あれ……何?」

「すごいだろ? スピリッツばっかりなのに、味がアイスティーなんだよ」


 ユウタが自慢げに喋る。ショージが強く引っ張り上げると、テーブルを掴んだ手が離れて、空を切る。指に触れたものを、反射的に掴んだ。ビールのボトルだ。


 あたしの腰に、手をまわしているユウタめがけて、振り回した。ゴンと鈍い音がして、何かにぶつかった衝撃が、手首にも伝わる。


「……っつ、うっ……」

 ユウタがうめいて、手が身体から離れた。今度はテーブルの縁に向けて、ボトルを振る、ガチャっと音がしてボトルが割れたのが分かる。続けざまに、ショージ目がけてボトルを振り回す。


 舌打ちをして、ショージはあたしの手を自分の首から持ち上げ、あたしは身体ごと、後ろの方へ放り投げられた。座っているユウタの上にぶつかる。ユウタが後ろから、腕を抑えようとしてくるので、ボトルを持った手を、滅茶苦茶に振り回した。


 今度は後ろから背中を押されて、テーブルにぶつかりながら、椅子から転げ落ちる。堪らず床の上にさっき飲んだものをぶちまけた。


 喉が焼けるようだ。腕と肩とてのひらが痛い。足も痛い。痛みのおかげか、少し意識がはっきりしてきた。頭を上げるとあたし達の様子を、興味あり気に視線を投げる人が数人いる。


 その人達へ順番に視線を送るが、すぐに視線をらされる。こんな時、誰も助けてはくれないのは、分かっている。どうってことない。流石にこの状態のあたしに、近寄りたくないだろう。この二人も、気がげたのではないだろうか。


「ここまで頑張ったの、優亜ちゃんが初めてだよ。かわいい顔なのに、激しいなぁ」

 ショージが腕を掴んで、引張り上げる。さっきまで掴んでいたボトルは、転んだ時に落としたようだ。床を振り返るが、どこにあるか分からない。手を離せ、と叫んだ。


「……手を……離……せ……」

 しかし、口からは、その十分の一くらいの勢いで、声が漏れただけだった。もうこれ以上は、あたしにはどうすることもできない、ということは分かる。この次にどうすればいいか、分からない。考えられない。


 なんでだろう、あたしはこんな、クソみたいな男ばかり引いてしまう。


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