1-4◆渡会 楓の秘密
医者からは、もう部活で走っても大丈夫と診断をもらった。
待合室から外に出て、先生に電話をかける。終わった? という先生の
「さて、どちらまで?」
「
私は
「足はどうだった? もう大丈夫?」
「……はい! もう全快です。ありがとうございました」
「いや、俺が
怪我が早く治るのは、良いことなのだろうけれど、あまり嬉しくなかった。どうしてか、喜んでくれている先生を見て、傷つく自分がいる。
「和菓子屋って、親御さんのお使い?」
「まあ……、そんな感じです」
フロントガラスに、雨がぽつぽつと当たり始めた。すぐに大粒の雨に変わる。
「あ、傘……学校に忘れてきた……」
「傘なら後ろに何本かあるから、心配するな」
まだ日没時間ではないが、雨のせいで、辺りはすっかり暗い。なぜ傘が何本もあるのか、気になる。
昔付き合っていた女の人の忘れ物なのか、それとも今付き合っている人がいて、その人の傘なのか、ただ傘を良く忘れてビニール傘をうっかり買っているだけなのか……、聞きたいけど悪い予想の方が当たった場合、今日のメンタルでは耐えられないから聞きたくない。
「この駅の西側ってあんまり来たことないな。あれか? 和菓子屋って行ったことないけど、結構でかい店なんだな。有名?」
「最近はカフェもやっていて、かき氷とか有名みたいですよ。小学生の頃から、年に何回か来てて、昔は……そんなに有名では、なかったと思いますけど」
店舗併設の駐車場に車を停めると、傘を取って来るから待つように、と言って車外に出てバックドアを開け、透明ビニール傘を、二本引っ張り出す。一本を手に持ち、もう一本を開いて、バックドアを閉めると、助手席側に
「ありがとうございます」
傘を受け取って、両足をステップの外に出したときだった。
「ストップ! 足付けないで、ちょっと傘持ってて」
もう一方の手に、先生がさしている方の傘も渡された。先生はそのまましゃがみ込むと、ステップの外に出して、宙に浮いたままの私の左足に、手を伸ばす。
「え? な、あっ……」
左足のスニーカーの紐が
「ちょっと我慢して? このまま外に出ると、紐が
駐車場は
「ちょっとって、どれ……くらいですか?」
空中で止められた両足は、本人の意思に反して下がろうとする。その度に腹筋に力を入れる必要がある。
「一瞬でできると思ったんだけど……何か、足が動くから結びにくいな」
「この体勢ですよ。無茶、言わ、ないで……」
両手に傘をもち、リュックを膝上に乗せて、
「わかった。じゃあ、右足を地面につけて、で左足を上に組んで……、そうそう」
「楽ですけど……。偉そうな感じに……」
身体を捻って足を組んだ私の足元に、先生が
ふっと我に返り、目の前を見ると、預けられた傘が上手く先生に被っていなくて、先生の腰の辺りが雨で濡れていた。もう少し傘を差しかけるため、上半身を寄せる。
「ん、もう良いよ」
私を見上げて
「先生が、変なとこで止めるから……苦しかった」
「……ごめん、ごめん。傘、ありがと」
先生はまたすぐに横を向いて、私の手からそっと傘を取り上げて、立ち上がった。
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